少女を救え、ブレイズ!
男たちに連れられ、たどり着いたノヴァ・ドミニオンの研究施設。
そこで待っていたのは、教育という名の実験。
調教という名の拷問。
自我を削り取られ、兵器の部品として作り変えられる、終わりのない地獄の日々だった。
敗北は罪。失敗は罪。
それは無能と怠惰が招いた、当然の報いである。
リエンの幼い精神には、その歪んだ教義が刻み込まれた。
施設での日々、リエンは繰り返し罰せられた。
シミュレーターで撃破されれば、首輪から幼い身体では耐えきれない電撃を浴びせられた。
耐久テストに失敗すれば、薄着、あるいは裸のまま、コロニー外縁の寒冷区画に放り出された。
極寒が皮膚を焼き、肺を凍らせる。
『苦痛は成長の種だ。お前はまだ、自分が何者であるか理解していない』
白衣の男たちは、震える彼女のデータを冷徹に記録するだけだった。
眠ることさえ贅沢だった。
脳に直接電極を繋がれ、強制的に覚醒状態を維持される。
神経を逆撫でするような「痛み」が脳内に直接流し込まれ、精神波を戦闘に適した形状へと変容させる調整が昼夜を問わず行われた。
疲労の限界を迎え眠ると、電撃で起こされた。
気絶することも、夢に逃げることも許されないことだった。
それでも───
自分はマシな方なのだと、リエンは理解していた。
適性数値が足りないと判断された同期の子供たちは、文字通り「廃棄」された。
あるいは、開発者たちの私有物として、犬のように首輪をつけられた。
薄暗い独房の向こうから、幼い身体にはあまりに不釣り合いな巨漢の男たちが同期の少女を犯し、弄ぶ音が聞こえてくる。
響き渡る悲鳴と、肉がぶつかる嫌な音。
かつてのリエンなら耳を塞いだだろう。
だが、今の彼女はもう何も感じなかった。
心はとっくに死んでいた。
やがて、彼女には戦うための身体――コマンドスーツ『サーペント』が与えられた。
コクピットのシートに身体を沈め、神経を接続する。
その瞬間だけが、汚物のような日常から解放される唯一の時間だった。
命令されるままに引き金を引き、人を殺した。
村を焼き、自分と同じような境遇の子供たちの叫びを、爆炎で塗りつぶした。
そこに罪悪感はなく、ただ「義務」があった。
しかし、ブレイズと出会った。
赤き獣が放つ圧倒的な「生」のエネルギーと、烈火の剥き出しの殺意。
その時、凍りついていたリエンの心に、数年ぶりにひとつの感情が蘇った。
それは───死の恐怖。
~~~
「……ああ、ああああああッ!!」
回想から引き戻されたリエンの視界に、赤黒いオーラを纏ったブレイズが迫る。
恐怖。
それは彼女にとって唯一、自分が生きていると実感できる感覚だった。
死にたくない。
その一心が、ソラリスの出力を臨界点以上に跳ね上げる。
欠損した右脚から火花を撒き散らしながら、ソラリスは背中のリングを激しく回転させた。
青白いオーラが、死神の鎌のように巨大な光の刃となって展開される。
「お前が……お前たちが……うわぁあああッ!!」
「ぐう……ッ! なんだコイツ!」
ソラリスが吠える。
生存本能に突き動かされた少女の狂気が、再びブレイズへと牙を剥いた。
赤と青白。
対極のオーラを纏った二機は、もはや物理法則を置き去りにした機動で虚空を駆け抜ける。
ブレイズが急旋回し、ソラリスの側頭部へ大太刀を振り下ろす。
だが、ソラリスは最小限の動きで躱し、カウンターの粒子ブレードを繰り出す。
「チィ!」
ブレイズはギリギリで刺突を回避!
後方から迫るファランクスの追撃を、リベルタのレールガンが正確に迎撃し、相殺していく。
しかし───。
「う……っ、げほっ……!」
兎歌は鮮血を吐いた。
覚醒した烈火が引き出すブレイズの機動。
それは、超人ではない兎歌の肉体が耐えられる限界を、とうに超えていた。
内臓を押し潰すような凄まじいGが、彼女の華奢な体を容赦なく痛めつける。
それでも、兎歌は意識を失うまいと歯を食いしばった。
((わたしが弱音を吐いたら、烈火が……烈火が迷っちゃう。だから、これくらい……!))
烈火に負担をかけたくない。
その一心で兎歌は操縦桿を握りしめる。
「そこだッ!」
烈火は叫び、引き金を引く。
ブレイズの右腕から、高出力E粒子ライフルが火を噴いた。
だが、狂乱の覚醒状態にあるリエンの反応は、コンマ一秒だけ早い!
ソラリスはねじれるように光の矢を躱す。
そして、肩部の機銃を文字通り乱射し、ライフルの銃身そのものを破壊した。
「まだだ!」
烈火は止まらない。
即座にライフルを投げ捨て、至近距離から右腕の粒子バルカンを叩き込む。
マルチプルユニットに内蔵された、たった一つ残された武器だ。
ソラリスはそれを紙一重で回避しようとするが、間に合わない!
衝撃で肩アーマーが砕け散り、装甲の破片が宇宙に舞った。
「死ねぇッ!」
リエンが叫ぶ。
ソラリスの反撃のライフルが、ブレイズの右腕を狙い撃つ。
激しい金属音と共に、マルチプルユニットが火を噴き、機能不全に陥った。
((やべえ、武器がもうねぇぞ!))
二機は一度、大きく距離を離す。
と、その瞬間、烈火は違和感を覚えた。
合体しているリベルタの追従反応が、わずかに、だが致命的に遅れたのだ。
「兎歌、どうした!? 反応が鈍いぞ!」
『だ、大丈夫……! ちょっと、揺れただけ……!』
兎歌の声が震えている。
烈火が通信パネルに目をやると、そこに映る彼女の顔の前に、不自然な汚れがこびりついていた。
レンズに付着した、鮮紅色の血の跡だ。
「バカ、お前……吐血してるじゃないか!」
烈火の心に動揺が走る。
その隙を、戦場は逃してくれない。
残存するファランクスと、後方の戦闘艦からの荷電粒子砲が一斉にブレイズを捉えた。
「この……うッ」
兎歌は咄嗟に粒子防壁を展開しようとするが、肺を突き刺すような激痛に、一瞬だけ反応が遅れた。
ズドォオン!
「きゃあぁぁぁッ!」
防壁が完成する直前、一発の熱線がリベルタの翼を直撃した。
凄まじい爆炎が吹き上がり、合体形態のブレイズ全体が激しい激震に包まれる。
白い装甲板が剥がれ落ち、火花が暗黒の宇宙に散った。
「兎歌ァーッ!!」
烈火の絶叫が、ノイズ混じりの通信に虚しく響いた。
………
……
…
シュウウゥウウ……。
爆炎が晴れた中心には、火花を散らすブレイズの無惨な姿があった。
「う、ぐ……」
装甲は砕け散り、リベルタの左翼は根元からへし折れている。
高熱にさらされた右半身の装甲は無残に融解し、内部の人工筋肉が剥き出しになっていた。
『警報、右脚部出力40%低下。リベルタ合体維持限界まで残り120秒。生命維持装置、エラー……パイロットの心拍数、異常上昇……』
非情な電子音声が、終わりが近いことを告げている。
烈火の視界は赤く染まり、加速し続ける脳が焼けるような熱を持っていた。
((どうすれば勝てる……? どうすれば、あの娘を救える……?))
烈火は必死に思考を巡らせる。
分離して覚醒を解くか? ――いや、今の狂乱したソラリスには一瞬で細切れにされる。
単騎で覚醒を維持し続けるか? ――烈火自身の脳が爆散するのが先だ。
このまま無理やり押し切るか? ――そんなことをすれば、背中の兎歌が死ぬ。
『そんなことない!!』
通信機を突き破らんばかりの、兎歌の叫びが響いた。
『烈火……迷わないで……! わたしは大丈夫だから……お願い、止まらないで……!』
「そんなの、できるわけねぇだろ! お前、血を吐いてるじゃねぇか!」
『いいから! やってよ、烈火!!』
血を吐きながら、喉を潰さんばかりに叫ぶ兎歌。
その声に込められた「信じている」という重たい意志。
それが、烈火の心に突き刺さった。
「……ああ、分かったよ。全部、俺が引き受けてやる!」
烈火は歯を食いしばり、損傷したスラスターを無理やり点火させた。
赤黒いオーラが、機体の欠損を補うようにさらに激しく燃え上がる。
~~~
一方、はるか後方。
ストラウスの超精密照準スコープ越しに、マティアスはその死闘を凝視していた。
彼の指先は、微塵もぶれることなくトリガーにかかっている。
今のストラウスの出力なら、ソラリスを撃ち抜くことは容易だ。だが――。
((……ソラリスの構造上、動力ケーブルだけを狙撃して無力化するのは、この距離と機動速度では不可能だ。
イノセントのパイロット保護機能は旧式。プラズマリアクターを貫けば、爆発の余波で中の娘も死ぬだろう))
マティアスは冷徹に状況を分析する。
一発撃てば、この戦いは終わる。烈火も兎歌も救われる。
だが───
烈火が救いたいと願った命は、マティアスの手で消えることになる。
冷徹な狙撃手は、わずかに指の力を緩め、小さく首を振った。
「今は……仲間の我儘を、信じるべきか」
マティアスは照準をソラリスから逸らし、ブレイズに砲口を向けていた戦闘艦の主砲へと、狙いを切り替えた。
大人の役目は、若者の背中を守ることだ。
「仕掛けるぞ、小僧。死ぬんじゃないぞ」
ストラウスが火を噴き、ブレイズを狙う戦闘艦のスラスターを貫く。
スコープの中で、戦闘艦は傾き、火を噴いていた。
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ソラリスと残存するファランクスが、赤黒い光を放つブレイズを仕留めるべく、挟み込むような超高速機動で肉薄する。
だが、覚醒した烈火の感覚は、すでに敵の予測を遥かに凌駕していた。
「遅ぇんだよッ!」
迫りくるファランクスが片手剣を振り下ろす。
だが、その刹那の隙間を縫うように、ブレイズは左腰からコンバットナイフを引き抜き、流れるような動作で投擲した。
直撃だ。
超振動するナイフは正確にファランクスの装甲の継ぎ目を貫き、リアクターに到達。
一撃で内部から爆散させた。
爆炎を抜けたブレイズは、そのまま右手を突き出し、襲いかかってきたソラリスの右腕を力任せに掴み取った。
「捕まえたぞ……!」




