開戦、プロメテウス隊VSヴァーミリオン隊
場面はプロメテウスの格納庫へと移る。
「ブレイズ、回路接続良好!」
「プラズマリアクター、セーフモードで起動しろ!」
「焼けた装甲は引っぺがせ! どうせ盾にはならん!」
広大な空間に響く金属音と整備員たちの怒号が混じり合い、戦いの余韻と新たな危機の予感が重く漂っていた。
4機のコマンドスーツが整備台に並び、それぞれが成層圏での激戦を物語る傷を負っている。
格納庫の窓からは赤く燃える空が広がり、その光が内部の照明と対照を成していた。
菊花・メックロードは歯ぎしりしながら、整備台の前で拳を握り潰していた。
ゴーグルをずらし、作業着の胸元から覗く谷間が怒りに震える。
「何やて!? このタイミングで調印しよったんか!」
マティアスが物静かに腕を組み、フムと唸りながら状況を分析した。
「テロが起きた、このタイミングでエリシオンへの加盟を表明すれば、テロリストの主張を受け入れたことになってしまうね。リープランドの独立派にとっては勝利宣言だ」
「そんなことすればエリシオンはテロ国家や! シグマも東武連邦も、こぞって潰しに来るで! 誰や、このバカな判断したんは!」
菊花が目を剥き、声を荒げた。
その怒りに、ギゼラ・シュトルムが目を細めて応じる。
「してやられたねぇ。誰の陰謀だい、コレは」
ギゼラは愛機『ウェイバー・ザ・スカイホエール』の前に立ち、紫の巨体を見上げながら低く呟く。
ウェイバーはメンテナンスのために外された装甲が応急処置でつけ直され、粒子キャノンの砲口が無骨に露出している。
ストラウスは比較的ダメージが少ないものの、左腕の関節が固まり、動かないままだった。
ブレイズはアニムスキャナーが壊れた状態で、応急回路がガムテープで雑に固定され、赤い装甲が軋む音を立てている。
そしてリリエルは、融解した脚の代わりにただの鉄の棒が無理やり取り付けられ、桜色の機体が痛々しく横たわっていた。
菊花は整備員たちに向かって叫んだ。
「ガワだけでも動くようにするんや! シグマの連中が来るで! このままじゃ全滅やぞ!」
「「了解!!」」
整備員たちが慌てて動き出し、工具の金属音が格納庫に響き渡る。
小型コマンドスーツの群れが装甲板や弾薬を担いで歩き回り、計測器を持った作業員が走る。
ギゼラは肩を鳴らし、冷ややかに笑った。
「ハーハハ! ボロボロの機体でシグマとやり合うなんて、派手な死に方になりそうだねぇ」
「ギゼラ、冗談を言ってる場合ではないよ。リープランドの状況は我々の予想を超えて悪化してる。烈火と兎歌が戻れば、すぐにでも出撃準備する必要がある」
マティアスが穏やかな声で制した。
その直後、格納庫の入り口から足音が響いた。
「到着ッ!」
「やっと着いたー!」
烈火と兎歌がコマンドロボから降り、埃と汗にまみれた姿で駆け込んできた。
烈火が息を切らせながら状況を報告する。
「街はテロで大混乱だ。独立派が暴れてる。俺らも襲われた」
兎歌が不安げに付け加えた。
「軍人っぽい金髪の人が……烈火を助けてくれたけど、敵か味方か分からない……」
菊花が烈火に詰め寄り、目を吊り上げた。
「金髪で軍人? この地域に金髪はほとんどおらん……まさか、シグマの偵察隊か!」
烈火は眉を寄せ、記憶を反芻した。
「あ……? 確かにただ者じゃなかったな。あいつの動き、俺と同じくらい鋭かったぜ」
「銃も持ってたから、民間人じゃないと思うけど……」
ギゼラがニヤリと笑い、ウェイバーの装甲を叩いた。
「面白いねぇ。シグマの連中が近くにいるなら、こっちも負けてらんないよ。菊花、早く機体を動かしてくんな!」
菊花は歯を食いしばり、整備員に指示を飛ばす。
「急げ! アニムスキャナーの応急回路を接続して、ウェイバーの装甲を固定しろ! リリエルの脚は鉄棒でもええ、動けば十分や!」
格納庫が一気に慌ただしくなり、火花が飛び散る中、マティアスが烈火に近づいた。
「リープランドがエリシオンに加盟するタイミングでテロが起きた。これは偶然じゃない。誰かが裏で糸を引いてる可能性が高い」
「そうだな。俺たちの戦いで……色々変わったんだろうな……」
烈火は頷き、腰のナイフを握り直した。
兎歌は烈火の腕を掴み、小さく震えた。
「烈火、わたしたちのせいなの? 街の人たちが……」
「ここで気にしてもしょうがねえだろ。行こうぜ、兎歌」
格納庫に響く金属音と怒号が一層激しくなり、4機のコマンドスーツが応急処置で動き出す準備を整えていく。
シグマの影が迫る中、プロメテウス隊は新たな戦場へと踏み出す。
そこに待ち受けるのは、はたして……
~~~
リープランドの街の外れ、埃っぽい丘の上に立つあばら家の中で、野性的な髪の男が哄笑を上げていた。
鬣じみた髪が隙間風に揺れ、鋭い目が街の混乱を遠くから眺めている。
黒煙が立ち上り、爆発の残響が風に運ばれてくる中、彼は歯を見せて笑った。
「だーはは! 完璧だねぇ。これでエリシオンとシグマが潰し合うってぇワケだ。さぁ、殺し合えよ!」
男の名はガロ・ルージャン。
東武連邦最強のパイロットであり、冷酷な策略家だ。
ガロは特殊部隊を送り込んで独立派のテロを扇動し、さらに通信妨害を仕掛けてテロの事実が調印の場に伝わらないよう工作していた。
全てはエリシオンとシグマ帝国を衝突させ、漁夫の利を得るための計算ずくの罠だった。
ガロはあばら家の窓枠に肘をつき、顎を撫でながら独り言を続けた。
「ヤツらは知らずにテロに加担したことになる訳だ。エリシオンはテロ国家の汚名を着せられ、シグマは報復に燃える。さぁて、どう出る?」
彼の背後には、簡素な通信機が置かれ、微かなノイズが響いている。
ガロの瞳が愉悦に輝き、街の混乱を眺めるその姿は、まるで混沌を操る悪魔のようだった。
と、そこへ仕事を終えた特殊部隊員が2人、あばら家へ戻ってきた。
バンダナと粗雑な服のテロリスト装備に、やや疲れた顔が苦労を物語る。
「隊長ー、戻りましたよー」
「腹減ったー!」
ガロは手を振り、仲間を迎え入れる。
「よく戻ったなお前ら。さて、首尾はどうだ?」
「隊長、そんなことより飯ですよ。腹が減りました」
思わずガロは頭を抱えた。
彼らは有能であるが、燃費が悪いのだ。
「報告ぐらいしてくれよぉー!」
「しかし! 我々は昨日から何も食べていません!」
「ずっとアジトで通信と武器の輸送ですからね」
ぐぅうう……。
隊員たちの腹がなる音が響く。
ガロは頭を搔きながら答える。
「ま……まぁ確かにな……! じゃあ、先に何か食べてから報告にするか。何がいい? 冷凍でひとしきり持ってきてあるぜ」
「さっすが隊長!」
「話が早い! あ、おれ、ピリ辛ギョーザとラーメンのセットで」
どうせ首尾は上々なのが分かっている。
ガロは上機嫌で冷凍ボックスを開き、食事の準備に取り掛かった。
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一方、リープランドの首都『ロローム』の官邸では、混乱が渦巻いていた。
大理石の柱が並ぶ広間は、使者や官僚たちの慌ただしい足音と叫び声で満たされている。
「東6区のビルに火災だと!?」
「広場は大混乱でっせ!」
「シグマの大使館への連絡はどうなっている!」
その中央に立つセレーナ・エクリプスは、豊穣の女神のような身体を白いローブに包みながら、怯えた顔を手で覆っていた。
金髪が乱れ、瞳に涙が滲む。
「なんてこと……。私が、加盟を勧めたから……!」
セレーナの声は震え、罪悪感が心を締め付ける。
テロの発生と同時に加盟を表明したことで、リープランドは独立派の主張を認めた形になり、エリシオンがその背後にいるかのような誤解を生んでいた。
セレーナの決断が、この混乱を引き起こしたのではないか───その思いが心を苛む。
と、隣に立つ護衛のネビュラが、静かに窘めた。
「落ち着いてください、セレーナ様。通信妨害にテロの扇動、これは明らかな政治工作です。貴女のせいではありません」
黒髪の隙間に、理知的な目が光る。
ネビュラの穏やかな声に、セレーナは一瞬目を上げた。
だが、彼女の心はまだ動揺を抑えきれず、唇を噛みしめる。
「でも、私が急がなければ……こんなことには……」
その言葉を遮るように、窓の外から轟音が響いた。
ゴォオオオッ!
上空をいくつもの爆撃機が通過し、影が官邸の床に落ちる。
シグマ帝国の攻撃部隊だ。
重々しいリアクター音が空気を震わせ、彼方の空に浮かぶのは、戦闘空母ヴァーミリオンの影。
赤と黒に塗られたその巨体は、まるで空を支配する要塞のようだった。
しかも、その左右には巨大な輸送艦も控えている。
ヴァーミリオンの格納庫では、ゲイル・タイガーが通信機を手に指示を出していた。
金髪がヘルメットの下で揺れ、切れ長の目が鋭く光る。
格納庫には戦闘機とコマンドスーツが並び、整備員たちが慌ただしく動き回っている。
ゲイルの声が通信越しに響き渡った。
『いいか、おそらくエリシオンも介入してくる。命を無駄にするな! 危険と判断したら、即座に機体を捨て、脱出しろ!』
通信パネルからは、ドレッドの豪快な声が返ってくる。
「了解だ、隊長! ぶっ潰してやるぜ!」
「ご忠告ありがとう御座います。隊長」
ルシアは通信パネルの向こうで小さく礼をした。
「うぉおおお!」
「了解!」
「合点でさぁ!」
さらに他のパイロットたちからも勇ましい返答が次々と飛び、格納庫に士気が高まる。
ゲイルは小さく頷き、通信パネルを消すと、自らの機体へと向かった。
シグマ帝国の最強パイロットとして、彼の決意は揺るがない。
リープランドの街を焼く覚悟を胸に秘めながらも、仲間たちの命を無碍には出来ないのだ。
いや、むしろ脱出して攻撃が止まるのを望んでいるのかもしれない。
((私は……まだまだ甘いな))
格納庫の扉が開き、左の輸送艦からは爆撃機が、右の輸送艦からは護衛の戦闘機が、次々と飛び立っていく。
ヴァーミリオンが低く唸りながら進む中、ゲイルの機体が発進準備を整える。遠くで聞こえる爆発音が、リープランドの運命を刻々と近づけていた。
街の外れではガロが哄笑を上げ、
官邸ではセレーナが慟哭し、
ヴァーミリオンではゲイルが戦場を見据える。
リープランドの陽気な街は、もはや混沌の渦に飲み込まれていた。
エリシオンとシグマの衝突が目前に迫り、東武連邦の影がその背後で暗躍する中、プロメテウス隊の烈火たちは格納庫で出撃の時を待つ。
爆撃機の轟音が空を切り裂き、戦いの火蓋が切られようとしていた。
混乱の中で、それぞれの思惑が交錯し、新たな物語が血と炎の中で紡がれていく。