開戦間近に迫る
エリシオン本国の地下深く。
地上の喧騒から切り離された『地下庭園』には、人工太陽の柔らかな光が降り注いでいる。
人口の滝には清流が流れ、苔むした岩が並び、片隅には小さな庵が建つ。
だが、その静寂な空間には、張り詰めた空気が漂っていた。
薄暗い庵の椅子に、ギンは、深く身を沈めている。
銀髪の青年は、無数に浮かぶホログラムウィンドウを、うつろな瞳で眺めていた。
「ねぇ、カイ。無理してない?」
心配そうな声と共に、小柄な少女がギンの背中に寄り添う。
金髪に、特徴的な猫耳帽子を被った少女、ミイだ。
彼女は巨乳を揺らすと、ギンの青白い頬を覗き込み、悲しげに眉を寄せた。
「……まぁね」
ギン……今はカイと呼ぶべきか、は自嘲気味に笑い、力なく呟く。
彼にかかる負担は、常人の想像を絶するものだった。
───世界中から集まる戦況情報の収集と分析。
───対抗策となる作戦の立案。
───そして、菊花たちへの新型機開発の指示。
その全てを、彼一人の脳で処理し続けているのだ。
休む時間など、あるはずもない。
「でも、ここが正念場だからさ」
カイはミイの頭を優しく撫で、再びモニターへ視線を戻す。
その瞳の奥には、消耗と憔悴、そして、決して消えない執念の炎が同居していた。
キュイン───!
「ん?」
「むむー?」
と、静寂を破り、通信パネルが開く。
映し出されたのは、銅色の髪を持つ優美な青年……カルコス。
『ギン様、報告があります』
カルコスの声は落ち着いているが、そこには隠しきれない高揚と緊張が混じっている。
『ゲイルたちが作戦を成功させたようです』
「ほう」
『予定通り、シグマ帝国の中枢を破壊し、乱入してきたノヴァの新型機も撃破したとのこと』
「そうか……。あの男ならやってくれると思っていたよ」
カイは小さく息を吐き、口元を緩める。
だが、カルコスの表情はすぐに硬いものへと変わった。
『ですが、悪い知らせもございます』
「……聞こうか」
カイの視線が鋭くなる。
カルコスは一呼吸置き、告げた。
『東武連邦の主力艦隊を、海上で確認した』
モニターに、偵察衛星からの映像が表示される。
海を埋め尽くすほどの艦艇。
空を覆う戦闘機の群れ。
それは、一国の軍事力全てを注ぎ込んでも届かぬ、圧倒的な物量だった。
『採掘拠点を潰され、資源が枯渇した連邦が、最後の賭けに出たようです。総力戦を仕掛けてきているものと』
「なるほどね……」
カイは冷静に呟き、指先でコンソールを叩いた。
青白かった彼の顔に、軍師としての冷徹な色が戻る。
「予定より、少し早いな。最近の計算を雑にしたツケか……」
『どうしますか? エリシオンの戦力だけでは、真正面からの衝突は厳しいものかと』
カルコスは難しい顔をした。
だが、カイ……いや、エリシオンの作戦参謀ギンは、薄く笑う。
「構わないさ。そのために準備をしてきたんだ」
ギンは椅子から立ち上がり、ミイの肩をぽんと叩いた。
「ミイ、セレーナに伝えてくれ。開戦の演説を頼む、と。変装も忘れずに」
「……うん、わかった!」
ミイが駆け出していくのを見送り、ギンはカルコスに向き直る。
「カルコス、キミも持ち場に戻ってくれ。ここからが本当の勝負だ」
『……了解しました』
ブツリ。
通信が切れると、地下庭園に再び静寂が戻った。
だが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。
ギンはモニターに映る大艦隊を見据え、静かに嗤った。
「さぁ、始めようか。エリシオンの未来を賭けた、次の大博打を」
~~~
大陸の南、太平洋に位置する、エリシオン本国。
どこまでも青い空の下、軍事要塞の中央広場は、異様な熱気に包まれていた。
集まった軍人たちのざわめきが、波のように広がっていく。
「おい、あれを見ろよ……」
誰かが指差した先には、巨大な投影パネルが浮かんでいる。
そこに映し出されていたのは、海を埋め尽くすほどの鋼鉄の艦隊だった。
東武連邦の大艦隊だ。
空母の甲板には、龍の骨かムカデを思わせる禍々しい機動要塞───『ロンザイ』が、ずらりと並んでいる。
見上げれば、空には無数の戦闘機や、飛行型コマンドスーツが群れをなして飛んでいた。
まるで、空そのものが鉄と火薬で塗り潰されたような光景だ。
「マジかよ……」
「あんな数、どうやって止めるんだ?」
不安の声が漏れる中、壇上に一人の女が姿を現した。
セレーナ・エクリプス。
このエリシオンの代表であり、象徴たる皇女だ。
海色の髪が風に揺れる。
セレーナは、豊穣の女神のような肢体を軍服に包み、凛とした表情で前を見据えた。
その瞳には強い決意と、ほんのわずかな憂いが宿っている。
彼女自身、自分が飾り物の皇女であることを知っていた。
それでも、今はこの役割を全うしなければならない。
『……コホン』
セレーナが小さく咳払いをすると、広場のざわめきが嘘のように静まり返った。
透き通るような声が、マイクを通して響き渡る。
『みなさん。今、この国はかつてない危機に瀕しています』
彼女の言葉に合わせるように、パネルの映像が切り替わった。
偵察衛星からの画像だ。
そこに映る艦隊は、エリシオから、さほど遠くない位置を航行している。
『東武連邦は残存勢力を結集し、このエリシオン本国へ、総攻撃を仕掛けてきました。
彼らの目的は、我々の……自由と未来を奪うことです』
セレーナは一度言葉を切り、兵士たち一人一人の顔を見るように視線を巡らせた。
『ですが、屈するわけにはいきません。この局面を乗り切るためには、皆さんの力が必要なのです』
力強く、それでいて優しさを帯びたその声は、兵士たちの胸に火を灯していく。
だが、広場の後方には、そんな演説をどこか楽しげに聞いている者たちがいた。
「へっ、すげえ数だな」
赤い髪の少年───烈火・シュナイダーだ。
烈火はパネルを見上げ、好戦的な笑みを浮かべた。
「あれをまとめてぶっ潰せるのか。腕が鳴るぜ!」
「もー、烈火!」
隣にいた桜色の髪の少女───兎歌・ハーニッシュが声を上げる。
兎歌は心配そうに眉を下げて、烈火の腕を突っついた。
「そんな無茶なこと言わないでよ! また勝手に突っ込むつもりでしょ!」
「ハハッ! 烈火らしくていいじゃねえか」
二人の後ろで豪快に笑ったのは、金髪の女パイロット、ギゼラ・シュトルムだ。
「その血の気、あたしは嫌いじゃないよ。けどな烈火、兎歌の言う通りだ。ちっとは頭を使いな」
「うっせえな、ギゼラまで」
烈火が口を尖らせると、その横から落ち着いた声が割り込んでくる。
「いいかね、兎歌くん」
銀髪の紳士、マティアス・クロイツァーだ。
マティアスは穏やかな笑みを浮かべ、兎歌に言った。
「烈火の無謀な突撃を止められるのは、君だけだ。手綱捌きは任せたよ」
「ああ!? 俺を馬扱いすんな!」
「ふふ、期待しているよ」
烈火は不満げだが、その表情はどこか楽しそうだ。
戦友たちとの軽口が、戦いへの恐怖を和らげ、闘志に変えていく。
と、壇上のセレーナが、声を張り上げた。
『我々はこれまで、多くの脅威を退けてきました!
核の炎すら跳ね除けてきた我々が、ここで膝を屈するはずがありません!』
セレーナが拳を握りしめる。
『エリシオンは負けません。
皆さんの覚悟が、この国を支えているのです!』
そして、一度深く息を吸い込むと、凛とした声を張り上げる。
『未来のために』
その瞬間、広場から爆発するような歓声が上がった。
「エリシオン! エリシオン!」
「やってやるぞぉおお!」
拳が突き上げられ、足音が大地を揺らす。
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演説が終わっても、広場の興奮は冷めやらなかった。
「見ろよ、あれロンザイだろ?」
「あんな数が揃ってるなんて……」
「ノヴァ・ドミニオンが裏で手を回してるって噂だぜ」
「海を渡って総攻撃かよ。やけくそじゃねえか?」
緊張と興奮が入り混じる中、軍人たちは口々に言葉を交わす。
と、広場の片隅に、防衛隊のパイロットたちが集まる一角があった。
寄り添い合っているのは、一組の男女。
「ほーん、東武連邦も、ずいぶん追い詰められてんな」
クマのような巨体の男が椅子に深く座り込み、腕を組んでモニターを見上げた。
防衛隊最強のエース……ゴウ・ギデオンだ。
「海を挟んで総攻撃なんて、無理筋だろ」
「そりゃそうだ」
隣に座る少女が、ニヤリと笑う。
日焼けした肌がまぶしい彼女は、ネコのようにしなやかにゴウへ身体を寄せた。
シャオ・リューシェン。ゴウと並ぶ、エースパイロットである
「この前、オレが採掘拠点をぶっ壊してやったからな。資源がねえから、突っ込むしかねえんだろ」
「まー、そりゃそうか。拠点ごと核で消えたらしいしな」
「あぁ。ま、ゴウがいる限り負けなんてありえねえけどな!」
「ハハ、そりゃどーも」
ゴウは苦笑しながら、シャオの肩を抱き寄せた。
「けどシャオ、無茶すんなよ。ルナの整備、ちゃんとやっとけよ?」
「へいへい、任せなって!」
そんな二人から、少し離れた席。
そこには、ピリリとした空気を纏う男女がいた。
ゲイル・タイガーと、シホ・フォンティーヌだ。
元シグマ帝国のエースであるゲイルの周りには、周囲の兵士たちから好奇の視線が注がれている。
「国の一大事だというのに、よそ見をしている場合か」
ゲイルは低く呟いた。
その声は氷のように冷たい。
「あ、あの……仕方ないと思います……」
シホが控えめに、おずおずと口を開く。
「ゲイルさんはシグマ帝国の出身ですし、みんな、どうしても気になっちゃうんだと……」
「ふん」
ゲイルは鼻を鳴らし、興味なさげに視線をモニターに戻す。
「無駄な好奇心だ。敵は目の前にいる。それだけを考えればいい」
「は、はい……」
シホは小さく頷きながら、内心で息を呑んだ。
((やっぱりすごい……トップエースのオーラだ))
彼からは、常人とは違う張り詰めた殺気が漂っていた。
再び、セレーナの声が響く。




