第四話『初デート・初バイト・そして終わる同棲生活』
☆★☆ 初デート ☆★☆
4月2日(日)
今日から俺は、黒沼さんの事を『夏音』と名前呼びすることになった。
夏音が元々俺の事を『冬二くん』と名前呼びしてくれているのに、俺がいつまでも名字呼びしてるのはよそよそし過ぎるかな? と思ったのがきっかけだ。
入学式前の日曜日、俺たちは通称『桜の公園』と呼んでいる、市内でも一番大きい公園でお散歩デートをすることになった。
ちなみにまだ桜は咲いていない。北国だからな。
のんびりと歩きながら俺たちはお揃いのスマホで思い思いに写真を撮る。
「夏音」
堀にかかる橋に差し掛かったところで、俺は立ち止り、夏音を振り向かせる。
そこで1枚 [パシャッ]
橋の手前で振り返る夏音が可愛く撮れた。
「ちょっと、いきなり?」
そう言ってびっくりした表情が綺麗で
「でも、どんな感じ?見せて見せて」
小走りで俺の元に戻ってきて写真を確認する様子が可愛い。
俺たちはいろいろな場所でお互いを撮影し合ったが、やがて二人一緒の写真が無い事に気が付いて
「……もうちょっとくっつかないとうまく撮れない?」
精一杯手を伸ばして、初めての『自撮り』をした。
女の子とこんなにくっついたのは生まれて初めての俺は、メチャメチャ緊張してしまい、あまり良い表情には撮れて無かったが、夏音と一緒に映った初めての写真なのだから、大切に保存しようと心に刻んだ。
☆★☆ 初めてをたくさん ☆★☆
4月6日(木)
2度目のデートは映画を見に行った。
大地震でビルの地下に閉じ込められた人たちを救出するレスキューの物語で、
途中余震で壁や天井が崩れ、更に行動範囲が狭くなって救出が難しくなった場面ではかなりヒヤヒヤした。
映画の後は、人生初のファミレスに入って映画の感想や好きな物語を話し合った。
☆
「えっ? 冬二くんってファミレスに入ったの初めてなの?」
夏音には驚かれたが、わが野村家は外食とは全く縁が無い。
「出前を取ることは多かったけどね、外でご飯って食べた事が無いんだ」
ダサいかな? なんて思ったけれど、実際本当の事だ。隠す必要もないだろう。
「じゃあ、喫茶店とかハンバーガー屋さんとかも?」
「うん、無いね」
そうしたら夏音はにっこりと微笑んで
「それなら……今まで行ったこと無い場所でたくさんデートしよ? 私も行ったこと無い場所はたくさんだからねっ」
今後のデートの仕方を提案してきた。
楽しみがたくさん増えて、嬉しさが広がった。
☆★☆ ドッグランで初バイト ☆★☆
ドッグラン施設は『桜の公園』の中にある。
俺は成犬たちを連れてここ桜の公園に乗り込んだ。
5本のリードを掴んでいる俺だが、犬たちの躾が素晴らしく良い為、ここまで混乱は全くなかった。
入り口で係員さんに『年間パスポート』を提示して入場する。
ここのドッグランは、人間が入る分にはお金はかからないが、犬の入場には一頭に付き1回300円の入場料がかかるんだそうだ。
でも、俺が忠臣兄さんから預かったこの『年間パスポート』は5000円で1年間利用し放題なんだそうだ。
ただし、狂犬病注射やワクチン接種済みであることの証明書を提示できないと『パスポート』は発行されないし、入場もできない仕組み。
俺は忠臣兄さんから預かった『年間パス』を5頭分提出する。
あっさりと入場させてもらえた。
この公園にドッグランがあることは以前から知っていたが、何気に入るのは初めてだ。
入り口から見て向こうのフェンスまでは100mくらいあるだろう、広い芝生だ。
俺たち以外の犬と飼い主が5~6組ほどいて、フリスビーなどで遊んでいる。
俺は初めてなのでよく勝手が分からなかったが、犬たちがちゃんと分かっているようで少し安心した。
1頭ずつフリスビーを取りに行かせる時は、1頭以外の犬たちがお利口に待機してくれているし、
遠くに投げたボールを「全員で奪い合え」と指示すれば大迫力の総力戦も見せてくれる。
これが仕事でお金まで貰えるなんて「どんな天国だよっ」
天気も良く、開放感ある広い芝生の上で、大好きで仲良しの犬たちに囲まれているのが仕事だと思ったら、幸せ過ぎてつい、声まで出してしまった。
☆★☆ 別居~そして勝利 ☆★☆
夜は離れの奥の個室で眠る俺と冬子ちゃんだが、入学式直前のある日
「冬子、隣のお部屋にお引越しするね」
そう言って隣の個室に移ることになった。
雪子先生と兄秋一にも既に相談していたらしく、2人は隣の個室の掃除からベッドの移動までいろいろと手伝ってくれた。
確かに血の繋がらない男女が同じ部屋で毎晩一緒にいるのはおかしい事、だと思ってはいたが、いざ別々に離れると考えると、ちょっとは淋しいような気がしないでもない。
「でも、なんだか急だね、どうしたの?」
俺の質問に冬子ちゃんが少し恥ずかしそうにしながらも
「冬子ね、ちょっとだけ大人になるの」
と答えた。
大人。
改めて『大人』の意味を考えてみる。
確かに出会った頃の冬子ちゃんは、小さな子供だった。
小学1年生の入学前だったから、まあそれは当然だ。
だが今、間もなく小学4年生になろうとしている冬子ちゃんは、あの頃に比べて手足も背も伸びたし、身体も丸みを帯び始めていた。
「そうだね……うん、冬子ちゃん大人になって来たもんね」
学童では最年長として下級生を見守ったり助けたり。
家にいても料理やお片付けの手伝いだって普通にやってくれている。
「……まぁ、ちょっと淋しくなるけど、いい事だと思うよ」
「ほ……本当? 淋しいって思ってくれるの?」
小さな声で呟いた冬子ちゃんが俯いた。
「そりゃあね、4ヶ月近く一緒に暮らして来た仲だからね」
ここで、兄貴がにやにやしながら口を挟んで来た。
「くっくっく……もう夜の抱き枕が無くなるわけだもんな~」
おい、兄貴? 貴様、俺と冬子ちゃんが一緒のベッドで寝ている事を……まさか知ってるのか?
「ナニヲイッテイルノカナ? ウチノバカアニキハ?」
何と言う事だ! 俺の言葉がカタコトになってしまった?
「あの~、ごめんなさい。私がつい、秋一さんにも話してしまったんです」
「ええっ? 雪子先生も知ってたんですか?」
「ええ、冬子にカマをかけてみたら、それはもうあっさりと……」
な、何と言う事だ……。
冬子ちゃんと一緒のベッドで眠っている事実を雪子先生や兄貴に知られているって事が、こんなにも恥ずかしい事だとは…… 今さらながら思い知った。
「おい、冬二ぃ……『冬子も大人になって来たもんね~』だと? ククッ……どの辺が大人になって来たんだぁ~?このッ、ロリコン野郎めッ!」
「なッ、なにッ!?」
「『ちょっと淋しくなるけど』だってよ、本当にちょっとだけか~? このドスケベがァ!」
「な、何を~! 俺がここに引っ越したのはなァ! 元を正せばアンタたちが夜中に『ギシギシ』屋鳴りを起こすのが煩かったからなんだぞッ、この『夜の不健全育成野郎』めッ!」
「なっ、なんだとッ!?」
この兄弟口喧嘩、なんとか逆転できたし、冬子ちゃんには理解されないように気を使いながらも、俺はなんとか勝利を収めた!
だが
「すみませんすみませんすみません……不健全で本当にすみません……」
雪子先生が大ダメージを受けていた。
真っ赤な顔を両手で隠しながら崩れ落ちる様子を冬子ちゃんが不思議そうな表情で
「お母さん……大丈夫?」
心配してあげていた。
正直俺は、やっちまったと反省はしたが、それを言葉にするわけにはいかない。
何故なら、勝者は俺だからだ。
だがしかし
「悲しい勝利だ……」
この勝利で得たものは、何も無かった…… ような気がする。




