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エリシオン代表、セレ―ナ・エクリプス

 タンドリア。

 大陸南にある砂漠の国であり、小さくとも王の元で一歩ずつ発展していった国である。

 民族紛争、資源問題、技術発展の遅れ、シグマ帝国の侵攻……

 国が抱える問題は山積みでありながら、どうにか国として存続していた。


 その中に建つ、豪勢な王宮から、話は始まる。

 砂漠の戦場から少し離れた場所に建つ宮殿の一部屋では、重苦しい空気が漂っていた。

 部屋には伝統的な敷物が敷かれ、石造りの壁の棚には、美しい陶磁器が並ぶ。

 部屋の中央では、民族衣装をまとった政府高官の男が、テーブルに置かれた大きな契約書を見つめている。

 彼の顔は疲れと葛藤に満ち、額には汗が滲んでいた。

 ペンを手に持つが、その手は微かに震えている。


 テーブルの向かいには、エリシオンの代表である女……セレーナ・エクリプスが座っていた。

 セレーナの若く美しい空色の髪が光を反射し、豊穣の女神のような身体を包む白いローブが、気高さを際立たせる。

 彼女はにこやかな笑みを浮かべ、高官に穏やかに語りかける。


「タンドリアがエリシオンの傘下に加わってくれたこと、心から感謝します。これで貴国の民も、シグマ帝国の脅威から守られるでしょう」


 高官は重い溜息をつき、契約書にサインを記す。

 ペンが紙を擦る音がテント内に響き、緊張が一瞬解けた。

 セレーナの隣には、黒髪で巨乳の従者……ネビュラが控えている。

 物静かな彼女は無言で立ち、セレーナを護衛として傍にいる。


「これで……良いのですね」

「はい、細かい手続きはありますが、ひとまず、これでタンドリアはエリシオンの一員です」

「……ありがとうございます」


 男は小さく頭を下げた。

 その顔には葛藤が深く刻まれている。


「集団的自衛権や資源の共有……話すことはたくさんありますが、また後日、詳しくお話ししましょう」

「そうしてもらえると、助かります」


 セレーナが立ち上がり、高官に軽く会釈して部屋を後にする。

 ネビュラがその後を静かに追う。


 王宮の外に出た瞬間、セレーナのにこやかな笑顔が解け、重たい表情に変わった。

 足を止め、砂漠の風に吹かれながら呟く。


「確かに加盟国が増えた。シグマ帝国への抵抗力も強くなる。でも……本当にこれで良かったのかしら」


 セレーナの声には迷いが滲む。

 気高く真っ直ぐな性格のセレーナだが、実態はエリシオンの上層部の傀儡に過ぎない。

 それを自覚しているからこそ、心に影が差す。

 参謀の指示通りに動いて成功したものの、自分が何者なのか、その存在意義に疑問を抱いていた。


 隣に立つネビュラが、静かに口を開く。


「セレーナ様、お悩みですね」

「隠しても無駄ね、ネビュラにはすぐ分かるもの」


 セレーナが振り返り、苦笑いを浮かべる。


「確かに成功したけど、私、何か間違ってる気がするの。私が決めたことじゃない。ただ従っただけなのに」


 ネビュラは黒髪を風になびかせ、穏やかな声で続ける。


「セレーナ様が従った結果、タンドリアの民は救われました。それが今日の戦場で証明されています。ご自身を責める必要はありません」

「でも、私には何の力もないのよ。傀儡だって理解してるわ。こんな私が、代表でいいのかって……」


 ネビュラが一歩近づき、セレーナの手をそっと握る。

 その瞳には優しさが宿っていた。


「力は、必ずしも自分で決めることだけではありません。セレーナ様がここにいることで、多くの人が希望を見ています。私には分かります。貴女は傀儡ではなく、皆の心の支えなんです」


 その言葉にセレーナは目を潤ませ、ネビュラの手を握り返す。


「……ありがとう、ネビュラ。貴女がいると、少しだけ強くなれる気がするわ」


 二人は砂漠の風の中で静かに立ち尽くす。

 遠くでタンドリアの民の声が聞こえ、セレーナは再びにこやかな笑顔を浮かべようと努力する。

 だが、その心の奥には、まだ小さな迷いが残っていた。

 ネビュラはそんな彼女をそっと見守り、寄り添い続けていた。


~~~


 タンドリアの王宮を後にしたセレーナとネビュラは、エリシオンの飛行機に乗り込んでいた。

 機内は静かで、窓の外には砂漠の大地が遠ざかっていく。


「……ふぅ」


 セレーナは座席に腰を下ろし、目の前の通信パネルを操作する。

 画面が点灯し、銀髪の青年……ギンが映し出される。

 エリシオンの作戦参謀である彼は、穏やかな声で話し始めた。


『おめでとう、セレーナ。これでまた1つの国が仲間になった』


 ギンが画面越しに軽く拍手した。

 銀髪が揺れ、彼の瞳にはどこか欠けたような違和感が漂っている。

 セレーナはにこやかな笑顔を保とうとするが、その表情に複雑な心境が滲む。

 深呼吸し、意を決して問いかける。


『ギン、本当にこれでいいの? 本当は、タンドリアを侵略しているのは……』


 セレーナの瞳が揺れた。


『侵略者は我々じゃないのか、戦争に利用しようとしているだけなんじゃないかって……そう思えてならないのよ』


 通信の向こうで、ギンが小さく笑う。

 その笑顔は穏やかだが、どこか冷たくも感じられる。


『セレーナ、キミは優しすぎる。侵略か利用か、そんな風に考えて何になる? エリシオンがあってもなくても、戦争は終わらない。生きるためには力が必要だ。数という力が、ね』


 セレーナの眉がわずかに寄る。彼女は膝の上で手を握りしめ、言葉を続ける。


『でも、タンドリアの人たちは自分たちの意志で選んだわけじゃない。私たちが強いから、従わざるを得なかっただけ。それって、シグマ帝国と何が違うの?』


 ギンが首を振って、穏やかに返す。


『そうだね。例えば、あの街の少年が、農奴にされなかった。あの街の少女は犯されなかった。あの街の兵士は死ななかった。お望みなら、侵略された国で輪姦されて死んだ娘の記録でも見せようか?』

『命が救われた……確かにそうかもしれない。でも、私にはそれが正しいかどうかわからない。エリシオンも、彼らから兵隊を奪い、資源を奪うわ。私のせいで』


 セレーナの声が少し震える。

 ギンは画面越しに目を細め、静かに続けた。


『セレーナ、キミはエリシオンの顔だ。それだけで十分だよ。正しいかどうかは、歴史が決める。オレたちは今を生き抜くために動くしかない。動くしか、ないんだ』

『……』


 通信が一瞬途切れ、セレーナは目を伏せた。

 隣に座るネビュラが、静かにセレーナの手を握る。

 セレーナは小さく息をつき、ギンに視線を戻す。


『ギン、君の言うことは分かる。でも、私の行動で、人が死んでいくわ。それが……それ……が……』


 ギンが微笑み、どこか遠くを見るような目で言う。


『その気持ちは大事にすればいい。だけど、今は力を集める時だよ。セレーナ、キミがいてくれるだけで、エリシオンは一つになれる。それを忘れないでくれ』

『……わかったわ』


 通信が切れ、画面が暗くなる。

 セレーナは背もたれに体を預け、窓の外を見つめた。

 飛行機のエンジン音が低く響く中、心はまだ揺れていた。

 ネビュラがそっと声をかける。


「セレーナ様、大丈夫ですか?」

「……うん、ありがとう、ネビュラ。ギンの言うことも分かるけど、私、どうしても納得しきれないのよ。わがまま、なのかな」


 ネビュラが優しく微笑み、セレーナの手を握り直す。


「それでいいんです。セレーナ様が悩むのは、真っ直ぐだからです。その気持ちが、いつか答えに繋がりますよ」


 セレーナはネビュラに小さく頷き、複雑な心境を抱えたまま、遠ざかるタンドリアの大地を見下ろした。

 飛行機は雲を抜け、エリシオンの未来へと進み続けていた。


 飛行機の機内は静寂に包まれ、セレーナとネビュラの会話が途切れた。

 と、ネビュラがふと窓の外に目をやった。

 黒髪が揺れ、物静かな瞳が鋭く光る。

 セレーナもその視線に気づき、隣の窓へと顔を向ける。


 遥か遠く、空の果てに見えるか見えないかの距離に、複数の影が浮かんでいた。

 飛行機のようなシルエットが、雲の隙間を縫うように動いている。


「数は少なくとも3機、いや、それ以上かも……」


 ネビュラは護衛として鍛えられた視力で、彼方の機影を捉える。

 距離が遠すぎてはっきりとは確認できないが、その存在は確かにそこにあった。


「あれは……?」


 セレーナが呟き、目を細めた。

 ネビュラが冷静に状況を分析し、静かな声で応じる。


「東武連邦の方角ですね。この空域は中立地帯で、軍は進入できないはずですが……」


 二人の間に緊張が走った。

 セレーナが立ち上がり、窓に手を当てて外を凝視する。

 金髪が揺れ、美しい顔に不安の色が浮かぶ。


「中立地帯なら、商用の飛行機かもしれない。でも、あんなにまとまって飛ぶなんて……おかしい」


 ネビュラがコンソールに近づき、機内のスキャナーを起動する。

 画面に表示されたデータは、遠くの影を微かに捉えているが、詳細は不明だ。

 ネビュラは眉を寄せ、セレーナに振り返る。


「識別信号がありません。商用機なら必ず発信しているはずです。軍用機の可能性が高いですが、東武連邦がここで動く理由が……」


 セレーナが唇を引き締め、ネビュラを見つめる。


「タンドリアがエリシオンに加わったことと関係があるのかな? 東武連邦が動き出したとしたら……」

「考えられなくはありません。シグマ帝国との戦いが激化する中、タンドリアの加盟は勢力図を変えます。東武連邦がそれに反応した可能性はありますね」


 ネビュラの冷静な分析に、セレーナは深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 彼女は通信端末に手を伸ばそうとする。

 だが、通信が繋がる前に、ネビュラがセレーナの腕をそっと押さえた。


「セレーナ様、少し待ってください。あの影が近づいてくるか、こちらの動きを確認してからでも遅くはありません。それに、もしもあれが敵であるなら、こちらの通信も傍受されているかもしれません。うかつに動くべきではないかと」


 セレーナがネビュラの手を見下ろし、頷く。


「……そう、慌てすぎちゃダメよね。私、すぐ飛びついちゃう癖があるから」


 ネビュラが小さく微笑み、セレーナを励ます。


「それがセレーナ様の強さでもあります。冷静さは私が補いますから、ご安心を」


 二人は再び窓の外に目を向ける。

 遠くの影はまだ微かにしか見えず、雲に隠れたり現れたりしながら、ゆっくりと動いているように見えた。

 飛行機のエンジン音が低く響く中、セレーナの心に新たな不安が芽生えていた。タンドリアの加盟が引き起こす波紋が、予想以上に大きなものになる予感がしたのだ。


「東武連邦か……もし本当にそうなら、また、戦いが起こるわ」

「……セレーナ様」


 セレーナが呟くと、ネビュラが静かに寄り添い、二人は遠くの影を見守り続けた。

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