第二話『冬子ちゃんが懐いてくれました♪』
☆★☆ 真っ赤なイチゴ ☆★☆
今日は3月29日(水)
俺『野村冬二』は小学校を卒業し、来月から中学生になる。
もう入学準備も整い、入学式までは気楽に過ごすだけ。
だというのに、祖父が町会長に頼まれてやる気になってしまったせいで、学童保育を母屋の離れで行う事になった。
まだまだ準備も整っていないのに、幟だけ先に注文してしまい、届いたその日に立ててしまったが為に、早速利用者第一号がやってきてしまった……
☆
俺は、大きくて真っ赤なイチゴを探しながら、自分の顔がにやけてしまっている事に気付いてはいた。
だが、にやけてしまうのも仕方がない。だって
(あの新一年生の女の子……超可愛い)
俺はロリコンでは無いと思う。多分。
でも、さっき見せてくれた、人見知りと言うか警戒心?
あれはめっちゃ可愛い。
ズキューンです!
ズバーンです!
俺は、少しイチゴを取り過ぎた。
でもうちは専業農家だ。
俺一人が多少畑を荒らしたとしても特に影響はないだろう。
あの冬子ちゃんが、笑顔になってくれることを想像して、俺はダッシュで離れに戻った。
☆★☆ 野村冬子ちゃん ☆★☆
俺が籠いっぱいの真っ赤なイチゴを一旦水洗いして離れに戻ったのは、出発してからおよそ15分後だった。
祖父はある程度説明を終えたのかリラックスムードだ。
まあ、祖父はいつでもリラックスしているような気はするが……
「おぉ! 良いイチゴを取って来たな、冬二よくやった」
売上よりも目の前の笑顔優先。
こういう所が、俺と祖父の気が合う所だ。
これが俺と父だったらこうはいかない。
「あの……冬子ちゃん? キミの為に、一番おいしそうなところを取って来たよ」
俺の顔を見た瞬間、素早い動きで母親の陰に隠れる冬子ちゃん。うわ可愛い。
「冬子ちゃんのお母さん? ここにイチゴ置いておきますね。あ、ちゃんと水洗いして来ましたんで、安心して食べていいですよ」
「冬二さん……でしたわよね? ありがとうございます。早速頂きます…… さ、冬子、前においで」
母親に言われて、冬子ちゃんがお母さんのお膝に乗る。
流石は入学前の小学1年生だ。メチャメチャ可愛い!
俺の頬が緩んでいたんだろう。
祖父に
「おい、冬二…… お前、あの子がそんなに可愛いか?」
見抜かれていた。
だが、そんな事はどうでもいい。
「あの子が可愛くなければ、誰が可愛いというんだ? ん、じいちゃん?」
「ふむ……反論できんな」
雪子お母さんが、小さい冬子ちゃんにイチゴを持たせてあげて、冬子ちゃんは一生懸命に『もちゃもちゃ』とイチゴを頬張ってくれている。
なるほど……尊いとはこのような場面で使う単語だったのだな……初めて知った。
俺は、真っ赤で大きなイチゴを小さい口で懸命に頬張る、この小さな女の子の様子を一挙手一投足見逃すまいと、この目に焼き付けた。
「あの……おにいちゃん? どうもありがとう……」
一個目のイチゴを食べ終えた冬子ちゃんが、俺に、俺の目を見てお礼を言った。
イチゴはまだまだたくさん残ってある。
でも、たった一個食べただけで、喜んでくれた様子に俺は完全にノックダウンさせられた。
「どういたしまして……食べてくれてありがとうね? 冬子ちゃん」
「ありがとうは冬子が言うんだよ? お兄ちゃんからおいしいイチゴを貰ったから」
グハッ! 誰だ? この子をこんな風に可愛く育ててくれたのは?
あ、ああ……目の前にいる冬子ちゃんのお母さんか……どうもありがとう。
俺はもう生涯に一片の悔いもないです!
「うん、そうだったね。でも、お兄ちゃんからも言わせて? 俺が摘んできた自慢のイチゴを美味しそうに食べてくれて、どうもありがとう」
「えへへ~」
冬子ちゃんが俺に対して、自然な笑みを見せてくれたことで驚いたのは、俺でも祖父でもなく、冬子ちゃんの母親の雪子さんだった。
「冬子が……笑った!?」
そんなにおかしなことだっただろうか? 小さな子供が笑うって、普通に当たり前のことじゃないのか?
「冬二くん…… ありがとうございますありがとうございます…… 冬子が笑った顔を久しぶりに見ることが出来ました。貴方のおかげです。ありがとうございました……」
冬子ちゃんの母雪子さんが、一筋の涙をこぼしながら俺に頭を下げた。
俺は、いや、俺だけじゃなくて、祖父春巻も訳がわからず戸惑っていたが、流石は祖父の年の功だ。
「どうやら、我が孫が役に立ったようじゃの。こやつはワシに似て性質の良い男じゃ……おい、冬二」
「な、なんでそ?」
あ、噛んだ。
「お前も暇なときはこの学童保育を手伝え。なにやら面白い事になりそうだ」
何度でも言うが、俺は小さい子供が大好きだ。だから
「じいちゃんが良いって言うんなら、少し手伝わせてもらおうかな?」
俺の答えに、祖父は笑い、冬子ちゃんの母親も笑顔になり、冬子ちゃんは二個目のイチゴに手を出してくれた。