公国の歩き方
銃も、見えない力も全く通じません。なんと、聖女様を攻撃しますよ。これっぽっちも効いてませんけどね。
「逃げよう!!」
ライルは動かない私を抱きかかえようとしますが、私はそれに抵抗します。
「いけません。まだ、話し合いは終わっていません」
「こんなの、無理だ!! 能力者をもっと連れて来るしかない」
「ライル、私の側が一番、安全ですよ。ほら、武器を捨ててください」
「そんなことしたら」
「会談の場での武器の携帯は、会談の決裂です。それ以前に、聖女様たちは、被害者です。加害者側の論理を押し付けてはいけません。怒りをぶつけられても、耐えるしかありません」
「そんなことをしていたら、死ぬぞ!!」
実際、死んだのだ。ライルの恋人は、能力者によって惨殺された。
もう、聖女様とは話が通じないのは、見てわかるものだ。話し合いなんて、無駄だ。
レキスたちだって、アサンとミエンにどうにか守られているが、見えない力に押されている。アサンとミエンがちょっとでも力を緩めれば、吹き飛ばされてしまうでしょう。
私は、ライルを守りつつ、優雅に立っているだけです。私もまた、敵扱いです。違うのに。
「あなたの一緒に死ねたらいいのですが、残念ながら、私はまだ、死ねませんね」
この見えない力の暴走に、皆さん、なすすべがなくて、耐えるだけですが、私はそうではありません。私はライルの守りを妖精に任せて、前に進みます。
椅子も机も吹き飛ばされてしまいましたが、私はそれを引き寄せて、彼女の前に設置して、椅子に座ります。
「席を立つ無作法をしてしまいました。もう一度、話し合いましょう」
「無駄だ!!」
「いつかは、信仰も変化して、廃れていくものです。別に、それでいいではないですか」
「我々にとっては、それが大事なことだ!!」
「象徴がなくなっても、その教えを大事にするだけで、十分、大事にしています。あなたがたは象徴である聖女を失いました。ですが、その教えは、聖女がなくても、伝えられるものです。文章にして、口伝で、子々孫々に伝えていけばいいことです。もしかしたら、また、聖女様が誕生するかもしれません。神は気まぐれです。ちょっと気まぐれに、下界を見て、あなたがたの祈りを聞いて、また、聖女様を誕生させるかもしれませんよ。それには、血筋は大事です。ここで、やけになって、血筋が絶えてしまったら、聖女様も誕生しませんよ」
「っ!?」
「皇族も王族も、謎が多い存在です。仕方なく、血筋でどうにか頑張って継代していって、今も存在し続けています。それでも、皇族失格者が出てきてしまいます。そして、外部の血筋から皇族が発現することもあります。そういう神の気まぐれにあいながら、皇族も王族も存在し続けているのです。あなたがたは、部族自体が、聖女様を生み出す血筋なのでしょう。だったら、それを大事にしなさい。一時の怒りで、大きな勢力と敵対して、滅んでしまっては、元も子もありません。まずは、この大きな勢力を利用してやる、図太さを持ちなさい。あなたがたには、そういう為政者が足りません」
「でも、私たちは」
「お手伝いします。まかせてください。私、こう見えても、女帝を数年、こなしていましたよ。立派な皇帝が育ったので、その席を譲りましたが、きちんと、帝国を支配していました。得意ですよ」
心が揺れましたね。とうとう、聖域の力が緩んでいきます。
聖域が穢れているので、その穢れに、聖女様が影響されたのでしょう。それも、私が瞬間で、穢れを取り込んで、浄化してやれば、聖女様も落ち着きます。
聖女様は涙をぼろぼろと零し、椅子に座っている私の横に膝をつきます。
「どうか、ご教授、お願いしますぅ」
「そんな、膝をつくなんて、やめてください。私もあなたも、同じ神と妖精、聖域を信仰する者同士です。仲間ですよ」
「はいぃ」
立たせてやりたかったけど、足に力が入らないのでしょう。聖女様は私の膝で大泣きしました。
宿泊施設に戻る頃には、外はすっかり明るくなっていました。
「私は一か月寝なくても平気ですけど、ライルはどうですか?」
「問題ない。訓練されているから」
「じゃあ、今日は部屋でゆっくりしましょう」
「どこで?」
「もちろん、戻るのですよ、あの部屋に」
「戻るのか!?」
戻りたくないルードは、また、アサンとミエンの後ろに逃げながら訴えてきます。私のことを怖がるくせに、態度がデカいですね、この男は。
「私も、反対だ。ここは、敵地だ」
「レキスたちにとっては、敵地でも、私はお客様ですよ。だいたい、そんなことを言ったら、私は公国中、どこに行っても敵地ではないですか」
「いや、そういうことを言いたいわけではなくて」
「たくさんの部族が集まっているのです。文化の違いだってあります。そういうものを上手に受け止めるのが、優秀な為政者です。レキス、お前はまだまだですね」
「っ!?」
悔しそうに顔を真っ赤にするレキス。ここで逃げる判断をする時点で、レキスもまだまだ未熟ということです。
ですが、レキスの判断はあながち、間違っているわけではありません。レキスはただの人ですし、ここには、レキスを守る武力がありません。優秀な為政者は、こんな危ない所に居座ったりしません。
「まあ、いいですよ。あなたたちは、あの首が痛くなるほど高い宿泊施設に行ってください。私は、このまま、宿泊施設に居座ります。今日の朝は、どんな食事が出るか、楽しみですね」
「そうだな」
もう、ライルは諦めています。私と一緒に、この場所に残ってくれます。
ここで、大きな差を見せつけられたレキスは、悔しいとばかりに何かを噛みしめて、ライルを見ます。ライルのように、ここに残ると、やっぱり言えないのです。
ここには、監視するための科学がありません。だから、人の力で私を監視するしかないのです。ですが、レキスはここに残るわけにはいきません。頭の片隅で、そういうことを考えているのでしょう。
「あらあら、こうなりましたか」
ですが、相手はレキスと同じ考えです。
宿泊施設に行けば、建物の外にぽんと荷物が出されています。なんと、お金まで返されていますよ。
「追い出されてしまったな」
「納得いきません!!」
ですが、私は容赦しません。さっさと宿泊施設に入ります。
客を選ぶおじいちゃんがお出迎えです。私が戻ってくるのを驚いたように見返します。
「もう、出て行ってくれ」
「こんな明け方に追い出すなんて、酷いです!!」
「金も返した」
「いいですか、金で全て解決するわけではありません。金で解決出来ないことだってあります。金があっても、店があいているとは限らないのです!!!」
「そ、そうだが、なあ」
「あなた、いくつですか?」
「いくつって、歳のことを聞いているのか?」
「そうです」
おじいちゃんは年齢を口にする。それを聞いた私は激怒しかない。
「私よりも五歳も若い!!」
「そんなわけあるか!?」
「私を見た目通りの年齢と見てはいけません。私は千年に一人必ず誕生する化け物妖精憑きです。化け物妖精憑きは、老けません。さらに、百年でも二百年でも軽く生きます!!」
「嘘をつくな!!」
「嘘じゃない! どいつもこいつも、年寄を蔑ろにして!!!! もっと敬いなさい!!!!」
証拠とばかりに、私は部族が支配する領地全体に、妖精を顕現させてやります。
一瞬で、とんでもない数の妖精が顕現したのです。しかも、触れます。そんなものが宙を飛び回っているのです。大騒ぎですよ。
「どうですか。私はただの人ではありません!!」
「あんた、巫女なのか!?」
「私は妖精憑きです。巫女? ではありません。わかったら、年寄を敬いなさい」
ちょっと大騒ぎとなったので、私は妖精たちを隠した。視認出来るようにした妖精は格が低いので、アサンとミエンには、大した影響はありません。
ですが、妖精を見たルードは腰を抜かしています。ああいうのに、ルードは悪戯されたのですね。
客を選ぶおじいちゃんったら、私の前でひれ伏しちゃいます。
「大変、失礼をしました、巫女様!!」
「違います!! まず、文化違いです!!!」
どんなに否定しても、年寄ですから、私を巫女と言い続けました。
聖女様あらため、孫娘がきたことで、再び、私は宿泊施設のお客様となりました。
「お金を受け取るのは」
「労働に対する報酬です。受け取りなさい」
孫娘が酷く恐縮しますが、私は無理矢理、受け取らせました。そこは、きちんとしなければなりません。ほら、詐欺みたいなものですよ。
レキスたちは、やっぱり、あの首が痛くなるほど高い宿泊施設に撤退しました。仕方ありませんよね。
ライルは、私に付き合ってくれます。もう、色々と覚悟しているのでしょう。命大事に、なんて考えてもいません。考えているのは、私の側にいつづけることだけです。私と一緒ですね。
朝食もありがたくいただき、私は部屋でライルとゆっくりとくつろいでいると、孫娘がやってきました。
「昨日は、大変、無礼なことを」
「気にしません。もともと、ここの聖域に呼ばれていましたから、あなたのことは、ついでです」
「つ、ついで」
「どこに行っても、変わりませんね」
公国が、この部族に行った行為に、私はあきれ果てるしかありません。ほら、帝国だって同じことしていますよ。
「あなたがたがされたこと、帝国では普通ですよ。儀式で妖精憑きを見つけて、お金渡して、妖精憑きを帝国の所有物にしているのですから。ですが、妖精憑きは血筋では生まれません。神の気まぐれで誕生するだけです。あなたがたのは、血筋で誕生するものなのでしょう。大昔にも、帝国にもありましたよ」
「やはり、帝国の搾取で、その血筋がなくなったのですか?」
「いいえ。その血筋の驕りで、神の罰を受けて、なくなりました」
「っ!?」
この部族と、帝国にあった妖精憑きの一族では、滅びの過程が違う。
「もともと、帝国には、皇族、道具作りの一族、妖精殺しの一族、戦争の一族、そして、妖精憑きの一族が存在しました。皇族を支配者として、それぞれの一族は、役割を担っていました。ですが、妖精憑きの一族は、神の使いと呼ばれる妖精を生まれ持つことを驕り、支配者になろうとしました。役割ではない驕りに、神が怒り、妖精憑きの一族は滅びました」
「ですが、妖精憑きは、誕生しています、よね?」
「血筋で存在させたのは、魔道具や魔法具の定期的な動力源として、神が授けたにすぎません。神が気まぐれに誕生させる妖精憑きと、一族から誕生する妖精憑きとしては、別ものです。残念ながら、妖精憑きの一族では、千年に一人必ず誕生する化け物妖精憑きが誕生することがありませんし、勝てません。何より、この化け物妖精憑きを支配出来るのは、皇族のみです。皇族こそ、絶対的支配者として、神に選ばれた存在なのです。それを妖精憑きの一族は血筋で増えることを驕り、選ばれた存在として、支配者になろうとしました。神は、妖精憑きを一族で存在させたことは間違いだったと判断し、一族を滅ぼしました」
その結果に、孫娘は声もありません。自らの部族も、もしかしたら、と考えたのかもしれませんね。
「あなたがたから聖女様が誕生しない理由はわかりません。そこは、神の考えです。ですが、公国側がやりすぎた、ということは確かです。聖女様の搾取は、いわば、支配です。あなたがたにとって、聖女様は象徴です。そういうものを奪うことは、あなたがたの信仰を崩すこととなります。残念ながら、目に見えるものこそ、人は重要視しますから。それは、そこでも同じです」
帝国王国と同じ信仰をするこの部族は、目に見える奇跡を失ってしまいました。
帝国王国に信仰が息づいているのは、目に見える奇跡を妖精憑きを使って見せられているからです。だから、信仰が続いているのです。
「永遠なんてありません。ただ、あなたがたには、大事な信仰です。今は、代理の象徴ですが、それを続けていけば、もしかしたら、聖女様がまた誕生するかもしれません。次は、搾取されないように、あなたがたは隠し通しなさい」
「っ!?」
「バカ正直に、言わなくてもいいのですよ。隠せばいいのです。帝国でも、普通にありますよ。我が子が妖精憑きだと奪われてしまうから、と儀式を受けさせない事があります。別に、帝国は強制しません。ちょっとお金で釣って、儀式を受けさせているだけです。そういうこと、普通にありますよ。だから、内緒にしましょう」
「はい!」
こうやって、入れ知恵してやります。今、ちょっとの間、聖女様が誕生しないだけです。
もうすぐ、また、誕生します。私が聖域を通して、お願いしました。また、ぽんと聖女様がもたらされるでしょう。その時は、隠してしまえばいいのです。
「悪いことを教えるな」
私の話を聞いて、ライルは呆れます。
「こんな敵地のど真ん中で隠そうだなんて」
「簡単ですよ。さっき、一度、誕生しなくなったことをレキスの前で暴露してやりました。これで、公国側は思うわけです。もう、この部族には、聖女様は誕生しない、と。あとは、ちょっとした確認作業ですよ。しばらく、力のない代理の聖女様を立ててしまえばいいのです」
「あの聖域の扱いはどうする?」
「皆さんが、教えを守り、粛々と過ごせば、大した穢れにはなりませんよ。何より、あの聖域は、この部族だけのものです。この領地だけに区切られています。領地よりも外で、どれだけ悪行をされても、領地外のことですから、関係ありません。あとは、軍部を上手に利用すればいいのですよ。手伝ってあげます」
「ありがとうございます!!」
「ひれ伏さないで!!」
油断すると、孫娘もひれ伏してしまいます。もう、そんなに偉い人ではないのに。
旅行者らしく、砂浜をライルと歩いていますと、レキスがやってきました。ほら、私の居場所を知らせる首輪がついていますから。いつだって、壊してやれますけど。
「今回は、ありがとうございました。助かりました」
「感謝されることではありませんよ。あなた方は、私に、巻き込まれたのですから」
感謝は筋違いである。私はきちんと、あの予約をとった宿泊施設に泊まっていれば、こんなことにはなりませんでした。
言われて、その事に気づいたレキスは苦笑します。
「確かに、そうですね」
「いい勉強になりましたか?」
「ポーにも、随分と揉まれましたが、まだまだですね」
レキスは、王国の王族ポーとそれなりに交流があります。王国の考え方とかをポーを通して学んだのでしょう。レキスは、そういうものを私にあてはめようとして、出来ないので、困っています。
「あなたは、とても優秀ですし、そういう教育を受けたのですよね」
「私は、そういう家ですから」
「えーと、帝王学? というものですか」
「そうです」
「私は、皇族教育、王族教育から、皇帝教育、筆頭魔法使いの教育も受けました」
「女帝となってからですか?」
「いえ、幼い頃からです」
「あなたは、孤児院にいたと」
「私には、父の妖精がいました。妖精が、私を教育したのです。妖精は妖精視点です。容赦がありません。教育の上でも、人の視点がありませんから、非情な教育を受けました」
「その割には、あなたの言葉は、洗練されています」
「そこは、妖精男爵から学びました」
私の根本は、妖精と変わりません。だって、妖精によって教育されたのですから。妖精の常識ですよ。そこに、ちょっと人の常識を取り入れたにすぎません。
私の根本は非情です。家族というものも、孤児院でしたので、よくわかりません。不必要と考えている時期もありました。
ですが、リスキス公爵夫妻に出会って、ロベルトに一目惚れして、どんどんと、人の営みに憧れました。そうして、私は帝国に希望を持ったのです。結果、私は帝国から捨てられました。
私はライルに寄り添います。
「私なんて、有事の時の為政者です。平和な時代に、私は不必要なのですよ。レキス、そんなに落ち込まなくていいです。あなたは十分、優秀です。忘れているようですが、私は、物凄い年寄なのですよ。経験が違います。今から、少しずつ、私から盗み取っていきなさい」
「………はい」
どこか、眩しそうに私を見るレキス。妙な感情を私に持ったりしなければいいですけど。
私はともかく、ライルの存在をしっかり確かめよう、と腕に力をこめます。
「邪魔です」
「あなたを監視するのが、今の私の役目です」
「っ!?」
ライルは、レキスがいるので、さすがに恥ずかしがっています。もっと、べったりとくっついて、色々な場所にライルと過ごしたかったというのに、レキスが邪魔をするなんて!!
「たまには、人のいる場所に行こう」
「………わかりました」
ライルにまで言われてしまいました。私は仕方なく、人が多い場所へと足を向けることとなりました。
ライルの全てを感じながら、背中からは、なんともいえない視線を感じます。振り返ってなるものか。私の全ては、ライルです。他は、どうだっていい。




