前編:新兵器、ジャガノート・ゼオラ
シグマ帝国の巨大軍事基地『バグラザード』。
広大なドックに戦闘空母『ヴァーミリオン』が収容され、整備員たちが慌ただしく動き回っている。
「よーし、ケーブル上げろー!」
「リアクターを触るやつは放電パネルに触っとけよー!」
「古い燃料はこっちだ。もったいなくても抜いとけ!」
「おーらいおーらい!」
巨大なクレーンが艦に資材を運び込み、火花が飛び散る中、新型のコマンドスーツが次々と搬入される。
ドックを見下ろす通路で、ドレッドとルシアが手持ち無沙汰にその様子を眺めていた。
ドレッドが褐色の大柄な体を欄干にもたれさせ、ぶっきらぼうに呟く。
「なぁ、ルシア。新型の機体、すげぇ強そうだな。俺らのジャガノートの代わりになんのかね?」
ルシアは青いポニーテールを揺らし、少し疲れた顔で応じる。
「そうですね……私の機体は爆散しましたけど。新調してもらえるなら嬉しいですけど」
「お前、生きて帰れただけで上等だよ! 隊長も強さ、認めてるって!」
ドレッドが豪快に笑い、彼女の肩を叩く。
ルシアは苦笑いを浮かべつつ、整備されるヴァーミリオンを見つめる。
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その頃、ゲイル・タイガーは司令官の部屋へと呼び出されていた。
重厚な扉が開くと、室内には髭の長い初老の男が立っていた。
軍服に多くの勲章が輝き、シグマ帝国の威厳を体現する司令官だ。
「お呼びですか。司令官殿」
「ああ、よく来たな」
彼はゲイルを見据え、渋い声で話し始める。
「ゲイル・タイガー。貴様の隊がエリシオンとの交戦から生き残り、さらに敵のコマンドロボとコンテナを回収してきたことは賞賛に値する。よくやった」
「ありがとうございます、司令官。部下の働きがあってのことです」
ゲイルは金髪を軽く揺らし、謙虚に頭を下げた。
司令官は椅子に腰を下ろしたまま、机上のデータパッドを手に取る。
「謙虚だな。だが事実だ、直近でエリシオンの空母と交戦し、生き残ったのは貴様の隊だけだ。他の部隊は全滅、あるいは壊滅的な打撃を受けた。貴様が持ち帰った情報と資材は、我々に大きな利をもたらすだろう」
「エリシオンの機体性能は予想以上でした。次に備える必要があります」
ゲイルは鋭い目で司令官を見返した。
その視線に、司令官は小さく頷き、髭を撫でながら続ける。
「ああ、その通りだ。ヴァーミリオンには新型機を配備した。これから貴様に新たな任務を与える。準備を整えろ」
司令官が立ち上がり、壁のスイッチを押すと、巨大な地図が投影された。
彼は指で地図上の数カ所に×印を書き込む。
シグマ帝国の基地を示す印だ。
渋い声で説明を続ける。
「見ろ、ここだ。エリシオンの攻撃で我が戦線が崩れた場所だ。そこへ東武連邦が攻め込んで来おった」
「もうこんな所まで……!」
「そうだ。連中の動きは素早い。貴様らの次の任務は明白。基地の防衛と戦線の奪還だ」
「了解しました。ヴァーミリオンと新型機で対応します。敵の動きを封じてみせましょう」
ゲイルの目が地図を鋭く見つめ、低く応じた。
司令官は髭を撫で、満足げに頷く。
「頼んだぞ、ゲイル。貴様ならできると信じておる」
「はッ!」
ゲイルは敬礼し、部屋を後にする。
~~~
場面はバグラザード内の研究室に移る。
室内にはバラバラになった機械のパーツが散乱し、コマンドロボやコンテナのパーツが作業台に並ぶ。
その中心に立つのは、白衣を着たオレンジ髪のメガネっ娘、キュロンだ。
キュロンの控えめな声が響き、巨乳が白衣の下でわずかに揺れる。
「ゲイル様、分析が終わりました。残念ながら、画期的な技術は見つかりませんでした」
キュロンはゲイルに分析結果を報告する。
報告を受け、ゲイルは腕を組み、眉を軽く上げた。
「ほう? 具体的には?」
キュロンはデータパッドを手に持ち、真面目に続ける。
「この機械……コマンドロボと呼ばれるそうですが……の技術は確かに高度です。制御精度や自律性は優れています」
「ほう」
「……ですが、手間を掛ければシグマでも再現可能なレベルです。コンテナの方も同様で、特別な素材や構造は見られませんでした」
キュロンはメガネを押し上げ、少し申し訳なさそうに目を伏せる。
ゲイルは小さく笑い、感心したように呟いた。
「エリシオンめ、簡単には手の内を明かさないか。賢い連中だ」
「すみません。お役に立てなくて……」
キュロンは首をかしげ、控えめに謝る。
その言葉に、ゲイルは首を振った。
「問題ない。これは我々が機体そのものを鹵獲できなかったせいだ。君のせいではない」
「あ、ありがとう……御座います」
キュロンはデータパッドを手に持ったまま、さらに説明を続ける。
オレンジの髪が照明に映え、真面目な声に少し焦りが混じる。
「ゲイル様、エリシオンの機体性能についてですが……正直、何かしらの画期的な技術がなければ、この高性能は説明がつきません」
「だが、コマンドロボやコンテナからはそれが見られなかった以上、彼らは別の何かを持っているはず。そういう事か?」
「はい……」
「……まぁな。コマンドスーツの片手装備が機動要塞の主砲と同等などと、聞いたこともない」
キュロンは眼鏡をクイッと動かし、続けた。
「それに対抗するため、私たちも新型を投入するしかありません」
「新型だと? ふむ、続けろ」
ゲイルは鋭い目で彼女を見返す。
キュロンが指を鳴らすと、二人の横の空間に機体の図面が表示された。
「これは……」
「ジャガノート・ゼオラです。この新型機は、オーバーリアクターという新型リアクターを搭載しています。短時間なら、エリシオンの機体と同等の出力が出せる設計です」
ゲイルは感心したように眉を上げ、低く呟く。
「ほう、同等の出力か。悪くないな」
だが、キュロンは少し自嘲気味に笑い、言葉を続けた。
「ありがとうございます、ゲイル様。ただ……単に消費速度を上げただけなので、一定時間でオーバーヒートを起こし、停止します」
「ふむ」
「稼働限界は通常のジャガノートの半分、長時間戦闘には向きません。ぶっちゃけ、力技でしかないんですけど……」
キュロンが肩をすくめると、白衣の下で巨乳が小さく揺れる。
ゲイルは設計図に目を走らせ、静かに頷いた。
「短時間決戦なら使える。戦術次第だな。何機用意した?」
キュロンは姿勢を正し、きっぱり答える。
「3機です。ゲイル様、ドレッドさん、ルシアさんの三本槍のために用意しました。ヴァーミリオンの整備が終わり次第、出撃可能です」
「三本槍……か。エリシオンの前に、その力を試してやるのも悪くない。良くやった、キュロン」
ゲイルの唇に冷たい笑みが浮かぶ。
キュロンは敬礼し、おひさまのような笑顔を浮かべた。
ゲイルはモニターに映るヴァーミリオンと新型……ジャガノート・ゼオラを見下ろし、次の戦いを見据える。
「さて……どれだけ持ちこたえられるか、楽しみだな」
〜〜〜
場面は戦闘空母『ヴァーミリオン』の艦橋に移る。
リアクターが低く唸り、巨大な艦体が東武連邦との戦線へと向かっていた。
「では、機体のおさらいだ」
ゲイルはドレッドとルシアを前に、モニターに映るジャガノート・ゼオラの設計図を示しながら説明を始める。
二人は真剣な眼差しでモニターをみつめ、ゲイル切れ長の目が二人を鋭く見据える。
「いいか、ジャガノート・ゼオラの稼働時間は通常機体の半分程度だ。オーバーリアクターのおかげで短時間ならエリシオンの機体並みの出力が出せるが、長持ちはしない。覚えておけ」
ドレッドが褐色の巨体を揺らし、豪快に笑う。
「半分でも十分っすよ、隊長! ぶっ壊す時間ならそれで間に合うっす!」
「了解しました、ゲイル様。短時間決戦が肝要、と言うことですね」
ルシアは青いポニーテールを揺らし、真剣に頷いた。
ゲイルはモニターを切り替え、新たなデータを表示する。
「機体の出力が上がると言うことは、パイロットへの負担も上がると言うことだ。特にルシア、訓練したとはいえ、女の身でGに耐えるのは厳しい。強がらず疲労や身体の違和感を報告しろ」
「ゲイル様……」
ルシアは何かを言おうとしたが、先回りするようにゲイルが言葉を続けた。
「私はプライドから報告を怠る者を信用しない。貴様は私の信用に応えられると信じているぞ」
「は、はい……! 期待を裏切らぬよう、精進します!」
ルシアは背筋を伸ばして答えた。
その言葉に満足したゲイルは、ドレッドにも視線を向ける。
「ドレッド、貴様もだ。新型機とは不具合を起こすもの。気がついたことは早めに報告しろ」
「了解っす隊長!」
ドレッドの言葉に、ゲイルは小さく頷き、説明を終える。
「よし、では準備しろ。戦場が近いぞ」
〜〜〜
しばらくして、ヴァーミリオンの窓から眼下に戦場が見えてくる。
東武連邦の機動部隊がシグマの防衛線を押し込んでおり、シェンチアンの群れが土煙を上げて進軍している。
遠くで爆発が響き、シグマのタイタンが次々と倒される光景が広がる。
ゲイルは静かに呟いた。
「東武連邦が押しているか……ちょうどいい。ジャガノート・ゼオラの見せ場だな」
艦内に緊張が走り、出撃の準備が整えられていた。
「オーバーリアクター、稼働よし!」
「固定ワイヤー外せ!」
「センサー類、オールグリーンです!」
ヴァーミリオンの格納庫で、ジャガノート・ゼオラの出撃が近づく。