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夜明けの英雄

 黒煙が、白み始めた空を汚していた。

 あちこちでくすぶる炎と、崩れ落ちた建物の残骸。

 シグマ帝国の農業都市は、一夜にしてその姿を変えてしまっていた。


 けれど、全滅ではなかった。

 瓦礫の山となった大通りで、警備隊の隊長が煤けた顔を拭いながら立ち上がる。

 彼が乗っていた小型のコマンドスーツは、片腕をもがれ、足もひしゃげて動かなくなっていた。


「おい、生存者はいないか! 救助に向かう!」


 彼の怒鳴り声に呼応するように、あちこちから声が上がる。


「ここだー!」

「こっちに生存者がいる!」

「輸血パックはあるか!?」


 がれきの下の市民の声。そして、走り回る救助隊の声。

 そして、シェルターから恐る恐る出てきた市民たち。

 だが、彼らは、惨状を目の当たりにして息を呑んでいた。


「助かったのか……俺たち」

「ああ。あの白い化け物ども……全部、壊れてる」


 市民の一人が指さした先には、巨大な白い機体――サーペントとファランクスの残骸が、無残な姿 で転がっていた。

 つい数時間前まで、この街を地獄に変えようとしていた悪魔の末路だ。


「誰がやったんだ? 軍の増援か?」

「いや、違う。見たことない機体だった」


 警備隊長が首を振る。

 彼の脳裏には、鮮烈な光景が焼き付いていた。


 絶望的な状況の中、空から舞い降りた紅と白の機体。

 それはまるで、お伽噺に出てくる不死鳥のように、炎の中を駆け抜けていった。


「赤と白の……すごい速さだったな」

「ああ。あの動き、信じられるか? 敵のビームを紙一重でかわして、懐に飛び込んで……」


 集まってきた男たちが、興奮冷めやらぬ様子で語り合う。

 その中の一人、皺だらけの男が、しみじみと呟いた。

 彼は、古くからこの街で重機の整備をしている男である。


「あの戦いぶり……まるで、ゲイル様のようだったな」


 その言葉に、その場にいた全員が静まり返る。

 ゲイル・タイガー。

 シグマ帝国が誇る───最強の英雄。


 だが、彼はもういないはずだ。

 国に見捨てられ、砂漠で戦死したと聞いている。


「よせよ、爺さん。ゲイル大督はもう……」

「わかっとるよ。だがな、あの迷いのない踏み込み、敵を圧倒する気迫……あんな芸当ができるのは、あの人くらいしか思いつかん」


 整備士の爺さんは、遠くの空を見上げた。

 英雄は死んだ。

 けれど、今夜、彼らは新しい英雄を見たのだ。


「それにしても、ありゃあどこの機体だ?」

「シグマの無骨な鉄塊とは、なーんか違うよな」


 若い男たちが、地面に残された戦闘の痕跡を見つめて首を傾げる。

 すると、整備士の爺さんが、足元に落ちていた金属片を拾い上げた。


 それは、戦いの中で剥がれ落ちた、あの赤い機体の装甲の一部だった。


「見てみろ、この加工技術。それに、あの機体の流れるような曲線と、関節の処理」


 爺さんは、愛おしそうにその破片を撫でる。


「シグマの機体は、頑丈だが重い。東武連邦のやつは、生産性重視で安っぽい。ノヴァのでもないな」

「じゃあ、どこのだって言うんだよ」

「決まっとるだろう」


 爺さんは、確信に満ちた声で言った。


「エリシオンだ」


 その名前に、市民たちの間にざわめきが広がる。


 エリシオン。

 それは、シグマ帝国と敵対している勢力の名だ。

 本来なら、憎むべき敵のはずだった。


「エリシオンって……あの、南の島国の?」

「敵国じゃないか!」

「そうだ。敵だ」


 警備隊長が、重々しく口を開く。


「だが、俺たちを見捨てて逃げた政府や、街を焼いたノヴァとは違う」

「あぁ、あいつらは……あの赤い機体は、命がけで俺たちを守ってくれた」


 その事実は、何よりも重かった。

 自分たちの国は、自分たちを守らなかった。

 けれど、敵であるはずのエリシオンの機体が、たった一機で、この街を救ったのだ。


 なお、戦場の片隅にいたイノセントは、あまり目撃されていなかった。


「エリシオン……か」


 若い母親が、幼い子供を抱きしめながら呟く。


「誰が乗っていたのかは知らないけど……ありがたいわね」

「ああ。すげえよ。あんなすごい機体を作れるなんて」


 パチパチ、パチパチ。

 誰かが拍手を始めた。

 それはすぐに伝播し、煤と埃にまみれた市民たちの間に広がっていく。


 名前も知らない、顔も見えない、けれど確かにそこにいた「英雄」と、それを送り出した国への称賛。


「おい、見ろよ! 朝日だ!」


 誰かの声に、全員が東の空を見る。

 黒煙の向こうから、太陽が昇ってくる。

 その光は、瓦礫の山を優しく照らし出していた。


「行こう。街を直さなきゃな」

「ああ。生きてるんだから、なんとかなるさ」


 整備士の爺さんは、手の中にある赤い装甲片を、お守りのように胸ポケットにしまった。

 そのパイロットが、死んだはずの彼らの英雄その人であることなど、知る由もない。

 ただ、遠く南の空へ向かって、静かに感謝の祈りを捧げるのだった。


~~~


 朝日に背を輝かせながら、高速輸送艦『ヘルメス』は、エリシオンへの帰路についていた。

 彼方の陸には、さきほどまで炎に包まれていた大地が広がっている。

 だが、今はもう黒煙も薄らいでいるようだった。


 ヘルメスの操縦席では、シホがモニターに表示される通信ログを解析していた。

 シホはヘッドセットに手を添え、少し躊躇いがちに、しかし明るい声色で通信を開く。


「ゲイルさん、聞こえますか?」


 通信の先は、格納庫の『ダフネ・ザ・フェニックス』だ。

 コックピットにいるゲイルから、短く低い返答が戻ってくる。


『ああ。感度は良好だ』

「あの……先ほどの都市から、広域通信を傍受しました。暗号化されていない、市民たちの会話です」


 シホは手元のキーボードを叩き、ノイズ混じりの音声をクリアな状態にして再生した。


『――おい、見たかよあの赤い機体!』

『ああ、エリシオンのヤツかもしれねえが……関係ねえ! あいつが俺たちを救ってくれたんだ!』

『英雄だ……新しい、俺たちの英雄だ!』


 スピーカーから流れるのは、興奮と感謝に満ちた声だった。

 シグマ帝国という国に捨てられ、絶望の淵にいた人々が、再び希望を取り戻した声。

 シホはモニター越しに、ゲイルへ語りかける。


「彼ら、気づいているみたいです。あの機体が、敵対しているはずのエリシオン製だってことに。それでも……彼らはあなたを称えています」

『……』

「国とか、所属とか関係なく……ただ、命を救ってくれたあなたに、ありがとうって」


 コックピットの座席の上で、ゲイルは静かに目を閉じた。

 かつて「シグマ三本槍」として恐れられ、そして国に裏切られた男。

 彼は一度、深呼吸をすると、小さく頷いた。


『……そうか』


 返ってきた言葉はそれだけだった。

 だが、その声には、いつもの冷徹さとは違う、どこか憑き物が落ちたような響きが含まれていた。


 画面越しのゲイルの表情は穏やかで、彼はただ静かに、故郷の方角を見つめていた。


 そんなゲイルの様子を、ヘルメスの副座席からじっと見つめる視線があった。

 メカニックの菊花だ。

 彼女は腕組みをしたまま、少しバツが悪そうに唇を尖らせている。


((……なんやねん、その顔))


 菊花の脳裏には、まだ故郷レザイトが焼かれた時の記憶が焼き付いている。

 ゲイルは、憎むべき仇だ。それは変わらない。

 あの時、電卓で頭を殴りつけた時の怒りも、決して消えたわけではない。


 けれど。


 今日、彼が命を削ってまで守ったのは、理不尽な暴力に晒された人々だった。

 かつての自分と同じように……。

 復讐のために修羅となった男が、今は名もなき英雄として、人々に感謝されている。


((ほんま……調子狂うわ))


 菊花は、ふいっと顔を背けた。

 憎いのに、素直に憎みきれない。

 認めたくないのに、その背中を少しだけ頼もしいと思ってしまった。


「……ふん。機体の整備、戻ったら手伝わせたる。覚悟しときや、英雄さん」


 聞こえないくらいの小声で悪態をつくと、菊花は乱暴にゴーグルをかけ直した。

 胸の奥に生まれた、白黒つけられない複雑な感情を、リアクターの轟音に紛らわせるように。

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