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第四話『初代先生』

☆★☆ フェードアウト ☆★☆



 じいちゃんと雪子先生で運営する学童保育『四季庵』。


 学童が一気に12人も増えて、我らが『四季庵』は現在、16人の学童を受け持っている。


 一学期が始まったばかりの頃は、俺も気になって何度も遊びに行ったものだが……


「今日はお外で『エンドウ豆』を収穫する所を『野村農園』の若いお兄さんに見せてもらいましょう!」


 雪子先生が学童たちに、ハッキリと大きな声で呼びかけている。


「「「「はーい!」」」」


 そして最年長の冬子ちゃんとタツヤくん(3年)も、もはや安定のお姉さんお兄さんだ。


 俺はその様子を見て「もう大丈夫だな」と思うと同時に一抹の寂しさを感じている。


 俺が学童で『先生』だった頃の行動は、いつも(ひらめ)きと行き当たりばったりだった。


 それが今や、年間計画から季節のねらい、月間目標、週案、そして日案までもがきっちりと綿密に計画されている。


 もはや俺が手伝えることは無いと言っていいだろう。


 完全にアウェーな空気だ。


 それに、寂しさだけじゃなくて、かなりの悔しさも感じている。


 だから俺は、徐々に、少しずつ『フェードアウト』していく。


 だがしかし、そんな俺とは対照的に最近、何故か()()(ヤンキー)が『四季庵』に対して、特に農業体験イベントなどではかなり協力的になっている事が非常に気になる。


 ニコニコと、()()(ヤンキー)には全く似合わない、爽やかだが不器用な作り笑いをしながら、雪子先生のお願いに素直に応じている兄の姿に、俺はかなりの違和感を感じている。



☆★☆ お土産を選ぶ ☆★☆



 修学旅行に行ってきた。


 三泊四日。


 仲の良い友人5人で班を作り、楽しんで来た。


 仮装大会で絆を深めた仲間たちだ。


 最終日、家族以外にもお土産を……と考えて、俺は迷った。


 去年までの俺だったら、迷わずに学童たちへのお土産も買っていただろう。


 だが、今の俺は『先生』では無いし、学童の数も16人ではちょっと人数が多すぎる。


 だからと言って、去年までの4人にだけお土産を買うと言うのも何か違うような気がした。


 迷った末、ちょっとした名案が閃いた。


『四季庵』の学童個人へのお土産は無し。


 だけど冬子ちゃんにだけは『野村農園』を手伝ってくれている雪子さんを通して、お土産を渡すのは、特に不自然ではないだろう。


 そして『四季庵』には、じいちゃんを通して、何かみんなで分けることが出来そうな、お菓子がたくさん入っている感じのお土産を渡せば、学童たちにも配ってくれると考えた。


 スッキリとした気持ちでお土産の買い物は終わり、やがて、修学旅行も終わりを告げた。



☆★☆ お土産を渡す ☆★☆



 久しぶりの我が家で疲れをいやす。


 翌日、宅配便で届けられたお土産たちを家族に分配した後で、学童たちが集まる前にと、午前中のうちに、久しぶりに『四季庵』にも顔を出した。


「じいちゃん、これ、学童たちへのお土産。今日のおやつに一個ずつ足してあげて」


「おー、昨日コソコソと隠していたお土産は、学童の為じゃったのか、わしゃてっきり好きなおなごへの秘密のお土産じゃと勘違いして、ツッコむのを遠慮しちょったぞ」


 なんでそんな考えになる?


「それから雪子先生にはこれ。『野村農園』がいつもお世話になってるんで、冬子ちゃんと一緒に食べてください」


「まあ、ありがとう。気を遣わせちゃったわね。でも冬子がきっと喜ぶわ、ありがとう」


 でへへと照れる。


「なんじゃ、やっぱり好きなおなごへのお土産も隠しておったのか……」


 なんでそうなる?



☆★☆ 最後の高い高い ☆★☆



 夕方6時過ぎ。


 お母さんの雪子さんが先生になってから、冬子ちゃんが帰るのは必ず一番最後になる。


 それを知っている俺は、少し遅い時間だったが『四季庵』にちょっとだけ顔を出してみた。


「おにいちゃんお土産ありがと~」


「うん。他の学童たちにはお土産を買ってないから、みんなには内緒にしてね」


 俺はしゃがんで目線を冬子ちゃんに合わせて、手を握ると


 冬子ちゃんの顔が若干赤みを帯びた。


 今は6月。午後6時過ぎでも、まだ空は明るいからそんな冬子ちゃんの様子も良く分かる。


「うん。内緒は誰にも言わないねっ」


 そう言って俺に抱き着いてきた冬子ちゃんだが、以前に比べて勢いは無くなっている。


 だが、その代わりと言うか何と言うか(しと)やかさのような、女の子らしい柔らかい雰囲気を身に纏っていた。


 まだまだ子供なんだけど、少しずつ成長しているんだな……


 そう思わされた。


 愛情とか照れくささとか、嬉しさとか寂しさとか、色々な感情が入り乱れた俺は、それを振り払いたかったから


「久しぶりの高い高いだッ」


 そう言って思いっきり抱き上げた。


 重くなったと思う。


 それに柔らかくもなった。


 冬子ちゃんの身体は、正月に抱き上げた時に比べて、明らかに成長していた。


「きゃあ~っ!」


 喜ぶ冬子ちゃんと、そんな冬子ちゃんを優しい瞳で見守る雪子お母さん。


 俺は『四季庵』になる前の学童保育の、単なる『お手伝い先生(さん)』。


 俺が抜けてから、まだ3か月も経っていないはずなのに……


 なんだか俺が以前ここにいたのが、はるか昔の事だったように感じられた。



☆★☆ 恒例の宝探し ☆★☆



 毎年恒例のジャガイモ掘り。


 兄の運転するトラクターが、芋ほり機を牽引(けんいん)して、ガンガンと大きいイモを()き取っていく。


 それが終わると「宝探し」だ。


 学童保育1年目に俺が閃いたこの「宝探し」は、じいちゃんの提案によって『年間計画』と『季節の狙い』に組み込まれている。らしい。


 そしてなぜ俺がこの場に立ち会っているのかと言うと、


「この『宝探し』の発案者であり、ここ『四季庵』の『初代先生』でもあるトージ先生を特別にお招きした。知っとるものは拍手ッ!知らないものも拍手でお迎えしなさい」


 じいちゃんの差し金である。


「「「わーーーーーッ!」」」


 パチパチパチパチ


「『宝探し』の後は恒例の『ふかしイモ』までが今日の目標じゃ。みんな、掛かれ~!」


 …………。


 こんな説明で『掛かれ~』とか言われても、新1年生には伝わらないだろうに。


 そう思っていた俺だったが、


「「「わーーーーーっ!」」」


 小学1年生という子供の順応性を甘く見ていたようだ。


 誰もが周囲の真似をしながらも、自分らしいやり方で規格外のイモを拾い集めている。


 ……1年生たち、めっちゃ可愛い!



☆★☆ 将来の夢 ☆★☆



 しかし『初代先生』か……


 もう中3だけど、まだ中2病が完治していない俺にとっては妙に心惹かれる称号だな。


 そういえば俺の教え子一期生の、冬子ちゃんとタツヤくんは?


 お~っ、1年生に大きめのイモを譲って、自分たちは小さめのイモを拾っている。


 ところで二期生の、サキちゃんとハナちゃんは?


 うんうん。1年生たちよりも大きいイモを見つけて、先輩としての貫禄を見せつけている。





 なんだよ…なんなんだよ…… 






 ああぁ、悔しいなぁ……





 俺がまだ中3なんかでなかったら……


 俺がもう、ちゃんとした大人だったらッ!





 昔じいちゃんは、畑仕事から逃げるために保育士を目指したと聞いた。


 だったら俺は、畑と共にある保育士を目指したい!


 俺の将来の夢に『保育士』という職業(もじ)が刻まれた。







 

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