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エピローグ 戦い終わって

 プロメテウスの格納庫では、戦いの余韻が重く漂っていた。

 ブレイズは仲間たちに抱えられて回収された。

 整備台に横たわるその姿は、赤い装甲に灰色の雨が滴り、揺らめくような赤い光が消えていた。

 菊花は歯を食いしばり、工具を手にブレイズのハッチを強制開放させる。


「開けぇ! 烈火が危ないんや!」


 ガシャンッ!

 金属音が響き、ハッチが無理やりこじ開けられた。

 中では、烈火が操縦席に座ったまま意識を失っていた。

 ヘルメットが外れ、汗に濡れた髪が額に張り付き、顔は青白く、息は浅い。

 応急回路の過負荷が彼の精神と肉体を極限まで追い詰めていたのだ。


「烈火!」


 兎歌が格納庫に駆け込み、ブレイズのコックピットに飛び乗る。

 兎歌は烈火に抱きつき、震える手で彼の頬を叩いた。


「烈火、起きてよ! ねえ、返事して!」


 だが、反応はない。

 烈火の体は冷たく、意識が遠くに沈んだままだった。

 菊花が烈火の脈を確認し、ゴーグルをずらして叫んだ。


「生きとる! だが、意識が戻らん……あの試験回路のせいや。精神波が逆流して、脳にダメージが入っとるかもしれん」


 メカニックの一人が慌てて医療キットを持ち寄り、烈火に酸素マスクを装着する。

 兎歌は涙をこらえきれず、烈火の胸に顔を埋めた。


「わたしが……弱いから……! 烈火が無茶をして……」


 菊花は兎歌の肩に手を置き、低く言った。


「自分が気にすることやない。烈火は自分で戦う道を選んだんや。この状態はウチのミスや。試験回路で出撃させたウチが悪い」

「キッカ……」


 格納庫に静寂が落ち、整備員たちの足音と工具の音だけが響く。

 ブレイズの赤い装甲は雨に濡れ、戦いの傷跡が痛々しく残っていた。

 少し離れた場所で、マティアスはストラウスを降りる。

 隣からはギゼラがウェイバーの整備状況を確認する声が聞こえる。


 プロメテウス隊は勝利を収めたが、その代償はあまりにも大きかった。


〜〜〜


『よーし、ゆっくりだぞ、ゆっくり上げろー!』

『柱の代わりって……オレの機体が柱かよ!』


 街では、防衛軍の兵士が住民と共に瓦礫を片付け、焼け残った風車が再びゆっくりと回り始める。

 瓦礫を運ぶボルンたち。

 別の機体はその身で倒壊寸前のビルを支えていた。


 人々の声が希望を取り戻しつつある中、プロメテウスの艦影が上空に浮かんでいた。


〜〜〜


 翌朝。

 プロメテウスの医療室は静寂に包まれていた。

 白い壁に囲まれた狭い部屋の中央に、医療カプセルが置かれ、その中で烈火が目覚めることなく眠っている。


 透明なカプセルの表面に烈火の青白い顔が映り、微かな呼吸音だけが機械のモニター音と混じり合う。

 応急回路の過負荷が彼の脳に深刻なダメージを与え、意識は深い闇に沈んだままだった。


「ん……れっか……」


 カプセルの側には兎歌が寄り添い、泣きはらした顔でその表面に抱きついていた。

 涙の跡が頬に残り、疲れ果てた彼女はそのまま眠りに落ちている。

 白いワンピースが乱れ、烈火の手を握る小さな手が微かに震えていた。


 兎歌の寝息がカプセルのガラスに曇りを描き、静かな時間が二人を包む。

 烈火の眠るカプセルに映る兎歌の涙が、次の嵐を予感させるように光っていた。


 フォォオン……。

 と、病室のドアが開き、レゴン艦長が入ってきた。

 痩せぎすな体を震わせながら、彼はカプセルの横に座るドクターに容体を尋ねた。


「ドクター、烈火はどうなんだ? 目覚める見込みは……あるのか?」


 ドクターは眼鏡を押し上げ、モニターのデータを確認しながら重い声で答えた。


「脳波は安定していますが、意識が戻る兆候はありません。ここでの設備では限界があります。脳に与えられたダメージを正確に診断するには、本国の医療施設が必要です」


 レゴンは額の汗を拭い、震える声で呟いた。


「本国に……戻らなきゃならんのか。だが、今そんな余裕が……」

「一刻も早く戻るべきです。このままでは、彼の脳が回復不能な状態に陥る可能性があります」


ドクターは頷き、厳しい現実を告げる。

 レゴンはカプセルの中の烈火を見つめ、唇を噛んだ。

 情けない外見とは裏腹に、彼の心にはプロメテウス隊を率いる責任感が宿っている。


 だが、その決断を下す前に、新たな脅威が遠くの空で動き始めていた。


〜〜〜


 リープランドの戦いが終わり、灰色の雲が晴れ始めた遠くの空に、東武連邦の大型戦闘艦『クーロン』が浮かんでいた。

 灰色の装甲に覆われたその巨体は、低く唸りながら攻撃の準備を進めている。


 艦橋では、チェンジャンが歯を食いしばり、モニターに映るプロメテウスの位置を確認していた。


「この距離では分かりづらいが……ダメージはそれほどでもないか?」


 同時刻、格納庫の中、流線型の飛行型コマンドスーツ『ソークル』を見上げながら、ガロ・ルージャンが企むように笑っていた。

 野性的な髪が鬣のように揺れ、獣じみた目が暗い輝きを放つ。


「シグマの負けか。だが、相当に消耗してるはずだ」


 ガロは低く呟き、唇を歪めた。


「今度こそヤツらの機体を奪ってやる。新型機は俺の手でいただくぜ。ダーハハ!」


 彼の背後では、特殊部隊の兵士たちが武器を手に準備を進め、格納庫に緊張が漂う。


「弾薬、確認しとけー!」

「携帯食料はこっちだ。オススメはチョコミントなー」

「なんでだよ!」


 ガロはリープランドの混乱を扇動し、エリシオンとシグマを潰し合わせた策士だ。

 シグマが撤退し、プロメテウスが疲弊した今こそ、彼にとって絶好の機会だった。


「準備を急げよー? ヤツらが本国に戻る前に叩く。これがあれば、連邦は勝つ……!」


 ガロの戦術眼は、敵の損耗とノヴァの支援から、ゆるぎない勝利を算出していた。

 激突のときが迫る。


~~~


 プロメテウスの会議室は、重苦しい空気に包まれていた。

 大理石のテーブルを囲むように、レゴン艦長と主要メンバーが集まり、リープランドの戦いの後始末と今後の対応を話し合っている。


 窓の外には青い地球が静かに浮かび、戦いの傷跡を癒すような穏やかさが広がっていたが、室内には緊張が漂っていた。

 レゴンが痩せぎすな体を椅子の背にもたれさせ、震える声で切り出した。


「諸君、状況を報告してくれ」


 最初に口を開いたのは菊花・メックロードだ。

 彼女はゴーグルを額にずらし、作業着の胸元が汗で濡れたまま、苛立ちを隠さずに告げた。


「弾薬と交換パーツが足りへん。特にリリエルが酷い。フレームがイカれとるんや。あの鉄棒じゃ、もうまともに動けん。ブレイズに使えるスキャナーはもうないし、ウェイバーとストラウスも限界近い」

「う……そ、そうかね」


 次に、オペレーターのヨウコがモニターのデータを手に報告した。

 巨乳が制服越しに揺れ、冷静な声で状況を伝える。


「艦の装甲の傷が規定値を超えてます。ここまでほとんど交換してませんからね……。レーダーもメンテナンス時期で、感度が落ちてます。このままじゃ敵の接近を見逃す可能性があります」

「うぬぬ……」


 続いて、白髪で巨乳のドクターが立ち上がり、眼鏡を押し上げながら厳しい表情で付け加えた。


「クルーの健康が検査できてませんね。戦闘のストレスで疲弊してるのは明らかです。特に烈火の状態を考えると、1度本国で人間ドックが必要です。ここの設備じゃ、もう限界ですよ」

「ぐ、ぐぬぬ……わ、わかった」


 レゴンは一連の報告を聞き、額の汗を拭いながら頷いた。


「仕方あるまい……。大陸を離れ、本国へ戻るぞ。烈火を救うためにも、艦とクルーを立て直すためにも、これ以上ここに留まるわけにはいかん」


 会議室に静かな同意の空気が流れる。

 レゴンの決断は情けない外見とは裏腹に的確で、誰もがその必要性を理解していた。

 だが、その瞬間、遠くの空に新たな影が現れていた。



 プロメテウスのレーダーが微かに反応を示す中、大型のコマンドスーツが大陸の彼方から飛来してきた。

 ノヴァ・ドミニオンの『サーペント・ガレル』!

 その姿は奇抜で、ブーケをひっくり返したような下半身から本体のコマンドスーツが生えた異形の機体だった。

 巨大な下半身が推進力を生み、灰色の装甲が空を切り裂いて進む。


「……システム正常」


 コックピットの中には、リエン・ニャンパが座っていた。

 幼い顔立ちながら、女らしく出るところが出た体型を持つ彼女は、無表情で空を見つめている。

 長い前髪が揺れ、アニムスキャナーが彼女の脳波を映し出す。

 リエンの瞳には感情がなく、ただ静かにプロメテウスの方角を見据えていた。


『サーペント・ガレル』の内部で、青白い指が操縦桿を軽く握る。


 「目標確認……プロメテウス」


 呟く声は小さく、感情を欠いた機械的な響きだった。

 成層圏での戦いで一度敗れたリエンだが、その恐怖と絶望が生存本能となり、アニムスキャナーを通じて新たな力を引き出している。


 グォオオーン……。

 機体が低く唸り、武装が展開を始める。


〜〜〜


 レゴンたちがブリッジに戻った直後、オペレーターがモニターに目をやり、急に声を上げた。


「艦長! レーダーに反応! 大型のコマンドスーツが接近中です!」


 レゴンが座ろうとした椅子から飛び上がり、震える手でコンソールを叩いた。


「何!? シグマか!? それとも東武連邦か!?」


 ヨウコが席に着くとデータを確認し、眉を寄せた。


「識別信号は……ノヴァ・ドミニオンです。機体は『サーペント・ガレル』。以前、烈火と交戦した新型機です!」


 菊花が拳を握り潰し、歯ぎしりした。


「何やて!? またあのガキか! 機体がボロボロの今来るとか、最悪のタイミングや!」

「全クルー、戦闘準備だ! 本国へ戻る前に叩き潰すしかない!」


 レゴンは震える声で指揮を始める。

 ブリッジが一気に慌ただしくなり、警報が艦内に響き渡る。

 菊花は大急ぎで格納庫へと走った。

 だが、プロメテウスの状態は万全とは程遠く、弾薬もパーツも不足し、クルーの疲弊も限界に近い。



 リエンの無表情な瞳が遠くからプロメテウスを捉え、サーペント・ガレルが静かに加速を始めた。

 病室では烈火が眠り続け、兎歌が彼の手を握ったまま目を閉じている。

 格納庫では菊花が残存の機体を急いで整備し、東武連邦のクーロンもまた別の方向から動き出す。

 プロメテウスを巡る新たな戦いの火蓋が、再び切られようとしていた。窓の外の青い空が、静かにその運命を見守っているようだった。

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