第十話『THE農家の次男』
☆★☆ フラれ気分でドッグラン ☆★☆
夏音にフラれようが、小野寺に彼女を寝取られようが、俺はバイトには行かなければならない。
金曜日の『山忠犬王』の成犬メンバーは老犬のグループだ。毎回誰かが体調を崩して欠席しているが、今日は過去最高の4頭が欠席。2頭だけ連れてドッグランへと行く。
金曜の老犬たちには激しい運動は禁物だ。
2頭の犬のリードを外して、ドッグランの外周をゆっくりと散歩する。
散歩中、ポケットに入れていたスマホが『ブブブ』と震えた。
夏音からかな?なんて期待が胸を抉る。
そんなわけないだろう。たった今フラれたばかりなんだ。
俺は画面を確かめる事も無く、電源を切った。
これ以上震えられたら困る。今は老犬たちの体調を見ながら、どれくらいの運動をさせるべきかに頭を切り替える。
俺がフラれていようがいまいが、老犬たちには何の関係もない。
『山忠犬王』に迷惑を掛けるわけにはいかないのだ。
落ち込みながらも俺は、最低限の仕事はこなしていく。
☆★☆ 文化祭なんて行くもんか! ☆★☆
「ただいまー」
犬と触れ合っても元気は回復しなかった。
「おかえりなさい冬二さん」
あれ?『四季庵』の明かりがついているのに冬子ちゃんがもう帰ってきている?
「『学童』は?いいの?」
「うん、最近はお義父さんが迎えに来ているんだよ。だから帰りは結構早いの」
「なるほど、あ、じゃあ、ちょうどよかった」
「なに?」
「明日さ、学校の文化祭だから「冬子ちゃんの日」はお休みって言ったけど」
「うん」
「明日、個人的に休みになったからさ、冬子ちゃんとずっと一緒にいられるんだ……けど、予定とか入れてない?」
「えっ?予定無いよ。いいの?本当に?」
あはは、冬子ちゃんにもし、犬のような尻尾があったらブンブンと振り回しているんだろうな。
と思えるほどの喜びようだった。
「じゃあ、明日はちょっと買い物に付き合ってよ」
「うんっ!」
☆★☆ 幸せな夕食 ☆★☆
夕食時、彼女にフラれた事と、明日の文化祭は学校を休むことを家族に伝え『冬子ちゃんの日』を強行することも伝えた。
「小野寺の孫がのう~舐め腐っとるのッ!」
珍しくじいちゃんが怒りの感情をあらわにしている。
実は我が家で一番怒らせてはいけない人物である。
「我が人脈の全てを動員すれば、小野寺建設と言う会社ごとぶっ潰すも容易いことなのにのう……」
こういう意味で。
「でもさ、農家の嫁には向かない子だってわかっただけでも良かったよ。これがさ、結婚した後に分かったとかだったらもっと大変だったからね」
俺がそんな事を言って大丈夫アピールをしたら、父夏樹が落ち込んだ。
そう言えば、今の俺の状況って、親父の若い頃と少し似てるんだな…って、少し反省したが
「親父は2度同じ失敗してんだ、しかも大人になってからな、冬二はまだまだ学生だし大丈夫じゃね?」
兄秋一がとどめを刺していた。
「冬子。この幸運を喜んではいけませんよ?焦らず確実に動きなさいね?」
雪子先生が冬子ちゃんを諭しているが、どういう意味だろう?
「いや、むしろ畳み掛けるべきではないか?」
兄が雪子先生に反論し
「秋一さんはもう少し我慢を学んだほうがいいですよ!」
「雪子は慎重すぎる!受け身になったら負けだッ!」
なぜか夫婦喧嘩が始まった。
この二人……大丈夫かなぁ?
例え彼女が寝取られても、今日のこの夕食には、家族の幸せがあった……
☆★☆ 見てろよ!いや、やっぱり見なくて良い☆★☆
夜、スマホの電源を入れて、昼にどんなメッセージがあったのかを確かめる。
クラスチャットが盛り上がっていた。
小野寺が『野村の彼女を寝取った』件で。
な~んだ……クソうざ。
俺とまだ別れる1カ月半も前から身体の関係があって、俺のヘタレぶりが燃料になっていた。
馬鹿だな……クラスチャットはコメントに名前が付いてるから、誰がどんな発言をしたのか全部わかるのに。
それにしても……夏音もかわいそうだな。
小野寺と肉体の関係になっている事をこんな形でクラスメイトに晒されているなんてな。
それとも、そんなこと気にしないタイプだったのかな……?
夏音との思い出の記憶からどんな性格だったかを手繰ろうと思った俺だったが……やめた。
俺は農家の次男で、農業が好きで、仕事は大事だと思っている、奥手の、ヘタレだ!
ここはどんなことがあっても変えないし変われない。
ショタコンではないが、ロリコンでシスコンな事だけは認めるッ!
良い人で優しい人を目指す気持ちにも変わりはない!
見てろよ!俺は俺が望む幸せの形を実現して、絶対に手に入れて見せるからな!
……あ、やっぱり誰も見てなくていいや。
さっきの『見てろよ!』は撤回しま~す。




