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深淵に潜む影

 太平洋の蒼い海原を、エピメテウスの黒い艦体が静かに切り裂いていた。

 部屋の窓から見える波は穏やかで、陽光がキラキラと水面を照らす。


 戦いの緊張から解放されたノエル・コットン、シホ・フォンテーヌ、ユナ・ヴォルタの三人は、艦の片隅にある休憩スペースでソファに座り、軽やかな雑談に花を咲かせていた。

 ユナは赤毛のポニーテールを振って、目を輝かせながら言った。


「ねぇ! 本国に帰ったら、絶対あのクレープ屋行くんだから! チョコバナナのやつ、めっちゃ美味いんだって!」

「ふふ、ユナちゃん、甘いもの大好きだね。どのくらい食べるつもり?」


 ノエルはゆるふわな栗毛を揺らし、優しく笑う。

 きわめて豊満な胸がユニフォームを押し上げ、穏やかな雰囲気を漂わせていた。


「うーんと、ね。5枚! いや、10枚! 戦った後だし、ガッツリ食べてもいいよね!」


 子供っぽく笑い、ソファで足をバタバタさせるユナ。

 脚を振り回すたびに、年の割に膨らんだ胸が揺れる。

 その様子を見てシホはメガネをクイッと直し、控えめに微笑んだ。


「それはすごいね……私は、抹茶クリームのクレープが好きかな。落ち着く味で……」

「シホ、渋いじゃん! でもさ……」

「でも……なに?」

「烈火のお兄ちゃんにクレープあ~んってもらったら、もっと美味いよね?」


 ユナのからかうような言葉に、シホの頬がサッと赤らむ。

 烈火への片思いがバレバレで、シホは慌てて手を振った。


「そ、そんな! そんなこと、考えたことないよ!」

「えー、絶対考えてんでしょ! シホの顔、めっちゃ分かりやすいって!」


ユナがケラケラ笑うと、ノエルがクスクスと肩を震わせて会話に加わった。


「うふふ、シホちゃんは可愛いわね。でも、恋の話ってドキドキするよね。私もね、昔、一緒にクレープ食べたことあるの。甘い味と一緒に、なんか心もふわっとしたわねぇ」


 ノエルの言葉に、どこか遠い目をするようなニュアンスが混じる。

 シホが少し驚いて尋ねた。


「ノエルさん……それって、恋人、ですか?」

「ん〜、まあ、似たようなものかな? ふふ、秘密♪」


 ノエルがウインクしてごまかすと、ユナがソファで身を乗り出した。


「なになに!? お姉ちゃん、恋人いるの!? どんなやつ!? めっちゃイケメン!?」

「ユナちゃん、詮索しすぎ! いつか話すかもしれないから、楽しみにしといてね」


 ノエルが笑って手を振る。

 休憩室に軽やかな笑い声が響き、三人はスイーツと恋の話で盛り上がっていた。

 シホは烈火を想いながらも、ユナの無邪気さとノエルの大人の余裕に少し羨ましさを感じていた。


~~~


 一方その頃、エピメテウスの下、真っ黒な海底では不気味な影が動いていた。

 ノヴァ・ドミニオンの潜水空母、全長150メートルの黒い巨体が、静かに水流を切りながら進む。

 対レーダー性能、対ソナー性能に優れた隠密の艦。

 たとえエリシオンの探知システムと言えど、深海に潜む限りは見つかることはない。

 その後ろには、巨大なコマンドスーツ『サーペント・ガレル』が牽引されていた。

 人型の上半身に分厚い装甲が幾重にも重なり、ブーケをひっくり返したようなスカート型の下半身が水中で揺れる。

 水中戦用に装備されたドリルが低く唸り、魚雷ランチャーがキラリと光る。


「……」


 サーペントのコックピットには、リエン・ニャンパが座っていた。

 小柄な体にパイロットスーツがフィットし、幼い顔に似合わぬ女らしい曲線が強調されている。

 だが、闇色の瞳は無感情で、まるで人形のようだ。

 ノヴァ・ドミニオンからの命令に忠実になるよう、恐怖と薬で調教されたリエン。

 調教の成果は完璧で、少女は心を閉ざしていた。


「目標、補足……追跡継続……」


 リエンの小さな声がコックピットに響く。

 だが、その心は閉ざされ、ぼんやりと一週間前の記憶が反芻されていた。


~~~


 以前、プロメテウス隊との戦闘で、リエンはサーペント・ガレルを中破させていた。

 1度はブレイズに、2度目はエピメテウス隊の乱入によって。

 敗北の代償は苛烈だった。

 ノヴァ・ドミニオンの基地の一室で、リエンは全裸に剥かれ、冷たい床に跪かされていた。

 ビシィ!

 電磁ムチが空気を切り裂き、彼女の幼い背中に炸裂する。


「チ、しくじりやがって、この無能が!」


 しゃがれた声で怒鳴るのは、アジャダ・バンダー。

 ノヴァの軍人であり、調教師でもある。

 アジャダがムチを振るうたび、リエンの白い肌に赤い傷跡が刻まれ、激痛が全身を走る。

 リエンは幼い唇を噛み、声を上げない。

 調教された心は、痛みすら無感覚に飲み込むよう強制されていた。


 そこへ、重い足音が響き、人影が現れた。

 その男はガロ・ルージャン。東武連邦最強と謳われるパイロットだ。

 野性的な髪が鬣のように揺れ、野望に濡れた目がリエンを一瞥する。


「あ? なんだ。良さげな悲鳴と思ったらガキじゃねぇか。つまらん。オレはボインちゃんが好きでよぉ」


 ガロは鼻で笑い、興味なさげに言った。

 彼は抵抗する女を嬲るのが趣味だが、無抵抗な子供では興が乗らない。

 アジャダはムチを下ろし、ガロと握手を交わす。


「まぁ、ガキでも戦力にはなる。ノヴァの支援、ありがたく使わせてもらうぜ」

「ギヒヒ、どうも」


 二人はニヤリと笑う。

 リエンとアジャダは、以前、ノヴァ・ドミニオンから東武連邦への支援として送られた戦力だ。


 しかし、なぜガロはここにいるのか?

 以前の戦いでは、プロメテウス隊を大いに追い込み、鹵獲寸前まで至った。

 しかし、エピメテウス隊の乱入により敗北、ガロもリエンも撃墜された筈である。


 

 答えは、ノヴァの策略である。

 戦闘後、ガロの戦闘力を買ったノヴァは秘密裏にガロのコックピットボールを回収、その命を救ったのだ。

 元々、東武連邦の科学レベルではエリシオンに対して勝ち目は薄いと感じていたガロは、これを機にノヴァへと転向した。

 彼は国を裏切り、より強い勢力へと鞍替えしていたのだ!


((コイツはどうでもいい。この娘の能力と機体があれば、戦力は十分。前回乱入してきた連中は、そこまでの腕じゃねえ。なら、別行動している今を狙えば、仕留められるはずだ))


 ガロは内心で計算を続けていた。

 ノヴァの協力があれば、エリシオンの新型機を鹵獲できる。

 荷電粒子兵器を動かす秘密を手に入れれば、彼の名はさらに轟き、野望が一歩近づくだろう。


「次はしくじるなよ、ガキ。俺の計画に水を差すんじゃねぇ」


 ガロはリエンを一瞥し、冷たく言い放つ。

 前回の戦いで自身も撃墜されたことは棚に上げての発言だが、リエンに反論などできるはずも無い。

 リエンは無言で俯き、傷だらけの体を震わせた。

 幼い心はすでに砕かれ、ただ命令に従うだけの道具と化していた。


~~~


 視点はサーペントのコックピットに戻り、リエンの小さな手が操縦桿を握っていた。

 サーペント・ガレルのリアクターが低く唸り、多眼の頭が頭上の敵を見据える。


「目標……エリシオン戦闘空母……攻撃準備……」


 リエンの無感情な声が響く。

 頭上にエピメテウスの黒い艦体が浮かぶ中、サーペント・ガレルは水底からゆっくりと浮上を始めた。

 ノヴァ・ドミニオンと東武連邦の野望を乗せ、巨大なコマンドスーツが静かに牙を剥く。

 ブリッジで笑い合うノエル、シホ、ユナは、まだその脅威に気づいていなかった。


 サーペントの前方15m地点。

 ノヴァの深海用コマンドスーツ『ディーパー』、そのコックピット内で、ガロ・ルージャンは待機していた。

 ガロは新型機に身を委ね、野性的な髪を掻き上げながらモニターを睨む。

 サーペント・ガレルと共に深海に潜み、エピメテウスを狙う準備は整っていた。

 だが、ガロの脳内は少し前に遡り、電脳空間での会議を反芻していた。


~~~


 電脳空間の会議室は無機質で、淡い青光が壁を照らす。

 ガロは仮想のテーブルに凭れ、野望に濡れた目で対面のペトロフを見据えた。

 パーヴェル・ペトロフ、表向きには教師の男。しかし、その実態は秘密研究所の研究員である。

 ペトロフは物腰柔らかく、穏やかな笑みを浮かべているが、その裏では鋭い頭脳が働いている。


 ピコンッ。

 ガロが送った戦闘記録映像がテーブルのホログラムに映し出された。

 シグマ帝国の奴隷農場がエリシオンの襲撃を受けた際のデータ。

 ガロは狡猾だった。シグマの敗北をいち早く察知し、特殊部隊を送り、タイタンの残骸と交戦記録を回収していたのだ。

 映像には、ノエル、シホ、ユナのイノセントが蒼い光を放ち、タイタンを次々に撃破する姿が映っている。


「どう思う? センセイ」


 ガロの声は低く、どこか挑発的だ。

 ペトロフは映像に目を走らせ、指で顎を軽く撫でながら答えた。


「興味深いね、ガロ君。このエリシオンの機体……イノセント、だったかな? 確かに優れた性能だ。だが、少し気になる点がある」


 ペトロフが映像を一時停止し、イノセントの動きを拡大する。

 機体がリニアキャノンを構え、農場を駆ける瞬間だ。


「これまで、荷電粒子兵器を搭載したコマンドスーツは、駆動時に独特の音を発していた。だが、このイノセントにはそれがない。かすかな違いだが、私の耳は誤魔化せないよ」

「ほぅ?」


 ガロの目が細まる。

 ペトロフの観察力は、さすが秘密研究所の研究員だと認めざるを得なかった。


「さすがセンセイだ。で、それが何を意味するってんだ?」


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