表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/75

滅びの故郷

 と、シャオの声が、烈火の回想を軽やかに切り裂く。


「でさ、烈火、兎歌! オレのカレシ、めっちゃイケメンでさ、しかも強いんだから!」

「なに?」


 烈火は眉を上げ、兎歌と顔を見合わせた。

 烈火の記憶に、シャオの昔の言葉が蘇る。

 シャオは孤児院で、拳を振りながら笑って言っていた。


『オレの王子様は、絶対オレよりケンカの強い奴じゃなきゃ嫌だ!』


「ところで、シャオ」


 烈火は腕を組み、探るような視線を向ける。


「そのカレシってどんな奴だ? お前、昔、自分よりケンカの強い王子様を見つけるとかほざいてなかったか?」


 シャオはニヤリと笑い、大きな胸を張って答えた。


「へへーん。いるんだな、これがー!」

「何だと!?」

「ええー!?」


 烈火と兎歌の声が重なり、病室に驚きのコエが広がった。

 二人は本気で目を丸くし、互いに顔を見合わせた。

 兎歌の脳裏に、幼少期の記憶が鮮明に浮かぶ。

 あの頃の烈火は、灰色の街で恐れられるほどの存在だった。

 だからこそ、兎歌は生きてこれた。


 素手で鋼鉄を砕くほどの身体能力を持ち、武器を持った強盗を複数相手にしても、血まみれになりながら笑って勝つような少年だった。

 そして、そんな烈火と唯一互角に渡り合えたのが、シャオだった。

 その拳は鋭く、動きは獣のようにしなやかで、孤児院の子供たちの間では「烈火とシャオには誰も勝てない」と言われていたのだ。

 そのシャオより強い男とは、一体どんな化け物なのだろう?


 烈火の想像は暴走を始める。

 身長2メートルを超える巨漢で、顔に無数の傷を持つ傭兵。

 あるいは、コマンドスーツを素手で引きちぎるような筋肉の怪物。


 兎歌もまた、目をキラキラさせながら妄想を膨らませる。

 彼女の頭には、戦車を軽々と持ち上げる超人や、戦艦を一撃で沈める伝説の戦士が浮かんでいた。


「な、なあ、シャオ……そのカレシって、どんな奴なんだ? まさか、熊みたいな大男とか……?」


 烈火の声には、どこか本気の好奇心が滲む。

 兎歌も身を乗り出し、頷きながら続ける。


「う、うん! もしかして、コマンドスーツを素手で壊すくらいの力持ちとか……?」

 

 シャオは二人の様子を見て、呆れたように鼻で笑った。


「何!? 何そのバカみたいな妄想! そんな怪物じゃねーよ。ゴウって名前で、エリシオンの防衛軍のパイロット兼メカニックだ。まあ、見た目はクマみたいにデカいけどな。2メートル近くあって、投げ技の達人。筋力なら烈火、お前より上だぜ」

「俺より上だと……!?」


 烈火の声に驚きが滲む。

 素手で鋼鉄を砕く烈火の身体能力を、さらに超える筋力を持つ男。

 ぞくッ。

 シャオの言葉に、烈火の闘争本能がわずかに疼く。

 兎歌も目を丸くし、シャオに尋ねた。


「ゴウさんって、そんなにすごい人なの? どんな機体に乗ってるの?」


 シャオはニヤリと笑い、軽く肩をすくめた。


「アイツの愛機? そりゃあ本国の守護神サマだよ。詳しくは言えねえけど、烈火のブレイズやオレの機体と同じプラズマリアクター搭載の最新型だ。ゴウの性格はのんびりでマイペース、口癖が『焦らない焦らない』って感じ。ケンカの強さもすげえけど、なんかこう、包容力に勝てないんだよなぁ」


 シャオの声が少し柔らかくなり、頬がほんのり赤らむ。

 烈火は目を細め、からかうように笑った。


「包容力? お前、ずいぶんロマンチックになったじゃねぇか。昔は、相手をぶっ倒す強さしか認めねえって言ってたのに」

「うっせ! いいだろ、人が変わったって!」


 シャオは照れ隠しに烈火の肩を軽く叩いた。

 兎歌はそんな二人を見て、くすりと笑った。

 だが、その笑顔の裏で、恋心が揺れる。

 シャオの恋の話は、兎歌の心に小さな火を灯していた。


「ゴウさん、素敵な人なんだね。シャオ、幸せそう」

「当たり前だろ! まあ、兎歌もさ、烈火のことちゃんと捕まえなよ。オレみたいに、幸せゲットしろって!」

「う、うう……!」


 兎歌はまた顔を赤らめ、烈火は気まずそうに頭をかく。

 シャオの豪快な笑い声が病室に響き、窓の外から南国の風が吹き込んでいた。


 病室は三人の笑い声と軽快な雑談で満たされていた。

 シャオは孤児院時代の思い出を掘り起こし、烈火が木の枝を剣代わりに振り回して皆を笑わせた話や、兎歌が初めて作った泥団子ケーキの悲惨な味をからかう。

 烈火はシャオの話にツッコミを入れ、兎歌は恥ずかしそうに笑いながらも、時折烈火の横顔をそっと盗み見る。

 窓の外の青空も、この一瞬だけは遠い存在に感じられた。


「なあ、烈火、覚えてるか? お前がヴァイスマンの隠してた酒盗もうとして、尻叩かれたこと!」


 シャオがケラケラ笑いながら言うと、烈火は顔をしかめて反撃する。


「ハッ、お前だってその酒、こっそり一口飲んで吐き出したじゃねえか! あの顔、忘れねえぞ!」

「う、うそ! そんなことなかった! 兎歌、証言してよ!」


 兎歌は両手を振って慌てて仲裁に入る。


「え、えっと、わたし、怖くて隠れてたから……」

「だぁーッ!」

「うははは!」


 三人の笑い声が重なり、病室に温かな空気が広がる。

 だが、その瞬間───

 シャオの動きがピタリと止まった。


『……次の……スで……』


 シャオの鋭い耳が、隣の病室から漏れるかすかな音を捉えたのだ。

 モニターのニュースの声。

 シャオの顔から笑みが消え、代わりに青ざめた表情が浮かぶ。

 烈火と兎歌が怪訝な顔で彼女を見ると、シャオは無言で立ち上がり、隣の病室のドアをそっと開けた。


 開けっ放しの窓から、南国の熱を帯びた風が流れ込む。

 誰かがつけっぱなしにしたモニターが、冷たく響くニュースキャスターの声を吐き出していた。


『東武連邦軍は、大陸中央の砂漠地帯への侵攻を完了。抵抗勢力は壊滅し、金属資源の採掘が本格化する見通しです。砂漠地帯は国境が存在せず、戦略的要衝として……』

「……ッ、……ッ」


 シャオの瞳が揺れた。

 日焼けした手が、ドアの枠を握りしめ、白くなるほど力を込める。

 烈火と兎歌はその背中を見つめ、言葉を失う。

 烈火の声が、静かに、だが重く響いた。


「なあ、シャオ……お前の故郷って……」


 シャオは振り返らず、ただ小さく頷いた。

 その声は震え、普段の豪快さはどこにもなかった。



「……ああ。砂漠の民の村だ。もう、何も残ってねえ」


 震える背中を見て、言葉を飲み込む二人。

 シャオの過去は、二人の知る断片的な記憶の中でしか存在しない。


 彼女は砂漠の民の出身だった。

 広大な砂漠地帯に点在する小さな村で生まれ、戦争の炎に両親を奪われた。

 東武連邦が金属資源を求めて侵攻を始めたとき、砂漠の民は抵抗したが、圧倒的な武力の前に次々と壊滅した。

 村には孤児を引き取る余裕などなく、シャオは泣く泣く老紳士……ヴァイスマンに預けられた。

 灰色の空の下、孤児院で烈火と兎歌に出会う前の話だった。


 シャオの瞳に、燃えるような衝動が宿る。

 心は叫んでいた。

 今すぐ愛機───ルナ・ザ・ウルフファングに飛び乗り、砂漠の民を助けに行きたい。

 だが、その衝動は冷酷な現実によって押し潰される。

 シャオはエリシオン本国の防衛の要であり、彼女が離れれば、その隙を突かれて本国は巨大国家の餌食となる。

 東武連邦が金属資源を求めて侵攻した今、砂漠の民の生き残りは、奴隷鉱夫として酷使されている可能性が高い。

 シャオにはそれを知りながら、何もできない無力感が刃のように胸を刺す。


「くそっ……オレが、もっと早く……」


 シャオの声は途切れ、拳が震える。

 烈火は彼女の肩に手を置こうとするが、その手は宙で止まる。

 烈火の胸にも、シャオの故郷を奪った東武連邦への怒りが渦巻くが、かける言葉が見つからない。

 兎歌はシャオの手をそっと握り、桜色の髪を揺らしながら、ただ静かに寄り添う。

 桜色の瞳には、シャオの痛みを共有したいという純粋な願いが宿っていた。


「シャオ……ごめん、わたし、なんと言えば……」


 兎歌の声は小さく、涙でかすれる。

 シャオは無理やり唇の端を引き上げ、兎歌の手を握り返した。


「バーカ、泣くなよ。オレが弱音吐いたのが悪い。戦争なんて、いつものことだろ?」


 だが、その言葉とは裏腹に、シャオの瞳からは雫がポタポタと落ちる。

 烈火は歯を食いしばり、感情を振り払うように首を振った。


 と、その時───

 びーろーりーろーるーッ。

 兎歌の通信パネルのブザーが鋭く鳴り響いた。


「ほぁ!?」


 慌ててパネルを手に取ると、画面に映ったのはプロメテウスの艦長───


 「レゴン艦長!」

『うむ』


 痩せぎすの中年男性の表情は、いつもより幾分か引き締まっている。

 レゴンは通信パネル越しに、病室に揃った三人を一瞥し、落ち着いた声で告げた。


『3人ともいるな? よかった』

「あー、いますけど、どうしたんですか?」

『六番地区のドックに来てくれ。烈火とシャオも一緒にな。詳しくは現場で話そう』

「は、はい」


 ピコンッ。

 通信が途切れ、三人は互いに顔を見合わせる。

 シャオの瞳にはまだ砂漠の民の痛みが残り、烈火の拳には抑えきれない怒りが宿っていたが、レゴンの呼び出しに疑問を抱く余裕はなかった。

 兎歌は小さく頷き、立ち上がる。


「レゴン艦長が言うなら、きっと大事な話だよね。行こう、烈火、シャオ。」

「「ああ」」


 烈火は小さくうなずき、シャオも気を取り直すように髪をかき上げた。


「ったく、こんな時に何だよ。ま、行ってみりゃ分かるか」


 三人は病室を後にし、病院の白い通路を急ぐ。

 金属の壁に反響する足音が、戦争の足音と重なるようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ