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公国の妖精憑き  作者: 春香秋灯
王国帝国の子孫たち
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捕虜の子孫

 プールの水は元通りにして、私たちはプールの端にあるテーブルに移動しました。あの痴漢男は、鼻から鼻血なんか出して、椅子に座らされていました。

「どうして、あなたがここにいるのですか!?」

「この痴漢男、レキスの知り合いなのですか!!」

「痴漢じゃない!!」

 痴漢男は強く否定します。

「私に向かってきました。痴漢です。そう、勉強しました。怖かった、ライル」

「可哀想に」

 私はライルの胸で震える。この男に触れられるなんて、ぞっとします。穏便に済ませましたが、レキスの知り合いというのなら、それなりの処分を求めなければなりません。

「レキス、外交問題です。この男を極刑にしてください」

「エリカ様、そういうわけにはいかないんです。この男は、我々にとって、切り札の一つなんです」

「痴漢男が?」

「痴漢じゃない!! 俺は、俺の権利を主張するために、話し合いに来たんだ。以前から、お前には謁見を申し出ているというのに、軍部はいつまでも、待てと言い続けて」

「それで、痴漢男に成り下がったのですね」

「痴漢じゃない!! 力づくで貴様を連れ出そうとしたんだ!!!」

「痴漢じゃないですか。公国は文化的な国だと聞いていたのに、話し合いのためだと、こんな野蛮な手段を訴えるなんて」

「あんたたち王国だって野蛮な国だろう!!」

「それは、野蛮な行為をしないで、話し合いで解決する姿勢を見せる者がいっていい言葉です。お前は野蛮な手段に出たのです。それをいう資格はありません」

「っ!?」

 青二才め。その程度の口で私に勝てるわけがないでしょう。

 痴漢男、やっぱり力づくに出ようとします。だけど、私はライルに守られ、痴漢男の周囲には、レキスとルードがついて、椅子から立とうとすれば、力づくで座らせました。

「それで、この男はどこの誰ですか? 謁見というからには、お前はそれなりの立場なんでしょう」

 わざわざ、切り札というのだから、この男もまた、王国帝国関係と見ていいだろう。

 痴漢男、やっと話が進んだので、ふんぞり返った。

「俺様は、王族と皇族の血筋の末裔だ。俺様は、ここに、王位継承権と皇位継承権を宣言する!!」

「それは、不可能です」

「俺様の血筋を疑っているのか? きちんと、王族と皇族の血が薄まらないように、継代をされている」

「そういう問題ではありません。王族と皇族は、継代したからといって、認められるわけではありません」

 公国も、この男も、勘違いをしている。

「王族と皇族の血筋については、謎が多いとされています。きちんと、王族、皇族と認められた者が国王、皇帝になるのです。しかし、その証明方法が神がかりです。王族では、あなたは認められるでしょう。王国には、その証明方法がありませんから。ですが、帝国では、あなたは皇族とは認められないでしょう。皇族と認められるためには、筆頭魔法使いが跪かなければなりません。まず、あなたでは、筆頭魔法使いは跪きません」

「それがどうした。俺様が王族と皇族の血筋なのは、科学で証明されている。遺伝子検査により、どちらの因子も持っていることが、証明された!!」

「勉強しました!! 体の一部を使って、調べるのですよね。ですが、あなたは皇族ではありません。皇族であれば、私を跪かせられます」

 遺伝子検査なんて、神の審判の前では無意味なのだ。この男は、皇族ではない。私にはわかるのだ。

「エリカ様は、筆頭魔法使いではない、と聞いていますが」

 レキスは、帝国の筆頭魔法使いのことを王族ポーから聞いたようです。私が筆頭魔法使いの儀式を受けていないのは、この、ぺらっぺらの服に着替えれば、一目瞭然ですものね。私の体のどこにも、契約紋の火傷はありません。女同士でお風呂にも入ったので、アサンとミエンも確認しています。

「皇族であれば、妖精憑きを従えられます。契約紋の元となった皇族リーシャは、正真正銘の皇族と呼ばれていました。彼女は、契約紋がなくても、妖精憑きを従えられ、妖精たちは無条件で彼女に加護を与えた、と言われています。伝説ですが、事実です。真の皇族であれば、私はお前に従います。ですが、お前には皇族の残滓も感じられません」

「遺伝子検査では、貴様が持つ遺伝子を持っているとなっている」

「当然です。私はどこにでもいるただの人と同じです。遺伝子とやらでは、差別化は出来ません。それは、レキスもわかっていることでしょう」

「っ!?」

 レキスは気まずそうに私から顔を背ける。

 私という検体が目の前にいるのです。散々、遺伝子の元となるものを採集したでしょう。だけど、私とただの人の差は見られなかった。

「私とあなたがたの違いは信仰です。神と妖精、聖域の信仰を持ち続ける私には、常に神が寄り添います。科学ごときで、その信仰の差まで測れませんよ」

「それがどうした!? 遺伝子検査の結果は、お前たち王国と帝国に連なっている、と証明された。実際、俺様は、戦争で捕虜となり、見捨てられた王族と皇族の子孫だ!!」

「そうですか。それで、何を要求するのですか? 公国では、遺伝子検査の結果は裁判でも使われる証拠なのでしょう。その証拠を使って、何を要求しますか?」

 すっかり、外交の場になりました。私は帝国の元女王として、この王族とも皇族とも言えない、血筋だけの男を公国側の決めごとで話し合わなければなりません。ここは、公国なのですから。

 やっと、私が話しあう姿勢を見せたので、男は尊大にふんぞり返りました。

「俺様は、王国、帝国の子孫として、お前たちが公国から受けた恩恵の引き渡しを要求する。先祖の犠牲があったことで、お前たちは、今、公国から恩恵を受けている。その、水着も、公国から渡された金で買ったんだろう!!」

 私が着ている服を指さす男。

「そうですか、あなたはこの水着が欲しいのですね。ですが、この水着は、レキスに渡すこととなっています」

「エリカ様、そういう話ではありません。この男は」

「そういう趣味の男がいると、先ほど、聞きました。難癖つけて、本当は、使用済みの水着が欲しかったのですね。ですが、これはレキスに渡すこととなっています!!!」

「違う!!」

「水着から離れてください!!」

 男だけでなく、レキスまで半泣きです。えー、この服のことを言ってたじゃないですか。

「そんなこと言ってるんじゃない!! 公国から受けた恩恵を寄越せと言ってるんだ!!!」

「恩恵というと、何ですか? 具体的に言ってください」

「金だ!!」

「お金というのは、えっと、これですね」

 荷物から黒いカードを出しました。

「はい、どうぞ」

「エリカ様!?」

「何をやってるのよ!!」

 ぽんと渡そうとしたら、皆さん、怒りました。ライルは、私の手から黒いカードを取り上げてしまいました。

「簡単に渡すものじゃない!!」

「欲しいといっています。渡せばいいじゃないですか。どうせ、王国帝国では使えないものです」

「この国では必要なものだ」

「働けばいい。あなたがたはわかっていない。王国も帝国も、公国と取引したいわけではない。公国は侵略したい、だけど、王国と帝国は静かに暮らしたい。いい加減、戦争も飽きたのですよ。だから、静かにしなさい、とエサを与えました。公国は資源を受け取り、王国帝国は不必要なお金を受け取った。使い道のないお金です。こんなお金がなくても、王国帝国は困りません」

 考え方と価値観が違う。今のままでいいのだ。私はライルから黒いカードを奪い返し、目の前の男の目の前に投げた。

「欲しいのでしょう。それを受け取って、好きにしなさい。何をしても、もう、お前は王族でも皇族でもありません。だいたい、お前の大本である王族も皇族も、捕虜となった時、死ぬ覚悟を持っていました。生きながらえましたが、二度と、故郷の地に足を踏み込むことがない、とわかっていました。そういう契約なのです。だいたい、こういう訴えをするのは、本人ではありません。その子孫です。代弁者みたいな顔をしていますが、当の本人の意思ではありません」

「わかった口をきくな!? お前は、過去、先祖がどんな目にあったか、知らないだろう。今でこそ、我々は人権を認められているが、それまでは、奴隷だ」

 怒りに震える男。

 私が呑気に、公国の勉強をして、観光して、というのが許せないのでしょうね。しかも、これっぽっちも同情しません。

 だけど、私にそういうものを求めてはいけないのです。

「そうですか。それで、私が同情して味方になると思ったのですか? 残念ながら、千年の才能持ちには、そういうものはありません。だいたい、私の人生は捨てられることから始まっています。あなたは先祖のお陰で、今、王族皇族の扱いをされているでしょう。ですが、私は王国帝国に戻っても、皇族の扱いはされません。私は捨てられた皇族です。命をかけて帝国を救いました。結果、綺麗な物語の一つとなって、見捨てられたのです。それが、帝国です。家族でさえ、私を見捨てたのですよ。そんな私に、何を言っても無駄です」

 見るからに、この男は恵まれている。周囲からは、先祖がー、と恨み事を囁かれているのだろう。王族皇族扱いをされているのだから、自分がどうにかしなければ、と考えたはずだ。

 だから、見ていて、笑ってしまう。

「所詮、あなたも歯車ですよ。先祖が、といっている奴らは、あなたを利用しているだけです」

「俺様の臣下たちをバカにするのか!?」

「金が欲しいのでしょう。さしあげます。さっさとそれを持って、国に戻りなさい」

「こ、こんなもので、先祖が報われると」

「だったら、感情にまかせて要求することではないでしょう。もっと、手順を踏んで、内容も精査し、話し合いの場を持つべきです。あなたは、勝手に動いて、一番やってはいけないことをしたのです。ただ、待っているだけでいいわけがありません。待てと言われたのです。だったら、その時間を無駄にせず、きちんと交渉のための内容をまとめるべきです。あなたには家臣がいるということは、民もいるのでしょう。だったら、たくさんの要望があったでしょう。その要望をまとめ、絶対に訴えなければならないことを王国帝国に訴えるべきなのです」

「待った!! 俺様の父の代からだ。王国との貿易がされてからずっと、待ったんだ。しかし、軍部は待てというだけだ」

「それは、どうでもいいのですよ。あなた方には、使い道がありますから、生かさず殺さずです、いつか使い道が出来た時に利用するために、残しているのです」

「エリカ様、言い過ぎです!!」

 我慢ならないレキスが私を責めてきました。確かに、言い過ぎでしょう。男は泣きそうだ。頭のどこかで悟っていたのでしょう。

「だから、お金を渡します。手土産がないと、あなたも立場がないでしょう。このお金をどう使うか、よく話し合うことです」

「それじゃあ、これは」

「手切れ金です。ポーには私のほうから話しておきます。まだ使ってはいけませんよ。色々とやりました。まずはポーに報告です。いいですね」

「あ、ありがとう」

 俺様な態度がどこかにいきます。この男、本当は、もっと素直なのでしょうね。ですが、王族皇族の血筋であるため、人を導くことを強要されています。

「いや、ちょっと待て!! これには、確か、妖精の呪いがかかっているという話じゃないか!?」

 ライルはまた、黒いカードをとりあげます。

「もう解除しました。あとは、よくわからない、公国側の手続きです。私にはわからないことですから、ポーに丸投げです」

「そ、そうなのか。失礼した」

「いや、ありがとう」

 ライルは男に黒いカードを渡しました。これで、円満解決です。

「レキス、良かったですね。この服は、レキスのものですよ」

「水着から離れてください!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶレキス。えー、この服を色々と調べたいのは公国側ですよ。そんなイヤがらなくていいのにー。








 亡国の賓客のような扱いなのでしょう。王族皇族の子孫である男ランセは、再び、私の前に出てきました。

 今回は、ランセ一人ではありません。レキスと年頃が同じの偉そうな男と一緒です。

「久しぶりだな、レキス。相変わらず、王族に尻尾を振ってるんだってな」

「人聞きの悪い。外交だ」

「いつまでも、王国相手に、生ぬるいことをして」

「外交の何が悪い。だいたい、そう決めたんだ」

「お前の爺さんがな。だが、死んだ爺の決めごとをいつまでも守る必要なんてないんだよ」

 レキスと偉そうな男が言い合いしています。思想の相違ですね。よくある話です。

 私はお客様ですので、大人しくお茶とお菓子を口にします。まっずー。

 途端、舞台裏では悲鳴が広がります。私は悪くありませんよ。私はニヤニヤと笑う偉そうな男を見ます。

「良い歓待をありがとうございます。私は帝国の元女帝エリカです。女帝は退きましたが、生涯、皇族なんですって。あなたは?」

「俺は、レキスの同期であり、同じ将軍のナリスだ。よろしく」

 握手を求めるナリス。私は汚れた手で悪手に応じてやります。仕方がありません、手で食べるお菓子でしたから。ナリスったら、手が汚れたので、イヤそうな顔をして、ハンカチで拭いていますよ。

「お薬は私には効きませんよ。千年の才能持ちは、妖精を狂わせる香だって効きません。そこら辺の妖精憑きと同じ扱いをしないように」

「っ!?」

 色々と盛ってくれましたが、私には効果がありません。残念でした。

 ナリスは引きつった笑みを浮かべます。

「お試しだお試し。悪かったな」

「あれの難点は、美味しくないことですね。お酒に酔った感じになるので、若気の至りに、多用しすぎました。すっかり、効かなくなってしまいました」

「アンタ、随分とやんちゃな女なんだな」

「父の妖精が、耐性をつけるために、強要したのですよ」

 妖精を狂わせる香は、妖精憑きの弱点です。万が一のことがあるといけないから、と父の妖精が、私に無理矢理、口にさせたのだ。あの妖精、今はどこでどうしているのでしょうね。

 きちんと私は出されたものを完食しました。礼儀は守ったのです。私は王族皇族の子孫ランセを見ます。

「ランセ、あのカードの手続きは終わったという話です。それで、今、どうしていますか?」

「我々は今、面倒をみてもらっている側だ。カードは、ナリスに預けてある」

「あら、借金を理由に、取り上げたのですか」

 途端、将軍ナリスは机を叩いた。

「人聞きの悪い。我々は支援をしたんだ。彼らが受け取ったカードを預かり、きちんと運用出来るようにするだけだ。まだ、彼らは、支援される側だ」

「あら、ポーに言えば良かったではないですか。何故、黙っていたのですか? 外交が始まったのです。その時、同時に、王国民帝国民の子孫の問題を王国側に訴えれば良かったでしょう。それを黙っていて、支援してやってるなんて、恩着せがましい」

「聞かなかったじゃないか」

「死んだものと扱います。そういう契約であり、約束事です。今更、名乗り上げられても、受け入れるわけがありません。子々孫々、受け入れないと契約を施したのです。ランセ、あなたは王国の領土も、帝国の領土の踏めません。そういう契約です。

 そんな、生易しい話ではないのだ。戦争で捕虜となるということは、子々孫々まで、その契約が及ぶのだ。

「なんて、野蛮なんだ!! 子孫まで、その重責を負わせるとは」

「そのかわり、残された家族には、死んだものと伝え、それなりの慰謝料を払います。戦争で死んだ者は英雄ですよ」

「金で解決か。汚いな」

「責めていますが、そういう契約です。両者、それを理解して、契約をしたのですよ。敵国の将軍が口出すことではありません」

「口出す立場だ。我々が、お前たちが見捨てた王国民帝国民を保護したのだからな!!」

「えっらそうに。これから、お前たちが何を言い出すか、わからないと思っていますか? こんな男を隠していたのは、時期尚早だったからでしょう。ですが、ランセを上手に待てをさせられなかったから、今、私の前に出ている」

 嘲笑ってやる。将軍ナリスは、失敗したのだ。

「何が言いたい」

「過去にもあったのですよ。公にはされていません。記録もありませんが、あなた方が王国と戦争時に、過去に捕虜となった王族を使って、王位継承権を主張したのです」

「っ!?」

 まさに、過去、すでにやってしまったことをナリスはやろうとしているのだ。

「国王の弟が捕虜となって、生き残っていたのですよ。ですが、結局、失敗しました。無理矢理、領土に足を踏み入れた国王の弟は、瞬間、消し炭となったのですよ」

「な、そんな」

 真っ青になる王族皇族の子孫ランセ。知らなかったのだ。

「ランセ、神との契約を侮ってはいけません。子々孫々、王国帝国に足を踏み入れない、とされた者たちを利用することこそ、野蛮です。ナリス、あなたは、知っていて、黙っていましたね。邪魔になったら、彼らを王国帝国に引き渡して、本当の意味で消すのでしょう」

「そんな所業はしない。我々は、保護し、支援しているんだ。王国帝国とは違う」

「それは良かった。過去の記録がありませんから、きっと、ポーも知らないでしょうね。この話は、きちんとポーにも伝え、記録として残しておくようにお願いしておきますね」

「見た目によらず、随分と知ってるな、あんた」

「言っておきますが、私には、子だけでなく、孫だっているほどの歳ですよ、お子様」

「………え?」

 将軍ナリスは、私を見た目通りの年齢と信じています。資料だって渡されているはずなのに、信じなかったのですね。

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