第五話『俺の夏休みと兄貴』
☆★☆ 夏休みの一コマ ☆★☆
「なあ先生」
『THE5人組』は俺の事をまだ『先生』と呼び続ける。
「なんだ?」
そして俺もこいつらから『先生』と呼ばれても否定はしない。
「またブーメランの手本を見せてくれよ。俺たちまだ、なかなか上手く投げられないんだ」
シゲの言葉に、5人組が頷く。
「よし、誰かブーメランを貸してくれ」
俺の頼みに全員が応じて、5本のブーメランが俺の手に渡る。
一本でいいんだがな……
だが折角だ、全部投げてやろう。
「見てろよ」
一本目を全力で投げる。
カズが戻ってくるブーメランの着地地点を予測して移動して待機するが、わずかにずれてキャッチできず。
二本目を投げる。
タケルが落ち着かない様子でブーメランの動きに翻弄され、やはりキャッチできず。
三本目はシロウ、キャッチできず、四本目はツバサ、惜しかったがキャッチできなかった。
最後に、シゲ。
シゲは戻ってくるブーメランを待つのではなく、走って迎えに行って、見事にキャッチ。
「迎えに行ったんだな、シゲ」
「ああ!上手くいった」
「迎えに行くって、なんかいいな」
「学童じゃみんな親に迎えに来てもらってるけどな」
そうか……親に迎えに来てもらった時の学童たちの笑顔が……俺は好きなんだな。
この『THE5人組』は、わりと俺に、色々な事を気付かせてくれる。
☆★☆ 大きなグーと小さなグー ☆★☆
たまにだが『四季庵』に顔を出している俺は、何故か新1年生にもめちゃめちゃ懐かれている。
「先生、じゃーんけーん……」
いきなりじゃんけん?
「ぽいっ」
俺はグーで、その子もグー。
アイコなのだが、俺にちょっとした悪戯心が芽生えた。
「なあ、俺の大きな『グー』と、お前のちっちゃな『グー』。どっちが強いと思う?」
我ながら可笑しな質問だ。だが敢えて威圧的な口調で訊く。
「え、ええと、『先生』の大きな『グー』……?」
俺は、その子の答えが予想通り過ぎて笑ってしまった。
「ハハハッ、馬鹿だな~ 大きくても小さくても『グー』は『グー』だ。アイコだよ、引き分けだ」
「え、そうなの?」
「そうだ、自信を持て!お前の小さな『グー』は俺の大きな『グー』と同じパワーを持っているんだぞ」
「そうなの? やったー!」
喜ぶその子(1年生男子)を見て、俺も嬉しくなった。
☆★☆ 雪子の休日出勤? ☆★☆
夏になって、田や畑が忙しくなってきた。
そればかりか、収穫する作物が増え、肉体労働が激しくもなる。
雪子先生は午前中限定とはいえ、この農園で働きながら『四季庵』の先生の仕事もこなしている。
今日は土曜日。本来なら休日で『四季庵』も休みなのに、雪子先生は自主的に農園の仕事を手伝いに来ている。
仕事の手が遅い事を気にして、早く慣れたいからだそうだ。
「大丈夫ですか?雪子さん」
兄が俺には絶対に見せないような表情で雪子先生を気遣っている。
「ええ、大丈夫です」
「疲れたらちゃんと、自分から言ってくださいね」
「は、はい」
俺はそんな中、お母さんに連れられてきた冬子ちゃんと遊んであげるのが役目だ。
少し雪子さん達から離れてはいるが、ちゃんと目の届くところで遊んでいる。
俺と冬子ちゃんは、邪魔にならないようにと収穫を終えた畑で、収穫されなかった規格外の野菜を拾い集めるあそびを楽しんでいた。
☆★☆ 自分から『休憩したい』と言って欲しい ☆★☆
なんだか雪子さんの顔色が悪くなってきた。
「兄貴、雪子先生に少し休憩をくれ、その穴埋めは俺と冬子ちゃんでする」
機械を使わない手作業の収穫は、コツさえつかめばさほど難しい事ではない。
ただ、収穫した野菜を運ぶのが最大の重労働であり、一番の体力消耗の原因なのだ。
「……駄目だ。雪子さんはまだ、自分から『休む』とは言っていない。他人からの気遣いでしか休憩出来ないような奴に農家は務まらない」
くッ、反論できない。
『疲れたからちょっと休む』
誰でも、1人で仕事をするのであれば、簡単に出来る事だろう。
だが、集団で働く場合にはなかなか言い出しにくい言葉でもある。
けれども、このくらいの事を平気で言えないような奴は、勝手に限界まで働いて、勝手に嫌気をさして、勝手に出ていく……いや、出て行ってしまった。
つまり祖父や父の『妻』たちがそう言う人達だった。
一人だけ、なんの役に立たない妻(冬二の母)もいたらしいが。
「もし、倒れたりして俺に迷惑を掛けたら『説教』プラス『反省文』だと言う事は最初に伝えてある。だから大丈夫だ。雪子さんの自主性を信じろ」
信じてもいいのかな?
農家にとって『倒れない事』は一番大切な心構えだ。
共同作業の場合、一番体力が低い仲間に休憩を合わせるのは当たり前の事ですらある。
ただ、兄貴よ、あんたのやり方は結構スパルタなような気がするぞ?
☆★☆ コイツ誰だ? ☆★☆
俺は冬子ちゃんに言う。雪子お母さんにも聞こえるように――
「疲れたりのどが乾いたら言ってね。熱中症になったり脱水症状とかで倒れたりしたら、たくさんの仲間に心配と迷惑をかけるからね」
「うん。冬子、のどが渇いた~」
「じゃあ、そこの日陰でジュースを飲もう」
俺は雪子さんに目配せした。
一緒に休憩しませんか?
そう言う気持ちを込めて見つめた。
伝わっただろうか? と言う疑問はあっさりと晴らしてもらえた。
「秋一さん、ご迷惑でなければ、少し休憩させてもらいたいのですが構いませんか?」
雪子さんの、控えめながらもハッキリとした意思表示に兄は
「もちろんです。俺も、そろそろ一息入れようと考えていたところでした」
なんか口調が変ではあるが、兄は爽やかな笑顔でそう言い切った。
チェッ、イケメンで頑丈で元不良のくせに、笑顔まで爽やかだなんて、なんかムカツク。
兄がまさか、こんな爽やかに笑えるなんて、俺は今まで全く知らなかったぞ!?
「今日も暑いですからね、スポーツドリンクの他にもきゅうりの浅漬けを用意しています」
なんだこの話し方は?
コイツ本当は誰だ?
こんな奴絶対に俺の兄貴じゃねえッ!!




