まずは旅行者から
発見されたルードは、もう、すっかり様変わりです。見るもの全て、恐怖して震えています。
「妖精男爵領に悪者が侵入すると、よく、こんな風になっていましたね」
私には、よく見ていることです。妖精の悪戯って、容赦がないのですよ。
「ご心配なく。生きていますよ。良かったですね、生きていて」
私は笑顔で、生きていることを強調してやる。
しかし、様変わりしたルードを見た将軍のひ孫レキスは、とても良かったとは言えない。もう、顔が引きつっています。
私が妖精を使ってルードを土から救出して、服も体も綺麗にして、とやってあげたのだけど、誰も感謝しない。別に、感謝されたくてやったわけじゃないけど。
「こうなった人は、戻りましたか?」
「さあ。こうなった人たちって、だいたい、お尋ね者でしたから、そのまま役人が連れて行きましたで。その後は、知りません。生きているのですから、十分でしょう」
私が平然というので、レキスは顔を強張らせています。
「別に、ルードがこのままでもいいでしょう。子作り、出来ますよ」
「そうだけど、生命活動が」
食事とか、そういうことを心配するレキス。
「人がやってあげればいいではないですか。大事ならば、家族がするものです。そうでないのでしたら、放置して、そのままです。生かされるか、そのまま腐敗していくか、それは、あなた方で決めてください」
「なかなか、厳しいことを言いますね。あなたは、聖女とまで呼ばれたお方だというのに」
「身内であれば、世話をします。それが普通です。ですが、ルードはそうではありませんから、世話をしません。軍部が大事だというのなら、軍部で世話をすればいいでしょう」
「治療は」
「そこは、神と妖精、聖域が決めることです。妖精がやったことです。帝国でも王国でも、こういうものは手を出しません。本来であれば、妖精憑きが判断することですよ」
「あなたは、その、妖精憑きだと」
「言いましたよね。大事ならば、あなたがたでどうにかすればいい」
それ以前に、私は不可侵の存在だ。だって、私は王国の賓客だ。公国の問題事には関わってはならない立場である。
レキスは、私に強く出れない。こういうものは、私の好意で行うものである。願っても、私が拒否すれば、強くお願い出来ないものである。
「自業自得だ。ルードはやり過ぎたんだ」
ライルはそういう存在を身近に感じて育っています。ルードの有様を仕方がない、と受け止めます。そういうものなのです。
アサンとミエンは、ここにきて、島の恐ろしさに気づかされました。目に見える物が全てでない、と学んだのです。
「もう、この女は合格でいいでしょう」
「そうよ!!」
とうとう、私に合格を言い放ちました。
「そうですよね。レキスもコテンパンに負かしましたから」
ボードゲームでは、レキスは惨敗でした。レキスはちょっと悔しそうな顔を見せます。若いですね。
「別に、ここでずっと暮らしていてもいいのですよ。こうして、ライルの二人でずっと、暮らしているのもまた、いいものです」
「ここで満足するのはやめてくれ。世界は広いんだ。もっと色々なものを見てから決めてくれ」
「ライルはやっぱり、もっと便利な場所がいいのですか?」
「どうなんだろうな。俺は、島から出る生活なんて、考えたことがなかった。外の世界に触れても、やっぱり、島で一生を過ごすと思っていたんだ」
「わかりました。もっと外を見て、決めましょう。レキス、ここを出る準備をしてください。ここを出る方法は、あなたがたの科学のみです。残念ながら、私の力では、この島から脱出できません」
私はお手上げ、とばかりに両手をあげます。それを見て、レキスは吹き出しました。
「変な感じですね。あなたは、ポーを越える力の持ち主だというのに、この島を脱出出来ないなんて」
「じゃんけんです。誰にだって、弱点はありますよ。私にだって、弱点はあります。優秀なあなたでも、私とポーには負けます」
「そうですね」
ボードゲームを思い出したのでしょう。レキスは苦々しい表情となります。
レキスは、見るからに勝ち組です。常に、上位を歩いてきたのでしょう。何でもそつなくこなし、血筋もいいから、軍部でも若いうちにどんどんと偉くなっていっています。そんなレキスでも、神から与えられた才能の化け物には敵わない。レキスもまた、ただの人です。
空飛ぶ乗り物で移動しながら、私はいくつかの資料を見せてもらいました。
「エリカ様は、語学においても、教養においても、完璧です。一か月で、ここまでのものを学べるのですから、どこに行っても大丈夫でしょう」
「ですが、首輪はつけられるのですね」
私をただ、放牧するわけにはいかないので、私は位置がわかる道具を首につけられました。危ない物ではないので、妖精の復讐はありませんでしたね。万が一、危険物でしたら、公国は大変なこととなっていましたよ。
「衣食住については、続けて保障します。監視のほうは、隠れてですが、つけられることとなります」
「上手に隠れてくださいね。すぐ見つかると、詰まらないですから」
「逆に、探さないでください。お願いします」
とうとう、レキス、頭まで下げてきました。
周囲の軍人たちは驚いています。レキス、頭を下げるようなことはしないのでしょうね。私も口の訊き方を気を付けよう。
「ですが、衣食住をそのまま受けてしまうと、周囲から怪しまれます。人の営みにもぐりこむには、その土地に相応しい立場を培わないといけませんね」
「まずは、旅行者から始めましょう。ご一緒します」
「レキスはとても忙しい立場ではないですか? 別の者に案内をさせたほうがいいと思いますが」
「私のほうが親しみがあっていいでしょう。私はポーとの付き合いが長いですし」
「あなたの曾祖父は、ポーと孫娘を結婚させようと、色々と画策しました。次は、私ですか?」
「そんな、まさか、そんなこと、考えてもいませんよ!!」
顔を真っ赤にして否定するレキス。
過去の王国の王族ポーとレキスの曾祖父である将軍が、そんな関係だなんて、初めて聞いたライルは驚きます。
「まさか、君も狙われているのか!?」
「あわよくば、と公国側も考えていますよ。ライルに一目惚れした私は、公国にとって、都合が良かったというべきですね」
そういうこと、王国でも帝国でもあります。まさか、こんなふうに引っかかってしまうとは。
私はライルに寄りかかります。
「これもまた、神と妖精、聖域の導きというものです。粛々と受け止めます」
「俺も、感謝している。こうやって、君に出会えたことに」
人前だろうと、私はライルと抱き合います。
どうせ、別荘の部屋にも色々と監視されていたのでしょう。それを見たのか、レキスったら、顔を真っ赤にして。見られて恥ずかしいなんて思うのは、世の中の怖さを知らない若造です。私は命まで賭けたような生き方をしています。見られたって、大したことはありません。
そうして移動した先は、やっぱり島です。ただ、島の大きさと人の多さが違います。
「いきなり、自然のない場所にいくのは、エリカ様も戸惑うと思いますから、こちらにしました。観光地として特化した島です」
「温暖ですね!!」
人もいっぱいです。さすがに民間人で溢れかえっていますから、レキスは普段着に着替えています。
「ようこそ」
なんと、真っ赤な花をいただきました。
「綺麗な赤ですね」
「この島の風習です」
「アサンとミエンは、来たことがありますか?」
アサンとミエンは、そのまま私と同伴です。あの禁則地である島から離れたことで、二人はまた、力が戻っていました。すっかり、元の二人ですよ。
「あるに決まっているでしょう」
「わたくしたちを何だと思っているのよ。あなたみたいな田舎者ではないわ」
すっかり、生意気な口をききます。だけど、レキスに笑顔で威圧されると、ちょっと怯えます。レキスったら、どんな道具を持っているのやら。
「そういうこと、軍部でもしっかりとしているのですね。えっと、福利厚生? ですね」
「正解です。世間知らずでは困りますから、こういう経験もさせています。世界のあちこちに連れて行き、文化を学ばせています」
「随分と変わりましたね」
私の知っている扱いと違います。
王国の王族ポーの妻スズは、元公国の妖精憑きです。公国は、スズを戦争の道具として利用しました。妖精憑きは才能があります。だから、様々な訓練をスズにしました。その合間に、スズは虐待を受けていました。王国との戦争では、結局、神との契約違反により、公国側がとんでもない天罰を受けました。その天罰で公国側を保護したのが、妖精憑きであるポーです。その際、ポーは公国の妖精憑きスズを見染め、そのまま、王国に連れ帰りました。
結果は良かったのですが、経過は最悪です。王国に来るまで、スズは散々なことをされていたのです。スズの心の傷は酷いものでしたが、ポーの献身により、今では、王国で穏やかに暮らしています。
私が知っている、力を持つ者たちの扱いの情報はスズのみです。
いつか、この事を指摘されるだろう、とレキスだって覚悟していたのでしょう。それが、この和やかに歩いている今なのが、困ったでしょうね。
「軍部も一枚岩ではありません。あの時は、曾祖父も悔しがっていました。妖精憑きを虐待して、王国に盗られたのは、間違いなく、軍部の失敗です。反省しています」
「それで、今では、妖精憑きを保護し、教育し、あわよくば、王国の対武器にしようとしているわけですね」
「………」
「そんなこと、ポーだって気づいていますよ。誰だって、そういう可能性をきちんと読んでいます。隠さなくてもいいですよ」
「内緒にしてください」
「私は、そういう存在ではありませんから、内緒にしてあげます」
「ありがとうございます!!」
軍部も愚かなことをしたものですね。公国に来てからのことを振り返れば、公国は失敗続きです。
だって、力のある者たちを保護しているなんて、公国は私に隠すべきなのです。なのに、私がライルに夢中だから、これを利用して、私を公国側に取り入れようとしたわけです。あわよくば、ライルに複数の女相手に子作りさせようと企んだわけです。
「軍部もまあまあ、わかっていますね」
「?」
「レキスも、もっと精進しなさい。まだまだ、お前は甘いです」
レキスは、自らの立場をわかっていませんね。
若くて優秀だから、私の側にレキスを置いたわけではありません。レキスは、王国の王族ポーと接点があります。そういうものに、私が甘く出ると公国側は考えたわけです。レキスは見た目もいいので、あわよくば、私がレキスに興味を示すと考えたのでしょう。
帝国でも、こういうこと、されたわ。女帝時代、いろんな男を紹介されたわね。これっぽっちも好みではありませんでしたけど。
今、レキスのお陰で、私もポーも我慢しているだけです。別の案内役だったら、大変だったでしょうね。やっぱり、優秀な人が上にもいるのですね。
見上げるしかない高い建物に、私はついつい、足を止めてしまいます。
「ここに入るのですか?」
「そうです。一番いい部屋ですよ」
「私は、あっちがいいです」
私はこじんまりした建物を指します。そこもまた、宿泊施設です。
レキスは、この首が痛くなるほど高い建物と、こじんまりした建物を交互に見て、表情を強張らせます。
「ああいうところは、その、色々と、問題がありまして」
「あそこがいいです。呼ばれています」
「っ!?」
そう、私はこの地の何かに引き寄せられている。そのこじんまりした建物が集まる場所には、何かあるのでしょう。
「しかし、予約なしでは」
「では、まずは聞いてみましょう」
「こっちの予約が」
「お金の問題は、これで解決出来る、とポーが言っていました」
私は真っ黒なカードを出して言います。私専用で作られた物だとポーから渡されました。
真っ黒なカードを目の前に出されて、レキスは引きつった笑顔のまま、沈黙します。まさか、別の手段を私が持っているとは、レキスも知らなかったようですね。
「こういうこと、島でもあったな」
ライルはもう馴れています。ライルの故郷である島でも、時々、私は呼ばれたように、どこかに歩いて行くことがありました。ライルはそれに付き合って、ちょっと大変な目にあいましたね。
「レキス様、ご心配なく。悪い事にはなりません。不思議と、うまくおさまります」
「あそこには、土着の部族が関わっているんですよ」
「そんな場所の近くに、よくもまあ、空港を持ってきましたね」
「立地がいい場所がここだったんです。大変な紛争が起こって、結局、あの一帯を部族が支配することで、話がついたんです。普段は、何か術をかけて、観光客も受け入れない場所となっているというのに」
私は、じーとレキスとライルを見てしまいます。
私が無言で二人を見ているので、レキスとライルは何かおかしなところでもあるのか、なんて体を見回しています。
「変なものでもついていますか?」
「いえ、何もついていませんよ」
「じっと見てるから」
「昔、息子の恋人から、こんな話を聞いたことがあります。真の敵は、恋人の男友達だ、と」
「………上官と部下だから」
「そうそう」
「レキス、離れなさい。王国と公国が円満になるためには、私の敵にならないように」
「どうして!?」
私は二人の間に割って入った。
「エリカ様、そんなことありません!!」
「私の父は、皇帝ライオネルの娼夫と呼ばれた男ですよ。男だからと安心していたら、とんでもない伏兵だった、なんてことがあるのですからね」
油断も隙もあったものじゃない。亡き夫ロベルトにだって、国王とリスキス公爵という、とんでもない伏兵がいました。あいつら、ロベルトに会うと、いつもべったりして、本当に、邪魔な存在でした。
ふと、いい考えを思いつきました。
「ルードはどこにいますか?」
頭おかしくなったルードは、そこら辺に放置、ということはありえません。きっと、今、どこに収容しようか、と上層部で話し合っていますが、決まっていませんから、近くに保護されているでしょう。
「一応、あのホテルで保管となっている」
あの首が痛くなるほど高い建物を見ていうレキス。
「アサンとミエンはどこにいますか?」
「あのホテルですね。いつも、そうですから」
「一緒に連れて行きましょう」
「いやいや、ダメでしょう。嫌がりますよ」
「上官命令を発動してください」
「ルードは不可能です。今、数人の人の世話になっています」
「もう、世話の必要がないほど、元気にしてあげました」
「どうして!?」
あの禁則地の島では、私は何もしなかったというのに、今、ルードは回復させられたという事実に、驚くレキス。レキスは慌てて、あの遠くの人と会話する道具を使って確かめています。
「どうして、力を使ったんだ?」
ライルがレキスに聞こえないように、こっそりと訊いてきます。
「あなたとレキスがこれ以上、仲良くならないようにするためには、邪魔者が必要です。あなたにも、レキスにも、敵意しかないルードは適任です」
「そんな、誤解だ!! 俺とレキス様は、本来、こうやって話すことすら出来ないほど、階級差がある」
「私の亡き夫は、平民に落ちましたが、国王の友人です。私の末の息子なんか、男爵の養子という低い立場でありながら、王族の友人で、貴族の中の王族と呼ばれるリスキス公爵の血縁の友人で、帝国の筆頭魔法使いの友人でした。友人には、階級差なんか、関係ないのですよ!!」
「だからって、アサンとミエンまで呼び寄せなくても」
「うまくすれば、レキスかルードに、あの二人がくっつくかもしれないじゃないですか」
「絶対にない!! 特にルードはありえない」
「あの島の経験から、心を入れ替えたかもしれませんよ」
何を言われてたって、私は意見を曲げない。絶対に、ライルとレキスの間に友情を芽生えさせてなるものか。
しばらくすれば、アサン、ミエン、人並に回復したルードが引っ張られてきます。アサンとミエン、レキスには逆らえないので、もう、嫌々でも、歩いてきますよ。
「俺は絶対に行かない!!」
ですが、ルードは引きずられていますよ。もう、全身で拒絶しています。それでも、男数人で引きずられているのです。ルード、私の前にぽいっと放り出されますよ。
「ほら、回復しています」
「ひいいいいいいいーーーーーーー!!!」
私を見るなり、ルードったら、とんでもない悲鳴をあげて、アサンとミエンの後ろに逃げます。
「エリカ様、ルードに何かやりましたか?」
「濡れ衣です。私、本当に何もしていないのに」
「化け物!!」
あれです、妖精の悪戯に私が使われたのですね。私はついつい、ライルの胸で泣いちゃいます。
「酷いわ、本当に。どこまでいっても、私をいいように利用するなんて」
悪いことは全て、私のせいにするのが、今の妖精のやり方ですね。本当に酷いわ。
「ちょっと、離れてよ」
「動きにくいんだけど」
「悪かった!! だから、助けてくれ」
あれほど、アサンとミエンのことを酷く扱ったというのに、ルード、ちょっと怖い目にあったから、アサンとミエンに縋りつきます。本当に、どうしようもない男ですね。
あの、傲慢さがなくなったルードは、可哀想に見えたのでしょう。アサンとミエンは、仕方がない、とばかりに受け入れるのでした。ほら、どうにかなった。




