第十話『その後、俺たちは』
☆★☆ シゲとカズ ☆★☆
「前々から思っていたんだが……」
『四季庵』で、久しぶりにシゲとカズを見かけた為、俺は声を掛けた。
「でっかくなったなー、お前ら」
「へへッ、俺たちもうすぐ中学生になるんだからな、当然だ!」
シゲは相変わらずだな、すぐに調子に乗って得意そうに胸を反らす。
「僕の方がシゲより3mm背が高いけどね」
カズは大人っぽくなった、落ち着いた雰囲気が板についている。
「なあ先生、あそこにいる綺麗な女の人、誰だ?」
シゲはどうやらまだ女性、特に綺麗な女性が苦手なようだ。大好きなくせに。
「あの女性はね『黒沼夏音』さんと言って、去年から『四季庵』で働いている俺のクラスメイトだよ。
「そ、そうか……ちょっと話し掛けてみようかな……」
シゲが躊躇している隙に
「黒沼先生、初めまして。以前ここでお世話になっていたカズと言います。ちょっと遊びに来たのでよろしくお願いします」
「あっ、カズ! ズリイぞっ、お、おれおれ、シシシ、シゲです。よろしきゅー」
わっはっはっは
頑張れシゲ、俺は応援してるぞ!
と言う訳で、俺は俺の仕事をする。
「い~ぬや~にい~くも~のこ~のゆ~びと~まれっ!」
☆★☆ 天寿 ☆★☆
とある金曜日、ドッグランに行く為『山忠犬王』を訪れた俺を、悲しそうな顔の忠臣兄さんが出迎えた。
「どうしたの?」
「ああ、昨日の夜に『ジョリイ』が死んだんだが、今朝になって『ラッシー』も死んでいたんだ」
「2頭続けて?」
「ああ……昨日はかなり冷え込んだからな……老犬にはきつかったんだろう……」
「そっか……」
「でな、金曜グループのドッグランだが、今日は休みだ。済まないな」
「なにか、手伝えることある?」
「無いが……犬用の仏壇に飾ってある写真たちを見て行ってあげてくれ……ジョリイとラッシーの若い頃の写真も飾って置いた」
「わかった」
犬用の小さな仏壇には、今までに『山忠犬王』で天寿を全うした歴代の繁殖犬たちの写真が飾られている。
Lサイズの写真立てに入れられた写真が14枚。
皆、『山忠犬王』で活躍した繁殖犬たちだ。
ジョリイ、ラッシー。
お疲れ様でした……
☆★☆ 春の畑事情 ☆★☆
春になって、朝の畑仕事が増えて来た。
春は大体、4時半起床で5時に畑で集合。
最近なぜか父夏樹が夏音に畑仕事をレクチャーしている。
事情なんて俺は聞いてないけどな。
まあいい、俺は兄と一緒に野菜の苗の植え付けをする。
もちろん冬子ちゃんも一緒だ。
朝食が出来れば雪子先生が畑にお知らせしてくれる。
「朝ごはんが出来ましたよー!」
ラインの家族グループに送信するだけでいいのに、雪子先生は畑に向かって叫ぶことをやめない。
なんか、大きい声を出すのが気持ちいいらしい。
「はーい!」
冬子ちゃんも大きい声を出すのが好きみたいで、こういう時この二人は親子なんだなぁと感じる。
そして何故か夏音も一緒に朝ご飯を食べていく。
☆★☆ 自首するから付いてきて ☆★☆
俺が高校2年生。冬子は小学5年生のある日。
ついに事件が起こった。
ずっと気を付けていたのに……
学校からバイトそして夕食。
大体いつも俺が風呂に入る時間。
別に時間が決まっているわけじゃない。
だから声を掛け合ったり周りの状況を確認したりと言った気配りは重要だった。
だが、この日、俺は少し疲れていたんだろう。
重い足取りで風呂場に向かい、さっさと入っちゃおう位にしか考えていなかった俺が……
浴室のドアを開けたら、そこに、冬子ちゃんがいて……
ついにやってしまったのだ。
逮捕案件を……
☆★☆ 恋の自覚がこんなでいいのか? ☆★☆
冬子ちゃんは驚いていたものの、声は出さなかった。
それよりも俺に気を使って、
「疲れてたんでしょ? 大丈夫、気にしてないから」
そう言って、俺を受け入れてくれた。
「今から出て行くなんて言わないでね? 一緒に入れば時間の節約にもなるしね?」
冬子ちゃんが優しい……
「ゴメン……ちゃんと責任はとるから、警察には内緒にしてね」
「うん、内緒は誰にも言わないねっ」
俺は冬子ちゃんの優しさに甘えて、普通に頭と体を洗い始める。
不思議と、性欲は湧いてこなかった。
むしろ安心感すらあった。
「なーいしょ♪なーいしょ♪」
こんな鼻歌を口ずさみながら、ニコニコと俺が身体を洗う様子を湯壺の中から眺めている冬子ちゃんが愛おしくて……
今、この瞬間、俺は冬子ちゃんに『恋をしてしまった』事を自覚した。
裸同士の付き合いで、俺たちの心の繋がりが更に強くなったような気がした。
お互い裸を見たし、見られもしたが、俺たちは極々自然で穏やかな気持ちで温まる事が出来た。
むしろ、一人でのお風呂よりもリラックス出来たと言っても過言では無かった。
俺たちは一緒にお風呂場から出て身体を拭き、お互いの頭をタオルでこすり合った。
無邪気に笑い合いながら。
俺の心と身体を幸福感が包んだ。
この幸せは誰にも奪われたくない。奪わせたりしない。
この幸せだけは俺だけのものにしたい。
俺たちは微笑み合いながら、しっかりと手を繋いで一緒に居間に戻った。
そして、家族全員に呆れられた……
「「あ……」」
☆★☆ 謝罪なのに冬子ちゃん無双 ☆★☆
「雪子先生! すみませんでした!ちょっと疲れてて、ろくに確認もせずに風呂場に行った事、万死に値します! 兄貴、介錯を頼むッ!」
雪子お母さんと兄秋一に土下座で謝る俺。
そして兄夫婦が言葉を紡ぎ出す間も与えずに冬子ちゃんが俺を擁護する。
「冬二さんは悪くないんですッ!私が出て行かないでってお願いしたの!悪い事なんかしてない。お義父さんとお母さんが結婚前にしていたあんな事とかこんな事なんかしたいけどしなかったんだからねッ!」
この冬子ちゃんの発言によって、兄夫婦は沈黙して項垂れた。特に雪子先生が。
俺は……許された。のかも。
☆★☆ 夏~秋、農繁期の朝 ☆★☆
農繁期が来た。
収穫作業に追われ、朝は毎日3時半起きで忙しなく働く。
「なるほどね~。これじゃあ夜10時には寝ちゃうのも仕方ないよね~」
何故か当たり前のように夏音がウチの畑の収穫作業を手伝っている。
なかなかの手際だ。
「まあね」
俺が夏音と別れた原因の一つである『時間が合わない』の件を思い出してちょっと凹む。
「でも、冬子ちゃんは毎日一緒に早寝して、早起きしてくれてるんでしょ?」
「ああ、そうだな」
そう言えば冬子ちゃんってあんまり自己主張がないと言うか、我儘を言わないな……
今度、何かして欲しい事とか無いか聞いてみよう。
どんな我儘でも聞いてあげるぞ。
俺は心に誓った。
☆★☆ 俺にできる事だったら ☆★☆
夕食後。
「冬子ちゃん、なんか俺に頼みたい事とか無い? どんな我儘でも俺に出来る事だったら聞いてあげるよ」
母屋の居間で、俺はそんな事を言ってみた。
すると目を輝かせた冬子ちゃんが
「どんな我儘でも?」
と、確認してきたから
「まあ俺にできる事だったら」
と強調しておいた。
すると
「お母さんちょっといい……?」
雪子先生に相談でもするんだろうか? 一緒に仏間の方に行ってしまった。
☆★☆ 2年半ぶりに冬子と ☆★☆
その日の夜、冬子ちゃんが多めの荷物を持って俺の部屋にやって来た。
「今日からまた一緒に寝させてもらいます。不束者では御座いますがどうかよろしくお願いします」
正座をしながらそう言った後、俺のベッドに入って来た。
あれ?
「だいたい2年半ぶりだねっ」
俺にできる事、ではあるけれど、していい事なのか?
「それから私の事は今日から「冬子」って呼び捨てにしてね?」
嬉しそうにそう言う冬子ちゃんに逆らえずに
「わかったよ、冬子」
と、早速言ってみた。
「えへへ~」
夜9時半。
俺もベッドに入って、久しぶりに冬子を抱きしめて眠った。
俺は高校3年生。冬子は小学6年生の秋の事だった……
☆★☆ 夏樹3度目の正直 ☆★☆
進学も決まって、後は卒業式を待つばかりとなったある日の夕食時。
父夏樹が
「ちょっとみんなに聞いて欲しい事がある」
と、真面目な表情で家族全員を見回した。
何だろう? 俺だけじゃなくて皆にも緊張が走っていたように見える。
「非常に言いにくい話なんだが、私は再婚を考えている」
ズバッと結論から言う父夏樹。男らしい。
「相手は、黒沼夏音さんだ」
まさか……なんて思っちゃいない。むしろ夏音しかいない。当然だ。
だって父は見知らぬ女性とは、ろくに話も出来ないのだ。
誰もがそんな事、分かり切っている。
それなのに父夏樹はどうやら緊張しているようだ。
「家族が……特に冬二が反対したならばきっぱりと諦める。どうだろう、反対する者はいないか?」
無口で口下手な父にしては頑張って言ったと思う。
だから俺は
「いいんじゃない? 俺は父さんが幸せになってくれたらそれでいいよ」
賛成した。
「ウチの畑も結構手伝ってくれてるし、今度こそ逃げられないかもなー」
兄秋一も、直接な回答ではないが賛成のようだ。
ただ
「お義父さんのお嫁さんが私より年下……?」
雪子先生がちょっとだけショックを受けていて
「夏音さんが私のおばあちゃんになるの?」
冬子が面白いことを言った。
「あ、じゃあ俺のお義母さんになるんだ……夏音が」
「そ、そうなんだ、だからその、家族全員の賛成が無ければ……」
父夏樹にもこんな弱い所があるのか…… いつも冷静で無口で無敵な親父なのに……
「私はもう46歳だし、今さら結婚なんて考えてもいなかったんだが、どうしても夏音さんだけは…… その……欲しいんだ」
この一言で決まった。
「うむッ! ワシは良いと思うぞ? 夏樹は真面目で男前で働き者で、ワシの自慢の息子じゃったが、女運だけは全くもって最低じゃった。だが、あの娘は良い。共通の敵を相手に戦った仲間でもある。あの娘を死の淵から救った事もある。おおよそ全て夏樹の功績じゃ。ドーンと行って派手に散って来い」
じいちゃんも親父には幸せになって欲しいんだな……
「じゃ、じゃあ、いいんだな?みんな」
「いいよ」(俺)
「いいんじゃね?」(秋一)
「構いません」(雪子)
「やったー!夏音さんが私のお婆ちゃんだー」(冬子)
これで決まった。後は……
「そうか……夏音、もう入っていいぞ」
「「「「え?」」」」
「えへへへ、不束な者でありますが、卒業したら夏樹さんと結婚させて頂きます」
奥の座敷から夏音が入って来た。
隠れてたのかな?
「なんだ、その……家族に話すと言ったら一緒に聞きたいと言うんでな、ついその、つまり……」
俺はしどろもどろの父の言葉を遮る。
「夏音」
「は、はいっ!」
祝福はまず、俺が言うべきだろう。
夏音とは以前色々あった。
夏音の立場を考えれば、絶対に俺の反応が一番怖いはずだ。だから
「ウチの親父を幸せにしてやってくれ」
友達を通り越して既に親友だと思っているこの『元カノ』に
「そして夏音も幸せになってくれよな」
本気でそう言ってやった。
「はいっ! 冬二くんありがとう……ごめんなさい……でもやっぱりありがとうっ!」
へへ、なんだか良いじゃねえか、コイツとも家族になるって言うのはよ。
「冬二、私からも感謝する。ありがとう……」
俺も、冬子と、いつか、こんな話がしたい。
無性にそう思った。




