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戦いの終わり、勇者の未帰還

 一方、戦場の別側面。


 エリシオンの強襲揚陸艦『エピメテウス』の格納庫では、慌ただしい作業が行われていた。

 格納庫で膝をつくのは、ゲイル・タイガーの駆る真紅の機体、『ダフネ・ザ・フェニックス』。

 ダフネは、膝をついた状態で、複数のケーブルを周囲の機体へと伸ばしていた。


 接続先は、戦闘でエネルギーを消耗した味方の量産機、イノセントたちだ。


「二番機、充填完了」

「三番機、充填完了。全システム、オールグリーン」


 無機質な電子音声が響くと同時に、イノセントのカメラアイが次々と光を取り戻す。

 ダフネに搭載されたプラズマリアクターは、規格外の出力を誇る。

 それは単機の戦闘力だけでなく、こうして味方機への急速充電を行う「動く発電所」としての役割も果たしていた。


 準備が整うや否や、エピメテウスのブリッジでは、艦長のロゼッタが凛とした声を張り上げた。


『全機発進、目標、敵旗艦!』


 ロゼッタの号令と共に、エピメテウスのカタパルトから次々とイノセントが射出される。


 彼らは東武連邦の艦隊の真上を取ると、そのまま敵艦の甲板へと降下していく!

 そして、待ち構えていた無数のシェンチアンと切り結んだ。


「うおおおおっ!」


 甲板上は瞬く間に乱戦となった。

 数で見れば、エリシオン側は圧倒的に不利であり、絶望的とも言える状況だ。

 だが、イノセントの標準装備であるE粒子ライフルはシェンチアンの装甲を紙のように貫き、E粒子ブレードは敵の実体剣をたやすく叩き折る。


 単純な、個々の性能差。

 そして何より、戦場を支配するダフネの存在が戦況を支えていた。


「邪魔だ、失せろ!」


 ゲイルのダフネが、身の丈ほどもある巨大な荷電粒子ランチャーを構える。


 ドゥ───ッ!

 放たれた高密度の光弾は、群がるシェンチアンを薙ぎ払いながら、その背後にいた巡洋艦の機関部を直撃した。

 爆音と共に船体がへし折れ、巨大な鉄の塊が海中へと沈んでいく。


 戦況は拮抗していた。

 だがその時───


「これは……?」


 コックピットの中で、ゲイルの眉がピクリと動いた。

 レーダーには反応がない。

 周囲のパイロットたちも目の前の敵に集中している。


 しかし、ゲイルの鋭敏な感覚だけが、頭上の雲の彼方から迫りくる、とてつもない「質量」の気配を捉えていた。


 クーロンだ。

 先ほど轟沈したはずの空の要塞、クーロンの残骸が落ちてくる。

 ならば───


『対空レーダーと通信アンテナを優先して狙え! ヤツらを分断するんだ!』


 ゲイルは通信パネルに向かって叫んだ。

 敵艦隊の目を潰し、指揮系統を寸断しなければ、この後に来る衝撃に対処できない。

 彼の切迫した声に、イノセントたちが即座に動きを変えた。


 ~~~


 場面は変わり、東武連邦旗艦『シャーヘイ』のブリッジ。

 そこは先ほどの余裕など微塵もなく、怒号と悲鳴にも似た報告が飛び交う地獄絵図と化していた。


「対空レーダー、反応消失!」

「第五、第六アンテナ大破! 各艦への通信、繋がりません!」


 総司令官はギリギリと奥歯を噛み締め、拳をコンソールに叩きつけた。


「ええい、うろちょろと目障りな! 雑魚になど構うな、隊長機を狙うのだ! あの赤い機体を落とせば、指揮系統は崩れる!」


 だが、その指示が実行されるよりも早く、オペレーターが絶叫した。


「じょ、上空に巨大な熱源反応! こ、これは……クーロンです!」

「轟沈したはずのクーロンの残骸が落下してきます!」


「何だと!?」


 おお、なんということか。

 対空レーダーを破壊されたことで、彼らはその巨大な死神の接近に、寸前まで気づくことができなかったのだ。


「~~~ッ!!」


 総司令官は顔面を蒼白にさせながらも、必死に叫ぶ。


「げ、迎撃だ! 対空ミサイル全弾発射! 落とせ、何としても落とすんだ!」


 しかし、そのあがきすらも予測していたかのように、上空から紅蓮の影が舞い降りた。

 リミッターを解除し、機体各所から猛烈な粒子光を放出する機体。

 ───『ダフネ・ザ・フェニックス』だ。


「遅いッ!」


 ゲイルの咆哮とともに、ダフネの両肩に懸架されたガトリングガンが唸りを上げる。

 さらに、荷電粒子ランチャーが閃光を放ち、開こうとしたミサイルハッチを次々と破壊していった。


 ドォン、ドォン───!!

 直撃である。

 誘爆が発生し、シャーヘイの甲板に紅蓮の炎が広がる。


『これで迎撃は不可能。頃合いだ、全機下がれ! 巻き込まれるぞ!』


 ゲイルの鋭い指示が通信回線に響く。


「「ッ!」」


 甲板で奮戦していたイノセントのパイロットたちは、その言葉に即座に反応した。

 彼らは一騎当千の精鋭だ。

 その指示が何を意味するのか、今すぐ従うべきタイミングであることを瞬時に悟ったのだ。


『了解! 全機、急速離脱!』


 イノセントたちが蜘蛛の子を散らすように一斉に飛び立つ。

 逃がすまいと生き残った砲台が火を噴いて追撃!

 だが、殿を務めるダフネが巨大なシールドを構え、その全てを弾き返す。


 そして、シャーヘイの艦橋内で総司令官が絶望の悲鳴を上げる中――。


「う、うわあああああっ!」


 上空から、炎をまとった巨大な質量、空中要塞クーロンの残骸が直撃した。

 まるで隕石の衝突だ。

 東武連邦の艦隊の中心で、海水をすべて蒸発させるほどの大爆発が巻き起こった。


 ………

 ……

 …


「うぅ……いったい、どうなっている?」


 総司令は、ふらつく足取りで瓦礫の中から立ち上がった。

 視界に広がっていたのは、黒墨と化したブリッジの惨状だった。

 壁と天井の半分は吹き飛び、青空の代わりに黒煙が渦巻いている。


 周囲を見渡せば、直前まで部下だった者たちが、炭の塊となって散らばっていた。


「だ、誰か……生き残りはいないのか……!」


 総司令が掠れた声で叫んだ、その時だった。

 鉄塊。

 視界の端から、巨大な鉄塊が放物線を描いて飛来した。


「なっ!?」


 ズガンッ!

 甲板をバウンドし、凄まじい地響きを立てて、その鉄塊は総司令の目の前で停止した。

 それは、捻じ切れ、ひしゃげた移動要塞『ロンザイ』の巨大な頭部だった。


「こ、こんなものを……誰が……」


 驚愕に目を見開く総司令の前方で、燃え盛る炎の向こうから、巨大な影がゆらりと立ち上がった。

 全長六十メートルを超える異形の巨体。

 火災の炎がその輪郭を赤く照らし出し、逆光の中で黒々とした悪魔のようなシルエットを浮かび上がらせる。


 機動要塞『アズール・ザ・リヴァイアサン』だ。


「あ、あぁ……」


 総司令は声も出ず、ただガタガタと震えることしかできなかった。

 直後、目の前に転がっていたロンザイの頭部に火災の炎が引火した。


「ひっ!」


 バチバチと火花が散った次の瞬間───


 ドッゴォオオン!!!!


 大爆発が起こり、総司令の意識はそこで途切れた。


~~~


 旗艦『シャーヘイ』の沈黙は、東武連邦軍にとって決定的な敗北の合図となった。

 指揮系統を失った艦隊は統率を失い、無線機からは兵士たちの混乱した悲鳴が飛び交う。


『総司令からの応答がない! どうすればいいんだ!』

『敵の機動要塞がこっちに来るぞ! 撃て、撃ちまくれ!』

『だめだ、勝てるわけがない! 撤退だ、逃げろ!』


 バラバラになった部隊は、我先にと逃げ出す者、恐怖に駆られて闇雲に発砲する者とで大混乱に陥っていた。

 だが、その混乱を刈り取るように、アズールの大型荷電粒子砲が閃光を放つ。


「薙ぎ払えッ!」


 ゴウの操作により、極太の光帯が海面を横薙ぎにした。

 逃げ惑う艦艇やシェンチアンの残党が、抵抗する間もなく次々と蒸発していく。


 一方、海岸線に上陸しようとしていた部隊にも、死の雨が降り注いでいた。


『ぐあっ!? ど、どこから撃ってきやがった!』


 上陸艇から飛び出したシェンチアンに、粒子弾が直撃!

 シェンチアンは、一歩も動けずに頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちる。


 遥か後方の稜線から、ほとばしる光の矢。

 マティアス機のデータを元に調整された『量産型ストラウス』部隊が、冷徹な精密射撃を行っていたのだ。


『敵の姿が見えない! うわぁぁぁっ!』


 再びの爆発。

 見えない死神に次々と狙撃され、上陸部隊は砂浜に骸を晒していく。

 圧倒的な物量を誇った東武連邦の大艦隊は、今や見る影もなく崩壊しようとしていた。


~~~


 戦場の中央に巨大な『クーロン』の残骸が突き刺さったことで、東武連邦の艦隊は致命的な打撃を受けていた。


 この凄惨な光景すら、エリシオンの作戦参謀ギンの描いたシナリオ通りだった。

 彼は最初から、この落下地点に敵が密集するよう誘導していたのだ。


 わざと目立つ赤い機体、ゲイルの『ダフネ』を中央で暴れさせたのも、艦体の配置も、すべては敵の意識を一点に集めるための「撒き餌」に過ぎなかった。


 だが、東武連邦の物量はなおも健在だった。

 旗艦を失いながらも、生き残った指揮官たちが必死に通信を立て直し、残存勢力の再編成を試みる。

 その時間を稼ぐため、一隻の『ロンザイ』が死に物狂いでアズールへと突っ込んできた。


「させないよ! ゴウ、砲撃チャージまで持ちこたえて!」

『わかってる。だが、冷却が追いつかない……!』


 ゴウの焦りを含んだ声が響く。

 アズールは最大出力の荷電粒子砲を放った直後で、再チャージまであと一歩のところで足止めを食らっていた。


 アズールの背面に備えられた副砲塔と機銃が火を噴き、迫りくるロンザイを迎え撃つ。

 しかし、敵のロンザイもさるもの。

 防護フィールドを最大展開し、無数のチャフを撒き散らしながら砲火を強引に突破してくる。


 こうなれば、すでに主砲のチャージを終えているロンザイが圧倒的に有利だ。

 敵の砲口がアズールを至近距離で捉え、エネルギーが凝縮されていく。


「もらったぁぁぁっ!」


 ロンザイのパイロットが勝ち誇ったように叫ぶ。

 だが、その砲撃が放たれるより早く、上空から一筋の銀光が舞い降りた。


「ゴウに触るなって、言ったでしょーっ!」


 シャオの叫びと共に、ルナがロンザイの巨体に飛び乗った。

 超振動を纏ったルナの鉤爪が、ロンザイの巨大な頭部装甲を紙細工のように引き裂く。

 そのまま一気に引き抜かれた爪が、ロンザイのメインカメラごと頭部ユニットを両断した。


『ルナ! 助かった!』

「まだだよ! こいつ、しぶとい!」


 頭部を失い、火花を散らしながらも、ロンザイは止まらなかった。

 自動防衛システムが作動したのか、船体の各所にある無数の機銃が、背中の上にいるルナを排除しようと一斉に反撃を開始したのだ。


「うわわっ! ちょっと、多すぎ!」


 至近距離からの弾幕に、シャオはルナを激しく動かして回避を試みるが、あまりの密度に逃げ場が失われていく。

 しかし───


『なーんちゃって!』


 絶体絶命の弾幕の中、シャオはいたずらっぽく笑う。

 笑いながら、操縦桿の脇にある隠しレバーを一気に捻った。


 直後、ルナの背部バックパックが火花を散らして分離した。

 それは空中で瞬時に形を変え、鋭い四肢を持つ一匹の銀狼へと変貌する。


 ルナに新しく装備された秘策、『ウルフパック』だ。

 バックパック自体を自律機動兵器として切り離し、シンクロコアによって制御するこの隠し武器は、ルナ本体と連携して敵を狩る。


 銀狼は重力を無視したような動きでロンザイの巨体を駆け上がると、その心臓部であるリアクターの外殻へと牙を突き立てた。


 ガリギリリガギャガヤッ!!

 高密度のE粒子を纏った牙が強固な装甲を噛み砕き、むき出しになった動力源へ、至近距離から内蔵のリニアキャノンを乱射する。


 凄まじい爆発がロンザイの内部から突き上げた。

 巨大な移動要塞は、断末魔のような軋み声を上げて大きく傾き、爆炎に包まれながら海中へと没していった。


『やったぁ! ゴウ、見た!? ウルフパック、大成功だよ!』

『ああ、助かったぞ。……だが、無茶はしすぎるなよ、シャオ』


 アズールの管制室で、ゴウが安堵のため息をつく。

 主力を失い、最強の盾であったロンザイさえも粉砕された東武連邦軍は、もはや戦いを継続する術を持たなかった。


 旗艦を失い、陣形をズタズタにされた艦隊は、我先にと撤退を開始する。

 空を埋め尽くしていたピャオフーの群れも、散り散りになって地平線の彼方へと消えていった。


 ………

 ……

 …


 かくして、海を割らんばかりの激闘は、エリシオンの勝利という形で幕を閉じた。

 燃え盛る残骸が海面を漂い、先ほどまでの喧騒が嘘のような静寂が戦場を包み込む。


 だが、勝利の歓喜に沸くはずの通信回線に、ある不安な沈黙が混じり始めた。


『……こちらオロチ、カルコスです。各機、状況を報告してください。特に、ブレイズの行方は分かりますか?』


 その問いに応える者は、誰一人としていなかった。

 空を仰いでも、海を見渡しても、あの炎のように赤い機体――烈火・シュナイダーが駆る『ブレイズ・ザ・ビースト』の姿は、どこにも見当たらなかった。

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