第三話『入学直前の日常?』
☆★☆ バイト先候補 ☆★☆
アルバイト先は、考えるまでもなくあっさりと決まった。
「お前がやってくれなかったら、普通に張り紙で募集するが、ドッグシッターをやってくれないか?」
三月末、学童たちを『山忠犬王』の犬たちと触れ合うために引率していた俺は、忠臣兄さんにそう話し掛けられた。
「どうせ4月からはどこかでバイトしなきゃならんのだろ?だったらウチで働いてみないか?」
『山忠犬王』でのバイトは、俺にとってかなり魅力的な内容だった。
22頭いる成犬を4つのグループに分けるから、日替わりで4~5頭をドッグランに連れて行って、1時間半以上2時間未満で遊んでやると言うものだ。
「特に仔犬が生まれたばかりの時は、母犬と仔犬以外にはなかなか構ってやれないからな、繁殖犬だけじゃなく、引退犬にももっと楽しく生きてもらいたいんだ」
そう話す忠臣兄さんの表情は真剣で、俺はこの話を家に持ち帰って、家族に相談した。
☆★☆ 家族に相談 ☆★☆
「ほう、山本の子倅がそんな事をな?」
じいちゃんは俺が忠臣兄さんを慕っている事は充分に承知している。
今回の話にも特に異論はなさそうだ。
そして父も
「理想を言えば、こんな身近な所で働くのではなく、世間一般のまあ普通のアルバイトをしてもらいたかったところだがな……助け合う事も大切だ」
こんな風に言って賛成してくれた。
「お前って、犬と子供には妙に懐かれるからな、適任じゃね?」
兄も反対はしなかった。
雪子先生にも、冬子ちゃんにも話を振ってみたが、どうやら野村家のルールには口出ししないようだ。
これで話は決まった。
4月から、毎週月、水、金、土の週4日、俺は『山忠犬王』の犬をドッグランに連れて行ってストレスを発散させる仕事を請け負う事になった。
☆★☆ 幸せな春休み ☆★☆
春休み、俺は彼女である黒沼さんとのラインは毎日やり取りし合っていた。
バイトが決まった事、学童保育の手伝いをしている事、血の繋がらない兄嫁の連れ後(義姪っ子)と一緒に住んでいる事などはもう黒沼さんには伝えている。
卒業式の後友人たち5人と女子3人とでカラオケをした以外にも、黒沼さんと2人きりで桜の公園でデートし、高校入学直前にも一度映画館デートもしたし、一緒にできるスマホゲームをダウンロードしたりもして、俺は毎日が充実していて、幸せの絶頂にいた。
☆★☆ 四季庵が法人化した! ☆★☆
春4月。
『四季庵』に新たな新1年生が入って来た。
今年は11人。これで合計27人だ。
そして
「ついに我らが『四季庵』が無認可の私設ではなく、公設民営の学童法人に昇格したッ!」
じいちゃんが吠えた。
わかりやすくまとめると、県と市町村からの補助金の助成を受ける事に成功した為、雪子先生のお給料が今までの2倍になって、ボーナスまで出せるようになり、『野村農園』の年収の約2倍の収入が期待できるようになったらしい。
週に1回しか顔を出さない予定の俺にも、アルバイト代が今後は出るそうだ。
逆になんだかちょっと怖いな。
☆★☆ 俺の毎日 ☆★☆
月・水・金・土が『山忠犬王』でのバイト。約3時間。
火曜日が四季庵から『山忠犬王』で学童が犬と触れ合えると言う週案による犬のお兄さん的なバイト。
俺のバイトは現在『山忠犬王』と密接に繋がっている。
忠臣兄さんは大喜びだ。
ついでに俺も喜んでいる。
さらには学童たちの目もキラキラと輝いている。
但し、俺と黒沼さんが満足にデートできるのは木曜日と日曜日くらいしかない。
それでも、俺の毎日は充実している。
☆★☆ 雪子と冬子(母娘) ☆★☆
雪子と冬子、二人だけの会話。
「冬子」
「なあに?」
「あなた、冬二くんに恋してるわよね?」
「え?ええぇ~~!?」
「そういう反応をするって事は図星ね」
「……う、うん……」
「でもね、今のままじゃあなた、冬二くんには女性として見てもらえないわよ」
「えッ? どうして?」
「冬子……あなた、毎晩冬二くんのベッドに潜り込んでいるでしょう?」
「なッ、なんでわかったの?」
「あなたは私の娘ですもの、そのくらいは分かるわ」
「う……うん」
「でもね、それじゃああなたは一生冬二くんにとっては妹……いえ、子ども扱いよ」
「な、え? そんな……そんなぁ……」
「よく聞いて、冬子」
「う、うん」
「冬二くんってね、初めて会った中学1年生の時から、私が思うには割と老成した、精神的にはかなりの大人……だと思うの」
「うん、そうだね」
「逆にあなたは精神的には全く成長できていない、小さな子供。むしろ赤ちゃんだわ」
「……そんなぁ……」
「客観的な事実よ」
「は、はい……」
「それに、多分だけれど、冬二くんには今、恋人がいるわ」
「……え!?」
「証拠はない。でも、女の勘とでも言いましょうか、私の目には冬二くんは誰か、冬子ではない女性に恋をしているように見える」
「…………(ぽろぽろぽろ)」
「冬子……泣かないで? 例え今冬二くんに恋人がいたとしても、あなたの恋が報われないわけでは無いわ」
「ど、どういうこと?」
「温度差」
「え? 温度差って?」
「そう、さっきも言ったように冬二くんは精神的にはかなりの大人。でも、そんな冬二くんと恋人関係を続けていくには相手の恋人も冬二くんの精神……言うなれば大人な心を理解しなくてはいけないわ」
「……わかんない。わかんないよ~」
「冬二くんって、小さい子供が好きよね?」
「うん、それは分かってる」
「犬も好きだよね?」
「うんっ、それもわかる」
「でもね、それって、大人が子供を可愛がる気持ちと良く似ているの」
「あっ……」
「わかった? あなたも、その子供の中の一人でしかないの」
「……」
「例えば、私の子供が冬子ではなかったとしても、冬二くんにあんなに甘えちゃってたら――――」
「お母さん! もう言わないでッ!! 冬子、分かった!」
「そう?」
「うん…… 多分……」
「じゃあ、最後に一つだけ聞くわ」
「な、なに?」
「冬子は、あなたじゃない他の恋人と仲良くしている冬二くんをどう思う?」
「そ、それは……嫌」
「そうよね。でもよ~く考えてみてね。 最初の勝者が一番強いわけでは無いわ。 むしろ、最後に勝った者こそが最強」
「…………」
「お母さんはね、冬子が最後の勝者になることを心から祈っているわ」
「お、お母さん……?」
「だって、私は……お母さんはね、最後の勝者になれたから……」
「う、うん……」
「秋一さんってね、ぶっきらぼうな話し方しかできないけれど、凄く優しい人なのよ」
「うんッ! それは冬子も分かる! そう思う!」
「ありがとう、冬子。私は30歳になって、やっと幸せをつかめたけれど、全然遅くは無かったと思っているわ」
「うんッ!」
「冬子も多分、少し時間がかかるかもしれないとは思うけれど、最後には絶対に幸せになれるとお母さんは信じているから…… 頑張ってね?応援してるからね」
「うん、頑張る。絶対に冬二さんを落として冬子の虜にして見せるッ!」
あれ? これでいいのかな?
雪子は少しだけ戸惑った。




