後編:起動せよ、イノセント!
一方、東武連邦の偵察部隊はイノセントの後を追っていた。
正面にはシェンチアンが滑り、横にはボルン2機がドスドスと重い足音を響かせる
兵士たちの通信がザリザリとノイズ混じりに飛び交う。
『目標の痕跡、確認。距離300メートル。追跡続行しろ』
『了解。目標の位置を───』
ドガァン!!
その瞬間、凄まじい爆音が森を切り裂いた。
ボルンの1機が突然爆発し、オレンジと黒の炎が渦を巻いて舞い上がる。
『ぎゃあああ!?』
巨体が土の中へ倒れ込み、背の低い木を巻き込んで潰した。
金属が軋む音と共に、破片が散乱し、土煙がモクモクと立ち上る。
『何!? 敵襲か!?』
『ボルン1号機、反応なし! どこからだ!?』
兵士たちの通信が混乱に染まる中、遠くの木々の間でイノセントが姿を現した。
蒼い装甲が薄暗い森に映え、リニアキャノンを構えたその姿が静かに佇んでいる。
烈火は操縦席で息を整え、闘争本能をフルに活性化させていた。
瞳が燃えるように鋭く、次の標的を捉える。
「一発目だ。次はお前らだな……」
烈火の呟きがコックピットに響き、イノセントのコンソールが次の獲物を映し出す。
補助席の兎歌が小さく声を上げた。
「烈火……! どうしてそんなに落ち着いてられるの!?」
「お前がビビってても何も変わらねぇ。俺がやるしかないだろ」
烈火の声は低く、しかし確信に満ちていた。
リニアキャノンを再装填するとエネルギーが収束する音が機体を震わせる。
問題ない。
兎歌を守る。
そのために、コイツらを蹴散らす。
ずっとずっと、昔からやってきたことだ。
残ったボルン1機とシェンチアンがこちらを感知し、向きを変えた。
ボルンのマシンガンが火を噴き、シェンチアンがアサルトライフルを構えて向かってくる。
「フッ───!」
烈火はイノセントを動かし、木々の間を素早く滑る。
弾丸が装甲をかすめ、火花がチリチリと散った。
本能が彼を導き、次の行動を瞬時に判断させる。
敵が混乱している隙を突く───!
「行っくぜェ……!」
イノセントはリパルサーリフトのホバーを活かし、滑るように間合いを詰める……!
〜〜〜
森の奥で、東武連邦の偵察部隊隊長はシェンチアンのコックピットに座り、内心で毒づいていた。
深緑の無骨な機体がドスンと土を踏み、モニターには混乱する戦場が映し出されている。
(新型機を鹵獲して、それごと上層部に報告すりゃ昇格は間違いねぇ……そのはずだったんだよ)
隊長の計画は完璧なはずだった。
シグマ帝国との戦いが激化する中、前線に出ずとも手柄を掴むチャンスが転がり込んできたのだ。
蒼い新型機を手中に収めれば、名誉と地位が約束される。
だが、現実は甘くなかった。
反撃を受け、ボルン1機を既に失い、部隊は混乱に陥っていた。
(クソッ……これ以上やらせるわけにはいかねぇ!)
隊長が歯軋りする中、目の前で戦況が急変した。
残ったボルンはマシンガンで弾幕を張り、シェンチアンもアサルトライフルを構え、追撃の態勢に入る。
だが、イノセントはその弾幕をかいくぐり、驚異的な機動性で迫ってきたのだ!
ゴォォン!
リニアキャノンが唸り、至近距離から放たれた蒼い光が2機目のボルンを直撃する。
爆音が響き、灰色の巨体が木々を薙ぎ倒しながら吹き飛び、黒煙がモクモクと立ち上った。
『た、隊長……うわぁああ!!』
部下の叫びが通信に響く。
隊長は舌打ちし、黒煙の向こうへと視線を移す。
そこにはイノセントが立っていた。
蒼い装甲がかすかに赤いオーラを纏い、まるで意志を持った獣のように息づいている。
烈火・シュナイダーの闘争本能が機体と共鳴し、ネクスターの力が限界を超えて発揮されているのだ。
「貴様……何だ、その力は!?」
隊長が呻くように呟く。
シェンチアンがリニアキャノンを構え、イノセントと対峙する。
烈火は操縦席で息を整え、鋭い瞳で敵を見据えた。
コックピットに兎歌の震える声が響く。
「烈火……! もう、逃げようよ!」
「ダメだ! お前を守るためにも、ここでケリをつける」
烈火の声は低く、確固たる決意に満ちていた。
イノセントはコンバットナイフを手に構えた。
木漏れ日を反射し、鉄色に刃が光る。
『こ、こうなれば……部下の仇だ! 死ね!!』
隊長機のシェンチアンがアサルトライフルを連射し、バリバリと弾丸が降り注ぐ!
だが、イノセントはそれを軽やかに回避し、一気に距離を詰めた。
「甘ぇよ……!」
烈火が吼えると同時に、イノセントが跳び上がる。
赤いオーラが一瞬強く輝き、蒼い機体が隊長機に肉薄した。
グォン!!
シェンチアンがリニアキャノンを撃つ瞬間、烈火はナイフを振り下ろす。
バチバチと装甲が裂ける音が響き、火花が散る。
『こなくそぉお!』
シェンチアンは咄嗟に身を捻り、コンバットナイフを辛うじて回避した。
刃がかすめた装甲の表面が赤熱し、抉れた傷口から火花が散っている。
深緑の機体がよろめき、隊長がコックピットで歯を食いしばった。
『クソッ……何だこいつの動きは!?』
隊長がうめく一方、烈火のイノセントは蒼い装甲に赤いオーラを纏い、獣のような敏捷さで立ち尽くしていた。
なぜこんなにも強いのか? その答えはイノセントに搭載されたアニムスキャナーにあった。
通常、コマンドスーツのスキャナーはパイロットの精神波を受信するが、その容量は限られている。
出力の高いパイロットは滅多に存在せず、過剰な受信能力は無駄だとされていたのだ。
しかし、イノセントのスキャナーは例外だった。
シェンチアンの何倍もの受信容量を持ち、烈火のような強烈な精神波を発するネクスターが搭乗すると、機体の反応速度が飛躍的に跳ね上がる。
それが、この戦場での圧倒的な力を生み出していた。
『まだだ、まだ負けてはおらん……!』
隊長機がアサルトライフルを乱射し、バリバリと弾幕がイノセントを襲う。
ドガンッ!!
一発がリニアキャノンに命中し、砲身が吹き飛び、火花が飛び散った。
だが、烈火はすでに次の動きに入っていた。
「オォォォッ!」
烈火が雄叫びを上げ、イノセントが一気に跳躍する。
赤いオーラが迸り、蒼い機体がシェンチアンに肉薄した。
隊長がリニアキャノンを構える間もなく、烈火は渾身の力を込めて蹴りを叩き込む。
ドォン!
直撃だ。重い衝撃音が響き、シェンチアンが土煙を巻き上げて倒れ込んだ。
「終わりだッ!」
烈火の咆哮と共に、イノセントが倒れたシェンチアンに馬乗りになる。
高々とコンバットナイフを両手で掲げ───
『お、おい、やめろ、やめ……』
───渾身の力で振り下ろした。
ガァン!
装甲が裂ける音が森に響き、火花が飛び散る。
一度、
二度、
三度───
ガァン! ガァン!
烈火は何度も何度もナイフを叩き込んだ。
金属が軋み、ギギィと悲鳴を上げる。
やがて、コックピットボールの分厚い装甲が甲高い音と共に突き破られ、ナイフが隊長機を貫通した。
シェンチアンが煙を上げ、動きを止める。
ガチガチと最後の痙攣が走り、深緑の機体が静寂に沈んだ。
イノセントはその上で立ち尽くし、烈火は荒々しい呼吸を整えた。
赤いオーラが薄れ、蒼い装甲が森の木漏れ日に静かに輝く。
「烈火……!」
補助席から兎歌の声が響き、烈火に抱きついた。
パイロットスーツ越しに震える腕が烈火の胸に回され、桜色の髪が烈火の肩に触れる。
大きくて柔らかい胸の感触と、ドクドクと鼓動する心臓。
兎歌の大きな瞳は涙で潤み、彼を見つめていた。
「兎歌、無事で良かった……」
烈火は低く呟き、兎歌の手をそっと握り返す。
少女にとって、烈火はヒーローだった。
幼い頃からそばにいて、どんな危機でも守ってくれる存在。
この戦場でも、彼は兎歌の命を賭けて戦い抜いたのだ。
森に静けさが戻り、イノセントのプラズマリアクターが低く唸る。
烈火と兎歌は互いに寄り添い、戦いの余韻に浸っていた。
~~~
烈火はわたしのヒーローだ。
そう思うたび、心が温かくなって、少しだけ涙がこぼれそうになる。
イノセントのコックピットで、烈火に抱きついたまま、わたしは目を閉じて想いを巡らせた。
遠くの記憶が、まるで昨日のことみたいに鮮やかに浮かんでくる。
戦火が家族を奪ったあの日、わたしはまだ小さかった。
灰色の空の下で、焼け落ちた家がゴロゴロと崩れる音が響いてた。
爆風が鳴るたび、地面が震えて、わたしはただ泣くしかなかった。
そんなわたしを、烈火が見つけてくれた。
赤い髪が風に揺れて、煤だらけの顔で笑う彼は、まるで燃える太陽みたいだった。
「トウタ、こんなとこで何してんだよ。行くぞ」
烈火はわたしの手を掴んで、貧民街の路地裏へ連れて行った。
あの頃は二人ともボロボロで、空腹でフラフラだったけど、烈火はいつもわたしを守ってくれた。
ガラの悪い奴らが近づいてきたとき、烈火は拳を握って立ち向かった。
殴り合いの音が響いて、彼の鼻血がポタポタ落ちても、わたしを隠して戦ってくれた。
「トウタ、隠れてろ。俺が片付けるから」
その声は強くて、怖がるわたしを安心させてくれた。
貧民街の冷たい石畳の上で、二人で寄り添って眠った夜もあった。
空腹で胃がキリキリしても、烈火がそばにいれば平気だった。
烈火はわたしのヒーローだったから。
でも、戦うたびに傷つく彼の姿を見るのは、辛かった。
わたしがもっと強かったら、傷つかないのに。
でも、わたしは小さな女の子で、弱かった。
やがて、ヴァイスマンの孤児院に保護された。
そこでも烈火はわたしのそばにいてくれた。
初めて温かいスープを飲んだとき、わたしは泣きながら笑ってた。
烈火は隣でスプーンを手に持って、ニヤッと笑った。
「何だよ、泣くなよ。スープが薄まっちまうだろ」
これでもう、烈火は傷つかずに済む。
そんなことを思ったりもした。
ヒーローに、傷ついてほしくなかった。
孤児院の庭で遊ぶときも、烈火はわたしのことを見てくれていた。
誰かがわたしをからかうと、彼がズカズカ歩いてきて、バシッと頭を叩いて黙らせた。
夜、怖い夢を見てうなされると、烈火のベッドにもぐりこんだ。
烈火はやさしく、手を握ってくれた。
「大丈夫だ。お前は一人じゃねぇよ」
その言葉が、わたしにとって何よりの支えだった。
烈火がそばにいるだけで、どんな辛い日も乗り越えられた。
彼はわたしのヒーローで、ずっとそうだった。
テロが起きて、年下の子が死んだとき、烈火は自分を責めた。
大きなガラスの刺さった女の子を抱いて、泣いていた。
買い物なんか行かなければ良かった。
おれのせいで。
烈火は震えていた。
わたしは、ただ烈火を抱きしめることしかできなった。
かける言葉がなくて、ただ、一緒に泣いた。
しばらくして、烈火はいなくなった。
建築会社に雇われたらしい。
その日、わたしは一番泣いた。
強くなりたかった。
軍にスカウトされた日、強くなれる気がした。
才能があると言われ、毎日、特訓をした。
でも、弱かった。
テスト機を任されたのに、守れなかった。
みんなとはぐれて、逃げることしかできなかった。
そこへ、ヒーローが現れた。
わたしよりもずっとずっと強い、赤毛のヒーロー。
イノセントのコックピットで、わたしは目をゆっくり開ける。
烈火の肩に頭を預けたまま、彼の荒々しい呼吸を感じる。
シェンチアンの残骸が煙を上げ、森に静けさが戻っていた。
烈火は今もわたしを守ってくれた。
あの貧民街の少年のままで、わたしのヒーローのままで。
「烈火……ありがとう」
小さく呟くと、烈火はわたしの頭を軽く叩いた。
「何だよ、急にしんみりすんな。まだ終わってねぇぞ」
その声に笑って、わたしは少しだけ涙を拭った。
烈火はわたしのヒーローだ。
これからもずっと、そばにいてくれると、信じてる。