第二話『文化祭をサボる日の朝』
☆★☆ 習慣 ☆★☆
文化祭をサボる日の土曜日。
農繁期の習慣からか、俺も冬子ちゃんも朝4時頃には目が覚めてしまっていた。
俺が部屋から出た音が聞こえたからだろう、隣の部屋から勢いよく冬子ちゃんが出て来た。
「冬二さんおはようっ!」
冬子ちゃんは今日も朝から元気だ。
血圧がちょっと気になるぞ?
☆★☆ 冬子ちゃんのギャップ ☆★☆
「朝焼けを見に行くの?」
冬子ちゃんの目が輝いている。可愛い。
もう子供ではなくなっている、少女なのにな……
「うん……今日はどうしても見ておきたいんだ……」
昨日フラれた俺は、正直に言ってまだ立ち直っていない。
だから文化祭をサボるわけなんだけれど……
何もかも忘れて、大自然の中で、人間の小ささを……どうしても感じたいんだ。
「あの……昨日、あんなことがあったから?」
ああ、冬子ちゃんに、心配を掛けているのか…… 俺は……
「うん……でも、心配しないでね、冬子ちゃん。俺は大丈夫。だって、じいちゃんも父さんも、雪子先生も冬子ちゃんも……みんな俺に優しいからさ」
「フフっ……私も優しい人の中に入ってるんだ……」
あれ? なにか今、ちょっと違和感が……って、あッ!
「冬子ちゃん? 今、自分の事『私』って言った?」
「え、あ、うん。お母さんがね、自分の事を『冬子』って言うのは子供っぽいから、出来れば『私』に変えた方がいいよって教えてくれたの」
「そっか、うん。冬子ちゃんにはその方が似合うと思う……いや、似合ってるっ!」
「フフっ……そ、そうかなぁ~」
口調はお淑やかになった感じだけど、表情がデレデレだ。こんなギャップもメッチャ可愛い。
「それよりも冬二さん?」
「なに?」
「優しい人の中に、お義父さんが入ってなかったよ?」
「おとうさん? 親父はちゃんと優しいって思ってるよ?」
「そうじゃなくて、秋一お義父さんっ!」
「あ、ああ…… あれ?えーと、あの人って……優しいの?」
俺は本気で言った。冗談などではなく。
でも、冬子ちゃんは
「うんっ! すっごく優しいよっ!」
迷いなくそう答えた。
なんか悔しいけど
「そっか、俺の兄貴って優しい所もあるんだ……」
今度、探してみよう。
そんな俺の好奇心を刺激した。
☆★☆ ぴったりの距離 ☆★☆
「外はまだ暗いね」
「そうだね、でもあっちの空を見てごらん、少しだけ空の黒が薄くなっているでしょ?」
「うんっ」
「あれが『暁』って言う朝だよ」
「あかつき……」
俺たちはパジャマの上にコートを羽織って、学童の為に譲って貰った1aの畑に置かれたベンチの上で、ぴったりくっついて座っている。
俺たちの間には隙間なんかない。
俺は冬子ちゃんと今まで距離を置いた事なんか無かったし、これからだって距離を置こうなんて思わない。
「だんだん空の黒が薄くなってきてるねっ」
「うん、薄明とか東雲とか言われている、お日様がまだ顔を出す前の空だよ」
「はくめい……しののめ……」
「無理に覚えようとしなくてもいいよ。ただ単に、俺が好きな時間で、好きな空の名前ってだけだからさ……」
俺は自分の『好き』を他人に押し付ける気はない。
好きって言う感覚は自分だけの感情であって、同じ好みの人と共有することはあっても、他人から押し付けられたり頼まれたりして、無理になるものではないと、ずっと思っていたから……
「無理なんてしてないです……この時間と、この時間の空の色、冬子……じゃなくて私も好きっ」
そっか……冬子ちゃんもこの時間の空が好きなのか……
☆★☆ 唇と大自然 ☆★☆
「そろそろ空が赤黒くなってきたよ。曙だ」
「あけぼの……」
空は徐々に明るくなっていく。
その変化は黒から赤、赤からオレンジ、オレンジから水色、そして水色から青。
そしてついに、太陽が顔を見せた。
滅茶苦茶に眩しい…… それでも
「この時間帯の朝って、何となくさ、人の……と言うか俺の、悩みとか苦しみとかをさ、全部小さくしてくれる……そんな気がするんだ」
「何となく……何となくだけど、私もそう思う。だからっ」
冬子ちゃんが、いきなり俺に抱きついてきた。
「だからこんな恥ずかしさも……小さくしてくれるみたい」
そう言って俺を見つめて……
冬子ちゃんが俺の唇に自分の唇を重ねて来た。
俺はそれを躊躇うこともなく……受け入れた。
俺の人生初のファーストキスの相手は、冬子ちゃんだった。
俺高校1年生。冬子小学4年生。
魚のように、啄むようなキスだった。
☆★☆ よそよそしい理由 ☆★☆
母屋での朝食時。
「おう、お前ら、なんかよそよそしくね?」
兄秋一が、俺と冬子ちゃんを見てそう言った。
「まあな」
俺は返答をぼやかす。
冬子ちゃんは顔を赤くして俯く。
「さては何かあったな? おいっ、冬二、白状しろッ!」
「……わかった、白状する」
「あッ、冬二さんッ!」
冬子ちゃんが焦っている。メチャ可愛い~
「今朝、冬子ちゃんがな」
「冬二さんッ! 待って!」
だが、俺は待たない。
「兄貴の事を『凄く優しい』って言ったんだ」
「えっ?」
冬子ちゃんが固まってしまった。
「だから、よそよそしくなっても当たり前じゃねえか、ばーか」
「な、なんだとっこのバカ弟がァッ!」
「あさから喧嘩はやめろ、お前らうるさい」
父夏樹に怒られて俺たちは、このくだらない言い争いをやめた。
冬子ちゃんがホッとした表情で落ち着きを取り戻したのを確認して、俺は思う。
冬子ちゃんとキスした事は絶対に言わないよ。
例えこの馬鹿兄貴が冬子ちゃんに優しくても、
俺にまで優しくする保証なんて、全然、全く、これっぽっちも、在りはしないのだからな!
「冬子、俺を優しいって思ってくれて、義父ちゃん感激ッ」
うーん、昔に比べたら、ちょっとは優しくなったのかな?
なんて、思わなくも無くも無くない。




