第十一話『嫁入り前日』
☆★☆ 夏樹と夏音 ☆★☆
高校卒業後の3月26日。
黒沼夏音が、野村夏音となった。
なぜこうなったのかは非常に複雑な心情が絡み合った結果だと、二人は声を揃えて言った。
結婚式前日の3月25日。
野村家と黒沼家の家族全員で、夏樹と夏音との馴れ初めなどの話しをする場を設けた。
☆夏音☆
かつて私は、小野寺純という悪党に私の幼い恋心を利用され、当時の恋人だった冬二くんを自分勝手な理由で裏切り、酷く傷つけてしまいました。
そして小野寺は、冬二くんを傷つけるためだけに私を利用したのだと言って、ひどく残酷な手段で私を切り捨てました。
この時、人生の全てに絶望した私は、自分の愚かさと無力さ。そして冬二くんに対する罪悪感で生きる希望を失い自殺しようとしました。
そんな私の命を救ったのが野村夏樹さんであり冬二くんのお父さんでした。
でも、夏樹さんが救ってくれたのは私の、命だけではありませんでした。
心まで救ってもらいました……
☆夏樹☆
事情を知って怒りに燃えた私は、夏音を自殺にまで追い込んだ元凶を地獄へと落とすべく、詳しい事情を聞いてみた。
クラスチャットと音声データ、これは100%犯罪の証拠になる。
そう思って私のスマホに送ってもらう為に夏音とは連絡先の交換をした。
そして私は迷うことなく父の人脈を頼った。
未成年ではあるが、小野寺純の行いは完全に犯罪であり、人間性のかけらもないと判断した私と父は、法的手段を用いて合法的かつ徹底的に追い詰める計画を立てて、結果完全な勝利を得た。
私は、冬二と夏音、二人の仇を見事に討つことが出来た。
でもな、夏音と私の間にはまだ『愛』も『恋』もなかった。
ただ、どうとも言えないような複雑な感情が、ぐるぐると回ってたんだよ。
アイツさえいなければ、冬二と夏音は幸せをつかむことが出来ていた筈なのに……
そう言った、憐憫や同情と言った感情だったのかもしれない。
☆
夏音にとっては、針の筵とも言える学校生活を守れ、と私が冬二に指令を出した時、私はまだ冬二と夏音が復縁する可能性が残されているかもしれないと、そう思っていた。
こんなに悲しくて、非道な破局など認めたくない。
そんな思いもあった。
☆冬二☆
だけど、俺たちは復縁なんかしなかった。
俺にはもうそんな気持ちは全く無かったからな。
俺の心は夏音に対しては酷く冷めてしまっていたんだよ。
☆夏音☆
私もそんな気持ちはありませんでした。
私の心は冬二くんへの罪悪感と小野寺への憎しみ、そして自分への後悔から、暗い闇の中に、重く、深く沈んでしまっていましたから。
☆冬二☆
それでも、その指令を俺が果たした結果、俺と夏音の心には互いに、友情と言ってもいいような感情が芽生えたと思う。
凶悪で強大な敵に対抗してさ、夏音と手を組む事は、意外と心強かったし、頼もしかった。
俺と夏音の、この時の関係を誰かに聞かれたなら、俺は間違いなくこう答えていたよ。
『戦友だ』ってね。
☆冬二☆
裁判終了後はさ、小野寺は無期停学処分となったよ。
事実上の退学処分。
それで学校生活が少しは風通しが良くなったな。
それでも俺たちはクラスメイトの大半を信用できなくて、だから中学時代の友人を頼ってさ、昼休みなんかは隣のクラスに入り浸ってた。
俺と夏音の関係についてクラスメイトから『よりを戻したのか?』なんてよく言われたけど、俺たちは否定も肯定もしなかった。
卒業したら無関係になるクラスメイト達の好奇心なんかを満足させてやる義理なんて無いからな。
もう完璧に無視したよな?夏音。
うるさい奴なんかには思いっきり睨みつけてやった。
でもさ、誰に何と言われようが、俺たちは毎日昼休みは一緒に過ごしたし毎日一緒に帰ったよ。
俺が夏音を、夏音が俺を、お互いに守り合う感じでな。
☆夏音☆
私はその頃からかな?『学童保育』に興味を持ちました。
退院した日に夏樹さんにお礼をしに行った時に、大人たちの話が長くなるだろうからって、おじいさんに誘われて見学しに行ったの。
そしたら
雪子先生が楽しそうだった。
冬子ちゃんは頼もしくて。
そして学童たちがすごく可愛かった。
みんな、輝いて見えた。
この時私は
(ああ……この子供たちはまだ穢れを知らない、純心で無垢、真っ白で眩しくて綺麗な存在だ)
って思って、だから
(私とはぜんぜん違う……)
そう思ったけれど、すごく憧れちゃった。
それでね、あの祝勝会の日。
冬子ちゃんと仲良しになれたのをきっかけに、学童のお手伝いをしたい。
いえ、例え迷惑でも絶対にするって心に決めた。
冬二くんの存在は、凄くすごーくバツが悪いし気にもなったけれど……
私は、自分の意思で、野村家のみなさんと交流を持つ決意をしました。
☆冬二☆
それからかな、夏音と俺との間に、結構会話が増えた。
もう恋人では無いからさ、気取る必要もないし、カッコつける必要もない。
だからめっちゃ気軽な会話ばかりだけどな。
そんな中で夏音は『畑仕事』にも興味を持ったらしくて、でも俺はバイトで忙しかったし、俺と夏音は、家に帰ってからまで会うような関係を互いに望んでなかったから、しばらくは話だけに留めてたんだけどな。
☆夏音☆
でもね、ある日私は『駄目で元々』って、思い切って夏樹さんに連絡をしてみたの。
畑仕事に興味があります。手伝わせてくださいって。
☆夏樹☆
その申し出が冬場だったので、ビニールハウスくらいしかやる事が無かったが、だからこそ初心者には良かったんだろうな。
プチトマトやイチゴ、キュウリやナスなど、年中需要がある野菜たちは収穫や選果、水やりなど、範囲が狭く限定的だからかとても教えやすかったよ。
口下手な私にとっては話す練習にもなったかもしれない。
その時からだ、夏音が手伝いに来る日の事を楽しみにしている自分に、私は気付いたんだ。
☆夏音☆
私も、畑のお手伝いに行く日の事を楽しみにしている自分に気が付いた。
☆夏音&夏樹☆
でも、この時はまだ全然恋心とかじゃ無かったからね。
私だってそうだったよ。まさか私たちが結婚をするような仲になるなんてね……
☆夏樹☆
夏音さんが学童保育の手伝いを始めたのは1年生の冬休み前からだったね。
そして畑の手伝いを始めたのが1年生の冬休み後半くらいだったか。
どちらも週2回くらいの頻度で、つまり週4日くらいウチと関わるようになったんだな。
夏音はなるべく冬二がいない日を選んで家に来ていたようだ。
やはり少しバツが悪かったのだろう。
そんな夏音の心情に、私は気が付いていながらも、何も言えず、ただ見守っていただけだったんだ。
☆夏樹☆
春になって、早朝の畑仕事も増えて来たから、私は思い切って
『朝は早いが、苗の植え付けをやってみないか?』と
夏音に初めて、私の方から連絡してみたんだ。
とても緊張したよ。
それまでの私は、夏音が送ってくれたメッセージに対して返信するだけのやり取りだったからね。
☆夏音☆
夏樹さんからのメッセージには私もびっくりしました。
今だから正直に言いますけど、凄く嬉しかったですよ。
☆夏樹☆
早朝の畑は毎日あるわけでは無い。
だから翌朝やるかどうかは天気なども考慮して、前日の夕方に決まるわけだ。
だから、私から発信するメッセージでのやり取りが格段に増えた。
そして早朝の畑仕事の誘いに、夏音は全て応じてくれた。
私も今だから言うが、凄く嬉しかったよ。
☆夏音☆
農繁期に入って、ある日私はひどく驚いたの。
だって、夜10時には布団に入っている自分に気が付いたから。
私が冬二くんに別れを告げた理由、覚えてる?
『私よりも仕事が大事』
『時間が合わない』
『優し過ぎる』
酷いよね、馬鹿だよね。
あの頃は気付けなかったけど、今なら分かるよ。
自分がどんなに自分勝手で我儘な理由で、冬二くんに別れを突き付けたのかを。
☆夏音☆
作業の休憩中にね、夏樹さんが私に教えてくれたの。夏樹さんの過去。
最初の奥さんは、自分から夏樹さんにプロポーズしておきながら、仕事優先で、面白い趣味も持ってない、優しいだけの夏樹さんに嫌気がさして出ていったって。
それって、完全に私が冬二くんにした事と一緒だよね?
改めてごめんなさい……
わかった、わかってる。この件で謝るのは本当にこれで最後。もう謝らない。でも、酷く反省してるの。もう二度と同じ過ちは起こさないって、だからね、冬二くんありがとう……こんな私を『友達』だって言ってくれて、本当に嬉しいです。
それから、二番目の奥さんの事は『話にならなかった』って教えてくれたけど、きっとその人も過去の私と同じ。
働いてばかりでつまんない生活って思っちゃったのかも。
そんな中でも冬二くんは、週に2日も私の為に時間を作ってくれていたのにね……
☆
だから私、決めたの。
夏樹さんの仕事は応援するし手伝いもする。
夏樹さんの生活時間に私も合わせて一緒に生きる。
夏樹さんの優しさに甘えすぎない。
そして私も夏樹さんに優しくする。
「ちょっと話が長くなっちゃったけれど、みなさん、聞いてくれてありがとうございます。私、明日から夏樹さんのお嫁さんになって、野村家の一員になります。どうかみなさん、末永くよろしくお願いします……」




