第一話『学童保育始めます(祖父が)』
☆★☆ 野村冬二と野村冬子 ☆★☆
農家の次男である『野村冬二』が『野村冬子』ちゃんと出会ったのは、冬二が中1で、冬子が小1の時であった。
祖父『野村春巻』が、町会長に頼まれて、私設の学童保育施設を開業したのがきっかけだ。
名字が同じで、名前も似てはいるが、冬二と冬子は全くの赤の他人だ。
そもそも冬子は他県出身だ。
両親が離婚した際に、母親に連れられてこの見知らぬ田舎に引っ越してきたのだ。
そして、祖父春巻が開設した学童保育施設の第一号の利用者が、この『野村冬子』ちゃんと言うわけだ。
「初めまして。私は野村雪子と申します。この子は野村冬子。どうぞよろしくお願いいたします」
冬子の母、雪子が祖父春巻に深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお頼み申す。ここは非営利でワシ一人で経営することになる学童施設じゃから、なにかと不便はあるじゃろうが、一応『農業体験型』のサービスを計画しちょる所じゃ。ゆるりとのんびりと、楽しく過ごせるように頑張りますじゃ」
祖父春巻の所信表明に、冬子の母雪子がニコリと微笑む。
「こういったのんびりした風景に出会いたくて、この町に引っ越しして来ました。どうか娘ともどもよろしくお願いいたします」
何故かこの場に立ち会っていた冬二は、この母親の若さと美貌に驚くと共に、冬子と言う小さな女の子に対してこの時、母性本能とでも言うべきか、保護欲を刺激されたことを強く感じた。
物凄い警戒心…… この冬子ちゃんは、この場にある全ての物に怯えているように見えた。
「引っ越してきてまだ、間もないのかのう?」
祖父春巻の質問に雪子が答える。
「昨日、引っ越して来たばかりで、まだ、右も左もわかりませんが『学童保育』の幟が見えましたので、きっとお世話になるだろうと思いまして……」
「この田舎に親類縁者など、頼れるものはおりますかな?」
祖父は何故そう言う質問をするのだろうか?
冬二は疑問に思ったが、それは祖父春巻らしい親切心からであった。
「いえ、この地には知り合い一人おりません……」
「やはりな……ならば、保証人や身元引受人などで困ったらワシを頼ると良い。借金以外ならば身元を保証してやろうぞ」
おおらかな性格である祖父春巻らしい発言だが、冬二は口を挟まずにはいられなかった。
「おい、じいちゃん!それで何度も痛い目にあってきたのに、またやる気かよ!」
「知るかッ、ワシは世話を焼くのが大好きなんじゃ」
この、冬二と祖父の喧嘩腰のやり取りに雪子が笑い、冬子が怯えた。
「あ、ごめんなさい。大人の会話に口をはさんでしまいました……冬子ちゃんごめんね? 怖かった?」
冬二は小さい子供が大好きだ。
7つも年の離れた兄と喧嘩しながらたくましく育ったせいか、小さきものや小動物、あるいは犬なんかが大好きなのだ。
冬二は低くしゃがんで、目線を冬子ちゃんに合わせた。
だが、冬子ちゃんは母雪子の後ろに隠れ、姿を見られないように頑張っている。
そんな態度が冬二にはいじらしくも見え、可愛らしくも感じるのであった。
「冬子、このお兄ちゃんは良い人ですよ」
冬子の母雪子が、冬二の本質などまだ分かってもいないだろうに、冬二の事を擁護してくれた。
『良い人』よい人。
まさに冬二が目指している最終的な人格だ。 まだまだその域には達していないと感じているが……
だが、母雪子が冬二を指して言ってくれたこの『良い人』と言う言葉が、冬二の琴線には触れた。
「はっはっは、なんにせよ第一号の利用者でありお客様だ。 冬二よ、ハウスから一番良いイチゴを取って来い。 お客様をもてなそうぞ」
「そんな、お構いなく」
雪子の返答を聞く前に、冬二は走っていた。
野村家の畑は広いのだ。
ビニールハウスのイチゴを持ってくるまでには多分、往復10分程はかかる。
「なーに、学童保育を利用するにあたって、契約とか同意とか説明とかをせねばならんのでな、その間の……娘さんへのおもてなしじゃ」
「……あ、ありがとうございます」
実は、冬二も祖父春巻に似て、おもてなしの心を存分に持っている。
父『夏樹』と兄『秋一』には持ち合わせがない性質だ。
ハウスに到着した冬二は今、あの小さい女の子『冬子』ちゃんに喜んでもらいたくて、真っ赤に熟れた大きなイチゴを探している。
たとえ取り引き規格だって構わない、あの小さな女の子が喜こんでくれるのなら。
その一心で、おいしそうなイチゴを選果するのであった。