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公国の妖精憑き  作者: 春香秋灯
異文化交流
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お金のあり方

 アサン、ミエン、ルードがおもいっきり嫌がりましたが、雲の上の人のような偉い上官であるレキスの命令なので、渋々ながらついてきます。

「どうして、こんな小汚い所に行かないといけないのよ。汚れちゃうじゃない」

「汚れるのですか!? 妖精憑きは、どこに行っても清潔だから、そういうこと、理解出来ません」

 びっくりだ。その国その国で、あり方が違うのですね。

 そんな話をするから、アサンとミエンは私のことを汚物みたいに見てきます。

「まさか、あなた、お風呂、入ってないの?」

「王国では、川で水浴びか、布で体を拭くのが通常ですね。お風呂なんて、金持ちか、よほど力のある貴族様くらいですよ。あ、でも、大衆浴場はありますね。たまには、といって、入っている人もいますが、私が暮らしていた領地では、そんなものありませんでした」

 途端、アサンとミエンが距離をとる。

 だけど、ライルは私にくっついたままです。むしろ、アサン、ミエンを不思議そうに見返す。

「俺が住んでいた島も、それが普通だが。風呂なんて、学校の帰りに、娯楽程度に入ったくらいだな」

「もう近づかないで!!」

「絶対に病気持ってるわよ、あんたたち!!!」

 あんなにライルに好意を寄せていたというのに、私生活を知って、アサンとミエンはあっさりとライルから離れていきます。

「随分と、小奇麗にしているのですね。妖精憑きであれば、お風呂要らずなのに」

「エリカ様の国ではそうだろうけど、こちらは、そうではないから」

 ちょっとレキスも私から距離をとります。

「どんなに綺麗にしたって、妖精の浄化を越える綺麗さではありませんけどね。この髪だって、妖精のお陰で綺麗なんです」

「えー、本当に?」

「やだ、つるつる」

「垢も見られないわね」

 すぐ側で、アサンとミエンが観察します。レキスもちょっと触ってみたい、みたいな顔していますが、ほら、異性ですから、出来ないのですよね。

「すごいでしょう。ライルも同じですよ」

「ええ!?」

 驚くライル。当然です。力の強い妖精憑きは、ともかく囲うのですよ。その身の綺麗さまで、全て、私の手中です。

 レキスったら、ライルには堂々と触ったりしています。

「ちょっと離れてください。ルードがやって」

「なんで!?」

「あなたたちは、距離をとりなさい」

 油断すると、すーぐ近くなる。レキスとライルを仲良しになんてさせません。離れろ!!

 ご指名されたルードは、心底、イヤそうにライルの髪を触ったりします。

「シャンプー変えた? 匂い違うけど」

「軍支給のを使ってるよ」

「俺のと違う!!」

「同じやつだ!!」

 どんなに科学の力で作られた物を使ったって、妖精の前では無力ですよ。

 ルード、ライルの髪とか、肌とか確認して、興味津々です。

「ほら、終わりです。離れて」

「どうして!?」

「あなたもちょっと、油断すると、近くなりますね」

 ルードも気を付けよう。心を入れ替えたので、ちょっとライルと仲良くなりそうです。本当に、油断も隙もあったものではないですね。

 体の清潔さのあり方でちょっと仲がほぐれてしまいましたが、あの、年代を感じさせる旅館を前にすると、私とライル以外は退いてます。見た目はこうでも、中はしっかり掃除もされていて、綺麗だってのに。仕方がないので、妖精にお願いして、建物の外と中を除菌です。あまり綺麗すぎると、逆に病気になりやすくなるのに。

 中に入れば、客を選ぶようなおじいちゃんが出迎えてくれます。

「予約していませんが、泊まれますか?」

 私とライルを見て、まあまあ好意的なのに、そこからアサン、ミエン、ルード、レキスを見ると、表情を険しくする。

「あんたたち、場所を間違えてる。あっちの、綺麗なホテルに行け」

「ここがいいのです」

「あんたはいいが、そこの四人は合わないだろう。嫌がってるしな」

 店のおじいちゃんが不快そうに顔を歪めている。

「お金はあります。このカードで全て解決出来ると聞きました」

「ウチは、カード使えないよ」

「えー、そうなんですか!? 知りませんでした」

 ポーの嘘つき。金の問題は、このカードで全て解決出来る、と言ったのに、解決出来ないではないですか。

「エリカ様、諦めましょう。ホテルの予約は生きています」

「レキス、ここで通じるお金をください。ほら、出して」

「我々だって、カードで決裁の立場ですよ!?」

「役立たずが」

 レキス、こんな風に言われたことがないのでしょう。見るからにショックを受けて、落ち込んでしまいます。

 すると、ライルがおじいちゃんに交渉を始めました。

「店主、ここの支払いは前払いか?」

「そうだ。逃げる奴がいるからな」

「部屋は空いているんだな? 金を持ってきて、部屋がない、なんて言わないよな?」

「あんたたち全部が泊まるのか?」

「そうだ」

「後から、文句をいうなよ。金さえ払えば、泊めてやる」

 どこまでも、客を選ぶおじいちゃん。言い方も傲慢です。

 話はついたとばかりに、私たちは一度、宿泊施設の外に出ます。

「ちょっと、一緒にホテルに行こう」

「あのホテルには用がありません」

「金を作るんだ。そのカードで解決出来る」

「でも、カードは使えないと」

「ホテルではカードが使えるんだ。そういう機械がある。行くぞ」

 私は公国のことがわかりません。ですが、ライルは島を出て、色々と苦労していますから、何か知っているのでしょう。

 興味があるのか、レキスたちもついてきます。

 一度、ホテルには入ります。ライルは案内板を見て、場所を確認してから、どこかに移動していきます。私はわからないので、そのままついて行くだけです。

 そして、よくわからない道具の前に私は立たされます。

「カードを借りていいか?」

「え、あ、うん、どうしましょうか」

 ポーには、他人に渡してはいけない、ときつく言われています。悪用されてしまうそうです。

「わかった、指示する。そこにカードを入れて」

「ここですか? あ、戻ってきました!!」

「裏と表が逆だ。ほら」

「は、はい」

 言われた通りにカードを入れて、ライルが操作を指示します。

「パスワードは?」

「覚えています」

「指紋認証されているな」

 わけがわからないままに、私はライルの指示に従った。これ、カード渡しているのと変わりません。

 そうして、ライルに言われた通りにしていれば、紙が出てきます。

「まさか、そんな使い方をするとは。初めて見た」

 レキスは知識では知っていましたが、実際にやったことがないようで、驚いています。

「借金ですよ」

「借金!? それはいけません」

 借金と聞いて、私は慌てます。妖精男爵は、本当によく騙されて、借金を背負うことなんて日常なんです。借金を背負うようなことはしていけない、と私はそれを見て、決意したものです。

 それなのに、私が借金を背負うことになるなんて。

「はやく、これを返しましょう!!」

「君は一般常識は完璧でも、こういうことは、勉強の範囲にないから、知らないんだな。カードを使う、ということは、ある意味、借金だ。先に商品を受け取り、後から金を払う。同じことをしたんだ。何も買っていないが、金を出したんだ。その代わり、手数料を足した金額が後から支払われることとなる」

「なるほど、証文ですね」

「ちょっと違うような気がするが。そのカードは、それなりの収入がないと手に入らない。こんな額の紙幣ごとき、小銭程度だろう。ほら、これで、金が出来た」

「紙ですよ?」

「これが、ここでの金だ。さっき言った、証文だな」

「なるほど。これで支払って、お釣りは?」

「貰える。大昔は、金や銀などの現物取引だったが、それは重いから、とだんだんと、信用取引に変わったんだ。それが、この紙幣だ」

「ありましたありました!! 帝国でも王国でも、こんな紙、ありましたね。ですが、使うのは初めてです」

「帝国では、それなりに偉い立場だったんだろう?」

「私は妖精憑きです。基本、お金のやり取りを禁止されています。私が実際にお金を使って、間違いが起きてしまうと、妖精金貨が発生します。運が悪いと、国が滅びます」

 妖精憑きを騙すと、とんでもない妖精の復讐を受けることとなります。だから、私は王国でも帝国でも、金銭の扱いを禁止されていました。

 私は紙幣と呼ばれる紙をライルに渡します。

「ですから、ライルが使ってください。私が使うことは、この国でも害でしかありません」

「あの、エリカ様、カードを使った場合は、大丈夫なのですか?」

 レキスが恐る恐る、と訊いてきます。

 私は少し、考えてみます。

「どうでしょうか。使ったことがありませんし。そういうのは、試してからですね」

「そのカード、預からせてください!!」

「ダメです。ポーから、絶対に他人に渡してはいけない、ときつく言われています。心配いりません。万が一、悪用されることがないように、きちんと妖精の呪いをかけてあります。使えるのは、私だけですよ。私から盗んだ相手は、妖精の呪いで酷いこととなります」

 私はちらりとルードを見て言います。あの程度で済めば、まだいいほうですよ。もっとすごいことが起こることもありますから。

 レキス、私が持つカードに触ることさえ出来なくなりました。ちょっと、怖がらせすぎましたね。

「これで、お金の問題は解決しました。ありがとうございます、ライル」

「軍に来る前の経験が役に立って良かった」

「ルードは、どうやって、軍に所属したのですか?」

 少し気になりました。アサンとミエンは、軍が作り出した存在です。ですが、ライルのような、運命の人は、人が作り出すことは不可能です。ほら、神から与えられるものですから。

「俺は、もともと、孤児院にいたんだ。意外と、孤児院には、お前みたいな奴が保護されてるんだよ。その中で、偶然、見つかっただけだ」

「大きくなってからですか?」

「いや、ガキの頃だな」

 ルードは簡単に教えてくれました。なるほど、ルードも世間知らずというわけですね。ちょっと親しくなると、簡単に心も口も開いてくれます。

 私に対する恐怖も、ちょっと緩んだのでしょうね。ですが、アサンとミエンの間に入ったままです。同じ力のある者たちに囲まれているほうが、安心するのでしょう。ですが、その二人程度では、私の足元にも及びませんよ。

「ということは、世間をよく知っているのは、ライルだけということですね」

「私だって、それなりに知っている」

「今回の事で、あなたも世間知らずに仲間入りです」

「っ!?」

 対抗心で言い張るレキスですが、この金銭の問題解決の裏技がすんなり出てこなかった時点で、レキスも世間知らずですよ。

 悔しそうに顔を歪めるレキス。そんなレキスを慰めるように、ライルが肩を叩きます。

「これは、仕方がありません。俺は、経験がありましたから」

「借金、したのですか?」

「島から出て、随分と騙されたからね。これも、騙されて、やらされたんだ。そのまま、金を持ち逃げされ、借金が残って、途方に暮れているところに、軍部に拾われたわけだ」

「………」

 私はレキスを疑うように見てしまいます。ライルったら、これっぽっちも疑っていませんよね、レキスのこと。レキスったら、気まずいみたいに顔を背けていますよ。

 絶対、軍部はライルを騙してます。そうやって、島から出て世間知らずのライルを散々、騙して、借金を背負わせ、弱っているところに、親切顔で近づいたのでしょうね。あっぶなーいー。

 公国も、帝国も、王国も、どこに行っても、同じです。親切顔して近づいてくる人こそ、一番の悪者ですよ。

 ライルったら、これっぽっちも軍部を疑っていません。ライルは、島育ちです。島でも、そういう人を騙す、ということはなかったのでしょう。だから、騙されたとはわからない。軍部には助けられた、と思い込んでいます。

 私はレキスからライルを引きはがします。しっかり、ライルの腕にしがみつきます。

「近いです、近い!! レキス、もう、ライルに変なことしないでくださいね。昔はともかく、今は私の妖精が守っています。何かしたら、妖精が仕返ししますから!!!」

「しません!!」

「私だけでなく、妖精だって見ています。わかっていますか!?」

 私はどこかで見ているだろう軍部に向かって叫んでやる。お前たち、気づいていないと油断しているけど、私は知っている。今も、軍部は私たちを監視している。

 このホテルに宿泊させたいのも、監視出来る手段があるからだ。だから、どうしても、あの、宿泊施設には行かせたくないのだ。あそこでは、監視の手段が届いていない。

 こうやって、定期的に公国側を脅しつつ、私はホテルを出ました。外に出ても、監視の視線があるって、鬱陶しいですね。

 あの客を選ぶおじいちゃんが営む宿泊施設に戻れば、人が増えています。孫娘でしょう、若い子が、出迎えてくれます。

「おじいちゃんが失礼しました!! どうぞどうぞ、泊まっていってください!!!」

「そんな、頭を下げなくてもいいのですよ。私は知らないのですが、予約をするのが普通なのですね。予約なしで押し入ってくるなんて、失礼なことをしました」

 私は公国の常識がわかっていません。だから、私も頭を下げます。

 孫娘は驚きます。私が丁寧に頭を下げたこともそうですが、客の洋装が、統一感がないからでしょう。

「あの、もしかして、あっちのホテルに予約をしていたんじゃ。だったら、あっちのほうが」

「勝手にされただけです。ここがあるとわかっていたら、私はこちらを選びました」

「ですが、大したお持て成しは出来ませんし」

「何故、持て成してもらわないといけないのですか? 寝て、食べる場所を提供するのが、宿泊施設でしょう。それ以上の何をする必要がありますか?」

「食事も、そんなに」

「気に入らなければ、外で食べればいいだけです。私は、ここで泊まりたい。泊まれればいいのです。食事がつくのなら、食べてみたいです。食事には、その土地の文化が見られます。ぜひ、食べさせてください。それが、旅行の醍醐味です」

「は、はい!!」

 孫娘は笑顔で返事をしてくれました。

 ライルがお金を払って、それから、部屋に案内してもらいました。

「大部屋が二つでいいですね」

「私とライルは夫婦です。夫婦の部屋を一つお願いします」

「こんな所まで来て、べったりするのはやめなさいよ!! 恥ずかしい」

「普通は、女は女、男は男で別々よ」

 アサンとミエンが、軍から押し付けられた常識を私に強要します。

「夫婦ですから、いいではないですか。部屋は三つです。ルードとレキス、アサンとミエン、私とライルで三つです」

「わたくしたちは仕事なのよ!! あなたと離れるなって言われてるのに」

「レキス、そんな命令をしているのですか」

 アサンとミエンが邪魔するのは、軍からの命令でした。レキスは困ったように笑う。

「ここでは、監視の目がありませんからね」

「心配いりませんよ。別の監視の目がありますから」

 軍からの監視はないが、別の監視の目を感じる。アサンとミエンは、常に監視されているから、わかっていませんね。

 おかしな会話をしていても、宿泊施設の孫娘は気にしない。明らかに、洋装がバラバラの旅行者です。飛び込みでやってくるので、訳アリと悟っているのでしょうね。

「では、三つですね。夕食はどうしますか?」

「私とライルは食べます。部屋でゆっくりしましょう」

「そ、外で」

「外に行く」

「あの、夕食、食べても食べなくても、返金は出来ませんが」

「かまわない」

 私とライル以外は、宿泊施設の食事を強く拒絶した。育ちがいいと、色々と大変ですね。

 部屋に入れば、やっと落ち着けます。その国の文化を部屋を見て、外を見て、と私は堪能します。

「てっきり、食事は外にすると思っていた」

 ライルは私が勝手に決めてしまったことでも、怒ったりしません。ただ、宿泊施設の食事をとる判断に驚いています。

「女帝時代、視察もいっぱいしました。げてものも食べましたよ。まずいものもありました。ですが、そうやって、文化を口にするのも、女帝の大事な仕事だと言われました。どれほどまずくても、残さず食べることも、大事なお仕事です。それに、その地で出される食事を口にすることは、そこで暮らす民との信頼関係を築く一助となります。時には、嫌がらせのようなものも出てきましたが、私は全て、食べました。信頼関係を築く方法は、対話だけではありません。行動も大事です」

 私はここではお客様です。何かに呼ばれていますが、この現地の部族にとっては、迷惑な客でしょう。だから、まずは、味方だと、その地の食事を口にしなければなりません。

 今、私は試されています。客を選ぶような宿泊施設です。いつだって、金を戻して、私たちは追い出すことが出来ます。

 まずは、持て成しを受けて、合格点を貰わなければいけません。

 夕食は、私の中では、普通でした。島暮らしのライルにとっても、食べられないものではありませんでした。

 ライルが、あの遠くの人と会話する道具で、食事の写真? を撮って送って、レキスたちの反応を確かめました。

「明日の朝食も、外で食べるって」

「美味しいのに。これ、癖があっていいですね」

「噛み応えがあるな」

「美味しいのに」

「うまいな」

 見た目で判断してはいけません。これだから、苦労知らずはいけませんね。

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