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ペトロフとガロの密会、それと烈火と兎歌の混浴

 東武連邦。

 大陸の東側、アジア圏から極北までを広く支配する巨大国家である。

 先の大戦では、圧倒的な物量を活かした戦術で前線を押し上げ、今では大陸の三分の一を覆うまでに成長した。


 勝因は、連邦政府を中心に、多数の国家を従え、その頭脳を集約したことにある。

 集められた科学者たちの頭脳によって、人間の持つ精神波を機械と接続する画期的な装置『アニムスキャナー』を開発。

 アニムスキャナーで動くロボット兵器……コマンドスーツの登場は戦場を大きく作り替えた。


 ナノマシンや薬物などの悪辣な手段で強化された兵士と、コマンドスーツとの組み合わせは凶悪であった。

 シグマ帝国に技術が漏洩していなければ、大陸全土を統一していたとも言われている。


~~~


 東武連邦の片田舎にある学校は、静かな朝を迎えていた。

 霜が降りた校庭には生徒たちの足跡が点々と残り、教室の窓からは冷たい光が差し込んでくる。


 パーヴェル・ペトロフは教壇に立ち、穏やかな声で授業を進めていた。

 黒板には複雑な図式と数式が描かれ、今日のテーマが「コマンドスーツの基礎構造」であることを示している。


 教室には十数人の生徒が座り、ペトロフの言葉に耳を傾けている。

 ペトロフの物腰はいつも通り丁寧で、どこか落ち着きを感じさせる。

 教卓に置かれた教科書を手に持つと、彼は生徒たちを見回して口を開いた。


「さて、皆さん。コマンドスーツが効率的に機能するためには、3つの重要な要素があります。誰か分かる人はいますか?」


 生徒たちの間で少しのざわめきが起こり、一人の少年が手を挙げる。

 ペトロフが優しく頷いて促すと、少年は立ち上がって答えた。


「えっと、スキャナー、リアクター、そしてパイロット……ですか?」


 ペトロフの顔に満足げな笑みが浮かぶ。

 彼は教科書を閉じ、少年に向かって静かに拍手を送った。


「素晴らしいね、正解だ。リアクターが力を生み出し、スキャナーを通じてパイロットが命令を下す。この3要素が揃って初めて、コマンドスーツは真の力を発揮するんだ」


 少年が照れくさそうに席に戻ると、ペトロフは黒板に近づき、チョークで簡単な図を描き始める。


「スキャナーは機体の神経だ。機体とパイロットの間を取り持ち、土台を作る。リアクターは心臓だね。エネルギーを供給し、武器や機動性を支える。そしてパイロットは───」


 ペトロフが言葉を切ると、生徒の一人が好奇心から口を挟む。


「頭脳、ですよね?」


 ペトロフが振り返り、柔らかく笑う。


「その通り。パイロットは頭脳であり、同時に意志でもある。どんなに優れた機体でも、それを操る人間の判断がなければ意味をなさないよ」


 教室が静かにうなずき合う中、ペトロフはチョークを置いて生徒たちを見渡す。


「君たちの答えに感心したよ。特に、スキャナーとリアクターをしっかり押さえたのは素晴らしい。次はこれらの要素がどう連携するかを考えてみよう」


~~~


 授業が終わり、生徒たちが教室を後にすると、ペトロフは教卓に腰かけ、眼鏡を外して丁寧に拭き始める。

 窓の外では、冷たい風が枯れ枝を揺らし、灰色の空が広がっている。

 静寂が訪れた教室に、彼の穏やかな吐息だけが響いていた。


「いよう、いるかぁー?」


 その時、ドアが勢いよく開き、野性的な髪を振り乱した男が現れた。

 ガロ・ルージャン。東武連邦最強のパイロットと呼ばれる男だ。

 鋭い目つきと荒々しい笑みが、彼の狡猾さと自信を物語っている。


「先生ェ、こんなところでノンビリしてる場合じゃねぇだろ?」


 ガロの声が教室に響き、ペトロフは静かに眼鏡をかけ直す。


「ガロ君、また急に訪ねてくるなんて。軍人が学校に顔を出すのは、あまり歓迎されないよ」

「堅ぇこと言うなよ、先生。どうせここじゃ退屈してんだろ? 見てくれ、これを」


 ガロは手に持った小型デバイスを投げ、ペトロフが器用にキャッチする。

 デバイスを起動すると、ホログラムが教室の薄暗い空間に浮かび上がる。

 そこには戦場の記録映像が映し出されていた。


 炎じみて赤い機体───ブレイズ・ザ・ビーストが、大型機動要塞ロンザイに挑む姿だ。

 ロンザイの龍のような巨体がうねり、頭部の荷電粒子砲が唸りを上げる。

 しかしブレイズはそれを切り裂き、背中の大剣を振り下ろす。

 一閃。

 ロンザイの装甲が火花を散らし、次の瞬間、巨大な要塞が爆発に包まれた。


「すげぇだろ、これがエリシオンの新型だ。反応速度も火力も桁違いだぜ」


 ガロが得意げに笑う。

 映像は続き、今度は桜色の機体が現れる。リリエルだ。

 ウサギのような頭部とケンタウロスの下半身を持つその機体は、優雅に戦場を駆ける。

 東武連邦の量産型コマンドスーツ、シェンチアンが群れをなして襲いかかるが、リリエルは両手の粒子サブマシンガンを乱射し、前足の一撃で敵を粉砕する。

 背中のコンテナが開くと、荷電粒子砲や大剣など、様々な武装が詰まっているのが見える。


「こっちは輸送用みてぇだが、戦闘力もバカにならねぇ」


 映像の中では、瞬く間に前線基地を灰燼に帰す爆撃機の姿もある。

 映像が終わり、ガロはペトロフを睨むように見つめた。


「で、先生。この映像から何が分かる? この機体の性能、どう思う?」


 ペトロフは顎に手を当て、少し考え込んだ。

 眼鏡の奥で、彼の瞳が静かに光る。


「興味深いね。彼らのリアクターには、何か特殊な機構が組み込まれている可能性がある。単なる出力の強さだけでは、荷電粒子兵器は扱えない。だが、それ以上に気になるのは……パイロットそのものだよ」


 ガロが眉を上げる。


「パイロット?」

「そうだ。あの機動性と判断の速さは、機体性能だけでは説明がつかない。彼らは、並外れた反射神経や、優れた洞察力を持っているのかもしれない。特別な訓練を受けたか、あるいは……何かもっと特別な資質を持っているのかもしれないね」

「だろうな。でもよ、先生ならもっと深いとこまで見抜けるだろ?」


 ガロが一歩近づき、ペトロフは小さく息をつく。


「急かすのは君の悪い癖だよ、ガロ君。もう少し詳しく解析するには、実機のデータが必要だ。映像だけでは限界がある」

「じゃあ、どうすりゃいい?」

「そうだね。まずはお茶でも飲んで落ち着こうか」


 ペトロフが穏やかに微笑むと、ガロは肩をすくめて笑った。

 ペトロフはサモワールを棚から取り出すと、教員用の机にカップを並べる。

 教室の外では、冷たい風が窓を叩き続けていた。


~~~


 東武連邦の秘密研究所は、片田舎から遠く離れた山岳地帯に隠されていた。

 コンクリートと鋼鉄で固められた施設の内部は、冷たく無機質な空気に満ちている。

 格納庫の天井からは無数のケーブルが垂れ下がり、薄暗い照明が巨大な機械のシルエットを浮かび上がらせていた。


 その中心に、空戦型コマンドスーツ『ソークル』が静かに佇んでいる。

 可変フレームを備えた新型機で、流線型の機体は飛行形態への変形を可能にし、シェンチアン以上の機動性を誇る。

 しかし、その複雑な構造ゆえにコストが嵩み、連邦軍への配備は遅々として進んでいなかった。


 ガロ・ルージャンはソークルの前に立ち、野性的な目つきで機体を見上げる。

 隣にはペトロフが静かに寄り添い、眼鏡の奥で冷静に状況を観察している。

 二人は格納庫の静寂の中で、言葉を交わし始めた。


「先生、こいつがソークル、ロールアウトしたての新型だ。悪くねぇ機体だろ?」


 ガロが腕を組んで言う。ペトロフは機体に近づき、手で表面を軽く撫でる。


「確かに優れた設計だね。可変フレームを実用的な強度と変形速度で完成できたことは、すなおに称賛する。……それでも、まだ量産が上手くいってないんだろう?」

「まぁな。でもよ、俺にはアイデアがあるんだ」


 ガロがニヤリと笑い、ペトロフを振り返る。


「エリシオンのコマンドスーツを鹵獲したい。あれだけの機体を奪うには、こいつを改造して戦えるようにして欲しいんだよ」


 ペトロフが少し驚いたように眉を上げ、眼鏡を押し上げる。


「それは大胆な提案だね、ガロ君。確かに最新のソークルでも、このままでは勝ち目が薄いだろう。それで、具体的には、どんな改造を望むんだい?」


 ガロが一歩踏み出し、ソークルの翼部を指さす。


「反応速度と火力だ。あの動きに対抗するには、もっと素早く動けるようにして欲しい。あと、火力も増強してくれ。最低でもシェンチアン程度なら一撃で倒せる武器がいる。取り回しが悪くなっても威力が欲しい」


 ペトロフは顎に手を当て、少し考え込む。

 格納庫の冷たい空気の中で、彼の吐息が白く漂う。


「反応速度の向上は、制御システムの最適化で対応できるかもしれない。可変フレームの動作をさらに滑らかにすれば、機動性も上がるだろう。火力については……すこし時間がかかる。変形の都合上、この機体はエネルギー経路が複雑だし、重心の制限が厳しい」

「できるのか、先生?」


 ガロが鋭い目でペトロフを見つめる。

 ペトロフは静かに微笑み、ソークルの機体を見上げる。


「挑戦する価値はあるよ。ただし、時間とリソースが必要だ。連邦の上層部を説得するのも一苦労かもしれないね」

「そっちは俺が何とかするさ。先生は改造に専念してくれ」


 ガロが自信満々に笑うと、ペトロフは小さく頷いた。


「分かった。まずは設計図を見直して、要求スペックを具体化しよう。急ぐのは君の癖だけど、ここでは慎重に進めたいね」

「だーはは! そう来なくっちゃ! さあ、始めようぜ!」


 格納庫の奥で、二人の足音が響いた。

 秘密研究所の薄暗い光の下で、二人の計画が静かに動き始めていた。


~~~


 エリシオンの戦闘空母『プロメテウス』。

 リパルサーリフトによる飛行能力、コマンドスーツ運用設備、そして粒子コートと荷電粒子砲による戦闘力。それら全てを兼ね備えた、人類最後の希望とも呼べる高性能艦である。


 艦内は、戦いの緊張感と静寂が交錯していた。

 金属製の通路が靴音を響かせ、遠くでリアクターの低いうなり声が聞こえる。


 その一角にあるトレーニングジムでは、一人の男が獣のような気配を放っていた。

 烈火・シュナイダー。

 真紅の機体『ブレイズ・ザ・ビースト』のメインパイロットであり、エリシオン最強の「野生」を宿す男だ。


「999……1000ッ!」


 烈火が最後の腕立てを終え、荒々しく息を吐く。

 身体に括り付けていた重りを乱暴に外すと、床にゴトンと重い音が響いた。


 全身から湯気が立ち上るほどの熱気。

 張り詰めた筋肉が脈打っている。

 彼は汗を拭うこともせず、ギラついた瞳で自分の腕を見つめた。


(まだだ……もっと速く、もっと強くならねぇと、あの化け物どもは殺せねぇ)


 激闘の日々を生きる彼にとって、筋トレは日課ではない。生存のための「儀式」だ。


 ザバァ……ッ!


 汗に濡れた体をそのまま浴場へと運び、烈火は豪快に湯船へと沈んだ。

 プロメテウスの浴場は、過酷な戦いを続けるパイロットのために広く作られている。

 だが、資源節約のため、稼働している浴槽は一つだけだ。


「ふぅ……」


 熱い湯が、酷使した筋肉を芯からほぐしていく。

 烈火は浴槽のふちに両腕を広げ、天井を仰いだ。

 貧民街で泥水を啜っていた頃を思えば、温かい湯に浸かれること自体が奇跡に近い。


 その時──。


 ウィィン……。

 浴場のドアがスライドして開く音がした。


「ふふっ、今日は一番風呂かなー」


 鼻歌交じりに、一糸まとわぬ姿の少女が入ってくる。

 桜色の髪、そして豊満ながらも均整の取れた肢体。

 兎歌・ハーニッシュ。

 援護機『リリエル』のパイロットであり、烈火の幼なじみだ。


 彼女は湯気が充満する浴室内を見渡し、そして──先客と目が合った。


「あ……」

「ん? なんだ、兎歌か」


 烈火は眉一つ動かさず、平然と言い放った。

 対照的に、兎歌の顔がカァッと音を立てんばかりに赤く染まる。


「ひゃ、ひゃあああああっ!?」


 金切り声とともに、彼女は慌てて両手で胸と股間を隠し、その場にしゃがみ込んだ。


「れ、れれ、烈火!? なんでここにいるのよ!?」

「なんでって……汗かいたから洗いに来たんだよ。他に理由があんのか?」


 烈火は不思議そうに首を傾げ、あくびを噛み殺す。

 彼にとって「裸」とはただの状態であり、恥じるようなものではない。貧民街ではプライバシーなど存在しなかったし、戦場では着替えている暇すらないこともあったからだ。


「そうじゃなくて! い、今はわたしが入ろうと……!」

「あー、悪ぃ悪ぃ。邪魔だったか」


 烈火は面倒くさそうに頭をかくと、ザバァと音を立てて浴槽から立ち上がった。

 隠すそぶりなど微塵もない。

 鍛え抜かれた鋼のような肉体が、堂々と兎歌の前に晒される。無数に刻まれた古傷が、彼の生きてきた過酷さを物語っていた。


「お前が入るなら、俺は上がるわ。どうせ体は温まったしな」

「…………ッ!」


 目のやり場に困り、指の隙間から烈火を見上げていた兎歌だったが、彼が浴場を出て行こうとするのを見て、ハッとした。

 このままでは、またすれ違いになってしまう。

 戦場以外の場所で、彼とゆっくり話せる機会なんて滅多にないのに。


「ま、待って!」


 兎歌は羞恥心を振り切るように叫び、立ち上がりかけた烈火に向けて手を伸ばした。


「い、いいよ! 上がらなくていい!」

「あ? なんでだよ。狭いだろ」

「狭くない! ここのお風呂、大きいもん!」


 兎歌は真っ赤な顔のまま、それでも瞳だけは真剣に烈火を見つめ、早口でまくしたてる。


「む、昔はさ……一緒にお風呂入ってたじゃない。家も隣だったし、お湯も貴重だったから」

「いつの話だ。ガキの頃だろ」


 烈火は呆れたように溜息をつくが、兎歌は引かない。

 むしろ、ズカズカと浴槽に歩み寄り、お湯の中へと滑り込んだ。

 豊満な胸がお湯に沈み、彼女は口元までお湯に浸かって上目遣いに烈火を見る。


「い、いいから入ってよ。……背中、流してあげよっか?」

「はぁ……。お前、変わってるな」


 烈火はポリポリと頬をかくと、再びドボンと湯の中に腰を下ろした。

 彼にとっては、兎歌が隣にいようがいまいが、風呂は風呂だ。

 警戒心など皆無の様子で目を閉じる烈火。


 その隣で、兎歌は茹で上がった蛸のように顔を赤くしながらも、嬉しそうに小さく笑った。


「……背中、昔より大きくなったね」

「戦うにゃあ、これでも足りねぇよ」


 湯気越しに交わされる言葉。

 それは、明日をも知れぬ彼らにとって、数少ない平穏な時間だった。

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