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第八話『前に進むスピード』

☆★☆ 祝祭日と俺 ☆★☆



 夏音とのデートはキッチリ木曜日と日曜日だけのスケジュールだ。


 ゴールデンウイークも祭日も、ドッグシッターの俺と犬たちにとっては何の関係もない事だからだ。


 犬にとっての運動は生活の一部。


 ご飯を食べる事、水を飲む事、夜眠る事、呼吸をする事と変わらない。


 これらは祭日だからと言って休むわけにはいかない。


 俺がやっているバイトとは、そう言うものだ。



☆★☆ 夏音とのデート ☆★☆



 夏音とのデートも30回を超え、概ねやった事はないくらいには初めてを体験し尽くした。


 桜が咲いたら桜を見に行き、チューリップが花開いた頃には植物園にも行った。


 特に植物園にはよく行った。


 夏音が、綺麗な花を見るのが好きだったからだ。


 俺は野菜については詳しいが、花については全然詳しくなかったので退屈するかもなと、ちょっと不安だったがそんな事は全く無かった。


 名前は分からなくても綺麗な花は綺麗…… なんて、月並みな感想を言ったりもしてみた。


 綺麗な花と夏音の笑顔。そんな写真がスマホの中に増えていく。


 猫カフェと犬カフェ。犬カフェでは俺の周囲に、その場にいた全ての犬たちが集まり、クンクン臭いを嗅いできた為、夏音以外にもその場にいたお客さんたちからの注目をかなり集めてしまった。


 テスト前には図書館にも行った。試験勉強デートだ。


 その後本屋にも寄って、お互い好きな漫画や小説について語り合った。


「俺たちって結構趣味が合うな」と言うセリフを何度繰り返したかなんて、もう覚えちゃいない。


 俺はよく笑い、夏音も良く笑って、俺たちはいつも笑いあっていた。


 春から夏。俺たちはこんな感じで、週に2回のデートを繰り返して重ね合った。



☆★☆ 野村家と夏音 ☆★☆



 夏休みに入ったある日の事。


「野村農園の畑や田んぼを見てみたい」


 と言われて、夏音を一度だけうちに招いた。


 父夏樹だけは、スマホを買いに行った時に面識があったが、他の家族とは初対面だと言う事を失念していて、俺は家族を驚かせてしまった。


 父が、夏音の事を家族の誰にも話していなかったと言う事実を今さらながらに知った。


 父よ、凄い口の硬さだな……


 夏音が雪子先生を見て


「凄い美人のお母さんだね~」


 と言ってきたから


「雪子先生は兄の奥さんだよ」


 と教えてあげたら驚かれた。


 最近やけにフレンドリーな(うっとうしい)性格になって来た兄が夏音に


「あんなに美人で若々しいお母さんがいてたまるかよッ。はっはっはー」


 と言って、夏音を笑わせていた。


 ん? 雪子先生って、冬子ちゃんのお母さんの筈だよな? などと言うツッコミはしなかった。



☆★☆ 夏音と冬子 ☆★☆



「あれ? この子誰? めっちゃ可愛いし、将来は絶対美人さんになるよっ」


 夏音にロックオンされた冬子ちゃんが人見知りモードを最大限に発動させて俺の後ろに隠れた。


「この子が前に言っていた俺の妹と言うか、姪っ子ちゃんだよ」


「そう……私は冬二くんの彼(・)女(・)の『黒沼夏音』です。よろしくね?」


 にこやかに夏音が自己紹介した瞬間、冬子ちゃんが凄く強い力で俺にしがみついてきた。


 そう言えば、俺と冬子ちゃんが触れ合うのって、高校生になってからは初めての事じゃないか?


「のむら……ふゆこです……」


 俺の陰に隠れたままそう言った冬子ちゃんは、少し泣きそうな表情をしていた。


「可愛いだろ? うちの冬子ちゃんは」


 俺はつい嬉しくなって 少し自慢げにそう言った。



☆★☆ 夏音と父夏樹 ☆★☆



 父夏樹は夏音の姿を一瞥すると、何事もなかったかのように農作業を続けた。


 父は、親しくない女性に自分から話しかける事を大の苦手としているからな。


 中年ではあるがムキムキのイケメンが茄子の選果をしながら黙々とサイズ別に分けながら収穫し、軽々と木箱を運ぶ姿はなかなかに渋い。


 夏音ですら「冬二くんのお父さんって、なんかホームドラマのお父さん役とか似合いそうでカッコイイね」と言って見とれている。


 ちなみに俺も時々見とれるくらいには、父はカッコいいと思う。兄とは違って。



☆★☆ 一歩だけ前進した夏祭り ☆★☆



 夏休みの終わり頃にある、市内では一番大きな神社での夏祭り。


 俺と夏音は、両家の親の許可を貰って、初めて夜のデートに出かけた。


 40軒ほどの屋台が並び、神社のお賽銭箱の前には長蛇の列ができる。


 そのくらいには盛り上がる夏の終わりのお祭りだ。


「ひえ~……一度はぐれたら探しても見つけられないくらいに混雑してるね~」


 夏音は今までにこのお祭りに来たことが無かったのかな?


「うん。絶対に見つけてもらえないと思うよ。実際俺、小学生の時に2年連続ではぐれて迷子になったけど、全然見つけてもらえなかったし」


「えええ~~?そ、それは大変!」


 驚いた様子の夏音だが、俺は話を続ける。


「だからさ、もし家族とはぐれたら俺は出口を目指すって作戦で、何とか泣かずに家に帰ってたんだ」


「なるほど~」


「で、でも……夏音とはさ、そもそもはぐれたくないからさ……手、繋いでいい?」


「いいともっ!」


 俺はこの日、初めて夏音と手を繋いだ。


 2月14日に付き合い始めてから約半年。


 遅いと言われようが奥手と言われようが、こんな付き合い方が俺には合っているスピードだ。


 それに、夏音だってそんなに急いで先を求めてはいないような気がする。


 俺たちはまだ、高校1年生になったばかりなんだ。


 ゆっくりでいい。一歩ずつでも前に進んでいくことが出来るのならば……



☆







 夏休みが終わった。






 

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