東武連邦、宇宙艦隊、旗艦、クーロン
プロメテウスの格納庫に、重々しい駆動音が響き渡っていた。
「ブレイズのリアクター稼動ヨシ!」
「リリエル、システムオールグリーンヨシ!」
「なんだか知らんがとにかくヨシ!」
「何だ今の!?」
ブレイズのコックピットに乗り込んだ烈火・シュナイダーが、操縦桿を握り直す。
赤い機体のハッチ前には、メカニックの菊花が立っていた。
作業着の胸元が緩く開き、ゴーグルを額にずらした彼女が、関西弁で説明を始める。
「ええか、烈火。宇宙用パックは調整が終わっとらんからな。細かいところは戦いながら合わせるんやで。無茶したらアカンよ!」
烈火はヘルメットのバイザーを下げ、短く返す。
「分かった。戦場で慣らすさ」
隣では、リリエルにミサイルコンテナが装着されていく。
桜色の機体が整備員の手で武装を強化され、背中の大型コンテナが重々しく開閉する。
コックピット内で、兎歌・ハーニッシュがパイロットスーツの前を閉じていた。
ギギギギ……。
豊満な胸がスーツに押し込まれ、その形がくっきりと浮かぶ。彼女は小さく息をつき、自分を鼓舞するように呟く。
「大丈夫、大丈夫。わたしは強い。わたしが護る……!」
グォオーン……。
ブレイズとリリエルのハッチが閉まり、格納庫の床が振動する。
プロメテウスの発進ゲートが開き、二機が成層圏へと飛び出した。
リパルサーリフトの青い残光が尾を引き、赤と桜色の影が闇の中へと消える。
その彼方から、接近する影が現れた。
宇宙用に改造された東武連邦の量産型コマンドスーツ───シェンチアンだ。
装甲に追加されたスラスターが微かに光り、重力の制約から解放された機体が16機、一糸乱れぬ編隊を組んで迫ってくる。
プロメテウスの艦橋から、オペレーターのヨウコの声が通信越しに響き渡る。
「敵性反応接近、数16! リニアキャノンのチャージを確認しました!」
烈火の瞳が鋭く光る。
「来やがれ!」
ブレイズの両腕が動き、マルチプルユニットがシールド形態に展開。
次の瞬間、シェンチアン群が一斉にリニアキャノンを放つ!
ドゴォオオッ!
高速の弾体が成層圏を切り裂き、烈火へと襲いかかる。
だが───
ガキィンッ!
両手のシールドが青白いバリアを張り、弾体を弾き返す。
数発、弾き損なって装甲を掠めた。
火花が散り、烈火の声がコックピット内に響く。
「まだ調整不足か……だが、十分だ!」
背後では、リリエルがプロメテウスの前に陣取っていた。
兎歌が通信で叫ぶ。
『烈火、ミサイル行くよ! 』
リリエルの背中のコンテナが一斉に開き、無数のミサイルが発射される。
ドドドドドッ!
尾を引くミサイル群がシェンチアンたちに向かって飛翔し、成層圏に無数の爆発が煌めいた。
ボゴォオンッ!
火球が広がり、数機のシェンチアンが爆散。
破片が闇に散らばり、リリエルの援護が戦場に風穴を開ける。
兎歌がコックピット内で息を整え、叫ぶ。
『やった……やったよ、烈火!』
『ナイスだ兎歌! あとは任せろ!』
烈火が通信越しに返す。
一方、シェンチアンの編隊が乱れつつも反撃を開始。
残存機がリニアキャノンを再チャージし、ブレイズへと照準を合わせる。
烈火はシールドを構えたまま、爆炎を盾に間合いを詰めた。
『宇宙でも動きは鈍ぇな……来いよ、鉄クズ野郎!』
成層圏の戦場に、赤と桜色の機体が舞う。
爆発の光が闇を切り裂き、空に流星が舞った。
同時刻、プロメテウスのブリッジ。
そこには緊張が張り詰めていた。
艦長レゴンが指揮席に立ち、痩せぎすの体を震わせながらも、鋭い指示を飛ばす。
普段は情けない男だが、追い詰められた今、彼の声には決断力が宿っていた。
「ブレイズは先行し敵を散らせ! リリエルはプロメテウス前方で次のコンテナを受け取れ。メカニックチーム、武装コンテナの射出準備急げ! ストラウスは後方の防衛、ウェイバーは敵艦を探せ!」
『『『『了解!』』』』
通信機越しに、各パイロットから短い応答が返る。
レゴンはモニターを見つめ、額に汗を滲ませた。
(敵の数が多い……だが、やるしかないのだ!)
成層圏の戦場。
リリエルはミサイルコンテナをパージする。
空になったコンテナが切り離され、プロメテウスから放たれたアンカーに絡めとられる。
同時に、兎歌が両腕のサブマシンガンを構えた。
ガガガガッ!
弾幕がシェンチアン群を牽制しつつ、リリエルの四脚フレームがプロメテウスの甲板に着地。
『コンテナ、早くお願い!』
兎歌の声が響き、艦の射出ゲートから新たな武装コンテナが放たれる。
桜色の機体がサブアームで受け取り、背中に装着。
追い越すように『ウェイバー・ザ・スカイホエール』の巨体が頭上を飛んでいく!
その前方では、ブレイズが先行していた。
烈火の視界に、シェンチアン群を越えた先に巨大なシルエットが浮かび上がる。
サーペント・ガレルの巨体だ。
ブレイズの2倍近いサイズ、異形の装甲と巨大なリアクターが成層圏の闇に映える。
「なんだコイツ……新型か?」
烈火は呟き、操縦桿を握り直す。
ブレイズのマルチプルユニットがE粒子ブレードに切り替わり、青白い光が刃に宿った。
「でけぇだけじゃねぇなら、相手してやるぜ!」
さて、艦を挟んだ後方では、マティアスが『ストラウス・ザ・ホークアイ』のコックピットでスコープを覗いていた。
黒いマントに覆われた機体が静かに浮かび、大型スナイパーライフルが背後を狙うシェンチアンを捉える。
「良い判断だ。私だってそうする。新型を囮にして、背後を叩くだろう」
マティアスの冷静な声がコックピットに流れ、引き金を引く。
ドゴォオンッ!
粒子ビームが一閃し、シェンチアンのリアクターを正確に撃ち抜く。
爆発が闇に広がり、僚機が連鎖的に破壊される。
「撃墜2確認。次」
スコープが次の標的を捉え、マティアスは淡々と狙撃を続ける。
一方、ウェイバーは成層圏を飛び回っていた。
紫の巨体がスラスターを噴かし、敵艦の位置を計算。
ギゼラがコックピット内で歯を剥き、視線を走らせる。
「オイオイ、敵艦どこだよ、隠れてんじゃねぇぞ!」
敵は蛇行軌道で移動しており、発進元を特定させないようにしている。
だが、ギゼラの眼にはパターンが隠しきれていない。
と、シェンチアンの一部がギゼラの企みに勘付き、迎撃に向かってくる。
「ちっ、しつこい奴らだねぇ!」
ウェイバーの背面ミサイルコンテナが開き、無数のミサイルが放たれる。
ドドドドドッ!
オレンジ色の花火が空を埋め、追尾してきたシェンチアンを粉砕!
だが、敵艦『クーロン』の位置はまだ掴めていなかった。
一方、ブレイズの視界に迫るサーペントの巨体。
烈火が通信で叫ぶ。
『艦長、新型が出たぞ! 如何する!?』
ブリッジのレゴンがモニターを凝視し、声を張り上げる。
「烈火、その新型を引きつけろ! リリエルが援護を整えるまで時間稼ぎだ! ストラウス、後方を頼む!」
リリエルのコンテナが装着を終え、兎歌は接続を確認した。
『烈火、無茶しないでね! すぐ行くから!』
『分かった!』
ブレイズが跳躍し、サーペントへと突進する。
戦場の中央で、炎のように輝くブレイズと、幽鬼のように白いサーペントが激突する瞬間が迫っていた。
成層圏のあちこちで爆炎が煌めき、大気が震える。
「オォオオオッ!!」
だが、その前に立ちはだかったのは、3機の宇宙用シェンチアン!
無骨な鋼の兵士が編隊を組み、赤い機体を包囲するように展開する。
『目標確認。ブレイズです』
『よし、囲んで仕留めるぞ。ノヴァの連中に先を越させるな!』
『了解!』
1機目がアサルトライフルを構え、烈火へと照準を合わせる。
弾幕が成層圏を切り裂く、その寸前───リリエルの援護射撃が桜色の閃光となって襲いかかった。
『ぐおおッ!?』
ドドドッ!
サブマシンガンの粒子弾がシェンチアンの両腕を正確に撃ち抜き、火花と共に吹き飛ばす。
武装を失った機体がよろめく中、烈火が冷たく笑う。
「援護ナイスだ、兎歌!」
2機目がリニアキャノンをチャージし、唸りを上げて発射。
ドゴォオンッ!
高速弾体がブレイズを狙うが、烈火の操縦が一瞬早い。
機体が風のように翻り、弾を紙一重でかわす。
直後、シェンチアンの下半身が粉砕されていた。
ズガァンッ!!
一瞬遅れて、プロメテウスの艦体から轟音が響く。
艦載レールガンが火を噴いたのだ。
装甲が砕け散り、機体が地球の重力に引かれて大気圏へと落下していく。
炎に包まれた残骸が、成層圏の闇に赤い尾を引いた。
『艦砲射撃か! ならば!』
3機目が青龍刀を振りかぶり、ブレイズへと突進してきた。
鋼の刃が赤く輝き、烈火の眼前で振り下ろされる。
「はんッ!」
ブレイズの右腕が動き、マルチプルユニットが粒子ブレードに切り替わる。
青白い光の刃が一閃し、シェンチアンのコックピットを両断!
「そこだッ!」
『うわぁああ!?』
斬───ッ!
機体が真っ二つに裂け、爆発が成層圏に響き渡る。
烈火が息をつく間もなく、視界に巨大な影が迫っていた。
グォオオーン……。
サーペントの巨体だ。
ブレイズの2倍近いサイズ、病的に白い装甲が成層圏の薄い光を反射している。
「コイツは……強ぇな」