二人のデートと迫る戦禍
今回の舞台は大陸西の小国家『リープランド』。
シグマ帝国の属国として重い支配と税金に縛られ、民族や宗教対立の火種を抱えながらも、この国はどこか陽気な空気を湛えていた。
市街地の大通りは、素朴で温かみのある風景に満ちている。
石畳の道が陽光に照らされ、両側には木造の家々が連なり、窓辺には色とりどりの花が飾られている。
市場からは魚の焼ける香ばしい匂いと、商人たちの威勢のいい掛け声が漂い、子供たちが笑いながら路地を駆け回っていた。
遠くには丘陵が連なり、その頂に立つ風車がゆっくりと回っている。
シグマ帝国の圧政の下でも、リープランドの人々はたくましく生きていた。
そんな街を、プロメテウス隊のパイロット───烈火と兎歌が並んで歩いていた。
成層圏での戦いの後、『ブレイズ・ザ・ビースト』や『リリエル・ザ・ラビット』を含む機体が深刻なダメージを受け、整備に時間がかかるため、パイロットたちに束の間の休暇が与えられたのだ。
烈火は普段の戦闘服ではなく、シンプルな黒いシャツとズボン姿で、鋭い眼光を少し和らげた表情で街を見回している。
一方の兎歌は、軽やかな白いワンピースに身を包み、うさ耳の帽子の下で長い髪を風になびかせていた。
兎歌は烈火の腕にギュッと抱きつき、豊満な胸が彼の腕に押し付けられている。
「なぁ、近くないか?」
烈火が少し困ったように呟くと、兎歌は頬を膨らませて上目遣いに彼を見上げた。
「烈火が、遠くに行っちゃう気がするんだもん……」
兎歌の声は甘く、少し拗ねた響きを帯びていた。
戦場では勇敢なパイロットとして振る舞う兎歌だが、こうして二人きりになると、女の子らしい一面が顔を覗かせる。
「やれやれ……」
烈火は小さくため息をつき、兎歌の頭を軽く撫でた。
「俺はどこにも行かねえよ。そもそも、少し息抜きに来ただけだろ」
「ほんと……?」
「ほんとだって」
二人は肩を並べて大通りをぶらぶらと歩き始めた。
通りには露店が立ち並び、焼きたてのパンや色鮮やかな果物、手作りの工芸品が所狭しと並んでいる。
「こっちの魚は新鮮だよ!」
「さぁさ見てってくれ! 焼き立てパンだ!」
「おっちゃん! これ一つ!」
商人たちが声を張り上げ、通りすがりの客と笑い合う声が響き合う。
烈火は無意識に周囲を警戒する癖が抜けず、鋭い視線で人混みをさりげなく観察していた。
だが、兎歌の柔らかな体温が腕に伝わり、少しずつその緊張が解けていく。
「ねえ、烈火。あそこの屋台、美味しそうな匂いがするよ!」
兎歌が指さした先では、串に刺した魚がジュウジュウと焼かれ、香ばしい煙が立ち上っていた。
桜色の瞳がキラキラと輝き、烈火はつられて小さく笑う。
「お前、食べ物見ると子供みたいになるな」
「失礼だなあ! 女の子は美味しいものに目がないんだから!」
兎歌が唇を尖らせ、烈火の腕を軽く叩く。
だがすぐに笑顔に戻り、その手を引いて屋台へと向かった。
石畳を踏む二人の足音が軽やかに響き、リープランドの陽気な喧騒に溶け込んでいく。
「……そうかよ」
戦いの重圧から解放されたこの瞬間、烈火の心には、成層圏で感じたあの少女の感情がまだ微かに残っていた。
だが、兎歌の笑顔がそれを優しく塗り替えていくようだった。
休暇の短い時間、二人は街を歩き回り、束の間の平穏を味わっていた。
リープランドの市街地は、陽気な喧騒に包まれていた。
石畳の大通りを歩く烈火と兎歌は、屋台で買った焼き魚を手に持つ。
串に刺さった魚は皮がパリッと焼け、脂が滴り落ちるほどジューシーで、香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐる。
烈火は無造作に魚をかじりながら、ゆっくりと街を歩き回っていた。
だが時折、烈火の視線は遠くに彷徨い、ぼんやりとした表情が顔を覗かせる。
その瞳には、成層圏で感じたあの少女───サーペントのパイロットの怯えた感情が、微かに残響しているようだった。
「むぅ……」
その様子に、兎歌の心はざわついた。
(烈火……わたしを見てよ。知らない娘のことなんか、見ないでよ)
彼女は焼き魚を頬張りながら、烈火の腕に抱きつく力を強めた。
むにゅッ♡
柔らかな胸が彼の腕に押し付けられ、ワンピースの薄い生地越しにその感触が伝わる。
兎歌は少し意地悪な笑みを浮かべ、串を口から離して言った。
「ほら、烈火。おっぱい好きでしょ?」
烈火は魚を噛む動きを止め、一瞬固まった。
「あのなぁ……」
思わず牙を剥く。
理性と本能がぶつかり合うが、人前で押し倒すわけにもいかない。
烈火はすぐに小さく笑って、兎歌の頭を軽く叩いた。
「お前、ほんと戦場と別人だな」
「ふふっ」
兎歌は小さく笑い、再び魚にかぶりつく。
二人の足音が石畳に軽やかに響き、市場の喧騒や子供たちの笑い声に混じり合った。
烈火は兎歌の明るさに引っ張られるように、遠い目をする時間が少しずつ減っていく。
焼き魚を食べ終えた二人は、手を繋いでさらに街をぶらつき始めた。
~~~
そのすぐ近く、大通りに面した小さな喫茶店では、別の空気が流れていた。
木製のテーブルに三人の男女が座り、静かに会話を交わしている。
窓の外では陽気なリープランドの風景が広がり、風車が丘の上でゆっくりと回るのが見えたが、彼らの表情には緊張と冷徹さが漂っていた。
一人はゲイル・タイガー。
金髪に切れ長の目を持つ、シグマ帝国最強のパイロットだ。
鋭い眼光と冷徹な雰囲気を纏いながらも、どこか悲壮感が垣間見える。
「ふむ、ここの珈琲も悪くない……」
ゲイルは珈琲のカップを手に持ち、黒い液体を静かに啜りながら、窓の外の風景を眺めていた。
反対側には、腹心のエースパイロット二人が座る。
一人はドレッド・ドーザー。
褐色肌の巨漢で、荒っぽい雰囲気が全身から溢れている。
「あぐっ、あぐっ。そう言えば、なんで今日は来てんスかねぇ」
単純で直情的な性格の彼は、テーブルに肘をつき、大きな手でパンをちぎって口に放り込んでいた。
一方のルシア・ストライカーは、海のように青い髪を持つ女だ。
生真面目な性格で、姿勢を正して座り、巨乳が制服越しに強調されている。
「ドレッド! 食べながら話さないでください。汚いですよ」
彼女の視線は時折ゲイルに向けられ、異性としての意識が微かに滲んでいた。
ゲイルはカップをテーブルに置き、ケーキをかじる。
そして低い声で口を開いた。
「よく見ておけ、我々がたどり着いたこの街を。リープランドはシグマ帝国の属国だが、エリシオンの手が伸びてきている。陽気な顔の裏で、裏切りが蠢いているのだ」
ドレッドがパンを飲み込み、豪快に笑った。
「ハッ! 裏切りだろうが何だろうが、俺らが叩き潰せば済む話だろ。ゲイル、あんたが一言くれりゃ、いつでも動くぜ!」
ルシアが眉を寄せ、ドレッドをたしなめる。
「ドレッド、単純すぎます。リープランドがエリシオンに寝返れば、シグマ帝国の西の拠点が揺らぐ。力だけで解決できる問題じゃない。リープランドだって無策なはずはないんです」
ゲイルは小さく頷き、珈琲をもう一口飲んだ。
「その通りだ。エリシオンの連中が動いている以上、油断はできない。実働部隊……プロメテウスといったか? の連中も絡んでるとなれば、なおさらだ」
「エリシオン……」
ルシアが眉を寄せた。
青い髪が微かに揺れ、真剣な瞳がゲイルを見つめる。
ドレッドはパンを頬張る手を止め、巨体を少し前のめりにして言葉を待った。
喫茶店の木製テーブルに珈琲の香りが漂う中、ゲイルは二つ目のケーキをほおばる。
机の上のケーキの山を前に、その声が低く響き始めた。
「リープランドがエリシオンに寝返れば、その波紋は広がる。シグマ帝国の統一が揺らぎ、東武連邦やノヴァ・ドミニオンの侵攻に耐えられなくなる」
「そ、そうなのか?」
「ああ。俺たちが課してる税金は無駄に取ってるわけじゃない。その金が我々の機体に使われ、シグマの庇護を実現しているのだ」
ゲイルはコーヒーカップを手に持ち、冷徹な口調で続けた。
窓の外では、陽気なリープランドの市民が笑い合い、市場の喧騒が穏やかに響いている。
その平和な光景と、彼の言葉の重さが奇妙に対照を成していた。
「う、う~ん……」
「なるほど……」
ドレッドは考え込むように顎を撫で、ルシアが唇を引き結んで視線を落とす。
ゲイルは二人の様子を見ながら、さらに言葉を重ねた。
「だが、寝返りを許すわけにはいかない。この国の代表がエリシオンに加盟した場合、見せしめとしてこの街を焼かねばならん。だから、よく見ておけ。我々が誰を殺そうとしているかを、な」
彼の切れ長の目がゆっくりと動き、窓の外を歩く市民たちへと向けられた。
石畳を踏む老人の足音、魚を焼く屋台の煙、子供たちが風車を指さして笑う声───
その全てが、ゲイルの視線の中で凍りついたかのように見えた。
冷徹なだが義理堅さが宿る瞳には、決意と微かな哀しみが混じり合っていた。
ルシアは息を呑み、小さな声で呟いた。
「街を焼く……? ゲイル様、そんなことが本当に必要なのですか。ここにいる人たちは、ただ生きてるだけなのに」
ドレッドが豪快に鼻を鳴らし、テーブルを軽く叩いた。
「必要があろうがなかろうが、裏切り者は許さねえよ。シグマのためなら、俺は躊躇わねえぜ。なぁ、ゲイル?」
ゲイルは静かに珈琲を啜り、カップをテーブルに戻した。
「それはその通りだ、ルシア。だが……」
ゲイルの言葉が、かすかに震える。
「シグマ帝国の秩序を保つためには、やるしかない。裏切りが広がれば、俺たちの機体も、庇護も、全てが崩れる。この街が焼かれれば、他の属国は二度と寝返りを考えなくなる。それが現実だ」
「ゲイル様……」
ゲイルの声には感情がほとんどなく、ただ冷たく事実を述べる響きがあった。
ルシアの瞳が揺れ、拳を握りしめる。
その生真面目な性格が、ゲイルの言葉に抗おうとするが、反論の言葉を見つけられない。
ドレッドは逆にニヤリと笑い、戦いの予感に目を輝かせていた。
リープランドの陽気な喧騒は、喫茶店の窓越しにも鮮やかに響いていた。
石畳を踏む足音、屋台の商人たちの威勢のいい掛け声、子供たちが風車を指さして笑う声───
それらが織りなす日常の旋律は、まるでシグマ帝国の重い軛すら忘れさせるかのようだった。
だが、木製のテーブルを囲む三人の間には、戦場の冷たい空気が漂っていた。
ゲイルは珈琲のカップを静かにテーブルに置き、フォークで3つ目のケーキを切り分ける。
金髪が陽光にきらめき、切れ長の目に宿る鋭さは、穏やかな街の風景と対照をなしていた。
ゲイルの視線は窓の外を歩く人々を冷徹に捉えながら、口元に微かな笑みを浮かべる。
「ところで」
ゲイルの視線が、ルシアの手前のスペースに止まる。
そこには、紅茶だけが置かれている。
「あまり食べていないな。もっと食べないと、スタミナがつかんぞ」
ゲイルの声は低く、しかしどこか温かみを帯びていた。
ゲイルはメニューを手に取り、店員を呼び、さらりと追加のケーキセットを注文する。
ルシアが目を瞬かせ、ドレッドが眉を上げる中、ゲイルはフォークを口に運びながら続けた。
「なに、心配するな。俺のおごりだ」
「あ、は、はい」
ドレッドが大きな手でパンをちぎり、口に放り込みながら鼻を鳴らす。
「ケーキなんざ、女の食うもんだろ。俺は肉とパンで十分だぜ」
その言葉に、ゲイルの視線が鋭くドレッドを射抜いた。
フォークが一瞬止まり、喫茶店に流れる穏やかな喧騒の中で、彼の声は静かな刃のように響く。
「男が食うものにこだわるな、ドレッド。筋トレ本のような偏った食事で強い肉体が作れると思うか?」
「う……」
ドレッドは言葉に詰まる。最近、筋トレの伸び悩みと戦っていたのだ。
その原因が偏った栄養であると、ゲイルは見抜いていた。
ゲイルは四つ目のケーキをすでに平らげ、皿を脇に寄せた。
彼は新たな珈琲を啜り、言葉を重ねる。
「なんでも食うことだ。甘いものも、苦いものも、酸っぱいものも——それが身体を鍛え、精神を研ぐ。戦場で生き残る者は、こだわりを捨てた者だ」