第十話『中学の終わりに』
☆★☆ 初売り ☆★☆
今年の正月の野村家に、去年程の混乱は無かった。
兄秋一と雪子先生が結婚した。と言う報告の葉書を親族の全てに、あらかじめ送っていたからだ。
披露宴を行わなかったことについて問い詰められるような場面は何度かあったものの、雪子先生が『子連れの再婚』である事と『呼べるような親族がいない』事を話す。
その後で秋一が『俺はただ単に面倒くさかっただけだ』と無表情でぶっきらぼうに、ドスの効いた重低音での一言を発する事で、概ね皆さんは納得してくれたらしい。
それでも正月までに間に合うようにと葉書を出した事で、大いに祝福してもらい、問題は発生しなかったらしい。
俺と冬子ちゃんと父は、ストーブを買うために家電量販店の初売りに行っていて、その場に居合わせなかったからこの事は後から雪子先生から聞いた話だ。
効率を重視する父が、初売りなどと言う混雑にわざわざ俺たちを連れて行ってくれたのは、もしかしたらうるさい親族たちから逃げたかったから、なのかもしれない。
☆★☆ 昨日の夜は? ☆★☆
眩しくない電気ストーブを2台買ってもらった。
1台でも良さそうなのだが、「とても寒い日に備えてもう一台買っておいた方が良い」と父が買ってくれた。
石油ファンヒーターは取り付け工事が大変だと言う理由もあるが、実は我が野村家、太陽光発電パネルを母屋の屋根にたくさん取り付けており、電気料金はあまり気にしなくて良いと言う強みがあるのだ。
早速寝室に取りつけて起動テスト。
ハイブリッドタイプのシーズヒーター&カーボンヒーターは1台だけでもなかなかの暖かさだ。
「これで今日は暖かく眠れるな」
俺がよかったよかったと呟くと
「昨日も冬二さんのおかげで凄く暖かかったよ?」
冬子ちゃんが不思議顔で言う。
俺たちの会話を聞いていた父が
「お前ら、まさか昨日は一緒のベッドで寝たのか?」
とあきれ顔だ。
俺は何も言い返せなかったが、冬子ちゃんが満面の笑顔で
「うんっ!すごく気持ちよかった!」
恐ろしいセリフを吐いた。
そして父が沈黙した。
まあ、父は割といつでも沈黙している人だから、気にしないようにした。
気にしないように気にしないように……
やっぱり気になるわ!
「父さん、なんか言ってよ」
父は
「自首するならついて行くぞ?」
いつかの兄貴と同じ事を言った。
☆★☆ 早めに戻るよ ☆★☆
今年のお年玉は非常な大金になった。
過去最高額。去年の5割増しくらい。
10万円の大台を超えた。
冬子ちゃんも似たような金額だそうだ。
それもこれも兄と雪子先生が事前に結婚報告をしてくれたからに他ならない。
二人ともおめでとう。そしてありがとう。
1月1日も日が暮れて、俺たちは早めに離れへと帰る。
早めに帰る理由は、兄夫婦の夜の営みの邪魔にならないように、だ。
冬子ちゃんには絶対に気付かれたくないから言葉にはしないがな。
「というわけで、兄貴、雪子先生、俺たちはそろそろ」
俺は冬子ちゃんと声を揃えて(せーの)
「「おやすみなさい」」
挨拶した後で離れに向かう。
冬子ちゃんに弟か妹が生まれるのはいつかな?
もし本当に生まれれば、俺にとっては『義理』では無い甥っ子か姪っ子になる。
そんな未来があるんじゃないかと、実は少しだけ期待している。
☆★☆ 仲良し兄妹? ☆★☆
タイマー機能を使ってあらかじめ暖めていた俺たちの寝室が快適だ。
テレビを点け、少し正月番組など見て過ごす。
俺のベッドの上に2人で並んで座り、まるで本物の仲良し兄妹のようだ。そう思う。
「今日は寒くない。快適だな」
「うん、ちょうどいいね」
寝室から出た応接室に、水道とシンクがあるからそこで並んで歯磨き。
俺が動けば冬子ちゃんが付いてくる。
でも、俺が冬子ちゃんに付いて行くと言うことは絶対に無いからな? そこ、ちゃんと覚えておいてよ?
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
そう言って俺は自分のベッドへ。
「うん」
そう頷いて冬子ちゃんも俺のベッドへ。
「あの~?」
「なあに?」
「ここ、俺のベッドなんだけど?」
「うん。知ってるよ?」
「…………」
まぁ、いいか。
ストーブをシーズヒーターのみの最低出力に設定して
「おやすみー」
「おやすみなさーい」
今日も一緒の布団で寝た。
☆★☆ 告白 ☆★☆
受験勉強がラストスパートしているこの時期にあるイベント。
バレンタインデー。
今まで俺は、一度も女子からチョコを貰った事など無い。
ただのスルーイベント。の筈だった。
居残り勉強を男子5人+女子3人で頑張った後の帰り道。
仲間たちが、何故かいつもとは違うタイミングで、次々と「またなー」と去り、珍しく俺と黒沼さんが二人だけになった。
それだけでは無く、なんだか歩く速度もかなりゆっくりになった。
そして、黒沼さんが俺の制服の裾を掴んで立ち止り、手提げバッグから小さな包みを取り出した。
「冬二くん……あの、これ……」
黒沼さんがその小さな包みを俺に差し出した。
いくら鈍感な俺でも分かる。わかった。
これはチョコレートだろう……但し、義理の可能性は高い。
だが、人生初のバレンタインチョコが、初恋の人『黒沼夏音』さんからだと言うのは正直に嬉しい。
「あ、ありがとう……」
外はもう日が落ちてほとんど夜と変わらないくらい暗かったから、俺の顔が真っ赤に火照っている事は気付かれてはいないだろう。
「その、義理じゃないから……。も…もし、一緒の高校に合格出来たら、私と付き合ってください」
義理じゃない!?
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
バク バク バク バク
俺の、心臓の、音が、煩い。
バク バク バク バク
「あ、あのッ! 合格できなくても付き合います! お願いですッ! 付き合わせてください!」
告白されたのは俺の方なのに、いつの間にか、俺の方が必死になって付き合いたいと叫んでいた。
「う、うん……」
黒沼さんが頷いてくれてホッとした。
たちまち、俺の心が舞い上がる。
嬉しい嬉しい!凄い!嬉しい!
「ち、ちゃんと勉強も、頑張るから、黒沼さんをがっかりさせないように、絶対頑張るから!」
「あ、ありがとう……冬二くん……」
俺も黒沼さんも、まだ携帯やスマホは持っていない。だから
「もし…もしお互いにスマホを持ったら、真っ先に連絡先の交換したい。させて?」
俺は緊張しながらも
「うん、私も高校に合格したらスマホを持たせてもらう約束してるから……」
連絡先を交換する約束を取り付けた。
「合格発表の日は、一緒に見に行こう」
「うんっ」
「今日、黒沼さんの家まで送らせて」
「うんっ、ありがとう」
そして別れ際
「おやすみなさい、また明日」
「おう、おやすみ。また明日な!」
適度に緊張もほどけて、明るく挨拶を交わすことが出来た。
☆★☆ 合格 ☆★☆
中学3年の2月14日。
俺に、人生初の彼女が出来た。
この事はまだ、誰にも言っていない。
別に報告する必要もないだろうし、もし話すとしても兄たちのように結婚を考え始めてからでも充分だろう。
もちろん冬子ちゃんにも話すつもりは無い。まだ。
そして、こんなことがあった日でも、夜は冬子ちゃんが俺のベッドに入ってきて、俺たちは一緒に眠っている。
3月15日。
俺は黒沼さんを家まで迎えに行って、高校まで合格発表を見に行った。
友人たちは中学校の視聴覚室で、クラスメイトたちと学校のパソコンを使って発表を見るらしい。
「二人きりで行って来いよ」
どうやら気を使われたらしい。なんか照れる。
☆
結果は合格だった。
俺も
黒沼さんも
一緒に頑張った友人たちも
仲良くなった女子たちも
誰一人欠けることなく全員で合格できた。
俺の、俺たちの、希望に満ちた高校生活が、もうすぐ始まる。




