防衛隊最強、ゴウ・ギデオン
六番地区のドックに辿り着くと、広大な空間に一隻の輸送艦が鎮座していた。
ヘルメス級輸送艦1番艦『ヘルメス』。
光学迷彩と長距離移動用の推進機関を搭載し、プラズマリアクター搭載のコマンドスーツ4機を迅速に世界各地へ派遣するために開発された。
烈火の目は一瞬でその価値を見抜く。
((武器は……リニアキャノン1門と機銃だけか。でも、こういうのに限って強いんだ))
戦場で数多の戦艦と戦った経験から、烈火はその性能を本能的に理解していた。
実際、ヘルメスのステルス性能とトップスピードは輸送艦はもちろん、多くの高速艦すら凌駕する。
ヘルメスの足元で、ツナギ姿の巨漢が工具を手に作業していた。
身長196センチのクマのような男……ゴウ・ギデオンである。
ゴウはのんびりと立ち上がると、三人に向かって手を振って来た。
汗で光る額と、マイペースな笑みが、戦場の緊張とは無縁の雰囲気を漂わせる。
「お、よく来たな。丁度整備が終わったところだぞ」
ゴウの声はゆったりと響き、両手を差し出して烈火と兎歌と順に握手を交わす。
烈火はゴウの手に込められた力に一瞬目を細め、兎歌は少し緊張しながら小さく会釈する。
だが、シャオは目を丸くし、驚きの声を上げた。
「ゴウ! なんでここに!?」
その瞬間、後ろから別の声が割り込んだ。
「そ、それはだな。私から話そう」
「む?」
振り返ると、そこにはレゴン艦長が立っていた。
痩せた体に不釣り合いなほど大きな艦長帽をかぶり、いつもは小心で情けない雰囲気を漂わせる男だが、今は決然とした光が瞳に宿っている。
レゴンは三人とゴウを見渡し、咳払いを一つして話し始めた。
「諸君、揃ってくれて助かった。
「このヘルメスは、砂漠地帯への極秘任務のために準備された。東武連邦が金属資源を確保した今、彼らの次の標的はエリシオンだ。
「だが、我々は黙ってはいられない。シャオ・リューシェン、君の故郷の痛みは私が先刻、上層部に進言し、この作戦を認めさせた。
「連邦の資源採掘拠点を叩き、彼らの進軍を遅らせる。それが今回の任務だ」
兎歌だけが、レゴンの言葉の裏に隠された意図に気づいた。
彼はプロメテウス隊の艦長としてシャオと面識はないが、烈火の幼なじみである彼女の痛みを聞き、小心者の自分を支えてくれるパイロットたちのために動いたのだ。
兎歌は口には出さず、そっと通信パネルに『ありがとう、艦長』と短いメッセージを打ち込む。
レゴンのパネルが一瞬光り、彼は小さく頷いた。
ドックの奥から、重々しい金属音が響く。
炎じみたブレイズ、桜色のリリエル、そしてルナ・ザ・ウルフファングの獰猛なシルエットが、ヘルメスの搭載スペースに運び込まれる。
ゴウはのんびりと口を開く。
「機体のチェックは完璧だ。後はお前らが乗って、連邦をぶっ潰すだけだな」
ヘルメスを見上げるゴウの顔に、ほんの一瞬、不機嫌な影が差した。
烈火や兎歌には気づかれないよう隠していたが、恋人のシャオにはその微妙な変化が見逃せなかった。
「はは~ん?」
シャオの視線がゴウを捉えると、彼の視線は少し離れた兎歌と烈火に注がれていた。
兎歌が無意識に烈火の腕に寄り添い、豊かな胸が彼に軽く押し付けられている。
その光景に、ゴウの表情が一瞬安堵に変わる。
男として、シャオが他の男と親しげにしているのを見ると、どうしても胸がざわつくのだ。
シャオはそんなゴウの心情を察し、ニヤリと笑って彼に近づく。
そして、さりげなくゴウの腰に自分のヒップを押し当て、まるでマーキングするように軽く擦りつけた。
スリッ♡ スリッ♡ スリッ♡
シャオは低い声で囁く。
「もう、そんな顔すんなよ。アイツには兎歌ってオ嫁サンがちゃんといるの」
ゴウはシャオの大胆な行動に目を丸くし、だがすぐに苦笑して彼女をそっと抱きしめた。
クマのような巨体が、シャオを優しく包み込む。
「……無事で帰れよ」
「バーカ、そんなにタテなくても、帰ったら、な?」
シャオはゴウの胸に顔を埋め、悪戯っぽく笑う。
そして、ゴウの腕から抜け出してヘルメスのハッチに向かう。
その後ろ姿に、烈火が声を掛けた。
「なんだ、ゴウ。お前は来ねえのか? ……あ」
烈火はそこで言葉を切り、気づいたようにゴウを見上げる。
ゴウは2メートル近い巨体を少し屈め、烈火の前で両手を合わせて苦笑した。
「気づいたか? オレ、普通の機体には乗れねえんだよ。デカすぎてな」
その声はのんびりとしていたが、その瞳には真剣な光が宿っていた。
ゴウは一瞬言葉を切り、烈火をじっと見つめて続けた。
「お前を男と見込んで頼みがある」
「ほう」
「初対面のお前にこんなこと頼むのもなんだけどさ。シャオを頼みたい。アイツ、せっかちで無茶するから、な?」
烈火はゴウの言葉に、シャオの猪突猛進な性格を思い出し、力強く彼の手を握り返した。
「知ってる。任せとけよ。シャオは俺の幼なじみだ。絶対に守る」
そのやり取りを少し離れた場所で見ていた兎歌は、内心で小さくため息をつく。
「あ~……」
シャオと烈火、二人とも戦場では猪突猛進で、組めばより無茶な暴走をすることを兎歌はよく知っていた。
心配が胸をよぎるが、口に出せばシャオの決意を曇らせてしまうかもしれない。
兎歌は静かにその思いを飲み込み、リリエルの桜色の装甲に視線を移す。
彼女の役割は、二人を支え、戦場で冷静な判断を下すことだ。
レゴン艦長がドックの中央に立ち、改めて一同を見渡す。
痩せた体に大きな艦長帽が揺れ、普段の小心な態度は影を潜め、シリアスな声を震わせる。
「諸君、この作戦は、東武連邦の採掘施設の破壊、そして砂漠の民の救出により、敵勢力を人的、資源的に消耗させることにある」
レゴンは壁の投影機に、ヘルメスのスペックデータを映す。
「具体的にはこうだ。諸君はヘルメスの光学迷彩を活用し、砂漠地帯の連邦資源採掘拠点に奇襲を仕掛ける。ブレイズ、ルナ、リリエルの3機で拠点の防衛部隊を殲滅し、採掘施設を破壊。奴隷鉱夫として使われている砂漠の民を可能な限り救出する。時間は限られている。失敗は許されん」
シャオの瞳が燃える。
彼女の故郷を踏み潰した連邦への怒りが、ルナ・ザ・ウルフファングのプラズマリアクターと共鳴するかのようだ。
「連邦の野郎ども、絶対に許さねえ。オレの故郷の叫び、叩きつけてやる」
烈火はブレイズを一瞥し、拳を握りしめる。
「奴隷にしてる民を助け出せばいいんだな。連邦の鼻っ柱、へし折ってやるぜ」
兎歌はリリエルを見上げながら、静かに、だが力強く頷く。
「私も、シャオの故郷のために、みんなのために戦う。一緒に、戦うから」
レゴンは三人の決意を受け止め、短く告げる。
「うむ。では、ヘルメスに乗り込め。砂漠の民の未来は、諸君の手にかかっている」
「「「了解!」」」
シャオはゴウに最後に一瞥を投げ、ヘルメスのハッチに飛び込む。
烈火と兎歌もそれぞれの機体に向かい、艦の内部に吸い込まれていく。
ゴウはドックに残り、ヘルメスのリアクターが低く唸るのを見守る。
「頼んだぜー」
小さく呟きながら、彼の心はシャオの無事を祈っていた。
ドックの冷たい空気の中、ヘルメスが光学迷彩を展開し、姿を消す。
パイロットたちがヘルメスのハッチをくぐると、未来的な空間が迎え入れた。
格納庫のエードメタルの床に機体の足音が響き、整備員たちがせかせかと動き回り、任務の緊迫感を際立たせる。
烈火は愛機ブレイズのコックピットに滑り込む。
プラズマリアクターの起動音を聞きながら、ふと口を開いた。
「そういえば、シャオが出撃するんだろ? 本国の防衛はどうなるんだ?」
その問いに、通信パネルが瞬時に反応し、穏やかな声が響く。
『その件には私が答えよう』
パネルの画面に映し出されたのは、銀髪の紳士、マティアス・クロイツァー。
プロメテウス隊の狙撃手であり、物腰柔らかな笑みを浮かべる紳士の姿に、烈火は思わず声を上げた。
「マティアス!」
『うむ。君たちが出撃している間、私とギゼラが交代で防衛隊に参加する。どうせプロメテウスはまだ出撃できないからね。留守は任せたまえ』
マティアスが言い終えた瞬間、ドックの換気扇の隙間から重低音が轟いた。
紫の機影が一瞬だけ閃く───ギゼラ・シュトルムの可変型爆撃コマンドスーツ、ウェイバーが哨戒飛行しているのだ。
金髪のアネゴ肌の女パイロットの乱暴な操縦が、まるで空に爪痕を刻むように響き渡る。
烈火はマティアスの言葉とウェイバーの咆哮に、小さくうなずく。
「わかった。任せる」
と、その時、別の通信パネルが点灯し、甲高い関西弁が飛び込んできた。
『ええか、烈火! ブレイズは覚醒が勝手に発動せんよう、がっちがちにプロテクトしたからな! 二度とあんな無茶するんやないで!』
画面に映るのは、金髪のツインテールにゴーグル、ツナギの胸元から覗く巨乳の谷間。
プロメテウス隊のメカニック、菊花・メックロードだ。
菊花は、烈火を睨みつけるように腕を組んでいる。
菊花の声には、烈火が覚醒の力で命を削ったことへの本気の怒りと、仲間への深い心配が込められていた。
烈火は一瞬言葉に詰まる。あの時の戦いは、夢中だったせいで記憶が曖昧だ。
だが、菊花の怒りをさらに煽るわけにはいかない。
烈火は軽く笑って、誤魔化すように答えた。
「ああ、わかってる、菊花。頼れる仲間もいるし、無茶はしねぇよ」
菊花は訝しげに目を細めるが、疑っても仕方ないとばかりに渋々頷いた。
『ほんまか? まあええわ。リリエルのコンテナに新しい装備をいくつかと、新開発のバリアパックも入れといたで。説明書を送るから、到着までに読んどいてや。兎歌、ちゃんと烈火見ててな!』
兎歌はリリエルのコックピット内で小さく頷き、通信パネル越しに微笑む。
「うん、ありがとう、菊花さん。私、ちゃんと見てるよ」
『頼んだでー!』
通信が切れると同時に、三機のプラズマリアクターが唸りを上げた。