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第一話『彼女とスマホと冬子』

☆★☆ 農家の苦労 ☆★☆



 我が野村家には、とある『ルール』がある。


 高校生になったら、月3万円以上もしくは3年で100万円以上を目指してアルバイトをする事。と言うルールだ。


 一応理由もある。


 生まれながらの農家の息子が、そのまま農家を継ぐことになると、社会に出る経験を全くしないままに人生を終えてしまうと言う理由がまず一つ。


 そしてもっと大切な理由もあって、農家とは、どんなに豊作であっても収入には限界があると言う事があげられる。


 たとえば野村家の場合、過去最高に稼いだ時期でも年収およそ1200万円-支出300万円で年900万円程度の利益を叩き出した。


 だが、この900万円を3人の働き手で分ければ一人当たりの年収は300万円。


 普通のサラリーマンよりも若干低い。


 過去最高に稼いでもこの程度なのだ。


 毎日、朝昼晩と休日も関係なく働き、汗だらけになって土にまみれ、女にはモテず妻には逃げられる。


 そこまでして頑張って、さらに天候の幸運に見舞われたとしても、だ。


 過去、台風が直撃したり日照不足で米に打撃を受けたとき、年収が600万円、支出400万円で、年収約200万円という年もあった。


 それを3人の働き手で分けると一人当たりの年収は約66万円。


 そんな悲惨な年も経験している。


 だから、野村家の4番目の働き手である冬二は、しっかりと現金収入を得られるよう、外の仕事を経験しておかなければならない。


『野村農園』という専業農家に生まれてしまった男児の宿命というものであった。



☆★☆ 運命と偶然 ☆★☆



 高校合格を確認した俺と黒沼さんは、一旦中学校に行き、友人たちと合流して喜びを爆発させた。


 近くにいた先生たちに対して片っ端からお礼を言って、俺たちはさっさと家に帰る。


 特に俺と黒沼さんは、今日のうちにスマホを買ってもらう予定の為、もし時間があればもう一度落ち合って連絡先の交換もする予定だからだ。


 無事に帰って父に合格を報告。そのまま家電量販店の携帯ショップに連れて行ってもらえることになった。


 窓口でスマホの説明を聞いていると、隣に黒沼さんが来た。


「なにこれ~?運命?」


 黒沼さんが笑ってそう言い


「ははは、偶然でしょう」


 なんて事を俺は返しに言って、俺たちは一緒にスマホ契約の説明を聞くことになった。


「説明するお姉さんもその方が楽でしょう?」


 なんて気遣ったような言い方をしてみたけれど、俺は黒沼さんと一緒に説明を聞きたかった。


 そしてついにと言うか、俺と黒沼さんの関係がとうとう父にばれてしまった。


 黒沼家の付き添いはお母さんで、黒沼さんも家族にばれたのは今日初めての事だったそうだ。


 俺たちは、同時に契約を終了。


 安めの同じ機種で、同じ低価格プランの契約になったのはわざとじゃなくて、お互いに、支払いをしてくれる親を気遣っての事だ。


 俺たちは親たちの目をちょっぴりだけ気にしながらも、その場で連絡先の交換をした。


 まっさらな俺の連絡先に、黒沼さんの名前だけが表示されて、

 まっさらな黒沼さんの連絡先に、俺の名前だけが表示された。


 帰りの車中、父が


「彼女の事、冬子ちゃんは知っているのか?」


 と聞いてきた。


「いや、まだ言ってないし……言う気も無い」


 俺がそう答えると


「そうだな」


 そう言ったっ切り、父は沈黙した。



☆★☆ 父、沈黙を破る ☆★☆



 父は、俺に彼女が出来た事を家族の誰にも言わないでくれていた。


 それどころか、


「冬子ちゃんにも子供用で良ければスマホを持たせてやりたいんだが、どうだ?」


 と、雪子先生と兄にこっそりと相談していたらしい。


 どういう事かと(いぶか)しがる兄夫婦に父はこう言ったそうだ。


「冬子ちゃんと冬二の仲の良さはある意味異常だ。そんな二人がいつも一緒にいて冬二だけがスマホを持つというのは冬子ちゃんの精神的にストレスが強すぎると考えたことが一つ」


 なるほどと雪子先生は相槌を打ったという。


「それに、珍しいものを冬二が持っていればどうしても中を見たくなると言うのが人情と言うものだろう。だが、自分は持っていないものを冬二が持っていて、それを見てはいけないというのは、例えるなら日本神話の『イザナギノミコト』ですら守ることができなかった案件だ」


 そういうことですねと答えた雪子先生には、大体の真意が伝わったそうだ。


「だから、冬子ちゃんにも子供用とは言え、ちゃんとしたスマホを持たせて『スマホは、簡単に人に見せてはいけないし、人のスマホを勝手に見てはいけない』という事を共に生活していくためにも知識ではなく経験として教えてあげた方が良いと思った」


「わかりました。『百考(ひゃっこう)一行(いっこう)にしかず』そして『親しき中にも礼儀あり』という事ですね?」


「まあ、そう言う事だ」


「冬二くんの予定も聞いて、買いに行くときは一緒に来てもらえるようお願いしてみます」


「ああ、頼む」



 冬子ちゃんのスマホを買う際に付いて行った時、雪子先生から、この時の父とのやりとりを聞いて『口下手な父の割にはいろいろ考えてくれているんだな』と俺は感謝した。


 確かに、黒沼さんとのやり取りなんかは、冬子ちゃんには見せられないかもしれないだろう。


 それに、自分が持っていないものは、見たくなるし知りたくもなるだろう。


 そう言う意味では父の気遣いに驚かされたし、嬉しかった。


 こうして、無事に冬子ちゃんも子供用のスマホを手に入れ、俺と連絡先を交換したのだった。






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