情け
あの島に戻れば、大変な騒ぎとなっていた。浜辺に、クジラとイルカの死骸が漂着してしまっているのです。異常事態として、話題があちこちに広がってしまったという話です。
私とライルが宿泊施設に戻ってみれば、島の巫女のお嬢さんが、駆け寄ってきた。
「無事だったんですね!?」
「何かありましたか?」
「聖域が、赤く光り出したんです」
「そうですか」
島の巫女のお嬢さんが心配する理由に、納得しました。一番近い聖域は、この島ですから、そこを窓口に、神が干渉したのですね。
だから、クジラとイルカの死骸が、島に漂着したのです。死骸なんて、そのまま海の藻屑にすればいいのに、あえて、人目に晒したのは、公国側への忠告です。
砂浜を使えなくするほど、クジラとイルカの死骸が漂着してしまい、観光どころではなくなっていました。これから、この島も大変なことになりますね。
いつもだったら、部屋に行くのですが、私は島の巫女のお嬢さんと話さなければならないことがあることを思い出しました。
「今、お話しないといけないことがあります。お時間は大丈夫ですか?」
「? どうかしましたか?」
「実は、外貨を得る手段を失ってしまいました。宿泊費を支払えなくなりましたので、ここを出ないといけなくなりました」
「待て待て!! 俺にもそれなりの貯金が」
「それは、たぶん、止められているでしょう」
ライルが持っているという外貨は、私の動きを止めるために、動かせなくしているでしょう。私なら、そうします。この国では、外貨は重要ですから。
開戦派の将軍ナリスに、働けばいい、なんて偉そうなことを言いましたが、まず、働く場所が見つからないでしょう。そこは、絶対、軍が手を回して、邪魔してきそうです。
ただ、生きるだけであれば、どうにか出来るのです。監視から逃げてしまって、私のことを知らないどこかに潜り込んでしまえばいい。だって、この国には難民なんてものが存在します。そういうのに混ざってしまえば、誰も見つけられないでしょう。
だから、私はそこまで悲観していません。なるようになります。
内容は深刻なんですが、島の巫女のお嬢さんには、とても重い話に聞こえるでしょうね。とても神妙な顔をして、考え込んでいます。そして、奥へと入っていきます。
玄関先で立っているままなのも、迷惑になりそうですが、お客を選ぶお爺ちゃんが気を利かせて、椅子を持ってきてくれた。そんな長話するつもりはないのに。
私とライルは椅子に座って、お茶までいただいて、とゆっくりしていると、島の巫女のお嬢さんが戻ってきました。
「やはり、この宿泊費用は返金します」
「それはいけません!!」
幾度となくされたやり取りである。
島の巫女のお嬢さんは、私が色々と相談に乗ったこともあって、「宿泊費用を受け取るのは恐れ多い」というのだ。だけど、それでは、詐欺のようなものである。私は相談に乗っているだけで、実りがあるわけではない。ただ、島にいる一族の未来の一旦を示したにすぎない。
まあ、私は王族ポーを使って、軍部に圧力かけましたけど。そこは、内緒です。
だけど、お金を貰うようなことではない。私は生涯、この島に関わるわけではない。ここは、私の人生の寄り道である。彼ら一族の未来を紡ぐのは、彼ら自身だ。
私は差し出す金銭を押し返した。
「それ、多すぎますよね!!」
それに、返金と言ってる以上の金額です。誤魔化されてなるものか。返金お断りです!!
「我々は、あなたに無礼なことをしました!! なのに、あなたは優しく許してくれました。あなたはこの島では、巫女のような存在です。そんな人から金銭をいただくなんて」
「ダメです。私は、一時とはいえ、聖女の代理人をしていました。赤貧を尊び、模範となるように、誰の手も借りずに生活を営んでいました。私は妖精憑きではありましたが、人の力でのみで生きていたのです。労働がいかに大変か、わかっています。あなたは私のために、立派な持て成しをしました。それを無償の奉仕にしてはいけません。きちんと、対価を得るための手段として、誇りを持ってください」
「ですが、外貨がないのは、お困りでしょう」
「いざとなったら、どこかの孤島で暮らします。そうなったら、着いてきてくれますか?」
私はライルに訊ねる。もう、私一人で孤独に過ごすつもりはない。
「俺は、もとは島暮らしだ。まかせてくれ」
「頼りにしていますね。私、僻地や田舎暮らしは馴れているのですが、こういう海の近い場所は、経験がありません」
「じゃあ、どこに行っても、俺たちは暮らせるな」
「ライル」
感動です。ライルったら、笑顔で嬉しいことを言ってくれます。人前でも、私はライルに抱きつきます。私のものです。誰にも渡しません。
絶対に、私は受け取りません。だから、島の巫女のお嬢さんも、諦めてくれました。毎回、このやり取りですね。
「前払いした分が終わりましたら、ここを出ます。それまでは、食事、楽しみにしていますよ」
「わかりました。巫女様がご満足いくよう、手をふるいます!!」
笑顔でそう言って、島の巫女のお嬢さんは奥へと消えていきました。
残ったのは、お客様を選ぶ気難しいお爺ちゃんです。物言いたげに、こちらを見ています。また、お茶を追加で出してきました。
「何かお願い事でもあるのですか?」
「どうか、ここに留まってくれないか」
ずっと、考えていたのだろう。お爺ちゃんは思い切って、私にお願いしてきました。
この島の一角を支配する一族の皆さんとは、それなりに交流しました。皆さん、言いたそうな顔をしていますが、私がお客様という態度を貫いていたので、我慢していました。
お爺ちゃんも我慢していましたが、今が好機だと読んだのです。ほら、私はもうすぐ、無一文ですから。
とてもいい話に聞こえます。実際、そうなんでしょう。ライルは、私の返答次第と構えています。
「そうしてあげたいですが、監視の目が多すぎます」
ただの人ではわからない監視が多すぎるのです。短期間であれば、我慢出来るのですが、それがずっとというのは、さすがに無理です。
「そこは、どうにか外してもらう!!」
「空の上からも、監視されています」
「建物の中だけでも、外せるようにしますから」
お爺ちゃん、諦めません。どうにか、私をこの地に留めようと言葉を連ねます。
きっと、出来るでしょうね。私を一か所に留めたほうが、軍部は楽なんです。しかも、ここは私に味方です。逆に言えば、私を隠してくれるでしょう。
「ごめんなさい。私は、世界を見に行きます」
だけど、私は別の目的を持っています。
「私は生涯、田舎の領地から出るつもりはありませんでした。私は、可愛い子も孫も見送る側です。とても長生きなんです。だから、生きるのにうんざりして、死にに来たんです。こちらの国に行けば死ねる、と夢のお告げを受けました。なのに、死にませんでした。私は卑怯なんです。私よりもうんと長く生きる人を見捨てて、死のうとしました。でも、生きています。仕方がありませんから、私よりも長く生きて、私を待ってくれる、ただ一人の人のために、土産話を持って帰らなければいけません」
末の息子の友人である筆頭魔法使いリッセルが、私が生きて戻ってくるのを待っています。私が死ぬなんて、リッセルは考えてもいません。
死のうとしましたが、死ねませんでした。だったら、リッセルのためにも、私は生きて帰って、公国のことを話してあげないといけません。
「………そうか。では、仕方がない」
お爺ちゃんは色々と考えて、でも、穏やかに笑って、諦めてくれました。お爺ちゃんも長く生きた人です。色々と理解出来る部分があるのでしょう。
「だったら、やっぱり、さっきの金は受け取ったほうがいい。どこに行ったって、金はいる」
「いざとなったら、公国で死人になればいいだけです。簡単ですよ」
「いやいや、科学の前には、それはバレるから」
「心配ありません。私は特殊なんですよ。偽装した死体なんて、簡単に作れますから」
私は笑って言ってやります。科学にだって限界があります。神の領域には届きません。
さすがに、浜辺にクジラとイルカの死骸が漂着してしまったことは、大問題となったそうです。よくわかりませんが、もみ消しが出来なかったとか。
「最近は、すぐ、ネットに情報が上がるからな」
「本当に、やらかしてくれたな、あいつらは!!」
ライルと将軍レキスが頭を抱えていました。
場所は、あの首が痛くなるほど高い宿泊施設の中にある飲食店です。外食とか、観光でかかる費用は、軍部持ちなんですよね。遠慮なく、いただいています。
「情報操作、出来ないのですか?」
「科学が発達しすぎて、後手になると、不可能なんだ。ほら」
私は、会談とかで使われていた機械を見せてもらいます。これで、世界中で起こった出来事まで見れるそうです。そこには、島に漂着してしまったクジラとイルカの死骸の記事がたくさん出ていました。
「情報がはやいのも、大変ですね」
「軍部で削除しているが、デジタルタトゥーみたいに、残っていて、すぐに更新されるんだ。まとめサイトまで出来てるよ」
「今は、開戦派が大変なことになってるよ。クジラとイルカの大量死が、開戦派の上層部がやらかした、という情報が流れて、内部崩壊を起こしている」
「上層部の数と、その下で働く一般兵の数では、一般兵の数のほうが、圧倒的に多いですからね」
思ったよりも、クジラとイルカを愛する人たちは大勢いました。
開戦派である将軍ナリスたちは、軍法会議に、軍艦の艦長クライザーを含む、軍艦で働く兵士たちを訴えたのである。だけど、同じ開戦派の兵士たちが反乱を起こしたのだ。それは、上層部内部でも起こった。
将軍ナリス、実は血筋が良かった。それで、若いうちから将軍なのだ。だけど、性格は最悪で、とても嫌われていた。上からの評判も悪かったという。我慢していたものが、爆発したのだ。クジラとイルカを死なせるような計画を実行した将軍ナリスに全ての責任を負わせたのである。もちろん、ナリスは抵抗した。それなりの血筋であり、軍部の中でも、勢力を持っていたのだ。
ここで、開戦派の将軍ナリスを含め、軍部の皆さんは、大きな勘違いをしていたのだ。きっと、穏健派の将軍レキスだって、勘違いしていた。
開戦派が、王国との契約違反をして、とんでもない買い物をしました。そのため、クジラとイルカが命がけの特攻、なんて自然の脅威を軍艦数隻が受けることとなりました。これを止めるために、将軍レキスが頑張って、商品を返品したのです。これで、クジラとイルカの特攻は止まりました。めでたしめでたし。
ですが、お買い物をした人は何もしていません。実行して、反省もせず、大きな顔をして、弱者を訴えているのです。
神は優しいです。公国自体はちょっとした天罰で許してくれたのです。商品を返品したのですから、神は許しました。ですが、実行した人たちは許されませんでした。だって、返品したのは、間違いを侵さなかった別の人なんですから。
すぐに、原因不明の病気が関係者に広がりました。それは、一族にまで広がっていったのです。
現在、どうにかならないか、と穏健派の将軍レキスに問い合わせが殺到中です。レキス、私の顔色を伺っています。どうにかしてもらいたいのでしょうね。
私は知らん顔しています。開戦派なんて、皆、死に絶えればいいのですよ。本当に、迷惑な派閥です。
「あ、あの、エリカ様、その、頼みたいことが」
「お断りします」
すぐに私は拒否します。知っているから、猶更です。しかし、レキス、諦めません。私が科学のことをわからないと知っているから、ライルに情報を渡して、ライルを利用するのです。
「小さい子どもも、病気になっているという話だ。可哀想だと思うんだが」
「そういう、小さい子どもを生き残らせると、復讐されるんです。実際、過去に幾度もあったから、子どもを見逃す、ということをやめたのです」
私は容赦しません。いくらライルの口添えといえども、今回は許しません。王国でも、帝国でも、同じです。神を怒らせたのですから。
「苦しい目にあったんだ。今、助ければ、感謝される」
「感謝しません。こういう人たちは、変わりません。表面では感謝しても、裏では復讐を考えます。生かしておいてはいけません」
「だけど、そんな考え方をしないでほしい。いつか、もしかしたら、俺と君の間にも、子が、出来るだろうし」
「公国側の天罰って、自業自得なんですよ。本来であれば、この天罰は、防げるものなんです」
まず、私が助ける必要なんてないのだ。根本が間違っている。
「天罰なんだから、人では防ぎようがないだろう」
「帝国って、実は、いっぱい天罰を受けることやっているのですよ」
「そんなことないだろう。その、神を信仰しているんだから」
「帝国は、政治の上では、神の信仰は蔑ろにされています。むしろ、帝国の聖域は穢れが酷いのですよ。たった十数年、聖域を放置して、滅びかけたほどですよ。私は、その聖域の穢れを受けて、死にかけたんですからね。王国では絶対にあり得ない事です。それでも無事なのは、妖精憑きを帝国が囲っているからです。生まれたばかりの妖精憑きを契約で縛っているのです。そして、聖域の穢れを浄化させる。それが、帝国です」
帝国の貴族どもは、本当にやりたい放題だ。だから、私は大変だった。私の女帝時代は、不安分子も多く残存していたから、それを政治的に切り捨てるのに時間がかかった。きちんと人としての手順を踏んで、排除したのだ。それでも、帝国の聖域は穢れる。
「元々、聖域は、人を天罰から守る装置なんです。だから、多少のことは、人は天罰を受けません。聖域が肩代わりをしてくれるからです。そして、穢れた聖域は自然浄化するか、妖精憑きによって浄化されるのです。ですが、公国は聖域を捨てましたので、天罰から守る手段を持ち合わせていません。ナリスたちが天罰を受けているのは、そういう意味での自業自得なんです」
それは、公国が選んだ事である。ナリスたちが天罰を受けてしまうのは、そういう生き方を選んだのだ。
「私が手を差し伸べるのは間違っています。あなたがたは、その防衛手段を捨てたのです。縋ってはいけません。受け止めるしかないのです」
「それは、そうなんだが」
「私とあなたの間に生まれる子は、この国で生きていきます。そうならないように、私は教えるしかありません。この国の皆さんは科学を信仰しています。それを捨てて、今更、神と妖精、聖域の教えに従うことなど出来ない事は、過去が物語っています。捕虜だった王国民は、母国への帰国ではなく、公国への亡命を望みました。もう、戻れないのです。今更、その部分だけを得ようとするのは、虫のいい話です」
「………」
私は容赦しません。いくら、ライル相手でも、私は手を差し伸べません。これは、ナリスたちが受ける罰です。
酷い罰だと言われるでしょう。一族郎党を道連れにするのですから。ですが、王国帝国の長い歴史で学んだことです。憐れだから、善人だから、と生き残らせてみれば、復讐されるのです。だったら、一族郎党、消滅させたほうがいいのです。
レキスは絶望して、表情を曇らせる。ライルなんか、私の見方が変わって、距離をとってきます。そんな程度で嫌われるなんて!!
ちょっと、レキスのころを恨みたい気分です。ライルを巻き込むなんて、卑怯ですよ。私も頑固なのがいけませんが、ここで譲ると、また、同じことが起こってしまいます。
だけど、手を出すわけにはいかないので、私は悩みました。ほら、私はおまけの人生なんです。このおまけは、神の都合のいいように使われているのですよ。
「なんだ、ここも新規臭いな!!」
空気読めない男ルードがアサンとミエンを引き連れてやってきました。
「今は大変な時だというのに、呑気だな」
「俺、あいつのこと、大嫌いだから、ざまあみろと思ってる」
「アタシも」
「わたくしも」
うーわー、ナリス、嫌われまくりだー。能力者であるアサンとミエンにまで嫌われるって、何をしたのかしら。
ルードは勝手に座って注文して、ライルが見ている機械を覗き込みました。
「ナリスのせいで、海が使えなくなったんだよな。外の店も皆、閉まってるし、本当に、迷惑な奴だな」
「テレビをつけても、この事ばっかり」
「プールも使えないのよ。ほら、水に何かあるかも、と検査してるのよ」
本当に、大変なこととなっていました。この宿泊施設も大打撃みたいですね。よく見てみれば、宿泊客も少ない感じです。窓の外も、賑やかさがないですね。
「クジラとイルカの死は、神の供物です。彼らは傷つき、死ぬことで、神から与えられた使命を全うしたのですよ。そして、同じことを繰り返させないための見せしめです。次は人の番だ、と見せているのです」
クジラとイルカの死は、何かあるのかも、と人々は勘ぐっています。科学で色々と調べてみて、とされています。そこは、軍部が操作して、自然死に持っていくでしょう。
だけど、これほどの死です。人々は勘ぐるでしょう。何か起きているのだ、と。
「そういえば、アタシたちの同期が今、この病気に対応出来ないか、と連れて行かれたとか」
「聞いた。酷いわねー。悪いのは、あいつらなのに」
「軍部の介入で、能力を低下させたのです。不可能に決まっています」
結果は見えている。だけど、軍部は、金をかけた能力者を使って、どうにかしようとするのだ。これもまた、大事な実験です。
「レキス、無駄なことはやめさせなさい。可哀想ですよ」
「軍が決めたことです」
「あれは、とても痛いんです。私なんて、溶けたんですよ。あなたがたか作った能力者一人が犠牲になって助けられません。延命する程度です。無駄です」
残念ながら、力が足りないのだ。信仰がなくて、ただ、血筋だけを混ぜただけである。
能力は、神が与える奇跡である。その神を捨てた公国が作った能力者です。血筋だけでは、足りないのです。神の奇跡がありませんから。
アサンとミエンまで、私を訴えるように見てきます。大事なお友達が連れて行かれたのですね。
「もう、わかりました!! ですが、助かる人は限られますよ。軍部が所有する禁則地に、私が浄化した聖域があるでしょう。そこに連れて行けば、助かります。ですが、その聖域が肩代わりできる穢れは限りがありますから、きちんと話し合って決めてください。いいですね」
結局、私は知恵を授けてしまうのだ。レキスは途端、笑顔になって、席を立った。
「ありがとうございます!!」
「いいですか、私は公国の聖域を浄化しませんからね!! あてにしないでください!!!」
私が叫んでも、レキスは聞いていません。さっさと宿泊施設を出て行ってしまいました。




