冷蔵庫一台分の命、もしくは祈り
「さて……」
マティアスはストラウスのセンサーを走らせ、戦場の状況を冷静に確認する。
プロメテウス……損傷軽微。
護衛艦……2隻とも中破、戦闘継続は可能だが、これ以上の被弾は危険だ。
イノセント部隊……3機が撃墜されたか。
僚機……ブレイズ、リベルタ、ウェイバー。どれも健在。
対する敵戦力。
ファランクス……残存5機。
ソークル……残り8機。
後方に戦闘艦、輸送艦、戦闘空母が各1隻。
そして、ソラリス……奴は無傷だ。
「……油断はできんな」
マティアスは短く独りごちると、再び照準器を覗き込んだ。
敵主力艦の周囲では、ブレイズとリベルタが戦い続けている。
そこには、クーロンを筆頭とする3隻の艦隊、そしてソラリスが集結している。
プロメテウスは健在だが、多数のソークルとファランクスに群がられ、ウェイバーとイノセントたちが交戦中だ。
ストラウスは母艦、プロメテウスを守りながら、ブレイズの支援もこなす必要がある。
消耗と被害は向こうの方が上だが、まだ戦力では劣る。
これをひっくり返すには───
〜〜〜
一方、ファランクス部隊と交戦中のウェイバー。
『ちょこまかと……! 逃げ回るんじゃないよ!』
ギゼラが苛立ちと共に粒子キャノンを放つ。
だが、ファランクスたちは散開し、巧みに射線を外す。
拡散モードでは強固なシールドを貫通できず、収束モードの直撃は当たらない。
ウェイバーの火力は強大だが、小回りが効かない。
機体特性が、強化兵士たちの超反応の前で仇となっていた。
『いいぞ、連携して追い込め! デカブツをハチの巣にしてやるのだ!』
敵隊長機に乗るアジャダ・バンダーは、部下たちに命令を下す。
その顔には、卑しい笑みを浮かべていた。
『『了解』』
ファランクスたちはウェイバーを包囲するように展開し、次々に荷電粒子砲を撃ち込んだ。
だが、ウェイバーの飛行性能は伊達ではない。
ギゼラは推力を全開にし、包囲網の隙間を強引に突破する。
『チッ、鬱陶しいハエどもだねぇ……なら、こうさ!』
ギゼラは獰猛に唇を吊り上げると、背中のウェポンコンテナを開放した。
無数のミサイルが一斉に放たれ、白煙を引いてファランクスたちへと殺到する。
『ミサイルごときで!』
バンダーたちは即座に迎撃行動に移り、対空レーザーでミサイルを撃ち落としていく。
空域が爆炎と煙に包まれた。
「何ィ!?」
爆炎が晴れた瞬間、バンダーは驚愕に目を見開いた。
目の前にいたはずのウェイバーが消えていたのだ。
直後、警報音が鳴り響く。
『後ろだ!』
ミサイルを目くらましに、ウェイバーはすでにバンダー機の背後へと回り込んでいた。
人型形態に変形したウェイバーが、加速の勢いを乗せたまま、強烈な飛び蹴りを繰り出す。
「お、お前ぇーッ!」
バンダーは恐怖と怒号を上げ、即座に荷電粒子砲をパージした。
腰の片手剣を抜き放ち、迫りくるウェイバーの右足を斬りつける。
ザンッ!
鋭い一撃が、ウェイバーの右足を膝から下で切り落とした。
だが、ギゼラの表情は変わらない。
ウェイバーにとって、脚部は着陸用のランディングギアでしかないのだ。
「もらったぁ!」
攻撃直後の硬直。
その致命的な隙を突き、片足となったウェイバーが踏み込む。
直撃!
右腕に持ったE粒子ブレードが、バンダー機のコックピットを深々と貫いた。
「い、嫌だ、死にたくない、そんな……!」
ドゴォオオオン!
みっともない断末魔と共に、バンダー機は爆散!
火の玉となって、成層圏へと還っていく。
燃え上がる炎を背に、ウェイバーは悠然と離脱した。
『隊長機、シグナルロスト』
『被害甚大』
指揮官を失った残りのファランクスたちは、恐慌状態に陥り、オロオロと後退を始めた。
ギゼラは、それを深追いしようとはしない。
『逃げるなら……追いはしないさ』
彼女たちの目的は侵略を止めることであり、虐殺を楽しむことではないのだから。
〜〜〜
前線では、赤黒いオーラを纏ったブレイズと、黄色い光を放つソラリスが、視認不可能なほどの超高速で切り結んでいた。
真空の宇宙に、火花だけが幾重にも咲き乱れる。
ソラリスはバックステップで距離を作ると、左腰のE粒子ライフルを抜き放つ。
早撃ち3連射。
正確無比なビームが、ブレイズのコックピットを狙う。
だが、覚醒した烈火は止まらない。
右腕のマルチプルユニットをシールド形態に変形させ、真正面からビームを弾き飛ばす!
そして、さらに加速して肉薄!
ブレイズが鋭い突きを繰り出す。
ソラリスはそれを紙一重で回避!
だが、体勢を崩した。
「……ッ!」
そこへ、ファランクス隊からの援護射撃と、後方の戦闘艦からの主砲が飛来。
砲撃は、同時に着弾。
爆炎が空間を埋め尽くす。
しかし、ブレイズはその爆風をも利用するように、予測不能な軌道で回避。
無傷で炎の中から飛び出した。
「逃がすかぁ!」
ブレイズは勢いのままにソラリスを追い込む。
大太刀による剛剣。
「う……っ」
ソラリスは斬撃を躱し損ね、その刃が背中の特徴的なリングの一部を斬り裂いた。
火花を散らすリング。
『烈火! 相手のバランスが崩れてる!』
「よっしゃ、もらったァ!」
間髪入れず、ブレイズの右腕の粒子バルカンが唸りを上げた。
至近距離からの掃射がソラリスを襲う!
「くぅ……!」
ソラリスは辛うじて致命傷を避けたものの、数発が装甲を掠め、機体が大きくよろめいた。
勝負あったか。
ブレイズがトドメの一撃を放とうと踏み込む。
しかし――。
「何ッ!?」
烈火が驚愕の声を上げた直後───
ソラリスの全身から、幽鬼のように揺らめく、青白いオーラが爆発的に噴き出した。
「や……だ……」
ブレイズの赤黒いオーラを、物理的な圧力で押し返すほどの奔流。
コックピットの中で、リエン・ニャンパの瞳孔が開いていた。
「や、やだ……死にたく、無い……」
彼女を支配していたのは、純粋な生存本能。
実験体として繰り返された苦痛への忌避と、死への根源的な恐怖。
それが極限まで達した時、恐怖は殺意へと変貌した。
殺意が、彼女の中のネクスターとしての資質を無理やりこじ開けたのだ。
「お、お前が……死ねぇ!!」
絶叫と共に、ソラリスが動き出す。
先程までの機械的な動きとは違う、獣のような、あるいは狂人のような予測不能な機動。
「ッ!? 何だ!?」
右手のブレードと左手のライフルによる、激しい斬撃と銃撃のコンビネーションがブレイズを襲う。
ブレイズもまた、覚醒状態の速度でこれに応戦する。
ガガガガガッ!
キンッ、ズバァ!
二機の周囲で光と金属音が乱舞する。
その隙を突き、遠方の戦闘艦が再度砲撃を放った。
『烈火はやらせない!』
ブレイズの背中で、リベルタが叫ぶ。
兎歌は瞬時に反応し、翼から粒子防壁を展開。
直撃コースだった熱線を受け止め、拡散させた。
その守りがあるからこそ、烈火は攻撃に専念できる。
ソラリスとブレイズ。
二つの鬼神が交差し、互いの渾身の斬撃がぶつかり合った。
ズバァアアアン!
宇宙空間に閃光が走る。
すれ違いざま、装甲の破片が飛び散った。
ブレイズの左肩アーマーと、頭部の左側センサーが斬り飛ばされ、内部メカが火花を吹く。
対するソラリスは、右足が膝から下で切断され、宇宙の彼方へと飛んでいった。
「オォオオオオオッ!!」
「アァアアアアアッ!!」
烈火の咆哮と、リエンの絶叫が重なる。
傷ついた二機は互いにスラスターを噴射し、反転。
再び激突するために、迷うことなく虚空を蹴った。
激しい閃光と衝撃の只中で、リエンの意識は、唐突に過去へと引き戻された。
それは、色彩のない、乾いた風の吹く記憶。
~~~
大陸の辺境にある、貧しい村だった。
その日、村には似つかわしくない、清潔な白い服を着た大人たちがやってきた。
どこかの国の、立派な慈善団体。
彼らは笑顔で、ガリガリに痩せた子供たちにワクチンを打ち、身体検査を行い、キャンディを配った。
((……偽善者))
幼いリエンは、冷めた目でそれを見ていた。
彼らは「可哀想な子供たち」を助けることで、自分たちが善人であるという満足感に浸りたいだけだ。
注射一本で、明日からの飢えが満たされるわけではない。
戦火に焼かれる恐怖が消えるわけではない。
その後の人生なんて保証してくれないのに、その場だけの施しで英雄気取りをする、きれいごとの塊。
だが、それは単なる偽善ではなかった。
もっとタチの悪い、地獄への入り口だったのだ。
数日後。
村に、黒いスーツを着た男たちが現れた。
彼らは慈善団体が集めた検査データを持っていた。
ワクチンの接種という名目で行われた血液検査や脳波測定。
それは、医療行為などではなく、優れた『素質』を持つ商品───ネクスターの適性者を選別するための『カタログ』作りだったのだ。
男たちは、リエンの家に入り込み、両親に分厚い封筒と、一枚のカタログを見せた。
「……本当かい? こいつを渡すだけで、これが手に入るのか」
父親の声が上擦る。
母親は、リエンの方を見ようともせず、カタログに釘付けになっていた。
そこに載っていたのは、最新式の大型冷蔵庫だった。
年中暑いこの村で、冷たい水を飲み、肉を腐らせずに保存できる魔法の箱。
貧しい彼らにとっては、夢のまた夢である高級品だ。
「ああ、約束しよう。娘さんは、我々の施設で『英才教育』を受けられる。衣食住も保証される。悪い話じゃないだろう?」
男の嘘を、両親は疑いもしなかった。いや、信じたいように信じたのだ。
「リエン、よかったな。お前は選ばれたんだ」
「向こうに行けば、お腹いっぱい食べられるってさ」
二人は満面の笑みでリエンを送り出した。
涙など一滴もなかった。
彼らの目は、娘ではなく、これから届く冷蔵庫と、手元の金にしか向いていなかった。
((私の値段は、冷蔵庫一台……))
リエン・ニャンパという人間としての人生は、そこで終わった。
男たちに連れられ、たどり着いたノヴァ・ドミニオンの研究施設。
そこで待っていたのは、教育という名の実験。
調教という名の拷問。
自我を削り取られ、兵器の部品として作り変えられる、終わりのない地獄の日々だった。




