リリエルVSシグマ帝国侵略部隊
シュオォオオン……。
砂塵の中を滑るように着地したリリエルは、優雅な姿で立ち上がった。
眼前には、シグマ帝国の量産型コマンドスーツ『タイタン』の部隊が、重砲とガトリング砲を鳴らし続けていた。
兎歌はリリエルの通信システムを起動し、毅然とした声で警告を発する。
『シグマ帝国の部隊へ次ぐ。ここはエリシオンの領土となりました。進軍を中止して、すぐに撤退してください。さもないと、エリシオンの名の下に武力行使を始めます』
電子変換された声が戦場に響き渡るが、タイタンの部隊は動きを止めない。
むしろ、重砲の照準がリリエルに向けられ、ガトリングガンの回転音が一層高まる。
兎歌は唇を引き締め、リリエルの両手の粒子サブマシンガンを構えた。
「警告はしたよ……仕方ないね」
その時、上空から轟音が近づいてくる。
ウェイバーがうなりを上げ、急降下してきたのだ!
ウェイバーの紫の巨体は、重武装の爆撃機さながらの威圧感を放ち、一直線に降下してくる。
『ようやく動けるってもんさ。さぁ、消し飛びなぁ!!』
ドゴォオオオンッ!!!
荷電粒子キャノンが唸りを上げた。
太い光の柱がタイタン二機を消し飛ばし、砂塵を切り裂く。
『おい、兎歌! 派手にやっちゃえってよ!』
ギゼラの声が通信から飛び出し、兎歌は小さく笑う。
『了解だよ、ギゼラさん。一緒にコイツらを止めるよ!』
リリエルの前足が地面を軽く蹴り、機体が機敏に動き出す。
上空ではウェイバーが援護射撃を開始し、戦場に新たな火花が散った。
兎歌は幼なじみの顔を思い浮かべながら、心の中で呟く。
(烈火、わたしだって負けないよ。守るために、戦うから)
シグマ帝国のタイタン部隊とエリシオンの反撃が、砂漠の戦場で激しくぶつかり合う!
戦いが始まった。
砂塵が舞う戦場で、リリエルの桜色の機体が四足で駆け回る。
兎歌の巧みな操作のもと、機体はまるで風のように軽やかに動き、両手の粒子サブマシンガンが連続して火を噴く。
『う、うわぁあッ!?』
ダララララッ!!
閃光がタイタン2機を捉え、装甲を貫いた。
瞬間、爆発が砂漠に響き渡った。
炎と煙が立ち上り、シグマ帝国の量産型コマンドスーツは次々と倒れていく。
リリエルは正面戦闘を得意とする機体ではない。
しかし、その機動性と兎歌の先読み技術が、タイタン部隊を圧倒していた。
兎歌はコックピット内で投影されたパネルを睨み、リリエルの集めたデータを瞬時に読み取る。
敵の動きを予測し、リリエルを巧みに操ってタイタンから逃げ回りつつ、確実に数を減らしていく。
その攻撃に、シグマ帝国の兵士たちの通信が混乱に満ちていた。
『何だあの機体!? 動きが速すぎるぞ!』
『2番機、応答しろ! くそっ、撃破された!』
『隊長に報告だ、敵は予想以上に───』
通信が途切れ、次のタイタンがリリエルのサブマシンガンに撃ち抜かれる。
ドォオン!
爆炎が桜色の機体を赤く照らした。
兎歌は冷静に息を整え、リパルサーリフトで跳躍しつつ、次の標的を定めた。
「正面からぶつかったらダメだよ。動き回って、隙を突くんだから」
兎歌の呟きがコックピットに響く。
上空では、ギゼラのウェイバーがE粒子キャノンを放ち、タイタン部隊の意識を引き付ける。
『またあの攻撃だ!』
『とにかく散開しろ! 被害を抑えるんだ!』
『ぐわぁあああ!』
砲撃が戦場をさらに混乱させ、リリエルの機動性が活きる状況を作り出していた。
だがその時、戦場の奥から新たな影が現れる。
砂塵を切り裂いて進むのは、シグマ帝国の高性能コマンドスーツ『ジャガノート』!
タイタンよりも軽量なフレームで設計され、機動性に優れるその機体は、ガトリングガンと重砲を装備している。
コックピットには女隊長が座り、ヘルメットの舌で牙を剥く。
彼女は残虐な性格で知られ、射撃の腕前は部隊内でも随一だ。
冷酷な笑みを浮かべ、ジャガノートのコンソールを操作しながらつぶやく。
「ふん、エリシオンの連中、調子に乗ってるようね。まとめて叩き潰してやるわ」
ジャガノートが砂漠を疾走し、リリエルに向かってガトリングガンを乱射!
弾丸の嵐が兎歌の機体を追い詰め、重砲が轟音とともに発射される。
ズガガガガッ、ズドォオン!!
兎歌は即座にリパルサーリフトで回避し、砂塵の中でリリエルを旋回させる。
「新しい敵……! 動きが速い、気をつけないと」
兎歌の声に緊張が混じる。
ジャガノートの機動性はタイタンとは段違いで、女隊長の正確な射撃がリリエルを執拗に追う。
戦場に新たな緊張が走り、兎歌は全神経を集中させて対抗策を練り始めた。
砂漠の風が二機の戦いを包み込む中、戦闘はさらに激しさを増していく。
戦場に響く叫び声と砲撃音。
その中で、タンドリア軍のコマンドスーツ『ボルン』たちが動き出した。
砂塵の中から現れたジャガノートを見て、兵士たちの通信が一気に熱を帯びる。
『隊長機だ! あれを仕留めれば勝てるぞ!』
『撃墜しろ! 全弾ぶち込め!』
ボルンたちが一斉にマシンガンを放ち、弾丸がジャガノートに向かって殺到する。
しかし、女隊長の操る高性能機はその軽量なフレームを活かし、驚異的な機動性で攻撃をかわしていく。
マシンガンの弾幕は砂を巻き上げるだけで、ジャガノートにはかすりもしない。
『何だと!?』
『ハッ、甘いんだよ!』
コマンドスーツはパイロットの脳で動かしている。
そのため、軽量な機体ではパイロットの技量が大きく反映される。
侵攻の部隊長を任されるレベルのパイロットであれば、弾幕を躱す程度、造作もないことだ。
『食らっときな!』
逆に、女隊長が冷酷な笑みを浮かべ、重砲を構える。
一発の轟音とともにボルンの一機が大破した。
続けてガトリングガンが唸りを上げ、もう一機を粉砕する。
ズドォオン!!
爆発の衝撃波が戦場を揺らし、タンドリア兵たちの叫びが絶望に変わる。
『くそっ、ボルンじゃ歯が立たねぇ!』
『あきらめるな! ここで退いたら、故郷は……!』
上空では、ギゼラのウェイバーが荷電粒子キャノンを放つ。
ドゴォオオッ!!
強烈な光がジャガノートを狙うが、女隊長は機敏に機体を旋回させ、砲撃を回避!
そして一気にリリエルとの間合いを詰めてきた。
「何よ、あの兎みたいな機体。逃げ回ってるだけじゃない」
女隊長の嘲る声がコックピットに響く。
ジャガノートのガトリングガンが再び火を噴き、リリエルを追い詰める!
しかし───
兎歌の読みが一枚上手だ。
兎歌は冷静に戦況を見極め、瞬時に次の手を打つ。
リリエルが左手の粒子サブマシンガンを腰のホルダーに戻すと同時に、肩に搭載されたE粒子ブレードを抜く。
シュォオーン───。
青白い光が刃となって輝き、兎歌が機体を跳躍させる。
ジャガノートの弾幕をかいくぐり、リリエルのブレードが一閃。
鋭い光がジャガノートの左腕を切り裂き、ガトリングガンを装備した部分が火花を散らして吹き飛んだ。
「ちっ!」
女隊長が舌打ちし、咄嗟にジャガノートを後退させて間合いを取る。
しかし、兎歌はその動きを予測していた。
「逃がさないよ!」
兎歌がコックピット内で叫び、リリエルの四足を一気に加速させる。
キュォオオオオ───
桜色の機体が光を纏い、砂漠を疾走し、女隊長のジャガノートに迫る!
ダララララッ!!
兎歌は右手の粒子サブマシンガンを乱射し、弾幕をばら撒く。
粒子弾がジャガノートの装甲に次々と命中!
胴体や脚部で小さな爆発が連鎖した。
砂と煙が舞い上がり、ジャガノートの動きが鈍る。
「くそっ、この野郎!」
女隊長が怒りを込めて叫ぶ。
だが、すでに手遅れだった。
兎歌は左手でE粒子ブレードを構え、リパルサーリフトで跳躍する。
「なッ───」
斬───ッ
青白い光の剣が弧を描き、ジャガノートのコックピットを正確に貫いた。
刃が装甲を突き破り、内部で火花が散る。
次の瞬間、ジャガノートが大爆発を起こし、砂漠に轟音が響き渡る。
ドォオンッ!!!
女隊長の断末魔の叫びが通信に一瞬だけ流れ、途切れた。
ジャガノートの残骸が砂に沈み、シグマ帝国の隊長機が完全に沈黙する。
『隊長がやられたぞ!』
『撤退だ、撤退しろ!』
シグマ帝国のタイタン部隊から混乱した通信が飛び交う。
隊長機の敗北を見て、兵士たちの統制が乱れ、総崩れが始まった。
重砲の音が止み、ガトリングガンの回転が弱まる。
タイタンたちが後退を始めると、戦場の空気が一変する。
一方、タンドリア軍のボルンたちからは歓声が沸き上がった。
『勝ったぞ! シグマが逃げていく!』
『あの兎の機体、すげぇや!』
旧型コマンドスーツの兵士たちが拳を振り上げ、砂塵の中で勝利を叫ぶ。
上空のウェイバーから、ギゼラの豪快な声が通信で響いた。
『兎歌、最高だよ! 隊長機をぶっ潰してくれたおかげで、こっちのもんだ!』
兎歌はリリエルを停止させ、E粒子ブレードを収めながら息をつく。
『ありがとう、ギゼラさん。タンドリアのみんなも頑張ってくれたよ。これで一息つけるね』
視界の隅には、撤退するタイタン部隊と、沸き立つタンドリア軍の姿が映し出されている。
逃げ遅れた兵士たちは、遠からずタンドリアの反撃によって散るだろう。
兎歌は桜色の髪をかき上げ、静かに微笑む。
ぽよんっ。
パイロットスーツの胸元を開くと、汗に蒸れた谷間が飛び出した。
戦場に漂う砂塵がゆっくりと晴れていく中、彼女の心には仲間を守り抜いた安堵と、烈火への想いが交錯していた。
「烈火、わたしだってやれるよ。守られてるだけじゃないの」
リリエルのウサギのような頭部が静かに風に揺れ、戦場は勝利の余韻に包まれていった。
~~~
戦闘が終わり、砂漠の戦場に静寂が戻ってきた。
砂塵が落ち着き、シグマ帝国のタイタン部隊が残した残骸があちこちに散らばっている。
リリエルのコックピット内で、兎歌・ハーニッシュは汗を拭い、通信パネルを開き、ギゼラに連絡を取る。
『こちら兎歌だよ。敵性反応なし。状況を終了するね』
上空を旋回するウェイバーから、ギゼラの明るい声が返ってくる。
『おう! 了解さね。それと、あのジャガノートを仕留めたのは見事だったよ。タンドリアの連中も大喜びさ』
兎歌は小さく微笑むが、すぐに表情が曇る。
モニターに映る戦場の残骸を見ながら、慎重に言葉を選んで尋ねる。
『ねえ、ギゼラさん。タンドリアがエリシオンの傘下に加わったって聞いたけど……それって、シグマ帝国がやってる侵略と、どう違うのかな?』
『……ッ』
通信の向こうで、ギゼラが一瞬黙り、それから豪快に笑い出す。
『ははっ! そんな難しいこと考えるなよ、兎歌。現場にゃあ関係ないね。お偉いさんが頭ひねって決めることだ。アタシたちはただ、目の前の敵をぶっ潰して仲間を守ればいい。それで十分だろ?』
ギゼラの姉御らしい言葉に、兎歌は小さく息をついた。
『そうだね、ギゼラさんらしいや。でも……』
兎歌の視線が、戦場に転がるタイタンの残骸に落ちる。
崩れ落ちた機体の横には、黒焦げになったコックピットボールが無残に転がっていた。 そこには、ついさっきまで生きていたシグマ帝国の兵士がいたはずだ。
兎歌の胸に、複雑な感情が広がる。
勝利の喜びと、命を奪った重みが交錯する。
彼女はリリエルのコンソールを軽く叩き、目を閉じる。
『わたし……戦うのは嫌いじゃないよ。烈火やみんなを守るためなら。……でも、こうやって誰かが死ぬたびに……何か分からない気持ちになるんだよ』
通信越しに、ギゼラの声が少し柔らかくなる。
『兎歌、お前は優しいよな』
『そんなこと……』
『アンタは、それでいいんだ。戦場じゃ、そういう気持ちが大事だよ。アタシみたいに脳筋じゃなくてさ』
『ギゼラさん……ありがとう』
兎歌が微笑み、小さくお辞儀をした。
リリエルのコックピットから見える戦場は、静かで荒涼としていた。
黒焦げのコックピットボールが風に揺れ、遠くでタンドリア兵の歓声が聞こえる。
兎歌は桜色の髪をクルクルと回し、複雑な心境のまま、烈火の顔を思い浮かべる。
「烈火なら、どう思うかな。わたし、ちゃんと戦えてるよね?」
砂漠の風がリリエルの機体を優しく撫で、過ぎ去っていった。
と、ギゼラの声が再び通信から響いてきた。
ウェイバーの手が上がり、タンドリア軍のボルンたちが歓声を上げる姿を指さす。
『なぁ兎歌、あの兵士たちを見てみろ。アンタがジャガノートをぶっ潰してくれなきゃ、あいつら今頃死んでたよ。それは間違いない事実だ。胸張ってろよ、アンタは立派にやったんだからさ』
ギゼラの励ましの言葉に、兎歌は小さく頷いた。
『……うん。そう言ってもらえると、ちょっと気持ちが楽になる』
『だろ? 優しいだけじゃなく、強いんだよ、アンタは。忘れんなよ!』
豪快に笑うギゼラがスイッチを押すと、通信が切れる。
兎歌はリリエルのコンソールを軽く撫で、戦場に目を戻した。
砕け散ったコマンドスーツたちの亡骸に砂が積もる中、兎歌は静かに息をつき、次の戦いへの覚悟を新たにしていた。