第八話『退くもカオス進むもカオス』
☆★☆ 受験生なんだってさ ☆★☆
今一ピンとこないが、受験と言うワードが目立って聞こえてくるようになった。
それでも『四季庵』には週に1回は顔を出して気分転換を図っている俺は、それほどプレッシャーを感じる事も無く受験勉強に励んでいた。
最近は兄の秋一が、すっかり農業体験のお兄さんになっており、俺の出る幕がないため、俺は『山忠犬王』で犬と触れ合う体験のお兄さんになり果てている。
でも、ガキの頃からお世話になっている忠臣兄さんや、顔馴染みの成犬たちに加え、生まれたての仔犬たちとも触れ合える馴染み深い場所に学童たちを引率するというのは嬉しくもあり楽しくもある。
そろそろラブラドールレトリバーとシベリアンハスキーの子供が生まれそうだ。
☆★☆ うん、受験生なんだ俺 ☆★☆
学校でも、受験一色になって来た。
最近、各教科の授業では、去年、一昨年、さらにその前の年の過去問のテストと言うかプリントを解くばかりであまり楽しくない。
それでも、仲の良い仲間たちと同じ高校に行きたいからと、放課後も自主的に居残りして受験勉強をしている。
常にフルメンバーと言う訳にはいかないし、俺だって『四季庵』に顔を出したい時は先に抜けたりもしているが、大体は去年の仮装大会でも協力し合った5人で、間違えやすい問題にギャアギャア騒ぎながらも一応は真面目に取り組んでいる。
☆★☆ 華やかになった受験勉強 ☆★☆
俺たち5人が放課後に図書室や教室に残って勉強している事に興味を持ったのか、3人組の女子クラスメイトが絡んでくるようになった。
その中の一人である『黒沼夏音』さんは、実は今でも大好きな俺の初恋の人だ。
いままでの俺たちの周囲は、むさ苦しい男子ばかりだったから、華やかな女子からの一緒の勉強のお誘いは、初めての経験でもあるし、とても嬉しい事だったからみんな快く受け入れた。
図書室でも教室でも、黒沼さんは俺の隣に座ることが多く、嬉しさと緊張がごちゃ混ぜになった感情ではあったが、俺は黒沼さんに良い所を見せたいと言う意地もあって、勉強はとても捗っていた。
☆★☆ そんな中でも息抜きはする ☆★☆
『山忠犬王』で、子犬が産まれた。
ラブラドールレトリバーの仔犬が7頭、シベリアンハスキーの仔犬が5頭。
メチャメチャ可愛い。
特に冬子ちゃんはシベリアンハスキーの仔犬の顔が好きみたいで「怖可愛いっ」と言いながら触るのを我慢している様子が可愛かった。
「母犬が嫌がるから生まれたての仔犬には触らないでね」と言う、忠臣兄さんからの注意をちゃんと守ってくれている学童たち。
お前たちも仔犬に負けないくらい超可愛いぞ!
☆★☆ 即戦力ゲット! ☆★☆
冬休み。
「俺とカズは今年でもう『四季庵』終わりなんだけど、たまに遊びに来たりしてもいいのか?」
4年生のシゲに、そんな事を聞かれた俺は
「どうなんだろう?」
分からなかったからじいちゃんに聞いてみる事にした。
するとじいちゃんは
「いいに決まっておるじゃろ? 学童の事は『四季庵』が責任をもって親御さんのお迎えまでちゃんと保護せにゃならんが、遊びに来た卒業生を追い払うような閉鎖された秘密の部屋って訳じゃないぞ?」
何を当たり前のことを?と言わんばかりの不思議顔だ。
良かったな、シゲ。カズ。
「そっかー!じゃあ、毎年宝探しに来てもいいんだな?」
「ああ、いいとも、ついでに下級生の世話もして行っていいんじゃぞ?」
あ、じいちゃん卒業生にも仕事を押し付ける気だな。
じいちゃんの意図は汲めたが敢えてそこには触れず
「頼れる兄貴分がいると、ガキどもも嬉しいだろうな」
なんてシゲを煽って見たら
「おい、カズ、暇なときは絶対にここに遊びに来ような!」
「うん、ツバサたちはまだ来年も『四季庵』通いだしね」
じいちゃんは、年俸、契約金ゼロの頼れる即戦力候補に『ツバ』をつけることに成功した。
う~ん。みんな喜んでいるから『WinWin』な関係なのかな?
まあ、俺も年俸、契約金共にゼロだけどな。
そんなものか?
☆★☆ 結婚後の大問題 ☆★☆
農閑期のうちにと、兄と雪子さんが婚姻届けを役所に提出した。
色々な事を考慮して、結婚式も披露宴もしないらしい。
これで正式な『夫婦』になったわけだが、大問題が発生した。
☆
とりあえずは我が家の母屋について説明せねばなるまい。
まずは俺と兄貴が暮らしている2階部分。
階段を登ると、教室の半分くらいの広さの広間がある。
これは大昔、機械が無かった時代の名残で、近所のお手伝いさんたちの小さな子供たちをここで一時預かって面倒を見るための保育ルームみたいなものだったが、今はただの広間でしかない。
それは良いとして問題はここから。
階段を登り切った広間の正面に、2つの個室がある。ここが俺の部屋だ。仕切りの襖を外して一部屋として使っているから8畳×2で16畳の横長の部屋だ。
で、階段を登り切った右側の方の2つの個室。そこが兄の部屋だ。俺と同じく仕切りの襖を外しているから向きは違うが同じように縦長で16畳の部屋だ。
兄たちはそのまま自室を愛の巣にした。
そこまではいい。いいんだが……問題は俺と冬子ちゃんだ。
今まで住んでいたアパートを引き払って、ウチの母屋に引っ越ししてきた冬子ちゃん母娘。
冬子ちゃんの為に俺の部屋を襖で仕切って、2部屋に分断したまでは良い。そこまでも良い。
ただ、夜中に
『ミシッミシッミシッミシッ』とリズミカルな軋み音が聞こえてきた時に
(これはまずい!)
と、気が付いた。
☆★☆ どのみちカオス ☆★☆
(これはまずい! まず過ぎる!)
どう考えても俺と冬子ちゃんはここにはいられない。
この事を冬子ちゃんに気付かさせるわけにはいかない!
そう考えた俺は翌日
「じいちゃん父さん、俺、引っ越すよ」
それはもう直接的表現を避けながらも言葉を丸めて、迂遠な表現で遠回しに話す事に全神経を集中させて、なんとかじいちゃんと父さんに分かってもらうことが出来た。
その日のうちにじいちゃんと父さんの許可を貰って兄と雪子先生には別れを告げ、俺は『四季庵』の応接室の奥にある個室に引っ越しした。
ただ、何故か冬子ちゃんまで俺と同じ部屋に住むことになった。
兄夫婦の夜の営みから冬子ちゃんを遠ざけることが出来ると言うのは良いんだけれど?
じいちゃんも父さんも、兄も雪子先生も、俺の事を信用し過ぎじゃね?
おれ、中学3年生の男子だぜ?
「冬子、おにい……じゃなくて、冬二さんと一緒のお部屋に住むの凄く嬉しいっ!」
まあ、小学3年生の妹……改め姪っ子相手に、間違いを起こすわけも無いか。
「喜んでもらえてなによりだよ……」
退くもカオス、進むもカオス……
俺は、男としての何か大事な感情を一時、封印することを心に誓った。




