ファーストキスは朝焼けの中で
ギュオォオオン───ッ
シャオは怒りを燃料に、ルナのプラズマリアクターをフル稼働させた。
黒い機体が黄色い排熱光を放ち、獣の咆哮のような駆動音が砂漠に響く。
シャオはティエジアのガトリングガンを回避しながら、次の手を練る。
((ワイヤー射出は防護フィールドに阻まれる。なら、フィールドのエネルギー切れを待つ? それとも、発生器を直接叩くか?))
シャオはルナ・ザ・ウルフファングのコックピットで、ティエジアの鉄壁をどう崩すか頭をフル回転させた。
((待てよ。防護フィールドの硬さは尋常じゃねえ。だが、武器はどうなんだ?))
シャオはコンソールを叩き、ルナの機動性を最大限に活かす戦法を選ぶ。
「だったら……これだ!」
ルナの右手から鉤爪が放たれ、近くの岩山にガチンッと突き刺さる。
ギャラララララッ!!
ワイヤーの巻き上げ機構が唸り、機体は急速に真横へ滑るように移動。
ティエジアのガトリングガンの弾幕が砂を抉るが、ルナは射線を完璧に外す。
その勢いのまま、シャオは岩山を足場にルナを跳躍させ、ティエジアの真上へ回り込んだ。
そして、頭上から左手の鉤爪を射出。
ガトリングガンにワイヤーを絡める。
「これで撃てねえだろ!」
だが、バゥ・ロウの反応は素早い。
ティエジアは即座にガトリングガンを投げ捨て、バックパックを開く。
次の瞬間、無数のグレネードが一斉に放たれた。
「ウソだろ!? 自分の領地でグレネード使うか!?」
シャオの叫びがコックピットに響く。
ルナは瞬時に空中で機体をひねり、右の鉤爪で迫るグレネードを切断!
外れたグレネードが採掘拠点の監視塔に直撃し、爆炎が夜空を染めた。
監視塔が倒壊し、火花がルナを赤く照らす。
ルナは爆炎を切り裂いて着地、火花をまとい、ティエジアの背後に飛び出した。
「くらえ!」
ルナのプラズマリアクターが唸り、機体が獣の咆哮を上げる。
シャオはルナの両足で強烈な蹴りをティエジアの背面に叩き込んだ。
直後、粒子開放器が青い閃光を放ち、爆発が背面装甲を焦がす!
ドゴォオオッ!
ティエジアの巨体が揺らぐが、防護フィールドが辛うじて致命傷を防ぐ。
バゥの怒声が通信越しに響いてきた。
『貴様の攻撃など、ティエジアには効かん!』
ティエジアは腰から巨大なコンバットナイフを抜き、振り向いて斬りかかる!
シャオはルナをバックステップさせ、ナイフを紙一重で躱す。
「ハッ、遅えんだよ!」
その瞬間───
ティエジアの背後から赤い閃光が突進してきた。
烈火のブレイズ・ザ・ビーストだ。
リリエルのコンテナから受け取った折りたたみ式の大剣を両手で構え、烈火は勢いのままに叫ぶ。
「ナイスだシャオ! こっからは俺の番だ!」
ブレイズの大剣が、防護フィールドが揺らいだティエジアの背面に突き刺さった。
烈火のネクスター能力が敵の隙を完璧に捉え、その刀身は装甲を貫き───
───コックピットボールまで一気に突き通した!
バゥの絶叫が途切れ、ティエジアのリアクターが限界を超える。
「終わりだ!」
烈火が大剣を引き抜くと同時に、ティエジアは轟音と共に爆散した。
白い装甲が火花と爆炎に飲み込まれ、砂漠の夜に炎の華が咲く。
随伴していたシェンチアンも、すでに全滅。
この瞬間、東武連邦のヴェトル鉱山は陥落した。
爆炎の中、ルナの装甲が展開され、排熱の黄色い光を放った。
シャオは興奮したように通信で叫ぶ。
「烈火、最高のタイミングだ! ついに……やったんだな!」
「あぁ。これで防衛隊は全滅。俺たちの勝ちだ」
烈火はブレイズの大剣を地面に突き刺し、ニヤリと笑った。
その後方、リリエルはヘルメスに到着し、コンテナを展開。
おそるおそる鉱夫たちが降り始めた。
兎歌はリリエルのコックピットでモニターを注視しつつ、通信で二人に呼びかける。
『烈火、シャオ、ティエジアの反応消失! 鉱夫たちはヘルメスに収容したよ! 残りは散り散りに逃げてったから、早く戻って!』
『『了解!』』
通信パネルに、二人の獰猛な笑みが映った。
かくして、戦いは終わった。
兵力を失った東武連邦採掘部隊は砂嵐の中、方々のていで逃げていく。
この極地環境では、遠からず干物になり、鳥葬されるのだが、それは別の話。
エリシオンは、勝利したのだ。
~~~
夜が明け、ヴェトル鉱山の戦塵が静まる頃。
砂漠の民の集落跡は、朝日の柔らかな光に浴していた。
かつて笑顔とざわめきで満ちていた集落は、今は焼け焦げた土と、崩れた壁の残骸だけが広がる。
だが、その荒涼とした風景に、希望の欠片がそっと芽生えていた。
集落の中心、かつての広場だった場所で、シャオとミミルが向き合う。
ミミルは皺だらけの手で顔を覆い、涙をこぼしながら言葉を紡いだ。
その声は、砂漠の風に揺れる枯れ草のように震えている。
「シャオ……本当にあんただったんだね。あのちっちゃな子が、こんな立派になって……。村のみんな、連邦にやられちまってねぇ……生き残ったのはほんの少しで……」
「ばあさん……ッ」
ミミルは嗚咽を漏らし、かつての集落の日々を語る。
子どもたちが走り回り、夜には火を囲んで歌ったこと。
連邦の侵攻で全てが灰になり、奴隷鉱夫として鎖に繋がれた苦しみのこと。
震える言葉は、失われた故郷の記憶を一つ一つ拾い集めるようだ。
シャオはミミルの話を黙って聞いていた。
金色の瞳には、故郷の痛みが宿るが、口は固く閉ざされている。
ミミルが涙ながらに尋ねる。
「シャオ、あんたはどうやって……何があったんだい? こんな強い子になって……」
シャオは少しだけ笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「婆さん、オレの話は大したことないよ。エリシオンに入って、連邦をぶっ潰すために戦ってる。それだけだ。」
シャオはそれ以上を語らない。
立場上、多くの軍事機密を知っているからだ。
だが、それ以上に、シャオは自分の戦いの重みをミミルに背負わせたくなかった。
シャオはミミルの手をそっと握り、力強く言う。
「婆さん、これからだ。オレが連邦を叩いて、砂漠の民がまた笑える場所を取り戻す。約束するよ」
ミミルは涙を拭い、シャオの手に自分の手を重ねる。
その瞬間、朝日の光が二人の間に差し込み、白く染めた。
少し離れた場所では、リリエル・ザ・ラビットが採掘拠点から持ち出した東武連邦の居住用ブロックを積み上げていた。
桜色の機体は四足で砂を踏みしめ、ウサ耳アンテナが朝風に揺れる。
兎歌は操縦席でコンテナを丁寧に配置し、通信で呟く。
「家はなくなっちゃったけど……これがあれば、砂漠の民もまた生活を始められるよね」
その声には、小さな希望……というより、祈りが込められていた。
リリエルのコンテナから降ろされる居住ブロックは、連邦の冷たい鉄の匂いを帯びている。
それでも、砂漠の民にとっては新たな一歩の礎だ。
一方、烈火は愛機、ブレイズ・ザ・ビーストを動かし、拠点の輸送機から金属コンテナを引っ張り出している。
炎じみて赤いシルエットがコンテナをヘルメスに積み込んでいく。
せっかく掘り出したレアメタルの鉱石、砂漠に返すのはあまりにも勿体無い。
烈火はコックピットで鼻を鳴らし、独り言を呟いた。
「連邦の野郎どもが欲しがった鉱石、俺たちが有効活用してやろうぜ。なあ、ブレイズ?」
ブレイズのプラズマリアクターが低く唸り、赤い排熱光が揺らいだ。
ヘルメスのハッチに乗せられたコンテナはかなりの数で、積載重量はギリギリだ。
しかし、これがあれば、新たなプラズマリアクターを作ることさえできるかもしれない……。
~~~
翌朝。
後始末が一段落し、ヘルメスの上に腰掛けた兎歌と烈火は、昇る朝日を眺めていた。
嵐が収まった砂漠は音がなく、一切のものが止まっていた。
朝日の金色の光がゆっくりと地平線を染め、焼け焦げた集落跡に温もりを投げかける。
兎歌は烈火の肩にそっと身体を預け、桜色の髪が風に揺れていた。
「烈火……」
その声は小さく、濡れた瞳で幼なじみを見上げていた。
瞳には戦いの緊張、そして砂漠の民を救った安堵が混じる。
烈火は切なげな視線を感じ、いつもは獰猛な瞳を柔らかくして横を向いた。
「なんだ、兎歌。泣きそうな顔して」
兎歌は小さく笑い、烈火の胸に額を寄せた。
言葉はいらない。
二人の距離が縮まり、朝日の光の中で唇が触れ合った。
「ん……っ」
キスは短く、だが戦場を共に駆け抜けた絆を確かに刻む。
砂漠の風が二人の間を優しく通り抜け、まるで新たな始まりを祝福するようだった。
少し離れた場所では、シャオとミミルが手を握り合い、集落の未来を語っている。
リリエルの積み上げた居住ブロックが朝日に輝き、強奪した食料と水が積み上げられている。
砂漠の民の新たな一歩は、ここから始まるのだ。
戦争の足音は遠ざかり、朝日の光が希望の旋律を砂の海に響かせていた。