表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/77

幕間:作戦参謀の日常


 成層圏での戦いが終わりを迎えた翌日、海洋国家レヴァンドの王宮に朝が訪れていた。

 大理石の会議室の窓からは、白い城下町が陽光に輝き、遠くで波の音が穏やかに響き合っている。

 戦いの残響が遠くに消え、平和な光景が広がっていたが、室内には微かな緊張が漂っていた。


 楕円形のテーブルの両端に座るのは、エリシオンの代表セレーナ・エクリプスと、作戦参謀のギン。

 セレーナの金髪が朝陽を反射し、白いローブが気高さを際立たせるが、その瞳には迷いと疲れが宿っている。

 一方のギンは、長い銀髪を纏めて背に流し、底知れない瞳に柔らかな笑みを浮かべていた。

 指先でペンをくるくると回しながら、彼女の言葉に耳を傾けている。


 セレーナは内心で知っていた。

 ここまでの計画を緻密に練り、裏で手を回してきたのは、この目の前の青年だということを。

 タンドリアの加盟も、レヴァンドの調印も、ギンの策略がなければ成し得なかった。

 自分はそのコマに過ぎない───その自覚が、彼女の心に重くのしかかっていた。


 かつて東武連邦に拉致された時、どこからともなく現れた特殊部隊に救われた記憶が蘇る。

 あの時、ギンは流れを読んで部隊を待機させていたのではないか?

 疑問が頭をよぎるが、それを口にする勇気はなかった。

 もし真実を問えば、ギンの柔らかな笑みの裏に隠された何か───例えば冷徹な計算、例えば彼女を駒としか見ない視線───が露わになるかもしれない。

 それを恐れ、セレーナは黙って報告を続けた。


「昨日、タンドリアに続いてレヴァンドがエリシオンの傘下に加わったわ」

「うんうん」

「大陸西のリープランドからも加盟の声が上がっていて、近日中に使者が来る予定よ」


 セレーナは地図に視線を落としながら言った。

 赤い線が勢力範囲を示し、新たな印がエリシオンの成長を現す。

 ギンはペンを止め、柔らかく頷いた。


「素晴らしいよ、セレーナ。キミの手腕がなければ、ここまで勢力を広げられなかった。政治家として、本当に有能だ」

「有能だなんて……私はただ指示に従っただけよ」


 セレーナは苦笑いを浮かべた。

 視線が窓の外に逃げ、城下町の白い屋根を見つめる。

 セレーナの心に、別の話題が浮かんでいた。


「それと、サーペントと呼ばれる新型機のパイロットについて」

「ほう」

「烈火の報告によると、幼い少女だったそうよ。それなのに、とても強かった、と」


 ギンの瞳が一瞬鋭く光り、すぐに笑みに戻った。


 「そうだろうね。ネクスターが人類進化の一つだとすれば、若い世代ほどその能力が進化しているはずだ。例えば、烈火や兎歌も20歳に満たない若者で、ネクスターの素質を持っている。ノヴァ・ドミニオンが同じようにネクスターを用意していても、不思議じゃないよ」


 セレーナは頷きつつも、眉を寄せた。


「確かにそうかもしれない。でも、プロメテウス隊の過酷な戦いの日々を思うと……私が彼らを死地に追いやっているんじゃないかって、不安になるの。私の決断のせいで、年端もいかない子たちが犠牲になるのよ」


 その言葉に、ギンは静かに立ち上がり、テーブルの端に腰を掛けた。

 銀髪が揺れ、セレーナを優しく見つめる。


「セレーナ、都合よく戦いを避けられる方法なんてないよ。もしあったら、オレがとっくに実行している。戦わなければ、何も手に入らないし、奪われるだけだ」

「それは……」

「それに、プロメテウス隊が戦うのは、キミじゃないくて、オレがそのように計画したからだ」


 ギンの声は柔らかくも確信に満ちていて、セレーナの心に染み込んだ。

 だが、セレーナの胸にはまだ重い影が残っていた。

 ギンの言う通りかもしれない。戦いは避けられないし、プロメテウス隊はギンの作戦によって戦場に立つ。

 けれど、それで納得して良いものかどうか、セレーナには分からなかった。


「キミが東武連邦に拉致された時も、ただ運が良かっただけじゃないよ」


 ギンが突然口を開いた。

 セレーナの心臓が跳ね、視線がギンに釘付けになる。


「流れを読んで、部隊を待機させていた。キミが無事に戻ってきてくれて、本当に良かったと思っている」

「……ッ!」


 その告白に、セレーナは息を呑んだ。

 やはりギンは全てを見越していたのだ。

 セレーナを救った特殊部隊も、彼の手駒だった。

 驚きと同時に、奇妙な安堵が胸に広がる。

 ギンが裏で動いている限り、自分は守られている───その事実が、彼女に微かな安心を与えた。


「ありがとう、ギン……でも、私にはまだ分からないわ。自分が本当にこの役割にふさわしいのか」


 セレーナは小さく呟いた。

 ギンは笑い、地図を手に取って広げた。


「キミがふさわしいかどうかは、結果が証明してるよ。タンドリアもレヴァンドも、キミがいなければエリシオンの一部にはならなかった。オレが計画を立てても、それを形にするのはキミだ。キミは傀儡なんかじゃない。エリシオンの顔なんだ」


 セレーナは地図を見つめ、赤い線が広がる様子に目を細めた。

 ギンの言葉が、彼女の迷いを少しずつ溶かしていく。

 確かに、セレーナが動いたことで国々は繋がり、巨大国家への対抗策が形になりつつあった。


「次はリープランドだね」


 ギンが話題を変えた。


「彼らが加盟すれば、大陸西の拠点が手に入る。こっちの方でも作戦を調整しておくよ」


 セレーナは頷き、地図に新たな印を付け加える


「ええ、リープランドの交渉は私が引き受けるわ。ギンには軍事面を頼みます。プロメテウス隊のことも……お願い」

「任せて。できる限りの援護をしよう」


 ギンはうなずき、魔法のように姿を消した。

 否、最初からここにはいなかったのだ。

 ギンは立体投影でセレーナに対応してくれていたにすぎない。


「ギン……」


 窓の外では、城下町の人々が日常を送り、白い風景が朝陽に輝いている。

 セレーナは思わず胸に手を当てた。

 窓の外の人たちの中には、裕福ではないものも多くいる。

 エリシオンに加盟したことで、軍事費の供出を要求され、人々は貧困に喘いでいる。


 そして、その予算で動く者たちがセレーナを支えている。

 ギンはこの貧困国家を指定し、言外に伝えているのだ。

 自分に課せられた役目と、その責任の重さを。


「……そうね。私が、くよくよしてちゃいけないものね」


 セレーナは以前、烈火という青年に諭されたことがある。

 寝るところも食事もあるのに悩むのは、贅沢だと。

 言われたのに、悩んでばかりだ。

 もっともっと、強くならなくては。


「そうね。私も、がんばらないと」


 そう呟いて、セレーナも部屋を後にした。

 やることは山積みだ。

 防衛軍の配備、予算会議、加盟国間の対立の仲裁……。

 まずは、このレヴァンドの民が飢えずに済むよう、支援をしなくては。


~~~


 エリシオン本国は、大陸南の熱帯気候に抱かれた小国家だった。

 青い海に囲まれ、ヤシの木が揺れる首都の地下には、秘密の庭園が広がっている。

 色とりどりの熱帯植物が咲き乱れ、人工の滝がさらさらと流れるその場所で、ギンは通信パネルを開いた。

 青年の瞳が、ホログラムに映る技術者たちを捉える。


『オレだ。進捗はどうかな?』


 ギンの声は軽やかだが、鋭い意図が隠れている。

 ホログラムの向こうで、開発担当のおやっさんが首を振る。

 無精ひげを生やした中年男の顔に、疲れと苛立ちが滲む。


『まいったな、ギンさん。プラズマリアクターの建造に必要なレアメタルが足りねぇ。一部の工程が完全に止まっちまってる』


 ギンはニヤリと笑い、予想通りだとばかりに肩をすくめた。


『そろそろ困ってる頃だろうと思ったよ。いいさ、リアクターは後回しで構わない。機体本体を優先してくれ。プロメテウス隊が戻ってくる前に、使えるものを揃えておきたい』


 ギンは考える。

 プロメテウス隊は強いが、無限に勝てるわけではない。

 烈火、兎歌、マティアス、ギゼラ……可能な限り腕の立つものを用意したが、いつかは負ける日が来るかもしれない。

 その時のために、機体を強化し、戦力を整えておく必要がある。


『了解だ。本体の建造もまだまだかかるしな』


 おやっさんが少し明るい声で続ける。


『ところで、ルナの改修は順調だ。進捗はバッチリだぜ。言われた通り、両腕のマルチプルユニットを増設した。ファングパックがなくても、これなら十全に戦える』


 ギンは頷き、地下庭園の滝を見ながら考える。

 ルナとアズールは本国防衛の要だ。

 追い詰められた敵がこの場所を狙ってくる可能性は高い。

 その時を見据え、戦力を増強しなくては。


『そういえば、リベルタとダフネの状態は? リアクターはともかくとして、機体そのものに遅れは?』


 ギンが尋ねると、おやっさんが少し声を低くする。


『リベルタは兎歌ちゃんのネクスター適性に合わせて調整中だ。ブレイズとのシンクロ率を上げるのが課題だが、順調っちゃ順調。ダフネは……パイロットがいねぇから、テストが遅れてる。誰かいい候補いねぇか?』

『パイロットか……頭に入れとくよ。とにかく、ルナを最優先で仕上げて欲しい。敵はいつ来るか分からないからね』

『あいよ。任せときな。できる限りのことをしてやる』


 ギンは通信を切り、地下庭園のベンチに腰を下ろす。

 熱帯の花の香りが漂い、滝の音が静かに響く。

 いつの間にか、隣には猫耳の帽子をかぶった少女が立っていた。


「大変だねぇ、カイ」


 ギン……今はカイと呼ぶべきか……は、首を振った。


「そんなに大変でもないよ。陰ながらフォローしてくれる相方がいるから」

「そう? 睡眠時間は削ったらダメだよー」


 少女は隣に座り、金髪を揺らして肩を寄せた。


「わかってる。ここまで来たんだ。今さら寝不足で倒れたなんて間抜けなことはしないぜ」

「そう? ならいいケド」


 カイは腕を伸ばして少女を抱き寄せる。


「ミィ。世界平和とか、大それたことは考えてないけどさ。この小さな家を守るために、ここまで苦労するとは思わんかったよ」

「それは……そうだね」


 カイの頭脳は冷酷な計算結果を持っていた。

 軍事同盟を結び、仲間を増やし、世界を相手に戦争をする。

 そこまでしなければ、この地下庭園は守れないのだ。

 愛する少女を一人守れればそれでよかった。

 それなのに、100年以上をかけて、随分と大事になってしまった。


「カイ……」

「面倒だけど、まぁ、頑張ってみるさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ