天罰
密室なので、犯罪を隠すのは簡単です。ほら、穏健派を捕らえても、周囲は開戦派ばっかりだから、罪になりません。
結局、どこかの牢に放り込まれる私たち。
「ライルと離れるなんて、納得がいきません」
最後まで、抵抗しましたが、結局、力づくで離されてしまいました。しかも、一番遠い牢にお互い、入れられてしまいました。
「本当に、申し訳ない!!」
穏健派であるレキスが同じ牢の中で頭を下げてくれた。
「気にしなくていいですよ。出ようと思えば、すぐに出られますから」
「それは不可能だ。ここの素材は、エリカ様の国でいう、妖精除けが施されている」
「ちょっと息苦しい感じはしますけどね」
大人しく捕まったのは、軍艦自体に、強力な妖精除けが施されているからだ。まず、素材にも、何か混ぜ込まれているのでしょう。
会談なんて、公国側の都合で簡単に中断出来てしまいます。王国にいる王族ポーとの繋がりも、公国側が一方的に切ってしまいました。ポー、王国で怒ってないといいけど。また、公国に飛び出していますね。
「ここも、外が見えませんね」
軍艦の中にある牢ですから、外の景色は見えません。薄暗く、イヤな臭いをするそこでわかるのは、船が活動している音です。どれほど努力しても、人の営みの音は牢にまで響いてきます。
牢へとやってきたのは、王族皇族の子孫ランセと、公国側の開戦派の将軍ナリスです。後ろには、護衛っぽい人数人連れて来ていますね。
「こんな一方的に閉じ込めておいて、護衛を連れて来るなんて、根性なしめ」
「っ!?」
すぐにナリスは怒りで顔を歪めます。妙な自尊心持ちですね。揺さぶられて、護衛を外そうと動き出しますが、さらに高齢のお爺ちゃんがそれを止めました。
「ナリス坊、勝手にするな」
「………はっ」
お爺ちゃんはかなり位が高いのでしょうね。穏健派の将軍レキスも膝をついて頭を下げています。ライルまでです。
ですが、私は椅子に座って、お爺ちゃんと向かい合います。
「王国の賓客なのですが、口が災いしまして、こんな場所で対面となりました。王国の元聖女であり、帝国では元女帝の皇族エリカと言います」
「ワシは、この軍艦の艦長クライザーと申します。このような場所にあなたのような淑女を閉じ込めるとは、ナリス坊が失礼なことをしました。すぐに開けなさい」
「やめろ!!」
艦長クライザーとナリス、両者の命令に、護衛が困った。位的には、ナリスが上だろう。しかし、艦長クライザーは、慕われているので、従いたいという軍人は多いのだろう。この護衛たちも、そうなんでしょう。
私はただ、待っているだけです。クライザーは困ったように笑い、ナリスは子どものように不貞腐れています。祖父と孫みたいですね。
「私は、ライルが触れられるほど側にいれば、どこでもかまいませんから。何もない孤島でも、ライルさえいれば、十分です」
「随分と、熱烈ですな。ナリス坊、ここから出してやれ。こんなお嬢さんに、大人げない」
「この女は、見た目は若いが、あなたの年齢に近い!!」
「なんと!?」
「まあ、いい男は女の年齢を暴露しないものです。ナリスは、ダメな男ね。お仕置きです」
私は悪戯心を動かして、ナリスを魔法で吹き飛ばしてやります。ナリス、無様にも、後ろにいる護衛に背中からぶつかって、倒れました。
途端、その場が剣呑となります。何も出来ない女であれば、笑っていられたでしょう。ですが、私は軍艦の中で力を行使出来る。その事実に、艦長クライザーは一気に警戒の色を強くします。
「ここで、そういう力を使える能力者を見たのは、初めてのことだ」
「私は、クジラもイルカも食べます」
「?」
「クジラとイルカは、知能が高いから、食糧として扱ってはいけない、という文化があるそうですね」
「そうだが、それがどうした?」
「来ます」
どーんと軍艦が何かにぶつかった。ただ、ちょっとした揺れではあるが、身構えてもいない衝撃なので、皆、倒れた。私はわかっているので、椅子に座ったまま耐えた。
「な、何が」
「言ったではないですか。私はクジラもイルカも食べます。そういう文化です」
「何をわけがわからないことを!?」
「この軍艦で、クジラやイルカに攻撃出来る人はどれくらいいるでしょうか」
「ま、まさか」
艦長クライザーは、やっと、私が言いたい事を理解した。揺れる中、しっかりとした足取りで部屋から出て行く。
普段から軍艦で過ごしていない将軍ナリスは、護衛に支えられながら、私を睨んだ。
「貴様、何をやった!?」
「私ではありません。神罰ですよ」
本当に、そうなのだ。公国側は、契約違反をしたから、早速、神が動いたのだ。
「何の話だ!?」
「王国が取引で得た金に手をつけましたね。しかも、王国側が望んだ保障ではない使い方をしたでしょう」
王国は、過去、公国側で捕虜となった者たちの子孫への保障として、これまで得た公国側の金を差し出したのである。
実は、この金の扱いについて、神との契約が反映するのだ。王国は公国を信じていない。だから、きちんとした契約通りの資金を支払い、それを保管することを義務つけたのである。万が一、不正が行われた場合は、神罰が下るのだ。
過去に、様々な名目で、王国に支払われた金銭に手をつけた者たちがいた。その者たちは、一族を巻き込んで破滅したのだ。全て、原因不明の病気となり、一族がなくなった。そうして、身内が訴える、ということもなかったのだ。それが、被害を広める原因となった。
王国の金銭に手をつけた者たちがいなくなっても、また、後釜を手に入れて、とイタチごっこを繰り返したのだ。そうして、どんどんと担当者が一年で何度も変わったことで、やっと、軍部は気づいたのである。その時には、数百人の死者を出していた。
そして、王国の金に手をつける者たちは、本当にいなくなった。
ところが、今回、王国帝国の捕虜の子孫が訴えてきた。軍部に唆されたのでしょう。そして、王国は保障という形で応じたのだ。
公国側の通貨は王国には通じない。ということは、使い方は王国が公国に頼んで決めるしかないのだ。それは、契約できちんと決められているのだ。なんと、そのためのカタログまで作られたのだ。そして、今回、王国側は、王国帝国の捕虜の子孫たちの保障として、使用を許可したのである。
だが、王国の保有する金銭で、軍部は別の買い物をしたのでしょう。
私は椅子に座ったまま、笑ってナリスを見てやった。
「私は、クジラもイルカも食べます。当然です、毒がないのですから、食べますよ。そういう文化です。レキスは食べますか?」
「私は食べない!!」
レキスは笑って言ってくれる。本当かしら? だけど、この場では、いい答えです。
「あなた方は、クジラを食べますか? イルカを食べますか?」
「そ、それは」
「いや、しかし」
護衛たちは迷った。そうか、この人たちは、クジラとイルカは保護するべき、という教えなんですね。
「嘘をつくな!! どうせ、お前のおかしな力で、何かやってるんだろう!?」
さっき、私がナリスを魔法で吹き飛ばしたのです。ナリスは外からの攻撃を否定します。
ずっと、軍艦は揺れます。その揺れは激しくなっていきます。海が荒れてきたのですね。警報まで鳴り出しました。
上で現状を確認してきた艦長クライザーが戻ってきました。真っ青です。
「一体、何をしたんだ!?」
「私は何もしていません。やらかしたのはナリスです。クライザーは、随分と信心深いのですね。こんな可愛らしい天罰で許してくれるなんて」
「外では、クジラが傷つき、イルカが死んでるんだぞ!?」
「あら、攻撃したのですか」
「ぶつかって、死んだんだ!! 誰も、攻撃していない」
驚きました。向かってくるクジラやイルカを攻撃しないなんて。もっと理性的に物事を対処すると思っていました。
「神への供物です。仕方がありませんね」
「何が供物だ!! あんた、何をしたんだ!? 人が神を騙るなんて、罰当たりめ!!!」
「ナリスがやらかしたのです。天罰ですよ。止めたければ、まずは、買った物を返品してください。神は、優しいから、許してくれますよ」
「ナリス坊、一体、何をやったんだ!?」
私では話が通じないから、クライザーはナリスにつかみかかった。
「軍で決めたことだ!!」
「それで、今、ワシたちは天罰を受けているという。このままでは、軍艦が沈むぞ!!」
「だったら、クジラもイルカも殺せばいい!! 簡単だろう!!!」
「あらあら、クジラとイルカは、保護するべき生き物なんでしょう? そんなこと言って、いいのですか?」
「煩い!!」
ナリスはクライザーを押しのけて、私が閉じ込められた牢につめ寄る。鉄格子があって、私には届かないのですよね。私は距離をとって、ナリスを笑ってやります。
「ポーは、意外と勉強家なんですよね。さっきだって、この軍艦にある何かを王国から乗っ取っているようでしたよ」
「まさかっ!?」
クライザーはすぐに気づいた。この部屋に入るためのドアの鍵をかけるが、すぐに、外側から道具をつかってこじあけられた。
見るからに、一般兵でしょう。集団で、ここに押し寄せてきて、将軍ナリスに銃口を向けた。護衛がいるけど、数に負けているので、護衛ごと、ナリスは殺されてしまいますね。
王国にいるポーが、軍艦を乗っ取ったのです。この部屋の会話を軍艦全体に聞こえるように何かしたのです。現実にクジラとイルカに攻撃を受けて、私とナリスの会話に、大変なこととなっていると、軍艦にいる皆さんは気づかされたのです。軍艦への攻撃を止めるために、クジラとイルカを大事に思う皆さんが集まってきました。
「クジラとイルカを攻撃するなんて、絶対に許さない!!」
「そうだ、クジラとイルカは、知性ある生き物だ!!」
「お前がおかしなことをしたから、こんなことになったんだ!!!」
クジラとイルカに対して、随分と熱い感情を持っている皆さん。私は牢の中で、成り行きを見ていると、その中の一人が、牢屋の鍵を開けてくれました。
「いいのですか? 私は、敵のような立場ですよ」
「お願いですから、クジラとイルカを止めてください」
「あなたなら、出来るのでしょう」
「クジラも死んでいってるんです」
軍艦数隻全てに体当たりをしているのです。これ、頑丈ですから、とうとう、クジラも負けてしまいましたか。さすが科学です。自然の脅威も退けますね。
ですが、それを悲しむ軍人たちは、耐えられないのです。傷をついて、死んでしまう様を見て、とうとう、上官を攻撃してしまいました。
「貴様ら、この後、軍法会議だ!!」
「お前が生きていられたらな」
ナリスは複数の銃口を向けられ、真っ青です。時と場合を考えて、発言しなさい。
「どうにかなりますか?」
穏健派のレキスも解放されて、私の元にやってきました。私は牢の中に入ったまま、動かないので、説得しに来たのです。
「簡単です。商品を返品してください。神は優しいですから、許してくれますよ」
「それ以外で、こう、あなたの力で」
「契約違反をしたのです。まずは、そこを改めなさい。それで止まらない時は、私が動きます。順序を守りなさい」
私は絶対に、動かない。軍人たちは、縋るようにレキスを見ます。きっと、レキスには、その権限があります。
「レキス坊、頼む」
艦長クライザーもレキスに頭を下げました。
「派閥が違うから、ナリスがやったほうが早いのに」
レキスは、取り上げられた道具を受け取り、遠くの人とお話を始めました。それは、随分と時間のかかる作業で、クジラとイルカがたくさん、死ぬこととなりました。
形勢逆転です。軍艦にいる上層部たちは、クジラとイルカに愛を注ぐ軍人たちに捕らえられることとなりました。
場所は再び、会議室に移されました。今回、会議の進行は穏健派の将軍レキスです。出世しましたね、レキス。
私はというと、口出しも手出しもしません。ライルの側で、どうでもいい話を右に左に聞き流しています。
「口出し、しないんだな」
将軍ナリスの時は、私が口出ししたのに、レキスには黙っているので、ライルは不思議そうに首を傾げた。
「こちらの国が、どういう仕組みで物事を決めるのか、私は知りません。王国帝国のように、力づくで、身分を笠に、というわけにはいかないのでしょう。だったら、口出しをせず、あるがままに決まるのを見ているだけです」
「傍観者にならないでください、エリカ様!!」
なのに、レキスったら、私を巻き込んできます。せっかく、ライルとベタベタとくっついていたというのに、視線が集中するから、ライルから離れていってしまいました。
「好きにすればいいでしょう。王国との契約違反をしなければ、何をしたっていいのですから」
「問題があります。ナリスたちは、捕虜たちの子孫を王国帝国に戻す要求をしています」
「何故ですか? 帰化させればいいでしょう」
「国として認めているからです」
公国側は、捕虜たちに王国帝国の一員という扱いをしたようです。だから、王族皇族の子孫であるランセを王として、他の貴族、平民という地位に位置づけて、難民扱いをしたのです。難民ですから、いつかは国に帰るか、それとも、どこかの国に帰化するか、選択出来るはずです。
ですが、捕虜たちの子孫は、国に戻ろうと思えば戻れるのです。捕虜だった者たちだって、契約で死んだ者扱いされましたが、帰国できるなら、帰国したかったでしょう。
ポーも悩んでいます。妖精の契約の効力を恐れているのです。
捕虜となった者たちは、契約により、死んだ者扱いをされます。生きていても、二度と、王国帝国に戻れません。そういう契約を結ばされるのです。だけど、どうしても帰りたいから、と領地に足を踏み入れた者たちがいます。
そして、神の契約が発動し、業火に焼かれ、消し炭となりました。
その事実を私はポーにも教えました。口伝で伝えられることなので、ポーは知りませんでした。だから、ナリスが捕虜たちの子孫を王国帝国に戻せ、と要求しても、受け入れられないのです。神の契約は、どこまで及ぼすか、読めないからです。
「アンナから聞いた。廃墟となって、人も踏み入れられない領地が帝国側にあるだろう。そこに受け入れればいい。どうせ、誰も使っていないんだから、いいだろう。そこを王国の金で復興すればいい」
それで、アンナが会議の場にいるのだ。アンナ、気まずい、みたいに私から顔を背ける。気にしなくていいのに。軍人なんですから、報告は大事です。
第二の手段として、きちんと計画まで立てています。その資料をぽんと見せられました。私は簡単にめくって、内容を理解しました。
「この話には、いくつかの問題があります。まず、この領地は、帝国領です。あなたがたは王国と取引をしていますが、帝国は一切、手出ししていません。つまり、帝国がこの要求に応じなければならない、そんな必要性はありません」
「これから、皇族であるあんたが世話になるのにか?」
「世話になるって、私を牢に放り込んだお前がいう資格はありませんよ。それどころか、お前たちがやらかした失敗の尻ぬぐいをしてやったでしょう。もっと、天罰を受けたかったですか?」
「っ!?」
口答えしようとしても、周囲がそれを許さない。ナリスったら、殴られましたよ。かっわいそー。
「机上の空論はやめなさい。この世界は、領地なんていっぱいあるのです。そこを与えるのがイヤならば、本人たちに帰化を勧めることです。国として独立したい、と捕虜の子孫の皆さんは訴えているのですか?」
「そうだ」
「ナリスが言ったって、本当とは限りません。捕虜の子孫の皆さんに実際に会って、聞いて、ですね。まず、そうは言わないでしょう」
ナリスたち、開戦派のいう事、私は信じていませんし、それ以前の話です。過去が、そう物語っています。
「戦争を経験した王族キリトに、色々と聞きました。過去の戦争で捕虜となった者たちが、家族を返してほしい、と交渉の場に立ちました。おかしな話です。彼らは王国の者です。ですが、彼らの要求は、公国へ家族を連れて行くことでした。帰国を望みませんでした」
「それは、契約によって、死んだことにされたからですよ」
「だったら、国に帰りたい、と訴えるものです。なのに、捕虜となった元王国民は、帰国ではなく、家族を公国へ連れて行くことを要求したのです。捕虜となった元王国民の皆さんは、もう、王国の暮らしが出来なくなっていたのです。帰国したところで、王国は不便なんですよ。だったら、家族を公国に呼び寄せ、文化的な生活で幸福を得よう、と考えたのです」
過去に、よく似た交渉があった。要求内容に、王族キリトは笑っていた。捕虜となった元王国民は、二度と、王国に戻りたいとは思わなかったのだ。それほど、公国の生活は便利なんだろう。
確かに、公国の暮らしは便利で楽です。金があれば、自堕落に生活が出来ます。
「だから、帝国側にある、元公国領を譲ってくれと言ってるんだ。そこを開発して」
「帝国は絶対に承諾しません。だいたい、その領地には、どうやって行くのですか? 過去に、幾度となく、侵入を試みて、不可能だと知っているでしょう」
「王国経由で、海を渡って行けば、可能だ」
「それこそ、王国だって許可しません。王国も科学は絶対に取り入れません。そこは、絶対です」
「王国が受け入れてくれれば」
「いらないと言っています。捕虜の子孫の皆さんが科学的な生活をしたいというのなら、王国帝国を捨てればいいだけの話です。それを押し付けているのは、あなたがた軍部ですよね。行先を塞ぎ、保護と称して隔離して、利用する」
「捨てられたとはいえ、王国帝国というプライドがあるんだ。それを尊重してやったんだ」
「今はどうですか? 随分と世代交代をしましたし、戦争を知らない世代です。ほら、王族キリトが出兵した戦争では、捕虜は一人も出ていません。それは、王族ポーの時も同じです。被害は、公国側のみです」
「今も、そう思っているさ」
「そう、教育を施しているのでしょう。洗脳と同じです。だけど、現実を突きつけられたら、拒否します。アンナたち、帝国側にある元公国の領地から追い出された子孫だってそうです。現実を見て、諦めます」
「だったら、見せてやってくれ」
「そんな義理はありませんよ。それに、契約で、捕虜たちは死人です。子孫だって存在しないのが、王国帝国の見解です。それを今、公国と王国との取引で出た金銭で保障するのは、王国側の温情ですよ」
「その程度で」
「本来であれば、捕虜であった先祖が受けるべき温情です。子孫が、もっとと要求するのは、乞食と同じです。さらに、と要求すれば、王国は公国との取引を止めます。そういう契約事項もあるでしょう」
王国と公国との契約は、かなり時間をかけて、綿密に行われたのだ。王族ポーは、当時、まだ子どもでした。だから、所在不明の王族キリトがわざわざやってきて、契約の場に立ったのだ。きちんと落とし穴だって作ってくれたでしょう。
もう、誰も口を開きません。私が言っている通りだからです。ナリスがいう通りにしたって、損しかないのですから。




