おまけの人生
見た感じ、変わった様子はありません。ですが、話し合いのために置かれた机や椅子はなくなりました。さすがに、あれらを移動させるわけにはいきません。
私は移動するとわかっていましたから、席から立った形です。ですが、移動するなど思ってもいなかった公国の軍人アンナは、なくなった椅子に座ったままでしたので、そのまま尻もちをついてしまいました。
「な、何をっ」
「今の公国を見てみなさい」
私はさっさと歩き出します。
見た感じ、なにも変わっていないようです。ですが、机と椅子がなくなったので、皆さん、警戒して、私の後を歩いて行きます。
何が起こっているのはわからないライルは、私の隣りを歩いて、警戒しています。ポーは、移動したことがわかっています。妖精を使って、外の様子を見ているので、特に警戒はしていません。むしろ、後ろを歩く公国の軍人たちを警戒しています。
そして、聖域を出て、自然に支配された元公国の全容を見ることとなりました。
私も、ポーも、島で暮らしていたライルには、それは普通です。私なんて、公国の科学に触れてもいません。だから、驚くことなんてないのです。
しかし、公国の軍人たちは驚きます。自然に蹂躙されたそこから、元公国領の痕跡を探そうと、それぞれ、動き出した。
私は公国の軍人たちが妙なことをしないように、妖精に監視させながら、聖域の周辺で休みました。どこまで行ったって、見つかるのは、自然と廃墟です。その廃墟だって、大昔のものです。現在とはかけ離れているでしょう。
私だって、この元公国の領土に足を踏み込むのは初めてです。想像はしていました。大昔と今とでは、あれくらい違うかな? なんて、王国の国境線にある基地と、公国側にある基地を見て、思いました。王国側にある北の砦と呼ばれる基地は、元は公国が作ったものです。大昔、国境線を王国側が戻させた際、公国の基地を無傷で奪ったのです。王国はそれをそのまま有効活用しています。それを見てから、公国側の現在の基地を見て、その差を測りました。
帝国側にある元公国領は、あの北の砦よりもさらに百年から二百年前お代物だと言います。さらに古く、その頃から廃墟となっています。帝国は、一切、元公国領に手をつけていません。そこにある公国の文化とかも、一切、帝国に持ち込むことを許しませんでした。だから、本当の意味で、そのまま残っているのです。
人の営みを失った家屋は、そのまま崩れていくだけです。普通に作られた建物だって、修繕して、何十年もすれば、立て替えたり、とされて、美観を保ちます。
ですが、この元公国領は、何もされていません。先祖代々、帝国を憎むような教育を受けた彼らは、きっと、元帝国領に何か夢を見ていたかもしれません。
しばらくして、公国の軍人アンナが戻ってきました。随分とすっきりした顔をしています。
「ここでは、生きていけないな」
「えー、どうしてですか? もう一度、ここでやり直せばいいではないですか。私は帝国には、それなりに恨みがあります。協力してあげますよ」
ちょっと誘惑してあげます。どう反応するのか、私はアンナを観察します。
私の力を使えば、移住なんて簡単です。あの聖域を通して、ここに連れてこればいいのです。
アンナは、私の言葉に驚くも、結局、清々しいばかりに笑います。
「科学といったって、時代遅れだ。しかも、科学とは名ばかりの、骨董品ばかりだ」
北の砦と、現在の公国の基地を見れば、差は明白です。あまりの差に、アンナが抱いていいた思い込みばかりの郷愁は吹っ飛びました。
「だいたい、ここで暮らすための力がない」
「協力してあげますよ」
「どうやって?」
「帝国と同じように営んでいけばいいだけです。ここが占拠された時と、今の帝国、そう変わりませんよ」
「そんなトコで、生きていけるわけがないだろう。我々は、便利な科学を使って生きてるんだ。ここでは、便利な科学の道具すら、動かないというのに」
試してみたのでしょう。やっと、奪われた故郷に足を踏み入れたのです。科学の便利な連絡手段で連絡を試みたはずです。出来ることですからね。
科学の便利な道具をかたっぱしから使ってみて、気づいたのです。何一つ、動かない、ということを。元公国領は、帝国の支配を受けています。便利な科学の道具は、妖精と聖域によって、全て封じられます。その事実を知識では知っていたのでしょう。それを体験して、諦めたのです。
悪あがきしている者たちだっています。妖精の目を装着している軍人たちは、どうにか、妖精を使って、便利な科学の道具を使おうとしています。ですが、元公国領にいる妖精たちは全て野良です。野良になって長いので、人のお願いなんて聞いてくれません。野良の妖精を支配するのは、実は、とても難しいのです。しかも、ここでは、公国の軍人たちは部外者です。結果、野良の妖精たちは、無視しますし、近づきもしません。
少しでも力があるから、諦めきれない妖精の目を持つ軍人たちは、悔しそうな顔をして戻ってきます。
「妖精の力では無理だったけど、科学を使えば」
「そんなこと言っていると、妖精に攻撃されますよ。何故、ここに帝国民が暮らさないのか、わかっていますか?」
「帝国の領地が広いからって、言ってただろう」
「表向きは、です。この領地の支配は、神がかりな方法だからです。帝国は、神の気まぐれな恩恵を使って、この領地を帝国領としました。ですが、完全なものではありません。本来であれば、聖域を帝国領に所有権の書き換えをしなければなりません。帝国は、それを別の手段で、力づくで支配したにすぎません。ここは、帝国領と謳っていますが、所有権は帝国ではありません。ここは、帝国のものでも、ましてや、公国のものでもありません。そんな場所に、人を住まわせるのは、何が起こるかわかりませんから、封鎖したのですよ」
詳細を私の口からは語れない。
まさか、妖精憑きでも、皇族でもない、ただ妖精に溺愛される平民の願いによって、元公国領が支配されているなんて、信じられないだろう。
戦争を永遠に失わせた大魔法使いアラリーラは、表向きは魔法使いであるが、実際はただの人である。ただの人であるが、妖精に溺愛されているため、千年に一人必ず誕生する化け物妖精憑きハガルでさえ勝てなかったという。アラリーラの願いは絶対だ。アラリーラが心底願えば、全ての妖精が叶えようと動き出す。
アラリーラの願いは、アラリーラの死後も続いている。
元公国領の支配は、アラリーラの願いである。海をも封鎖して、侵略を許さないアラリーラの願いは、アラリーラの死後数百年経っても続いている。
妖精たちは、部外者である公国の軍人たちには近づかない。彼らが来ると、固く口を閉ざしている。それも、帝国の筆頭魔法使いが慰問に訪れれば、懐かしいアラリーラを思い出し、アラリーラを求めるように声を揃えて呼ぶと聞いている。死後も、妖精たちはアラリーラを思い出の中で溺愛しているのだ。
中途半端に妖精の力を使えるから、諦めきれないのだ。軍人アンナがどうにか説得していますが、妖精の目を持つ者たちは、諦めきれません。
「我々は、選ばれた人だ!! あんたは、たくさんの犠牲の元に、我々を作ったんだろう!!! それも、我々は選ばれた人だから、こうして、生き残っていられるんだ」
ここにきて、別のところから恩讐が吹き出ています。
この妖精の目を持つ軍人たちは、たまたまの適合者です。そうでない者たちを彼らは見たはずです。廃人となり、死んでいく仲間たち。そんな不適合者たちを上層部は切り捨て、適合者たちを選ばれた人とおだてたのだろう。
妖精憑きは自尊心が高いです。何せ、才能があります。ただの人では到達出来ない高見に、妖精憑きはやすやすと到達出来てしまいます。そんな力を行使出来る妖精の目を持つ軍人たちだって、自尊心は高いでしょう。
「ここに、我々の国を作ろう」
「そうだ、我々の国を作るんだ!!」
「もう、故郷がないなんて言わせない」
言いたい放題です。私は、そんな彼らを呆れたように見ます。
「お前たちは少数派です。少数派は、数の暴力で負けます」
「我々には、妖精がいる」
「妖精を封じる方法、公国側が持っていないと思っているのですか? 信仰は捨てましたが、情報は持っているのです。お前たちの数は、公国全体の中では、ほんの一部でしょう。万人に一人、いるかどうかでしょうね。それに、ここでは、お前たちは部外者です。妖精だって力を貸しません。野良の妖精を支配するのは、人よりも長く生きている分、知恵と経験を持っているので、困難です。妖精は嘘をつかない、と思われていますが、嘘をつきます。嘘をつかせないのが、力のある妖精憑きの力量です」
「妖精のいない貴様に、何が出来る!?」
「人を殺すなど、簡単です。あの島にいる者たち全てを殺すなど、私にとっては造作もないことです。ですが、数の暴力に私はいつか負けます。私は永遠に一人ですが、あなたたちは増えていきます。子々孫々、そうやって増えた人たちによって、いつか、私は復讐されるでしょう。絶対の勝者はありません。私は一度、死にかけました。だから、知っています」
若い頃、私は本当に甘い考え方をしていた。帝国に行けば、きっと、暖かく迎え入れられ、きちんとした立場となれば、ロベルトと堂々と夫婦になれる、なんて甘っちょろい夢を見ていたのだ。
現実は違う。育ちの悪い私は、いいように利用されました。役目だなんだと言ったって、心の底では、期待していたのです。きっと、私は皇族の一員として、大事にしてもらえる、と。その希望が、私を殺しかけたのです。
諦めきれない、妖精の目を持つ軍人たちは、過去の私です。世間知らずなのでしょう。帝国の魔法使いがそうです。彼らは、そういう存在です。迂闊に外に放牧するわけにはいかないから、うまく囲って、おだてて、その自尊心を育てて、仲間の死を敗者と書き換えたのです。
別の生き方を知らない妖精の目を持つ軍人たちは、今まさに、公国内で反乱を起こそうとしています。
いざとなったら、止める手段だってあるはずです。ですが、アンナは真っ青になっています。ここに来て、それが作動しないのでしょう。ほら、科学の道具は一切、帝国と王国では使えませんから。ここ、元公国領も同じです。科学の道具は一切、使えません。
仕方なく、私が力を行使するしかありません。私は、妖精を使って、彼らの妖精の目を無理矢理、えぐり取りました。
一瞬にして、凄惨な光景が目の前で繰り広げられます。妖精の目を目に見えない何かに抉られる彼らを恐怖を持ってアンナは見下ろすこととなりました。
最初、アンナはポーを疑いました。ほら、ポーは妖精が憑いている、と妖精の目を持つ彼らに言われていましたから。ですが、ポーは居心地悪い顔をしています。ポーは王国の王族です。ここは、アラリーラによって帝国領にされた場所です。妖精は単純です。帝国領とするために、帝国民のみを受け入れ、それ以外を排除したのです。私の側にいるといえども、部外者ですから、排除の力がポー自身に働いています。
軍人アンナは現状を見て諦めたように見えます。ですが、本当は、妖精によって、意思を塗り替えられたのです。妖精は、ただの人に対しては、穏便な方法をとります。
ですが、妖精憑きであるポー、妖精の目を持つ軍人たちには、それなりに抵抗力があります。魔法だって簡単にはかけられません。だから、どうにか排除しようと、威圧したりするのです。
真っ青になっているポーを見て、アンナは、改めて、私を見ます。
「あなたが、やったのか?」
「仕方ありません。こうするしか、彼らを止められません。妖精の力は、本来、人には過ぎた力です。それを使って支配者になろう、とすることを神は許しません。彼らは、いつか、神によって裁かれることとなります。それも、私が力づくで力を奪ったことで、彼らの神罰もなくなるでしょう」
ですが、これで円満になるわけではありません。
妖精の目を奪われた彼らは、苦痛によりのたうち回り、私を憎しみをこめて睨み上げてきます。
「ちくしょー」
「妖精なんかいないのに」
「いるふりなんかして、卑怯者!!」
私がやったなんて、彼らは思いません。妖精の目を持ってしても見えなかったですし、今はもう、妖精の姿すら感じることも出来ません。
「恨んでかまいません。あなたがたの力を奪ったのは私です。ですが、あなたがたの大事な片目を奪ったのは、軍部であることも忘れないでください。もう二度と、あなたがたは片目を取り戻すことは出来ません」
「妖精の目だって、見えてたんだ!!」
「奪ったのは、貴様だ!!」
「そういえば、そうですね。では、私を恨んで構いませんよ」
確かにそうなので、私は現状を受け入れました。
片目を失った軍人たちの怪我を癒してなんかやりません。痛みでもって私を恨み、そして、これから、現実を知るのです。
妖精を盗られた妖精憑きの末路は、だいたい、決まっています。
一通り、元公国領を案内してやれば、ほとんどの人たちは諦めました。諦めないのは、妖精の目を持つ軍人たちです。それも、私が強制的に妖精の目を奪ってやれば、矛先は、帝国から私へと向けられます。
「また、汚れた役目を引き受けて」
成り行きを見ていたポーは私に怒りました。
「私はよく恨まれ、嫌われていますから。ちょっと増えたくらい、大したことはありませんよ」
笑って言い切ります。だって、私は帝国でもそれなりに嫌われて、恨まれていましたからね。世界中の人の中で私を嫌ったり恨んだりする人たちの比率を考えると、ほんの僅かですよ。
「チャンスをくれて、ありがとう」
そんな中、ただの人である軍人たちは、私に感謝します。もう、私には、恨みとか、そういうものを仕向けません。
「別に、皆さんが悪いわけではありません。全ては、教育です。よくある話ですよ。だから、感謝も謝罪も必要ありません。ですが、教育をした側を恨んでもいけません。こういうものは、連綿と続けられたものですが、教育の機会を与えられた分、皆さんは恵まれているのです。そこを感謝しなければなりません。恨むことよりも、まずは、感謝です」
恨みは別へと向けられてしまいます。恨みをなくすということは、不可能です。だけど、防ぐことは出来ます。
軍人アンナはとても驚いた顔をします。
「あなたは、とてつもなく、心が広い人だな」
「いえいえ、私の内面なんて、恨みやら妬みやらでいっぱいですよ。今でも、帝国にされた仕打ちを恨んでいますに、悔しいです。与えた側は忘れます。ですが、受けた側は永遠に覚えているものです。私は受け手として、悪いものばかりを受けていたわけではありません。生涯を振り返れば、悪いものよりも、いいもののほうがたくさん、受けていたのですよ。私はいいものを与えてくれた人たちに恩返しをしたくても、皆、死んでしまいました。だから、返すのではなく、いいものを与える側になろうと考えました。本当に心の広い人たちは、恩返しなんて期待していません。善行を与えるのが当然なんです」
男爵領で受けたこと全て、見返りなんて求められていません。当然のことを皆さん、しただけなのです。
「そういう人たちで世界が溢れていれば、戦争なんてなくなるでしょう。ですが、そんな人たちは少数派です。欲望の強い者たちは平気で裏切り、人を殺します。少数派は弱者になります。結果、世界から戦争はなくなりません。そういうものです」
「………そうだな」
色々と思い出したのでしょう。軍人ですから、汚いものもたくさん見たでしょう。
「帝国への恨みを晴らしたいなら、協力してあげますよ。私はうんと恨みがありますから」
「いや、もう必要ない」
「そうですか」
再確認してみれば、もう、帝国への恨みやら蟠りやら、消え去っていました。さすが妖精は卑怯ですね。意思まで捻じ曲げてしまうなんて。
その妖精の力で、妖精の目を失った者たちの恨みの先を私へと捻じ曲げるところが、なんともえぐいです。容赦ありませんね。
「これからどうするんだ? 一応、あんたたちは、逃亡者なんだが」
「誰のせいでなったか、わかっているんですか!!」
さすがに怒るポー。原因を作ったのは、帝国に恨みを持つ彼らです。私は、攻撃されたので、逃げただけです。
「もう、保護は報告されているのでしょう。でしたら、これからまた、順序を守るだけです。出来れば、私とライルの仲は、公的に認められたいです」
私はライルの手を握ります。ライルは、私を眩しそうに目を細めてみます。まだまだ、私のことをすごい何かなんて見ていますね。口先だけなのに。
だけど、ここまできて、円満ではすみません。
「独り占めは卑怯よ!!」
「後からやってきて、横取りなんて」
「こういうことも、順序を守れ!!」
ライルを運命と見ている女たちが押し寄せてきました。
「もう、他にもそういう男はあちこちにいるでしょう。ライルは諦めて、別の男に向かっていきなさい」
「だいたい、運命じゃない、言い切っているけど、本当は、運命なんでしょう!!」
「嘘ついてるだろう!!」
疑われてしまいました。確かに、嘘に聞こえますよね。
ポーも興味津々と見てきます。
「そんなもの、いません。だいたい、聖域に行きましたが、私には何も見えませんでした」
「それは、王国の聖域ですか?」
疑うポー。こいつ、興味本位で、敵になるな。
「どちらも試しましたよ。私の前に、運命の人の姿は見えませんでした。私は神から役目を与えられた存在です。元は成人してすぐに死ぬことが定められていましたから、そんなもの、あるわけがありません。私の残された人生は、全て、おまけです、おまけ!!」
どんどんと机を叩いて訴えます。もう、お前たちと私では、神の扱いが違うのですよ。腹が立つ。
「あなたは、一体、何者なんだ? 話を聞いていると、おかしなことをいうことがある」
「王族でも皇族でも、まれに、神からの役目を与えられて誕生する者がいます。それが私です。役目を全うするためには、それぞれ、それなりの能力が与えられます。私は帝国が滅びそうになりましたので、千年に一度誕生する化け物妖精憑きの才能を与えられました。もともと、私は帝国を救うために、全ての穢れを受けて、死ぬ運命でした。そんな死にかけていた私を救ったのが、亡くなった夫です。だから、本来、私はあなたがたの前に存在しないはずなのです。全ては、亡くなった夫が起こした奇跡です」
そういうしかない。私がこうして、私を嫌った双子の姉妹よりも、私を蔑んだ皇族たちよりも、私を救った夫よりも長く生きるなんて、奇跡でしかないのだ。
「だから、今、私が生きているのは、おまけです。誰がどれだけ恨んで、憎んで、蔑んだって、些事ですよ。私は人の奇跡を知っています。あなたがたも、よくわからない運命の相手なんかに拘らないで、人としての本能に従いなさい。神が全て、正しいとは限りませんよ」
「そう言って、ライルを奪うつもりだろう」
「ライルは私の夫です。共有なんてしません。私だけものものです。力のある妖精憑きは独占欲が強く、嫉妬深いのですよ。諦めることなんてしません。だって、叶える力が人外ですから」
私はライルの腕をしがみつき、言ってやります。こんな尻の青い小娘どもに負けない。私は、女帝にだってなったのだ。絶対に負けない!!




