第七話『ラストファイト!』
☆★☆ 兄のラブロマンス? ☆★☆
「雪子さん……農業と言うのは大変な重労働で、しかも専業農家となればチームワークが大切で、その、何と言うか『自分』が倒れないように気を付けるだけでは無くて『仲間』をも倒れさせないように気を付けることが大切だと、俺は思っています」
「は、はい」
「今、雪子さんは、自分から『休憩してもいいか』と、俺に伝えることが出来た。あ、いや、出来ました。ちょっとだけ勇気が必要ではありませんでしたか? あるいは恥ずかしくはありませんでしたか?」
「そ、そうですね……少し、勇気を必要としましたし、恥ずかしくもありました……」
「生まれながらの農家ではない雪子さんにとって、多分それは当たり前のことなのでしょう。ですが俺たち……『野村農園』の男どもは、農家以外の生まれの人間に対しての理解が足りません」
「そんなことは無いです、秋一さんは、良く理解しているように見受けられます……」
「……それは雪子さんの勘違いです。俺はまだ、雪子さんの事をちゃんと理解できていません。ただ、母たちや祖母がどのように農業と向き合ってきたのかと想像を巡らせて、どうしていたら逃げられずに済んだのだろうかと考え始めたからなのではないかと思っています」
「え? あの、逃げられたってどういう……?」
「あ~、この話は流石の祖父でも雪子さんには話していませんでしたか……折を見て、いつかお話します。ただ、俺が雪子さんに本当に話したい事と言うのは……その……」
「秋一さん……」
「雪子さんにだけは、逃げて欲しくないんです…… あ!、と、冬二の為でもあります! 冬子ちゃんと冬二って、凄く仲良しですからっ」
「え? ふふふっ、そうですね。もう本当の兄妹なんじゃないかってくらいに仲良しですよね? もう~妬けちゃうくらいです」
「そ、それにですね……お、俺の為でもあるんです……」
「秋一さんの為?」
「そ、そうです。ゆ、いやその、貴方がもしここから居なくなってしまったら、俺は……その……」
「…………」
「さ、寂しいですから……」
「秋一さん……」
「雪子さん……」
☆★☆ しませんからね ☆★☆
「あの~冬子ちゃん? なんか盗み聞きしているみたいで、俺、ちょっと心が痛むんですけど?」
「お兄ちゃん、しーーーーーっ!」
農作業の休憩中に始まった兄と雪子先生の会話なんだけど、どうしよう?
あんまり離れないようにと気をつけながら遊んでたんだが、こうなちゃったら聞こえない所まで移動するか?
でもあんまり離れるのもな~
俺はもう、一体どうしたら良いのかまるで見当もつかない。
だが、冬子ちゃんは耳をそばだてて、もう絶対に聞き逃さないと言う姿勢で完全に兄と雪子先生の会話をしっかりと聞いている。
じりじりと、少しずつ近付いてすらいる?
「お兄ちゃん見て。お、お母さんが……メスの顔になってる」
小学3年生の冬子ちゃんの可愛いお口から『メスの顔』って?
「え? 私とお兄ちゃんが凄い仲良しだって言ってる~」
「そ、そうだね……」
「え? あ、ああぁ!?」
兄と雪子先生が……キスをした。
「…………」
「…………」
「冬子ちゃん? 大丈夫?」
「え?なにが?」
「その……お母さんと、ウチの兄がその……」
「えーと……大丈夫、じゃ無いかも……」
そ、そうだよな……お母さんが、お父さんじゃない人とキスする所を見ちゃうなんて……
っていうかキミ達、時と場所をわきまえろよ! 離れた場所とは言え、ここには俺と冬子ちゃんもいるんだぞ?
「お、おに………… え~と、と、ととと、冬二さん…………」
冬二さん? 初めて冬子ちゃんに名前で呼ばれた俺が、冬子ちゃんの方を振り向くと……
目をつむって、唇を突き出している冬子ちゃんが……そこにいた。
…………。
言いたい事はわかりました。
したい事もわかりました。
凄く可愛いですそれ。
でも、
しませんからね! 絶対!
俺は警察には捕まりたくないし、雪子先生を悲しませたくないし、冬子ちゃんに手を出す事なんて絶対にしませんからね!
冬子ちゃんはまだ小3ですからねッ!
「お兄ちゃん……キスしよ?」
「しません!」
と言うか、あの男、俺の兄と瓜二つな容姿をしてはいるが……一体どこの誰なんだ?
そこが一番気にかかる……
「んんん~~~ッ」
さらに唇を突き出してくる冬子ちゃん。
めちゃめちゃ可愛いんですけどッ!
「だから!しないってば!」
☆★☆ ファイナルファイト ☆★☆
夏休みも残り少なくなったある日の夕食時。
「おれ、雪子と付き合う事になった。結婚を前提として」
兄がとうとう家族全員にカミングアウトした。
「ほうほう……やっとかの~。わしゃ生きとるうちにそんな話が聞けるとは思うてもおらんかったわい」
じいちゃん……実は感付いていたっぽいな……
「うむ。年上女房は鉄の下駄をはいて、うさぎ跳びしながら探すしかないと言われるくらいには貴重なものだ。秋一、よくやったな」
親父、今はうさぎ跳びは筋力強化よりも故障率の高さから、全く推奨されていないトレーニング方法だからな?
…………。
ここで我が家の夕食の会話が一時ストップ。
…………。
「おい、冬二」
「ん?なに?」
「なにじゃない! お前も何か俺にひとこと言えッ!」
「えええ~~?」
だってさー、俺と冬子ちゃんはアンタたちの会話……一部始終聞いちゃってるからな~
「さあっ!」
「じゃ、じゃあ……」
「うむ」
「む、」
「む?」
「娘に…… 冬子ちゃんに、母親とのキスシーンとか見せるな馬鹿ッ!」
「…………あ」
「反応が鈍いッ! って言うかお前誰だ? お前絶対に俺の兄貴じゃないだろっ!? 勝手に俺の兄貴に成りすますなッこのドッペル野郎ッ!」
「な、なんだとこのロリコン犯罪者予備軍ッ!」
「俺はロリコンじゃねえ! 冬子は妹枠だから『シスコン』だッ!」
「たいして変わりねえッ!」
「『雪子さんにだけは、逃げて欲しくないんです』だって? ハハハハハッ、ケッ、ばーかばーか」
「き、貴様ッ……!」
「『貴方がもしここから居なくなってしまったら、俺は……その……』って? さあっ!その続きを言ってみろヤ!」
「ぐっ……」
「『さ、寂しいですから?』んん?『さ、寂しいですから……』アハハハハ…… はンッ!」
「て、てめえ……殺す! ぶち殺してやるッ! 畑に出ろヤ!」
「『秋一さん……』『雪子さん……』ハアハア……ぶっちゅー!!ベロベロ~」
「テメエ絶対に殺してやる! 後悔しながら死ねーーーッ!」
俺は、いや、俺たちは、久しぶりに超くだらない理由で、命を懸けた喧嘩をした。
そしてこの喧嘩が、俺たち兄弟にとって、実に生涯最後の喧嘩となったのだった。
え? 勝敗?
ふふふっ、生まれて初めて、俺が兄貴に勝った。
それってつまり、最後に勝った俺の方が、兄より強いって言う完璧な証明になったな。
まあコイツが俺にとって、本当の兄なのかどうかは甚だ疑問だがな。
と言うのは冗談だとして、
兄貴おめでとう。
マジ切れのガチバトルも楽しかったよ。
雪子先生の事、頼んだぜ、幸せにしろよ。
で、兄貴も絶対に幸せになれよ。
そして、幸せ同士であり続けろよ。
こんな事、絶対に面と向かっては言わないけどな。
最後に
「ただ、『四季庵』に迷惑かけるなよ? 兄貴のせいで雪子先生が辞めちゃったら、じいちゃんしか先生をやれないんだからな?」
「ああ……分かってる」
俺と兄貴は、お互いボコボコな顔で、がっしりと手を握り合って和解した。
だが
「臨時の保育士は資格も要らないし、保育士の指示で動く限り先生をやる事は可能じゃぞ?」
俺たちの魂の対話を……じいちゃんがぶち壊した。




