8話
あたし達はまずあたし分身数体に辺りを見張らせて、古山羊亭のトイレを済ませて油断していたバラジンデの下級異端審問兵にケンタは加減したボディブロー、あたしは『スリープ』の魔法を掛けてダウンさせた。
「寝たのかな? 気絶してるのかな??」
「どっちでもいいぜっ、一旦ズラかんぞ!」
汲み取り式の男子トイレから3回の近距離テレポートで、確保していた、ここも分身に見張らせた近くの建物の人気の無い3階の空き部屋に移動する。
古山羊亭内の分身は、宿の周りで見張らせてる分身以外は一旦消す。
「トキコさん、見えて聴こえてます?」
(はい、範囲内です)
中級透視、中級盗聴、テレパシーのスキルはあたし達は高速学習をしても適性が足りなくて習得できなかったから、ちょっと不便なことになってた。
確認後、あたし達はハーフエルフだった下級兵の装備を解いて、ケンタがまだ宝物庫に持ってた『植物の蔓』で縛り上げて猿ぐつわを噛ませ、あたしの『ヒール』の魔法とケンタの加減したデコピンで起こした。
「ぐっ?! むぐぅっっ??!!!」
「抵抗したらコレな?」
ケンタは下級兵が持ってた『鋼のサーベル』を素手でバキバキ砕いて相手を震え上がらせた。
それからあたし達は自白剤用の注射器をそういえば持ってなくて、分量もよくわからなかったから、『大体の感じ』でお腹の中に自白剤を直接テレポートさせて飲ませ? 白眼を剥いてガクガクしだしたから慌てて1回ヒールして、ヒールしたらちょっと正気に戻りかけちゃったから初級催眠スキルでまた白眼を剥いた、今度はとろ~ん、とした状態にした。
「あっぶねっ、コイツすぐ死にそうになんぞ?」
「自白させるのって難しいね」
それからあたし達は必要そうな情報を引き出した。色々聞いたけど、特に重要そうなのは、
1 異端審問兵団は天の神の宗教的な資料から、数百年事の勇者候補者の争いの全容をほぼ把握してる。異端審問兵団を介してバラジンデ帝国も把握済みっ
2 代々把握しているだけに繰り返される勇者候補者によるアリエスティア世界の人々の被害に怒っていて、魔王もアリエスティア民の中でも『選ばれし民である』バラジンデ帝国の兵が倒すべきだと考えている
3 今回の勇者も既に数名倒されて、数名捕獲されちゃったみたい!
4 勇者の死はチートスキルによる復活以外では覆らないというのは間違いなさそう・・
の4点だったかな? 蘇生、やっぱ無いかぁ。
「大体は聞き出せたっぽいぞ」
「トキコさん、記憶を引き継いでね!」
(了解です。これだけでも大きな収穫でしたよ? 凄いです!)
情報を聞き出した下級兵の人はまた猿ぐつわをしてスリープの魔法を掛けて、ここに置いていくことにした。おやすみ
さて、こっからが本番! あたし達はもう一度、今度は古山羊亭の近くの建物の、目視でトキコさんとガードに付かせたあたしの分身2体がギリ見えるくらいの位置の屋根に移動していた。
ここからだと頑張ったら近距離テレポート1回で目当てのポイントに飛べるっ。
「確認すんぞ? この宿にいるパラディンってのは5人! この隊の隊長はヤバい。どんくらいのもんか? 今後のルート選択とか色々変わってくるっ。行くぞ? ケムコ!」
「うん。その人達以外の兵士の人達は私の分身で分断するからっ」
ノイズになるからそっちは条件付けして大雑把なオート攻撃でいいかな?
ここで大声は出せないから、トキコさんに手で合図して、
(観測します。気を付けて下さいね)
とテレパシーで応援され、あたし達は一気に噂のパラディン5人が詰めている、という古山羊亭で一番高い部屋にテレポートしっ、同時に分身達に宿の他の兵士達へのオート攻撃させたり、どうせリープはするけど関係無い宿の従業員の人達を捕まえて外に避難させたりする行動をスタートさせた!
ケンタは目潰し効果の『光り玉』を構えるっ。
「カチ込みだぜっ! パラディンだかなんだか・・」
「え??」
(わぁ~っ)
シーツがびしょびしょになってる大きなベッドを2つくっ付けた所で、全員たくましい大人の女性の人間族、半虎人、フェザーフット族(映画のホビット族みたいな小柄な人達)、ハーフドワーフ、エルフ族の『裸』の人達が絡み合ってる所だった!!
「どぉあっ?! 何やってんだよっっ」
「これから奇襲するんでっ、装備を付けてっ!! あたし達っ、勇者だから!!!」
(連携取れてる、てずっと思ってたけどっ、こんなことになってたんですか)
待機中だったんだろうけど『寛ぎ』過ぎぃ!
「・・ハッ、子供の勇者候補者か。哀れだな」
一番たくましいバレーボールみたいな胸の人(下級兵の人が隊長は人間族って言ってたからこの人が隊長だ)が仁王立ちして言ってっ、他の人達も全員ベッドの上で仁王立ちした! なんで仁王立ちするの??
「スキル『着装』っ!」
隊長と他のパラディンの人達は宝物庫から高速で引き出した鎧下も鎧兜も武器もっ、一瞬で装備した!! カッコイイっ。
「急にニチアサかよっ、キャラがブレてんぞ!!」
ケンタが光り玉を炸裂させて閃光を放つと同時に他の補強スキルと連動して透明化して、バトルは始まった!
手筈通り、ケンタは隊長狙い! あたしは『高度な分身』を4体出して、部下のパラディンに1体ずつ突進させるっ。
それからこの状況に合ってない大振りな『破壊槌』を装備してる1人に目星を付けて、本体のあたしが加勢に入った!
Hなことしてた甘いお香の焚かれた部屋はすぐにめちゃくちゃになりだすっ!
「まだ『覚醒』していないようだが、『インビジブル』と『ブリンク』が手を組んだかっ。今、この段階で討伐するっ!!」
隊長はたぶんミスリル製の穂先が両端にある『ツーヘッドスピア』を振り回して、姿を消してるケンタに反応して応戦してるっ。
時間掛けてらんないね!
あたしは組んでた分断の1体の痛覚をオフにして捨て身で突っ込ませ、ブラストハンマーで叩き潰されて煙と共に消されたその隙にっ、間合いに入ったっ! スキルっっ、
「霞連剣!!」
フルフェイスの兜をしたハーフドワーフのパラディンの人の首から上にパリィスモールソードの連打を打って仕止めたっ!
血が飛び散るっ、胃が痛いっっ。それでも!
「んっがっ」
あたしは同じ要領で次々と、トドメの一撃をマナボムの魔法、グラビティボール×2の魔法で頭を挟む、サンダーボルトの魔法で怯ませて霞連剣のコンボと、切り替えて攻撃して残りのパラディン3人を倒していった。
辺りは血だらけで、吐きそう!
(ケムコちゃんっ、ケンタ君が!)
「っ?」
「『狂月陣』!!」
隊長は姿の無いケンタを完全に見切って、ツーヘッドスピアを旋回させる技でケンタのパリィスモールソードを砕いて胴体を切断したっ!!
「クソっ、最悪だ・・」
ドシャッ、と。既に事切れてるケンタの上半身が落ちてきた。
「ケンタっ」
抱えるとケンタの身体は段々結晶に変わって、端から砕けて消え始めた。勇者の、死。
「うぅあああぁーーーっっっ!!!!」
混乱したあたしは分身を連続で隊長に向かって出して攻撃させたけどっ、全部見切られて斬り捨てられて消されてく!
「見苦しいな。私はバラジンデ帝国異端審問兵団上級パラディン、ロッシュ・ブライアロード。お前達、異世界の勇者どもを根絶やしにする者だっ!!」
(・・ここまでですね)
炸裂っ! まだ残っていたトキコさんがいた方の窓ガラスが衝撃で割れた。自爆だ。あたしの分身も消し飛んでる。
途端に全ての空間が歪みだして、私も、消えてゆくケンタの上半身も、隊長のロッシュも! 身体を浮かされた。
「なっ?! リープまでもかっ! おのれっっ、観測しても無駄だ!!」
あたし達も、砕けた壁も天井も床も他のパラディンの人達の死体も全てが、天の神がいた所にそっくりな奇妙な空間に放り出される。
「最後に勝利するのは我々だ! アリエスティアはアリエスティアの民によって解放されるっ!」
空間の中心には髪が解かれて透けた裸の姿で膝を抱えて目を閉じたトキコさんがいた。光ってる。空間の中心にはメビウスの輪の形の力の流動があって、そこに全てが吸い込まれてゆく。
ロッシュも何か喚きながら吸い込まれてゆき、完全に結晶になったケンタも砕けて吸い込まれた。
「全部、巻き戻しちゃうんだ・・ああ・・・」
すぐにあたしもあたしを上手く認識できなくなって、トキコさんの輪の中に吸い込まれていった。これが、リープ。
・・
・・・夜が開けるとトキコさんはしっかり目覚めて、
「まだリープしてないな?」
「0回目だよね?」
と念押しすると、
「これは、1回目のリープです」
と応え、あたし達は戸惑ってしまった。
それからあたし達はトキコさんが観測した全部を詳しく聞いて、異端審問兵団とロッシュ・ブライアロードの隊の厄介さを思い知ったんだ。