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公国の妖精憑き  作者: 春香秋灯
王国帝国の子孫たち
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海の観光のために

 毎日、観光三昧です。どこそこの歴史、とか、あそこの自然、とか、船遊び、とか、色々とやりました。

 相変わらず、私とライルは、あの怪しいと言われる宿泊施設です。軍部で私を監視する立場のレキス、ルード、アサン、ミエンは、もう二度と近寄るものか、とあの首が痛くなるようにバカ高い宿泊施設にいますよ。お陰で、私はライルと二人っきりになれます。

 観光の紹介をする新聞? を一通りこなして、最低限の実地は出来た感じです。

「だいたいのことは、このカードで解決できますね」

 王国の王族ポーから渡された真っ黒いカードは役だっていました。ただ、場所によっては、貨幣や紙幣でないといけない、と言われることがあります。

 だいたい、出店ですね。そこら辺の路地とかに出ている出店では、貨幣や紙幣が良いと言われました。しかも、貨幣で済む買い物がほとんどです。

「印刷技術もすごいですね。科学って、こんな石にも印刷が出来るなんて。帝国王国では、職人がやりますが、こう、味のある模様になったりしますよ」

「君の国では、印刷技術はあるのか?」

「ありますよ。新聞も大衆書物も、たくさんありますよ。まあ、魔法具ですけどね」

 まず、公国と王国帝国の技術は違う。公国は科学の印刷技術だ。王国帝国は魔法の印刷技術だ。

 ライルは心底、驚いています。王国帝国の持つ技術って、公国ではそれほど知られていません。

「意外と、抜けていますよね。新聞は普通にあります。こちらのように、毎日、というわけではありませんけどね」

「活版印刷?」

「手書きのものを清書する魔道具があります。こちらでいう、タイプライター? ですね。それを切り貼りして、あとは複写です」

「それは、コピー機というんじゃ」

「あー、そういうもの、ありますね。ですが、ここまで色をいっぱい使うことは出来ません。黒一色ですよ」

「科学じゃなくて?」

「魔法ですよ。動力は妖精ですから。公国では科学を電気で動かすのですよね。王国帝国は動力が妖精ですから、魔道具魔法具は特別な素材なんです。公国に魔道具魔法具を持ち出しても無駄ですよ。まず、分解すら出来ませんから」

 魔道具魔法具の仕組みは大きくなれば大きくなるほど複雑になります。

 軍部は魔道具である妖精の目を使っていますが、分解しなくても、使い方が見てわかるので、使っているのでしょう。王国帝国にある魔道具魔法具は一見すると、どういう使い方をするのかわからないでしょうね。

 王国帝国のことを話せば話すほど、ライルは驚きます。

「こう言ってはなんだが、俺が暮らしていた島のほうが、もっと原始的だな」

「私が暮らしていた男爵領は、もっと牧歌的ですよ。あそこは日が上ったら働いて、日が沈んだら眠る、というのが普通ですから」

「そうなんだ」

 安堵するライル。ライル自身、田舎者、という自覚がある。だから、私の話を聞いて、一抹の不安を覚えたのでしょう。私が実は同じ田舎者ではなかった、ということに。

「公国は、王国帝国を随分と野蛮扱いしました。ですが、公国が印刷という技術を定着化する遥か昔に、王国帝国は普通に新聞を作っていました。実は、公国は生活に関しては、追いついた側なんですよ。王国帝国ははるか大昔から、同じ生活、同じ文化を続けているだけです」

「………」

 声も出ないライル。

「そういうこと、俺に話していいこと?」

 そして、はたと自らの立場を思い出すライル。ほら、ライルはまだ公国の軍部所属です。ライルは私と夫婦ですが、軍部の監視役でもあります。

 私が軽々しく、王国帝国の話をするので、ライルは困っています。だって、報告しないといけませんから。

 私は笑うしかありません。

「どうせ、この情報は握りつぶされますよ」

「どうして!?」

「王国帝国には、大昔から、公国の密偵はいました。文化やら生活やら、常に報告されていたはずです。それなのに、未だに王国帝国は野蛮扱いです。公国側としては、王国帝国は文化の遅れた存在である、と見ることで、自尊心を高めているのですよ。だから、ライルが私が話したことを報告したって、上層部で握りつぶされるものです」

 だいたい、公国は未だに私のことを田舎者扱いです。実際、そうなのでしょう。

 沈黙するライル。私はライルの膝に座り、胸に顔を埋めます。

「そんな詰まらない話よりも、これからのことです。この、観光に役立つ新聞の通りに過ごしました。次は、どうすればいいですか?」

「普通なら、気に入ったことを繰り返すものなんだけど」

「ライルとこうやって過ごすことが、一番、気に入ったことです」

「そうなんだ」

 嬉しそうに笑うライル。力いっぱい、私を抱きしめてくれる。

 だけど、そんな私とライルの蜜月を邪魔するように、あの遠くの人と会話出来る道具が鳴り響きます。もう、煩い。

 以前、音を鳴らないようにしてやったら、物凄く叱られました。だから、今は音を鳴るようにしていますが、本当にうんざりする道具です。

 ライルは馴れたもので、道具を手にして、私から離れました。あれです、密談ですね。

 私は仕方なく、身だしなみを整え、外出の準備をします。そうしている間に、ライルは密談を終えて、戻ってきました。

「今日は海に潜ることとなった」

「海に潜るのですか? 何故?」

「海の中の観光はやっていない、という話だ」

「でも、潜水艦がありませんよね、この島には」

 海の底に潜るというと、軍部が持っている潜水艦に乗ることを想像しました。

「いやいや、泳ぐんだよ!!」

「………泳ぐ?」

「まさか、泳げない?」

「泳ぐって、何ですか?」

 ここにきて、文化の違いが出てきました。まず、泳ぐということがわからない。

 ライルは、微妙な表情をしたまま、固まってしまいました。これは、大変なことになった感じですね。






「お前、泳げねぇのかよ!!!」

 軍部のルードったら、私を指さして大笑いしてきます。

「泳ぐって、水に沈むことですか」

「違う!!」

 レキスが力いっぱい否定してきます。

 だけど、海の底の観光を説明する新聞は、明らかに人が沈んでいますよ。

「エリカ様は、ホテルのプールで練習しましょう。そこからです」

「何故ですか?」

「溺れてしまいますよ!!」

 レキスったら、また感情のままに叫んできます。もう、レキスったら、随分と短気になってきましたね。

 公国と王国帝国の文化の違いで、レキスったら、大変なこととなっていました。いくら、軍部が作った一般教養の試験に私が合格したって、それで、独り立ち出来るわけではありません。だって、体験がありませんもの。

 泳ぐ、ということは、公国ではそれなりに普通なのでしょう。ですが、王国帝国では必要ないことです。

「川とかで泳がないのですか?」

「まず、そんな深い川は存在しません。神と妖精、聖域の加護により、王国も帝国も、水には困ったことがありませんし」

「海に行ったことがあると」

「ちょっと通りかかっただけですよ。王国から帝国へ移動するための船に乗ったり、女帝時代は視察程度に足を運んだだけです。それ以外は、男爵領にずっといましたから」

『………』

 レキスだけでなく、ルード、アサン、ミエンにまで、私は心配そうに見られました。

「生きていく上で、海に行く必要なんてありません」

「魚介類、大好きじゃないか」

「女帝時代にいっぱい、いただきました。大好きですよ。ですが、生きていく上で、絶対に必要なものではありません」

 ライルはすっかり、私の食の好みまで通じてしまいました。確かに、この島では、朝昼晩と魚介類三昧ですね。ついつい、喜んで食べてしまいました。

 だけど、常に清貧で暮らしていた私は、すぐに贅沢を捨て去ります。

「贅沢はすぐ飽きますから」

「ちょっとした贅沢で、そんなこというなよ!?」

「本当よ!!」

「本当の贅沢をわかっていないわね!!」

 また、ルード、アサン、ミエンに怒鳴られました。えー、働かないで、ただ食べて、歩いているのって、贅沢じゃないですか。

「ともかく、泳げるようになりましょう。どうせ、海に潜る時にも水着は必要ですから、買いましょう」

「わざわざ、海に潜るのに、服を着替えるのですか?」

「濡れますよ」

「こう、膜を作って、海の底を歩けばいいではないですか」

 帝国で女帝やっている時、やりました。ちょっと、海の聖域の周辺を調査することとなったので、仕方なく、私が出たのですよ。

 そういうことを簡単に話してやると、全員が私から距離をとりました。

「ないな」

「あり得ないな」

「こう、醍醐味が台無しだ」

「ここまで、常識にずれがあるとは」

 みんなに責められました。ライルを見てみれば、呆れていました。えー、私が悪いのですかー?

「海なんて、王国帝国の交通か、漁の場所ですよ。海はポーの領地もありますから、ポーに聞いてみてください」

「そこは、後で確認してみます。どうも、ポーとエリカ様にもずれがあるような気がします」

「仕方ありません。年代が違います」

「そういうのではないような気がする」

 レキスったら、まだ、私が持っている王国帝国の常識を疑っています。色々と、懲りたんですね。

「文化交流は大事だと、女帝時代に学びました。だから、まずは、泳ぎを覚えます」

 私のほうから譲歩しました。ほら、私は年長者ですから。






 まずは服から、とあの首がいたくなりほど高いホテルにあるお店に行きました。

「こんな薄い布に着替えないといけないのですか。お腹が見えてしまいますよ」

「こっちのほうが、もう少し、体を隠す部分が多い」

「足がこんなに出てるなんて。あ、これにしましょう」

「それは上級者向けだな」

 全身を覆うような服は却下されました。

 王国帝国では、女性は肌を出すのは、あまり良くないので、どうしても、肌を隠すような服ばかりです。ですが、公国では、肌の露出が許されています。動きやすさからいえば、肌の露出があるほうがいいのですが、私はライルにだけ見せたいです。

 うーんと悩んでいても仕方がないので、腕と足は出すこととなるけど、お腹は絶対に出さない服を選びました。

「素材もわかりましたし、帰りましょう」

「買わないのですか!?」

「買いません。こんなの着たら、間違いなく、破れます」

「水では破れないような素材ですから、大丈夫ですよ」

「いえ、私の力で破れてしまいます」

 レキスは絶句しました。

 私の妖精憑きとしての力が強すぎるので、こんなぺらっぺらな服は、破れてしまいます。だから、私用に自作するしかありません。

「いやいや、服とは違いますよ!! 水着は、水の中でも、動きやすい素材なんですから。買いましょう。それに、力を制御すればいいことです」

「私は常に制御しています。この姿だって偽物です。それでも、溢れてしまうものです。力があり過ぎるというのも、時には不便なんですよ」

 こういうのは、理屈ではありません。制御出来ないから、千年の才能持ちは、常に妖精封じを身に着けているのです。人には過ぎた力なんです。

 一度、宿泊施設に戻って、王国帝国から持ち込んだ布で服を作って、それを持って、今度は泳ぐ場所に行きました。

「本当に作ったんだ」

 レキスったら、私が自作した服を触ったりしていますよ。それをアサンとミエンが距離をとって、蔑むように見ています。

「レキス様、いくらなんでも、女物の水着をそんなふうに持って見るのは」

「アタシでも、引くわ」

「っ!?」

 いけない感じだったようです。私は別に、何とも感じていませんでしたが、アサンとミエンからは、レキスのやっていることは、ダメなんでしょう。慌てて、レキスは私に服を返しました。

「大変、失礼しました」

「たかが布地です。気にしていません。そんなに気になるのでしたら、さしあげますよ。どうせ、一度しか使わないでしょう」

「いいんですか!?」

 大喜びするレキス。だけど、また、アサンとミエンがレキスと距離をとる。

「使用済みの水着に喜ぶのはどうかと」

「引くわ」

「っ!?」

 また、ダメだったみたいです。

「いや、しかし、構造を知りたいが、使用済みの水着と言われると、確かに」

 レキス、物凄く葛藤しています。

「別に、使用済みでもいいではないですか。着回しとか普通ですよ」

 王国帝国の平民は、お古、普通に使いまわしです。中古で売買だってされています。お古が悪いとは思いませんが。

「さすがに水着はなー」

「俺でも、それはダメだと思う」

 ライルだけでなく、なんと、ルードまで、否定的です。えー、古着ですよー。

「君は知らないだろうが、そういうのを売買する商売があるんだ。その、若い女性が着た、洗濯もされていない下着とか、そういうものを売買されることもある」

「洗濯すればいいことです」

「洗濯しないのがいいんだよ」

「汚いではないですか」

「それがいい、という男がいるんだ」

「わかりました。そういう性癖なんですね。ですが、レキスがやっていることは、性癖とは関係ありません。敵の情報を集める、大事なことですよ」

「けど、水着はなー」

 ライルが一生懸命、私に説明しますが、文化が違い過ぎて、理解出来ません。

「レキス、そんな恥ずかしがらなくても。大事な敵の情報ですよ。たかが服です」

「水着です!!」

「そうとも言います。ですが、私にとっては服ですよ。使い終わったら、差し上げますから」

「良かったですね、レキス様」

「我々は、見なかったことにします」

「レキス様、将来有望な若手だというのに」

「引いたわ」

 顔を真っ赤にするレキス。そこまで気にしなくていいのに。そこのところが、やっぱり文化違いですね。

 そんなやり取りをしても、服を着替えなければなりません。普通の服では入ってはいけない場所だと聞いています。着方をアサンとミエンに教えてもらって、泳ぎ方を習う場所に行きました。

「わざわざ、穴をあけて、水を貯めるなんて、なんて無駄なことを」

 プールと呼ばれていました。こんな無駄に水を使うなんて、公国、何を考えているのやら。

「海で泳ぎを覚えればいいのに」

「運が悪いと、そのまま流されて死ぬから」

「私は死にません」

「普通の人は死にます!!」

 ライルは呆れ、レキスったら、怒鳴りましたよ。そんなに怒らなくても。文化が違うので、理解が出来ないだけです。

 泳ぎを教えるのは、ライルです。島暮らしなので、小さい子どもとかに泳ぎを教えていたとかで、手を貸してくれました。

「手を引っ張ってあげるから、まずは、水に浮く感じで」

「観光では、水に沈むのですよね」

「初心者は、浮くことからだよ。沈むのは、上級者だ」

「わかりました」

 理屈ではありません。こういうのは、言われた通りにすればいいのです。

 周囲を見てみれば、泳ぐがどれなのか、迷いました。浮いているだけの人もいますし、道具の上に座っている人もいます。おもちゃで遊んでいる人もいます。あのどれかが泳ぐなんですよね。

「誰か、泳ぐ見本を見せてください」

「確かに、それはそうだな。じゃあ、俺が」

「ライルは私の指導者です。泳げる人はたくさんいるのです。別の人にやらせるほうが効率が上がります」

「そ、そうなんだが、あ、ああいう感じだ」

 丁度、目の前を泳ぐ男性がいた。なるほど、あれが泳ぐですね。

「ん? あの人、こちらに向かってきますが、貸し切りじゃないのですか?」

 一部を貸し切りにした、とレキスが言っていました。

 その事を思い出して、ライルが私の前に出ました。相手は、貸し切りの所を私たちに向かって泳いでいます。私とライルが逃げるには、間に合わないのです。

 ですが、私は容赦がありません。泳ぐ男の周辺の水を一気になくしました。水がなくなると、人は落ちるしかありません。男は受け身も出来ずに、落ちました。あれは、顔面も、もろ、堅い床に当たりましたね。

「ぐ、貴様、何を」

「痴漢です!!」

 そう、そんな内容を本で読みました。見知らぬ男が女に向かってくるという行為は、痴漢であっています。

 慌ててレキスとルードが痛みで動けない男を捕まえ、プールから引き上げました。

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