交渉の合間に
話し合いのテーブルはとても長くなりそうで、宿泊施設まで用意してくれた。食事もだ。とっても有難い。
「至れり尽くせりで、どうしよう。僕、公国に絆されちゃうよ」
「この程度でそんなことをいうなんて、王国ではどんな扱いなの?」
「アウトドアの本、いいですね。これは、今後の僕の生活を向上させます」
「ねえ、大丈夫?」
てれびでんわでとても僕のことを心配してくれた女性アリスさんは、僕のことが心配で仕方がない。そうだよね、離宮での僕の扱い、虐待だよ、虐待。
そういうことは、言わないでおこう。ここで、離宮での扱いを話したら、スズが公国に帰っちゃう。黙ってよ。
僕は笑顔で返答を拒否した。
さすがに僕とスズだけでは行かせられない、ということで、側近のロバートと、まだ体調が戻りきっていないザクト叔父上が同伴することとなった。スレイを代理にたてようと、と提案したのに、王族じゃないから、とザクト叔父上に却下された。僕、一応、王族なんだけど。
アリスさんは、僕がお願いした教科書みたいな本も用意してくれた。僕はそれをパラパラとめくって目を通しながら、話し合いを聞いていた。
予想通り、資源をお願いしてきた。公国としては、適正価格っぽいもので取引をしたいそうだ。
僕はというと、男爵家から借りた天秤を持って、その提案が嘘か本当かを確認した。
「それは何だ?」
「神様天秤。不当な契約の時は、どっちからに傾く。あ、公国側に傾いた」
すごいな、男爵家。大昔から伝わる魔道具なのだが、使い道がわからないものがいっぱいだとか。使える人もいないという。
この神様天秤を使えるのは、僕とお母様のみである。たぶん、北の砦の聖域で決められた組み合わせで生まれた妖精憑きでしか使いこなせないのだろう。
神がかりなことに、言いがかりをつけたいのだが、神様裁判で、何人か退場してしまったらしい。去勢されちゃったのか。
「ああ、そちらの資料は間違っていませんよ。適正金額でしょう。これは、価値観の違いです。王国にとっては軽いものなんですよ。あ、宝石とか金属系はダメですよ。お祖父様が激怒します。ほかにも、いくつかリストから排除しましょう」
僕は天秤を机に置いたまま、リストの中にダメなやつを印つける。そうすると、天秤がどんどんと王国側に傾いてくる。
「採掘は王国側で行います。公国側の道具は一切使いませんので、危険な資源は排除です。いいですね」
「いや、こちらから技術者と機械を」
「妖精憑きの力で十分ですよ。運搬も、ぽんとこちらに置いて終わりです。年間の量を決めましょう。枯渇したら終わりですからね。あと、この取引は、僕が生きている間だけで終わりです。もう、僕みたいな妖精憑きを王国は生み出しません」
お祖父様がそうさせない。
さっさと話を進めてしまう僕の隣りで、まだ回復出来ていないザクト叔父上は真っ青になって、成り行きを見ている。僕がまた、やらかさないか、心配なんだよね。
ここで一息つきましょう、とアリスさんが言った時に、騒ぎが起こった。
「この悪魔が!!」
なんと、最初にてれびでんわで僕と話し合いをしたおじさんが武器持って、僕に襲い掛かってきた。
「この呪いを解け!?」
「去勢されたのか、いいなー。僕自身を去勢しようとしたら、ザクト叔父上が猛反対して、吐血したんだ」
「ポーーーーーーー!!!!」
ザクト叔父上が真っ青通り越して、真っ白になる。
僕の頭に武器をつきつけるおじさん。
「何がだ! これは、こいつの呪いだ! 俺は冤罪だ!!」
「え、去勢しちゃったんでしょ? 出来ないんだよね? いいじゃないか、もう二度と、僕のメス猫にふしだらなことは出来なくなった」
「殺してやる!」
「僕はね、死にたくても死なないんだよ」
彼は指を動かした。
ドーンという音が響き渡った。辺りに血が飛び散る。
「ぎゃあああああああーーーーーー」
おじさんの腕が吹っ飛んだ。そのせいで、僕の全身が血で汚れたよ。ばっちぃ。
吹っ飛んだ腕を抱えてのたうちまわるおじさん。うるさいので、おじさんの頭を踏みつけた。
「僕はね、生まれる前から殺そうと、どうにかお祖父様も頑張ったんだけど、殺せなかったんだ。薬も使ったんだよ。だけど、僕は死ななかった。人間が作った道具では、僕は殺せないんだよ」
おもいっきり力をこめて踏みしめる。僕の力じゃ、この人の頭を砕くことは無理だ。残念。
この光景に、公国側が真っ青になった。
僕が全身汚れたので、着替えとなった。洗う所があるんだって。でも、使い方がわからないので、スズにお願いした。
スズは、シャワーという道具で、素っ裸になった僕の頭から足の先まで汚れを洗い流してくれた。ついでに、服の汚れも簡単にシャワーで流した。
「残念だ、死ねなくて」
「死にたかったの!?」
「神様の守護が強すぎて、死ねないんだよ。あの人も、気の毒に。僕じゃなくて、ザクト叔父上にしたら、腕が吹っ飛ぶことはなかっただろうに。あ、でも、ザクト叔父上の頭が吹っ飛んじゃうか。じゃあ、仕方がない」
妖精憑きの力で水滴を飛ばした。ついでに、服も一瞬で乾かして、また着る。
「そんなことも出来るの!? 魔法みたい」
「僕、一応、魔法使いだからね。アランにむちゃくちゃしごかれたの。力強すぎて、最初は服が消えたからね」
離宮には幽閉となったが、一応、力をコントロール出来るように、と定期的に北の砦で修行していた。アランは、帝国時代、いっぱい人を育てたので、上手だった。
「スズは、どうしてたの?」
僕が大人の、明らかにおじさんばっかりに囲まれている間、スズは別室に連れていかれていた。密偵みたいな指示はやめてね、と僕からはお願いしているので、そういうことはないと思いたい。
「軍でどういう扱いだったかって、聞かれた」
「そうなんだ。大変だった?」
「話し終わったら、お菓子いっぱいくれた。ほら、ポー、一緒に食べよう。飴だよ」
「僕はいいや」
「ポーにもあげてって、言われた」
「………だめ、僕は食べない」
「なんで?」
「………」
ハニートラップだ、これ。
スズなら油断するだろう、と思われている。万が一、何か入っていたら、大惨事だよ、公国側が。僕の神様の守護、本当にやばいから、大変なんだよ。
スズは気にせず、口に入れている。大丈夫か? でも、ランダムだから、何が起こるかわからないよね。
「ほら、ポー、私が食べたの、大丈夫だよ」
「ああ、そうだね」
スズの舌の上で転がる飴。毒見のつもりだろう。スズが信じているのだから、僕も信じなきゃ。
「じゃあ、そっちの新しいのを貰うよ」
スズの捨て身の好意には、僕にも勝てない。
トラブルがあったので、一度持ち帰りとなった。やっぱり、僕の存在にびびったか。僕もあそこまで神様の守護が強いのは、びっくりだよ。
あの腕が吹っ飛んだおじさんは、とりあえず、軍法会議にまた行ったらしい。治療はされたけど、前線近くだから、最低限だ。僕は悪くない。
一度、北の砦に帰る話もあったが、そこは公国側がもうちょっと居て、となった。
「君の叔父さんだが、こちらで治療したほうがいい。あんなに吐血しているのは、命が危ないかもしれない」
公国側が、ザクト叔父上の治療を提案してきた。
建前はともかく、叔父上の中身を調べたいのだろう。わかる。同じ人間なのに、血のつながった僕は彼らでいうあくまがかっている。外見も中身も徹底的に調べて、解明したいんだよね。
もちろん、ザクト叔父上は断固拒否。
「ええーー、王国での治療は、薬か切るかですよ。せっかくですから、科学の治療を体験してみてくださいよー」
「体験するのは俺だよ!! 君じゃないよ!!!」
「ああ、ほら、また血を吐きますよ。お腹、痛くないですか? 誰か、薬薬」
怒りっぽいわけではない。ザクト叔父上は、苦労が多いのだ。もうちょっと、ほどほどに気を抜けばいいのにね。
背中をさすって、公国側からもらった薬を飲ませる。
「ゆっくり休んでくださいね」
「ね、眠い、ポー、お前っ」
気の毒に、ザクト叔父上は、薬に混ざった睡眠薬で、眠った。ゆっくりと調べつくされてください。これも、王族のお役目です。
ザクト叔父上を置いて帰るわけにもいかないので、僕は用意された部屋でスズと残った。スズは、暇そうに与えられた本を読んでいる。服やら小物やらがいっぱい描かれた本だ。分厚いのに、紙が薄いので、ページがいっぱいだ。
スズが本を夢中に見ている間、僕はお勉強である。アリスさんから提供された言語の教科書をめくりながら、スズに憑いていた妖精とお話する。
意味わからなくても、このまま話せば通じるように出来ている教科書はとっても役立つ。一通り、声を出して、妖精と意思疎通を試すと、ある教科書には反応した。
『わたしは、ポーです。あなたの名前は?』
『五月雨』
『時雨』
お、通じた通じた。通じたので、メモメモ。名前は、さみだれ、と、しぐれ。
ここからは、応用が必要となる。
「スズ、この本のもっと上のやつ、アリスさんにお願いしてきて」
「私が?」
「僕、ここから一人で出ると不審者だから」
「そうはならないと思う」
僕のこと、上から下まで見ていうスズ。いや、僕は、かなり危ないと思うよ。主に公国側が。
「ロバートつけるから、行ってきてよ。僕、王族だから、動くのはダメ」
仕事とりあげるのはいけないことなので、僕は動かない。
僕の荷物番となってしまったロバートはお仕事貰って、嬉しそうである。交渉の場に入れなかったので、暇なんだよね。
「スズ様、道案内をお願いします。何かあったら、僕が守りますから」
「お願いね」
とても不安そうなスズの背中を押して、ロバートは出て行った。そうだよね、ちょっと不安だよね。
スズは、公国の所属であるが、今は王国の捕虜だ。まだ、所有権等の話がついていない。公国は、人権がなんだかんだと言いそうだから、完全停戦の話し合いが終わってからにしよう、と後回しにしていた。
しぐれとさみだれが、心配そうに出ていったスズを見るように、目で追った。僕の支配下にいるけど、スズのことは特別なんだろう。返してあげたいけど、スズの行先が決まっていないので、おいそれとは出来ない。
スズは、何かされるのではないか、と不安にも思っているのだろう。酷い虐待を受けているので、同じ公国民同士なのに、外が怖いのだ。そこへロバートと二人で行くのだから、不安でならない。
ロバートは執事服を着た平民である。本来なら、僕の側近になれる立場ではないが、特別なのだ。
ロバートは、かの妖精男爵、と名付けられた、妖精に愛された男爵家に代々つかえる妖精の子孫である。本来なら、男爵家の血筋に仕えるはずだったのだが、どういうわけか、ロバートは僕を主に選んだ。あの妖精の子孫は、一生で一人だけを主とするので、ロバートは勝手に王宮にやってきた。話を聞いて、お祖父様は追い返すわけにもいかず、ぽんと赤ん坊の僕をロバートに押し付けたのだ。だから、僕はロバートに育てられたといっていい。
妖精の子孫は、一生に一人の主のために、戦う力を身につけた。手を出そうものなら、その手は切断される。
犠牲者が出ませんように、と僕は祈るしかなかったが、外で悲鳴があがったので、遅かった。公国民、学習能力がないな。