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ヴェトル鉱山採掘基地

 大陸中央の砂漠地帯から少し北に位置するヴェトル鉱山。

 そこは、過酷さの極みを体現する場所であった。

 昼は灼熱の陽光が容赦なく照りつけ、水は涸れ、夜になれば気温は氷点下へと急降下する。

 砂を孕んだ烈風が肌を切り裂き、季節が巡れば凍てつく嵐が全てを飲み込む。

 かつて、この地はどの国にも属さず、点在する小さな集落で『砂漠の民』が慎ましく暮らすだけの場所だった。

 だが、レアメタルの発見により、東武連邦の貪欲な手が伸び、鉱山は奴隷労働の地獄と化したのだった。


~~~


 鉱山の坑道では、機械が吐き出した砂と岩石をひたすら運ぶ二人の壮年男がいた。

 メイルとヨード、砂漠の民の生き残りだ。

 汗と砂で汚れた顔に、疲弊と諦めが刻まれている。


「はぁ~よいせ……ッ」


 メイルは重いバケツを肩に担ぎ、ヨードにぼそりと呟いた。


「エリシオンの援助でここまで抵抗したが……遂に負けちまったな」


 ヨードは同じくバケツを手に、乾いた唇を舐めながら答える。


「あぁ。噂じゃ、新鋭機の送られたところだと連戦連勝らしいが……ここには新鋭機なんかないからなぁ……」


 二人は黙々と砂を運びながら、かつての戦いの日々を思い出す。

 エリシオンの支援で一時は連邦の侵攻を食い止めたが、圧倒的な物量と兵力の前に集落は次々と灰に変わった。

 今、彼らは鎖に繋がれ、奴隷鉱夫としてレアメタルを掘り続けるしかない。


 ふと、メイルの目が遠くを見るように揺れた。

 バケツを下ろし、ヨードに囁く。


「なあ、ヨード。覚えてるか? あの女の子のこと……」


 ヨードの動きが止まり、かすかに頷く。


「あぁ。あのちっちゃな子か。今頃、若くて美しい娘に育ったんだろうな。ヴァイスマン……だったか? あの老紳士に引き渡したのは、正解だったよな」


 メイルは苦い笑みを浮かべ、砂にまみれた手を擦り合わせた。


「引き渡してなきゃ、今頃ここで……いや、もっと酷い目にあってたかもしれねえ。連邦の兵どもが女に何をするか、考えるだけで吐き気がする」


 二人はシャオの現在を知らない。

 シャオがエリシオンの防衛軍でルナ・ザ・ウルフファングを操り、故郷の仇を討つために戦っていることなど、想像もつかない。

 ただ、彼女が安全な場所で生きていることを信じ、わずかな希望を抱くだけだった。

 だが、その会話は長くは続かなかった。

 背後から東武連邦の監視兵の怒声が響く。


「何を話しておるかー! 働け、クズども!」

「「ぎゃああッ!?」」


 メイルとヨードが振り返る間もなく、監視兵のスタンロッドが振り下ろされる。

 電撃が二人の体を貫き、悲鳴と共に地面に崩れ落ちた。

 砂と汗が混ざった顔に、さらなる痛みが刻まれる。

 監視兵は嘲るように笑い、スタンロッドを振り上げた。


「次はお前らの舌を焼き切るぞ! さっさと動け!」


 メイルは歯を食いしばり、ヨードを支えながら立ち上がる。

 二人は無言でバケツを手にし、再び砂を運び始めた。

 坑道の奥では、機械の単調な稼働音が響き、奴隷たちの呻き声がこだまする。

 ヴェトル鉱山の空は、鉛色の雲に覆われ、希望の光などどこにも見えなかった。


~~~


 視点はヘルメスに戻る。

 艦は光学迷彩を維持しながら砂漠地帯へ向けて疾走。

 戦争の足音が鉱山の奴隷たちの耳にも届こうとしていた。


 ヘルメスはヴェトル鉱山から少し離れた岩陰に静かに着地し、光学迷彩でその姿を砂漠の闇に溶け込ませた。

 これ以上近づけば、凍てつく嵐の中と言えど、連邦の監視網に引っかかる。

 奴隷鉱夫たちに被害を出さないため、作戦は慎重かつ迅速に進めねばならない。


 格納庫では、烈火、シャオ、兎歌の三人がモニターを囲み、緊迫した空気の中で作戦を練っていた。

 外の風がヘルメスの装甲に砂を叩きつけ、戦場を前にした静かな鼓動のように響く。

 兎歌はコマンドロボ(馬ほどの大きさで、ドーベルマンのような鋭い外観の偵察ロボだ)から送られてくる映像を解析する。

 モニターには、寒冷地仕様のシェンチアンが鉱山の周囲を巡回する姿が映る。

 白く凍てついた装甲に連邦の紋章が光り、その数は明らかに過剰。


「見張りがこんなにうじゃうじゃいるってことは……」


 兎歌はデータを拡大しながら呟いた。

 桜色の髪が、モニターの青い光に揺れる。


「鉱石がよっぽど美味えんだろ。そんなに必死になるもんか?」


 烈火は眉をひそめた。

 資源や領土のために侵略した者たちによって、烈火たちの故郷は失われたのだ。

 シャオは壁に拳を叩きつけ、怒りをむき出しにする。


「鉱石だと? ふざけんな! オレの民を奴隷にしてまでそんなもん掘ってんのか! ぶっ潰してやる!」

「落ち着いて、シャオ」


 兎歌は穏やかに、だがきっぱりと言った。

 その声に、シャオは小さく「すまん」と縮こまる。


「鉱山の警備は厳重だけど、鉱石の輸送挺は外に停まってる。夜明け前、嵐が止むタイミングで積み込みが始まると思う」

「ほう」

「そこを狙えば、鉱夫たちの被害が抑えられそう。作戦、こうするのはどう?」


 兎歌はコンソールを操作し、鉱山の地図とシェンチアンの予測巡回ルートを表示した。

 細い指が画面を滑り、作戦を説明する。


「烈火はブレイズで陽動。シェンチアンの注意を鉱山の外に引きつけて。シャオはコマンドロボと一緒に施設内に侵入して、鉱夫たちを開放。必要なら、わたしがリリエルで二人を支援攻撃する。開放が進めば、連邦の防衛部隊が出撃してくるはず。その前にシャオは離脱してルナに乗り込み、防衛部隊を叩く。どう?」


 烈火はモニターの地図を睨み、ニヤリと笑う。


「へぇ、陽動か。ブレイズで派手に暴れて、シェンチアンを引きずり回す。いいぜ」


 シャオも拳を握り、力強く頷く。


「いいぜ、兎歌! オレが鉱夫たちを連れ出す。そして、ルナで防衛部隊をまとめてぶちのめす! 分かりやすくていい!」


 兎歌は二人の勢いに小さく微笑み、作戦の詳細を詰めていく。

 その指はコンソールを軽快に動き、コマンドロボの映像をさらに詳細に解析。

 監視塔の死角、輸送挺の位置、シェンチアンの動き───全てが兎歌の頭の中で結びつき、最適なルートを導き出す。


「決行は夜明け前、嵐が止む時間。リリエルは輸送コンテナで出撃するから、烈火とシャオはわたしの合図で動いて。回収した鉱夫たちはコンテナに乗せるよ」


 烈火は小さくうなずくと、拳をぶつけ合わせた。


「了解した。派手に暴れてやらぁ」


 シャオはルナの操縦席でモニターの鉱山を睨み、声を低くする。


「オレの民をこんな目に合わせた連中、絶対に許さねえ。兎歌、鉱夫たち頼んだぜ」


 兎歌はコンソールに手を置き、静かに頷く。

 桜色の瞳には、仲間への信頼と、鉱夫たちを救う決意が宿っていた。


「うん……任せて。リリエルで、絶対に守るから」


 格納庫に三人の決意が響き合う。

 外では、砂漠の烈風が唸り、鉱山の監視塔の光が闇を切り裂く。

 襲撃の時が、刻一刻と迫っていた。


~~~


 ヴェトル鉱山の夜明け前、砂漠の嵐が一瞬の凪を迎える。

 凍てつく空気の中、東武連邦の警備兵たちは施設の外周を退屈そうに歩き回っていた。

 後ろでは白い装甲のシェンチアンが重い足音を響かせ、監視塔のサーチライトが闇を切り裂く。

 警備兵の一人が、砂にまみれたブーツを地面に擦りながら不満を漏らす。


「ったく、こんな砂だらけのクソみたいな場所で何だよ。奴隷もジジイとババアばっかで、若い女一人いねえ」


 もう一人が下卑た笑いを浮かべ、スタンロッドを肩に担いだ。


「ハッ、前の集落で拉致した女、覚えてるか? あいつをどうやって───」


 その言葉は、突然の爆発音に掻き消された。

 轟音と共に、巡回中のシェンチアンが火花を散らして倒れ込む。

 ゴォ───ッ

 警備兵たちが振り返る間もなく、機体のリアクターに引火し、爆炎が周囲を飲み込んだ。

 悲鳴と金属の軋む音が凍える夜に響く。


「何だ!? 敵襲か!?」

「爆発したぞ!」


 混乱する兵士たち。

 その視線の先、闇の中から炎のように躍り出る機影───ブレイズ・ザ・ビーストだ。

 烈火は大型E粒子ライフルを構え、監視塔のシェンチアンを一撃で撃ち抜いた。


 ドウンッ!!

 青い閃光が走った直後、白い装甲が砕け散り、機体が地面に崩れ落ちた。

 烈火はブレイズを瞬時に加速させ、施設の外周に接近。

 反撃してきた二機目のシェンチアンがアサルトライフルを乱射するが、ブレイズの機動性がそれを軽々と回避。

 俊敏な獣じみた動きの前に、シェンチアンの照準が定まらない!


「おせぇ!」


 烈火は両腕のマルチプルユニットをE粒子ブレードに切り替え、一閃。

 シェンチアンは火花を散らしながら崩れ落ち、砂の中で爆散した。


「これで2機……さぁ、食いついて来いよ……!」

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