爆鳴のテロル
「なんでも食うことだ。甘いものも、苦いものも、酸っぱいものも——それが身体を鍛え、精神を研ぐ。戦場で生き残る者は、こだわりを捨てた者だ」
ルシアは静かに頷き、ゲイルの言葉を心に刻む。
青い髪が揺れ、制服越しに強調された胸元がわずかに上下する。
敬愛する男の言葉に、彼女の真面目な瞳は一層輝きを増していた。
やがて、店員が新たなケーキセットを運んでくる。
色とりどりのクリームが絢爛に盛り付けられた皿が、テーブルの上に山のように積み上がる。
ルシアはその量に目を丸くし、一瞬たじろいだ。
だが、ゲイルの視線を感じ、ルシアはフォークを手に取る。
敬愛する男の注文だ───断るわけにはいかない。
「いただきます……」
ルシアは小さな声で呟き、ストロベリーのケーキにフォークを差し込む。
ふわっとした生地が口の中で溶け、甘酸っぱい果実の香りが鼻腔をくすぐる。
ルシアの頬がほのかに赤らみ、緊張がほぐれる一瞬を味わっていた。
ドレッドはそんなルシアを横目で見ながら、渋々チョコレートケーキに手を伸ばす。
「ったく、隊長の言うことなら仕方ねえな……」
ドレッドの大きな手でフォークが握られ、ケーキが豪快に口に放り込まれる。
ガツガツと咀嚼する音が響き、ドレッドの顔に意外な満足感が浮かぶ。
「ん……悪くねえな、これ」
ゲイルは二人を眺め、満足げに小さく笑う。
5つ目のケーキを切りつつ、窓の外を見やる。
丘の上で風車がゆっくりと回り、リープランドの陽気な市民たちが笑い合う光景が広がっていた。
だが、彼の心には、戦場での冷徹な計算が渦巻いている。
「この街は平和に見える。だが……エリシオンの影はすぐそこまで迫っている」
ゲイルの声は低く、まるで風車の軋む音に溶け込むようだった。
ルシアはケーキを頬張る手を止め、ドレッドも咀嚼をやめて彼を見つめる。
細い手がフォークを置き、真剣な瞳でゲイルを見た。
「ゲイル様……この街で戦闘になれば、市民に被害が及びます。エリシオンが動く前に、こちらから仕掛けるべきでしょうか?」
ドレッドが拳を握り、テーブルを軽く叩く。
「ハッ! さっさと叩き潰せばいいだろ! アイツらなんか、俺がゼオラでぶちのめしてやるぜ!」
ゲイルは静かに首を振る。
珈琲を一口飲み、冷徹な口調で答えた。
「焦るな、ドレッド。戦いは力だけで決まるものではない。リープランドがエリシオンに寝返る可能性は高いが、市民の支持を得ている以上、無闇に破壊すればシグマへの反感を煽るだけだ」
彼の視線は再び窓の外へ。
石畳を歩く老人の足音、焼き魚の香ばしい煙、子供たちの笑い声───その全てが、ゲイルの心に微かな波紋を広げていた。
「だからこそ、俺たちは慎重に動く。動きを間違えれば、帝国の未来にも影響するからな。いいか、リープランドを焼くのは最後の手段だ」
ルシアの瞳が揺れる。彼女はフォークを握りしめ、小さな声で呟く。
「その時が来たら……殺すのですね」
「ああ、そうだ。そのことから、目を背けてはならん」
「なーんか、難しい話ッスねぇ」
ドレッドは首をかしげる。こういう政治的なことはよくわからないのだ。
ゲイルは6つ目のケーキにフォークを伸ばし、静かに咀嚼しながら、頭の中で次の戦いの布陣を描き始めていた。
~~~
場面は再び烈火と兎歌の元へと戻る。
リープランドの陽気な市街地を歩く二人は、焼き魚を食べ終え、手を繋いで石畳の大通りをぶらついていた。
「あはははは!」
「やーい、こっちこっち!」
「コノヤロぉ!!」
市場の喧騒や子供たちの笑い声が風に乗り、穏やかな時間が流れているかに見えた。
だが、
「───ッ!! ……!!」
「……っ!」
ふと、遠くから言い争う声が聞こえてきた。
「何だ……?」
「烈火、イヤな感じがする……」
何を言っているのかまでは聞き取れないが、怒気と焦燥が混じった叫び声が空気を切り裂く。
烈火は足を止め、遠くに目を細めた。
「独立派とシグマ派のいざこざ……だったか?」
兎歌は不安げに彼の腕を握りしめ、小さな声で呟く。
「わたしたちのせいで、争ってるのかな……?」
烈火は首を振って兎歌を見下ろす。
「そこまでは分からねぇ。でも、国の問題って、なんかこう……フクザツなんだろ?」
烈火の言葉が終わるや否や、突然、耳をつんざく爆音が響き渡った。
───ドガァンッ!
石畳が震え、市場の屋台が吹き飛び、黒煙が空に立ち上る。
叫び声が一斉に上がり、人々が我先にと逃げ惑う中、男の声が怒号となって響いた。
「属国を受け入れる敗者に誅伐を!」
「隷属の豚に鉄槌を!」
独立派のテロだ。
「チッ! 隠れろ!」
烈火は咄嗟に反応し、兎歌を強く抱きしめて近くの物陰───倒れた屋台の残骸の裏へと飛び込んだ。
少女の身体が烈火の腕の中で震え、慌てた声が上がる。
「ちょ、ちょっと、烈火! お、おっぱい触ってるって!」
「言ってる場合か!」
烈火が低く叱りつけ、兎歌をさらに強く抱き寄せる。
爆発の余波で埃が舞い、悲鳴と銃声が周囲に響き渡った。
「れ、烈火……!」
兎歌は烈火にしがみつき、その胸に顔を埋めた。
烈火は冷静に状況を見極めながら、腰に忍ばせたコンバットナイフの柄に手を伸ばし、その感触を確認する。
戦場での鋭い感覚が瞬時に蘇り、赤い瞳が鋭く光った。
その時、バンダナを巻いたテロリストが二人を発見した。
煤けた顔に憎悪を浮かべ、銃口を烈火たちに向ける。
「そこにもいたか、死ね!」
「きゃあッ!?」
だが、次の瞬間───
バンッ!
横から放たれた銃弾がテロリストの胸を貫き、テロリストは血を吐いて倒れ込んだ。
烈火が素早く視線を向けると、そこには金髪に切れ長の目を持つ男が立っていた。
ゲイル・タイガーだ。
ゲイルは拳銃を構えたまま、鋭い眼光で周囲を警戒しながら叫んだ。
「無事か!? そこの二人!」
ゲイルは烈火と兎歌がエリシオンのパイロットだとは知らず、単なる民間人が襲われていると判断していた。
煙と埃が立ち込める中、彼の背後ではドレッドとルシアが別のテロリストと交戦している様子がちらりと見えた。
ドレッドの豪快な笑い声と、ルシアの冷静な指示が混じる。
「大丈夫だ!」
烈火は短く答え、兎歌を物陰に隠したまま、素早く立ち上がった。
ナイフを握る手が一瞬緊張で固まり、ゲイルの姿を鋭く見据える。
(敵か味方か───?)
戦場での直感が烈火に警戒を促すが、ゲイルの行動が自分たちを救ったことは確かだった。
「烈火……」
かすかに響く、震えるような小さな声。
烈火は兎歌を背後に庇いながらゲイルに近づく。
兎歌はまだ震えながらも、烈火の背中に手を置いて身を寄せていた。
「……大丈夫ならよかった」
ゲイルは拳銃を下げ、烈火たちを一瞥した。
「街が混乱している。独立派のテロリストが暴れ回ってるらしい。早く安全な場所に逃げろ」
ゲイルが拳銃を下げた瞬間、背後から新たな影が迫った。
バンダナを巻いたテロリストが鉄パイプを振り上げ、ゲイルの頭を狙って殴りかかってきたのだ!
「死ねぇーッ!!」
「危ねぇ!」
(ナイフを抜く時間は───ねぇ)
烈火は瞬時に踏み込み、右腕を振り抜いて正拳突きを放った!
ガキィンッ!
「何ィ!?」
鉄パイプが鈍い音を立ててくの字に折れ曲がり、テロリストの目が驚愕に見開く。
だがその隙を逃さず、烈火は流れるように左足を跳ね上げた。
ドゴンッ!!
ハイキックがテロリストの頭蓋骨を直撃し、ゴキッという不気味な音とともに男が地面に崩れ落ちた。
一撃で仕留めたその動きは、死線を超え鍛えられた戦士のものだった。
「見事……!」
ゲイルは振り返り、民間人らしからぬ烈火の戦闘能力に一瞬、驚きの表情を浮かべた。
切れ長の目が鋭く光り、青年の正体に疑念を抱く。
だが、混乱の中で問いただす余裕はない。
煙と埃が立ち込める中、ゲイルは短く言葉を投げかけた。
「やるな。気をつけろよ」
「お前もな」
烈火もまた、ゲイルの冷静な態度に一瞬目を細めたが、すぐに頷いた。
二人はそれ以上言葉を交わさず、別々の方向へと走り出した。
ゲイルはドレッドとルシアの待つ戦闘の中心へ向かい、テロリストの鎮圧に動き出す。
ドレッドの豪快な笑い声とルシアの的確な指示が遠くに響き、銃声が混じる。
烈火は兎歌の手を強く引き、爆発の煙が漂う現場から離れるべく石畳を駆けた。
兎歌が息を切らせながら烈火の背中にしがみつく。
「烈火、怖いよ……! 何なの、コレ!?」
「落ち着け、大丈夫だ!」
烈火は低く励まし、周囲を警戒しながら走る。
市場の喧騒は悲鳴と混乱に変わり、倒れた屋台や散乱した果物が足元に転がっていた。
だがその時、鋭い金属音とともに二人の前に飛び込んでくる黒い影!
───ガシャンッ!
黒いドーベルマンのようなロボットが石畳に着地し、四肢を軽やかに動かして烈火たちの前で停止する。
「これって……!」
「コマンドロボ! マティアスなのか!?」
混乱の中を走ってきたからか、機体は煤にまみれ、しかしその動きは俊敏で頼もしかった。
ロボのスピーカーから、穏やかで落ち着いた声が響いた。
『状況が変わった。急いで乗り給え!』
「マティアス! 何だ、この騒ぎは!?」
ロボが身体を伏せ、マティアスの声が再び流れる。
『独立派のテロだ。詳しい話は後だ、早く乗れ!』
烈火は速やかにロボの背に跨ると、兎歌を振り返り、その手を伸ばした。
「兎歌、行くぞ!」
「う、うん!」
兎歌は慌てて頷き、手を引かれるままにロボに跨る。
少女の手が烈火の胴を抱きしめ、豊かな乳が背中に押し付けられる。
ガシャンッ
金属音とともに、ロボが再び動き出した。
四肢が石畳を蹴り、驚異的な速さで混乱の現場を離れていく。
その背で烈火は息を整え、マティアスに尋ねた。
「プロメテウスはどうなってる? 機体はまだ動かせねぇのか?」
『整備は進んでいるが、まだ時間がかかる。だが、この状況では待っている余裕はない。応急処置で出撃させる』
マティアスの声は穏やかだが、緊迫感が滲んでいた。
兎歌が補助席で膝を抱え、小さく呟く。
「わたしたちのせい……なの?」
「お前が気にすることじゃねぇ。この国の問題だ。俺たちは巻き込まれただけだ」
烈火の声は低く、しかし優しかった。
コマンドロボが市街地の外れへと突き進み、遠くで爆発音と銃声が響いてくる。
ゲイルたちの戦闘がまだ終わっていない証拠だ。
烈火の脳裏に、さっきの金髪の男の鋭い目が浮かんだ。
(アイツは誰だ? シグマの兵か、それとも別の……?)
疑問が頭をよぎるが、今は兎歌とコマンドロボと共に脱出することが最優先だった。
黒いドーベルマンが丘陵の影に消え、リープランドの陽気な街は煙と炎に包まれていく。
混乱の中で、烈火たちの新たな戦いが静かに幕を開けようとしていた。