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第二話『大晦日とお正月』

☆★☆ 雪子転職 ☆★☆



 大人の話は終わったようで、俺と冬子ちゃんが下から呼ばれた。


 じいちゃんが寿司屋から出前を取り、冬子ちゃん母娘も一緒に夕食を摂る事になった。


「4月からな、雪子さんには学童保育の正式な職員として働いてもらう事になった」


 なんと!これはビックリした。


「でだな、学童は午後だけじゃから、午前中は副業として畑仕事を手伝ってもらう事にもなった」


 脇に控えている父、夏樹がうんうんと頷いている。


 来客があるときは極力話そうとしない父。おもしろい。


「そこで冬二、そろそろ学童施設に名前を付けたいんじゃがどうじゃ?」


 ん? どういう事だ?



☆★☆ 施設名称 ☆★☆



「例えばな『農業体験型学童保育○○センター』とか『○○園』とかそう言う感じじゃ」


「なるほどね。名前を付ければ呼びやすくなるかもね」


「ワシが施設長じゃから『野村園』とかでもいいんじゃがな、山本の犬屋が『山忠』などと恰好を付けておるんでな、ワシとしてはもう少しハイカラな名前にしたいんじゃ」


 俺の個人的には『ブーメラン』と付けたい所だけど、世間的にはイメージが悪そうだしな。


 ならば


「『四季庵(しきあん)』とかってどう? 我が家の名前はみんな『春夏秋冬』にこだわってるし、雪子さんの『雪』だって、四季にちなんでるしさ」


 なんて単なる思い付きをそれらしく言ってみる。


「ほう~……前田慶次の『無苦庵(むくあん)』に似てなかなか恰好ええの。良し! それで決まりじゃ」


 まさにその『無苦庵』にヒントを貰っているんだが、まさか即決されるとは思ってもみなかったから、俺はちょっと慌てて


「ちょちょちょ。待って待って、みんなの意見も聞こうよ」


 と、みんなにも意見を求める。


 だが、


「それでいいぞ」と父。


「ふん、文句はねえな」と兄。


「私も良いと……すごくいいと思います」これは雪子さん。


「おにいちゃんカッコイイ……」冬子ちゃんは良く分かっていないって事で合ってるかな?


 あっさりと『四季庵』に決定してしまった。



☆★☆ THEカオスな大叔母 ☆★☆



 お正月。


 じいちゃんの姉系列の親族と、父の弟系列の親族が、次々と我が家に挨拶する為に訪れる。


「あけましておめでとう。はい、お年玉」


「……ありがとうございます」


 俺はじいちゃんの姉系列の親戚全般が、大の苦手である。


 おしゃべりはマシンガン。なのに、こちらの話は全くと言っていい程聞く耳を持たない。


 噂やゴシップが好きで、俺には全く理解できない話ばかりし、意味の分からない会話だけが乱れ飛ぶ。


 それでもお年玉を貰ってしまったからには愛想笑いの一つでも……


 と思っていた、そんな時


『ピンポーン』


 カオスな戦場と化している我が家に、更なる来客が訪れた。


「あけましておめでとう……ございます」


 雪子さんと冬子ちゃん母娘だ。


「あら? どちら様?」


 家主を無視して勝手に玄関に迎え出る大叔母さんの神経が、俺には理解できない。


 俺も急いで玄関に向かう。


 すると


「おにいちゃん!」


 人見知り全開の冬子ちゃんが、泣きそうになりながら俺にひっしと抱き着いて……


「あの、その……私は野村雪子と申します、ここの春巻さんにはいつもお世話になっておりまして……」


 大叔母さんの瞳がキラリと光った。


「『おにいちゃん?』それに『野村?』」


 絶対にこの大叔母さんは何かを勘違いした。


 だが、このおばさんの勘違いを正せる人間は、この野村家には一人もいない。いないのだ。


 その証拠に、父は既に畑に逃げているし、兄が二階から降りてくる気配はない。


 何と言っても兄はもう21歳。既にお年玉を貰う年齢ではないから、したくない挨拶や面倒事には絶対に顔を出さない。


 そして俺は今、冬子ちゃんに抱き着かれる事で、この大叔母さんの好奇心に高密度な燃料を投下している真っ最中。


 さて、どうしようね~?



☆★☆ 雪子を襲うお節介ババア ☆★☆



 元旦の冬子ちゃん母娘は、暇を持て余していた。


 挨拶に赴くべき親戚などないし、挨拶に来てくれるような知り合いもいない。


 でも、野村家ならどうだろう?


 昨日は4月以降の転職を受け入れてくれたし、これまでの学童保育でも、冬二くんとお爺さんには常にお世話になりっぱなしだ。


 その上、冬子も冬二くんに会いたがっている。


 なら『折角だしお正月の挨拶にでも行ってみましょうか』と言う軽い気持ちで我が家を訪問しただけ――だったのだが……




「まあ! それでは今は女手一つで娘さんを育てて――――」


「は、はい……」


「うちの甥っ子の夏樹はイイ男でしょう? でもね、女運が悪いと言うかいつも我儘な悪い女にばかり引っ掛かってね――――」


「は、はあ……」


「冬二くんの事を娘さんに『おにいちゃん』って呼ばせてるって事はもう、そう言う事で決まっているんですのね?」


「えっ?あのっ?いえ、そう言う訳では――――」


「自信をもって!あなたはすごい美人ですもの。今度こそ夏樹を幸せにしてやってくださいね!」


「ほ、本当に違うんです。どうか信じてください」


「まあまあ、隠さなくたっていいのよ?私たちはみんな他人じゃない親戚なんですから――――」


「いえ、聞いてください、本当に違うんです!」



☆★☆ 救世主? ☆★☆



 俺は冬子ちゃんを抱いたまま、この場から逃げることが出来なかった。


 ここから逃げると言う事は、雪子さんを見捨てるという事になるからだ。


 それだけではない。蛇に睨まれた蛙と言うのはこういう事を言うのだろうと思う。


 大叔母さんがチラッとこちらに目を向けるのを感じるたびに、俺の身体が萎縮する。


 本能が、『逃げれば死ぬぞ』と警鐘を鳴らす。


 一応この場にはじいちゃんも同席してはいる。


 だが、じいちゃんは自分の姉であるこの大叔母さん(たち)には幼い頃から、圧倒的な力と圧倒的な言葉でねじ伏せられて、既に牙を抜かれているのだ。


 悲しい事に、たちには完全に抵抗できない体質にされてしまっている。



 そんな時だった。


 ドス、ドス、ドスッ


 誰かが階段から下りてくる気配がした。


 威圧的な足音。これは兄の秋一の『うるさい黙れ』の気配だ。


 居間に降りて来た兄は、ゆっくりとした足取りながらも脇目もふらずに大叔母さんに向き合う。


 そして


「おい、おしゃべりババア…黙れ」


 兄は超不機嫌な顔で、大叔母さんの会話を止めた。


「まッ、なんです?」


 兄貴は大叔母さんにゆっくりと近付いていく。


 ゆっくりと言っても、迫力は満点だ。


 でかくて筋肉質で、色黒でイケメンな元不良。


 その兄は、大叔母さんの超至近距離でこういった。


「フンっ、親父にゃ負けねえ!」


 兄が言った言葉の意味は分からないけど、何故か大叔母さんは兄の迫力に負けて静かになった。


 俺たちは、行動の自由を取り戻した。





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