第三話『文化祭~1ヶ月後の転換点』
☆★☆ 冬子とファッションショッピング ☆★☆
文化祭をサボった日、俺と冬子ちゃんは、駅前ショッピングモールのファッションセンターを訪れた。
秋物半額と、冬物セール。
「冬子ちゃん、これって俺に似合うと思う?」
「うんっ、凄く似合う~」
「じゃあ買う」
「ねえ冬子ちゃん、これ、冬子ちゃんに凄く似合うと思うんだけど……どう?」
「え? お値段高いんじゃない?」
「値段なんかどうでもいいよ。どう? こういうの好き?」
「え、うん。好きです……」
「やった! これ、冬子ちゃんにプレゼント!」
「冬二さん……あの、ありがとうございます……」
こんな事を繰り返しながら冬物の服を5枚ずつ購入した。
金額なんて一切気にしなかった。
お昼は冬子ちゃんとハンバーガーを食べた。
もしかしたら初めてかな? って思ったけど、雪子お母さんが兄秋一と結婚する前に2度ほど食べたことがあったそうだ。
そして土曜日のドッグラン。
繁殖犬たちの元気さに振り回されて、俺はどうやら失恋のショックから立ち直れたみたいだ。
心の重しが軽くなっている事を確かに感じた。
フラれた翌日に立ち直ると言う事が、普通なのか異常なのか、俺には良く分からない。
それでも俺は顔を上げて、立ち上がっている。
☆★☆ 冬二とBBQと炭焼き小屋 ☆★☆
木曜日と日曜日の予定が空白になった。
その空白を俺は『自分の日』と位置付けて、好きな事をしようと考えた。
自分の日。
やってみたい事はある。
俺はホームセンターで大型BBQコンロと、木炭3㎏を3つ、そして着火剤などを買い、休耕畑でBBQをいつでも楽しめるようにと考えた。
これから冬になる? だからなんだ? それがどうした?
土地と野菜さえあれば、季節など関係なくBBQは絶対に楽しめる。
そんな考えで準備をしていたら
「冬二よ、お前木炭まで買ってきたのか?」
じいちゃんに驚かれた。
「そりゃあ、BBQで楽しもうと思ったら、普通必要じゃね?」
「馬小屋の右奥に小屋があるじゃろ?」
「ああ、あったね」
「ありゃあな『炭焼き小屋』じゃ」
「ええ?」
「うちでは、木炭なんぞ買わなくても簡単に作れるんじゃぞ?」
「そうなの?」
「唯一ワシが得意な畑仕事が木炭作りなんじゃ」
「凄えっ! 俺も作ってみたいっ!」
木炭作りが畑仕事なのかどうかは気にしないことにして、俺の趣味に『BBQ』と『木炭作り』が加わった。
☆★☆ 焼きナスとレディーファースト ☆★☆
木曜日の放課後に木炭を作って
日曜日の昼にBBQで野菜を焼く。
うん、これは楽しい。
ハウスから規格外の茄子を取ってきて、ナス焼き。大量。
すげーいい匂い!
「冬二さん、凄くいい匂いだねっ」
そして俺の隣には当然のように冬子ちゃんがいる。
「そろそろいいかな?」
冷たい水に晒した後で、焦げた皮を削ぎ落して完成。
「はい、どうぞ」
当然のレディーファースト。お醤油付き。
「ありがとう」
冬子ちゃんの笑顔、プライスレス!
ナスはまだまだたくさんある。
「冬二、お前いい奴だな」
突然横から割り込んで来た兄秋一に、出来立ての焼きナスを2つ奪われたが
「雪子先生の分もだよね、それ?」
「当たり前だ、レディーファーストだからな」
「ならいい」
やや強引に焼きナスを奪われた形だが、俺は少しずつ兄を見直し始めている。
☆★☆ 教室の風景 ☆★☆
俺が学校をサボったのは文化祭の日だけで、連休明けからは普通に登校している。
小野寺と夏音……いや、黒沼さんの仲の良さが案外目に付き、黒沼さんの楽しそうな声が案外耳に付く。
目に毒、耳に毒、そして俺は気の毒だ。
なるべく気にしないようにしながら、大人しく過ごす。
たまに、小野寺が俺の方を見て気味の悪い笑顔を見せるけれど、
人の彼女を寝取ったと言う罪悪感とか無いのかコイツ?
奴の神経と言うか精神構造が理解できない。
お前、ある意味では犯罪者なんだぞ?
小野寺はにやにや笑っている。
☆★☆ 小野寺、黒沼と別れたってよ ☆★☆
12月6日(水)
クラスチャットがまた盛り上がった。
今度のは『小野寺と黒沼さんが別れた』件についてだ。
黒沼さんが、小野寺とやってる最中に野村(俺)の名前を言ったと書かれている。
そして
顔だけは良かったけど、性格は最悪だった。
そんな事が書き込まれている。
それに対するクラスメイトの反応はかなり小野寺寄りだ。
二学期から黒沼さんと仲良くなり出した女子達も、みんな黒沼さんを非難している。
そう言えば今日、黒沼さん学校に来てないな。
まぁ、俺だってフラれた翌日の文化祭は学校を休んだからな。
どうでもいいさ、興味ないねっ。
☆★☆ 『転』 ☆★☆
野村春巻の朝は早い。
年寄りと言う事もあるだろうが、晩飯を食って風呂に入ると、なんとなく眠くなって寝てしまうから、こんなにも早起きになっているのだろう。
と言うのも今はまだ深夜とでも言うべき午前2時半。
雪が降ってはいないか?
タヌキや猪に畑を荒らされていないか?
警備員になったような気分で畑を見回る。
(おう、キャベツに薹が立っちょる。こりゃあもう駄目じゃな、いや、いっそ種でも採ってみるか?)
そんな事を考えながら畑の見回りを終え、今度は田んぼの方を歩く。
収穫後の田んぼは広大な空き地のようなものだ。
刈り跡以外には何もない。
春巻は刈り跡に足を取られぬように、気を付けて歩く。
時刻は間もなく午前4時。まだまだ暗い。
(12月じゃからな、冬至も近い)
だが、その暗さにも目が慣れればおおよその物は見えてくる。
月だって出ているし。川の向こうの住宅街からは、街灯の明かりだって届いている。
だから見えた。
我が家の田んぼの片隅に
制服らしい姿の少女が倒れているのを……
(救急車を!?)
だが、春巻は今携帯電話など持っていない。
通報する術がない。
少女の容態を確認するのが先か?
家に戻って人を呼ぶのが先か?
「ええい…ままよ!」
春巻はそう叫ぶと、一目散に家へと戻る。
何十年かぶりに走った。
あっという間に体力が尽き、心臓が破裂するかと思うほどにバクバクした。
それでも!
「夏樹!秋ッ!起きろッ一大事じゃあッ!」
春巻は力の限りに叫んだ。
やがて、ぼやぼやとろとろと、眠そうな二人が起きてくる。
雪子さんも「何事ですか?」と起きてきた。
「田んぼに人が倒れちょる。電話を持ってワシについて来い」
夏樹と秋一が春巻に続く。春巻はもう走れないからゆっくりとだったが……
「雪子さんは念のために冬二と冬子ちゃんを起こしておいてくだされ」
春巻に頼まれた雪子は、離れの『四季庵』へと駆けた。




