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公国の妖精憑き  作者: 春香秋灯
王国からの賓客
38/56

何かに支配される島

 私ははしゃいでしまう。だって、私が知っている海とは違う。何もない砂浜が広がるそこを汚れるのもかまわず、駆けた。

「きゃ、冷たい!!」

 波が砂浜にやってきて、私の足を濡らしてくれた。こんな経験、王国でも帝国でもしていません。

 王国では、ほとんどを妖精男爵領ですよ。海なんてありませんでした。

 帝国では女帝ですよ。砂浜に行きたい、なんて言えば、そんな暇はない、と皆に責められたものです。

 一通り、砂浜と海からくる波を満喫した私は、濡れない所で座って私を見ているライルの元に戻った。

「おかえり」

「ただいま戻りました」

 そう、今の私が戻る場所は、ライルの所だ。ライルがいる所が、私の戻る所、帰る場所です。

 座るライルに抱きつきます。もう、それだけで十分です。他は何もいらない。

「すまない」

 なのに、何故かライルは私に謝罪します。別に、ライルは悪くないというのに。

「どうせ、私は身分も何もありませんから、逃げても問題ありません。それよりも、ライルのほうが大変でしょう。公国では柵だってあります」

 その場の勢いで、私は魔法を使ってライルと逃げ出したが、その後が問題だ。私は別に、いいのだ。王国帝国側の人間だし、死んだって、どちらも何も言わない。だけど、公国側は私をライルごと逃がしてしまったので、大変だ。きっと、今、ライルの中の仕掛けを使って、私の居場所を探っているだろう。

 私はライルが持っている知識から、道具を使って転移しました。転移の際、ライルの中にある妙な道具は壊したのですが、転移先でしたので、もしかしたら、記録が残っているかもしれません。

 ライルは私を膝に座らせ、後ろから抱きしめました。

「まさか、ここにまた、戻ってくるとは」

「行きたい場所ではないのですか!? あなたが強く思い浮かべた場所ですよ」

「………君のことをありのまま受け入れる俺のこと、変だと思わないのか?」

「さあ、どうでしょうか。帝国王国では、普通ですから。公国の事情を私は知りません」

 ライルがありのままの私を受け入れてくれるので、そういう人もいるのだな、程度に思っていた。あの軍部の上層部の対応、帝国でも王国でも、私は経験済みだから、おかしいとは思わない。

「こちら側では、俺のような人間はほぼ、いない。俺が君を受け入れたのは、そういう所で育ったからだ」

「ということは、ここは、そういう物が残っている場所なのですね」

「隠していたんだ」

 私のような存在は、王国でも帝国でも、平凡に生きるのは不可能だ。私は保護されるか、隠されるか、そういう存在が集まる場所で過ごすかしかない。そうしないと、私のような化け物は迫害される。いくら化け物といえども、少数派である。人は、一人では生きていけない。どうしても、寂しくて、群れの所に行きたくなるものだ。

 ライルもまた、何かあるのだろう。だけど、私が見た限りでは、ライルはただの人だ。あるとすれば、育った環境です。

 だから、私を受け入れられたのだ。普通ならば、目の前で凶事を起こし、魔法で転移なんてすれば、王国帝国の平民だって私を恐れる。

 つまり、ライルは、そういうものを見たり接したりする場所で育ったということです。

「俺は、ここから逃げたんだ。それなのに、海と聞いて、ここを思い浮かべた」

「仕方ありません。生まれ育って、ずっと見てきた場所です。そうなってしまいます」

「もっと、別の場所の海に連れて行くつもりだった。ここには、一生、連れて行きたくなかった」

「来てしまったものは仕方がありません。ライルのご両親にご挨拶しましょう。私から、息子さんをください、とお願いすればいいですか?」

「必要ない。ここから離れよう。もう一度だ」

「残念ながら、ここから転移するのは、不可能なようです」

 どうせなら、と王国か帝国に逃げようとしたのだけど、道具が作動しない。何か、邪魔されている。

 妖精を使って意識を広範囲に広げていくと、ここは離島なのがわかった。私が持つ力とは別の力が支配する島だ。

 悔しそうに顔を歪めるライル。どうしても、この島から逃げ出したいのだろう。

 私は首を傾けて、ライルに軽く口づけする。

「これもまた、神と妖精、聖域の導きです。ここに来たことには、何か意味があります。ここにいたって、何も解決しません。まずは、あなたが育った家に行きたい」

 ライルは諦めたように笑う。私は何も知らないから、ライルは説得が無駄だと思ったのだろう。

「ライル!!」

 女の声が響き渡る。それを聞いて、ライルはびくっと震える。声だけで、相手が誰か、ライルはわかった。

 不愉快だ。ライルを呼ぶ声に、女の媚びたものを私は感じた。この女は、ライルに特別な感情を抱いている。

 ライルは立つなり、私を後ろに庇うように隠した。だけど、私はライルの後ろから、ライルの元へと笑顔で駆けてくる女を見た。

 女は、離島で暮らしているらしく、肌が健康的に焼けてきた。常に駆けまわっているのだろう。手足が引き締まっている。とても可愛らしい感じの女だ。

 ライルに駆け寄るも、ライルは女から一定の距離をとろうと後ずさる。それでも、女はライルが目の前にいるだけで、嬉しそうに笑う。

「ライル、やっと戻ってきたんだね!!」

「違う!!」

「どこに出て行ったって、戻ってくるしかないのよ。ほら」

 馴れ馴れしくライルの腕をつかもうとするので、私がそれを払ってやる。

 そこにきて、やっと女は私という存在に気づいた。私が女だと知って、私の肩をおもいっきり押した。

「いったぁ」

 さすが活動的な女だから、力が強い。私は押されて、簡単に尻もちをついてしまう。砂浜といえども、痛いものは痛い。

「大丈夫か!?」

「ライルに触るな!!」

「お前こそ、彼女に何てことするんだ!!」

 ライルは女を押して、私を庇ってくれた。

「ライル、落ち着いてください。まずは、話し合いからです」

 この中で一番の年上である私は冷静に対処しようとする。一応、ここも公国だ。話し合いは大事だ。

「ここでは、そんなことは通じない。逃げよう」

「もう、ここから逃げられないようにしてやる!!」

 何かが起こった。さっきまで、海は綺麗な波だったというのに、突然、波が荒くなった。空だって綺麗な青空だったというのに、真っ暗だ。

「マキ様、なんてことを!!」

 この天候で、島の住人が女マキのもとにどっと押し寄せてきた。

 マキは不貞腐れた顔をするだけだ。

「マキ様、どうか、海をお鎮めください」

「このままでは、漁に出た者たちが死んでしまいます!!」

「知らない!! ライルが逃げるから悪いんだ」

 そこで、島の住人たちは、ライルと私の存在に気づいた。

「ライル、どうして、ここに」

「この、裏切者が!!」

「お前のせいで、どれだけ俺たちが酷い目にあったか!!!」

 そして、皆、ライルへと恨みを晴らそうとばかりに向かってくる。

「お前たち、ライルに何をするつもりだ!?」

 それをマキが止めた。

 島の住人たちは、どうしても、ライルに恨みを晴らしたい。だけど、それをマキは許さない。

 目に見えない何かがマキにはあるのだ。だけど、私には関係ない。私はライルの腕にしがみ付いた。

「ライル、あなたのご両親に結婚のご挨拶をしましょう」

「ライルと結婚するのは、アタシだ!!」

「ですが、ライルと結婚の約束をしたのは、私です。ねえ」

「そうだ」

 ライルは私を強く抱きしめて、私の味方をしてくれる。

「マキ、彼女に手を出したら、お前を一生許さない」

「その女に、騙されてるんだよ!!」

「それでもいい」

 私が何か言う前に、ライルがマキとの会話を終わらせた。私の肩を抱いて、ライルは、覚悟を決めた。

「俺の家に行こう」

「嬉しい!!」

 やっと、私とライルの仲が前進した。






 海の天気は変わりやすいという。ちょっと良くなったな、と見ていれば、すぐに悪天候である。ここは離島なので、脱出するには、船しかない。ここまで悪天候だと、船での脱出は不可能ですね。

 まず、船が手に入らないけど。

 ライルが生まれ育った家に行けば、明らかに拒絶の空気である。ライルの両親は、ライルだけでなく、私まで、拒絶したそうです。だけど、ライルを逃がすわけにはいかないので、私とライルを部屋に案内してくれました。

 それだけです。部屋に入ると、外から何かされて、出られないようにされました。

 部屋は物置となっていました。埃っぽいやら、物が多いやら、とても二人で休めるような部屋ではありません。それも、私が力を使って埃を取り払い、物は上手に固めてしまえば、人二人が睦会うぐらいの場所は作れます。

「君もすごいな」

「彼女と同じ、変な力を持っていますが、嫌いになったりしませんか?」

 島の住人マキのことをライルは心底、嫌っている。マキには、何かおかしな力があるのだろう。同じように、神がかった力を持つ私のことをライルは嫌ってもおかしくないのだ。

 ライルは私を強く抱きしめてくれます。

「マキと君は違う。君はしっかりと話し合いで解決しようとしてくれる。順序を守って、相手と対話する努力をずっとしている」

「失敗しちゃいましたけど。最後は、力づくでした」

「多勢に無勢なんだから、仕方がない。あのまま、あそこにいれば、君は死んでいた」

「まるで、あなたは死なない、みたいに聞こえますね」

 あの無機質な部屋で、私とライルは銃で殺されそうとなった。ライルは体を張って、私を守ろうとしてくれていた。普通は、私よりも先に、ライルが死ぬと思われる。

 ライルは暗い笑いを浮かべる。

「俺は死なない。マキが守っている」

「あの女とは、どういったご関係ですか? 恋人同士、というわけではありませんね」

「この島では、マキは絶対だ。マキが決めたことは、必ず、叶えなければならない。俺は、マキの夫になる、と決められたんだ」

 話はこうだ。





 マキは離島では、いわゆる聖女のような存在です。必ず、一人は存在する聖女は、離島を守り、恵みを与え、と絶対的な力を持っています。

 そうして、離島の住人は聖女に守られていました。そんな聖女であるマキは、ライルを夫にと決めていました。

 しかし、ライルには、別に好きな人がいました。彼女とは、将来、結婚の約束までしていたといいます。だけど、離島ではマキは絶対です。マキが望む以上、ライルは恋人と結婚出来ません。

 結局、ライルは恋人と一緒に、離島を脱出したのです。こっそりと船を使って、二人で脱出しました。だけど、マキにバレてしまい、海は荒れ、船は転覆してしまいました。

 気づいた時には、ライルは離島とは別の場所で恋人と打ち上げられていました。離島から脱出したのです。ですが、恋人は、何者かに切り刻まれたような姿で打ち上げられていたのです。

 こうして、ライルは、離島から一人逃げ出し、生きていくために、色々として、公国が作る軍部に所属することとなったのです。





 そういう話をライルは私にしました。ライルは、死なせてしまった恋人のことを思い出したのでしょう。少し、涙を浮かべました。

「いくら、君が強いといえども、マキには敵わない。すまない」

「それで、ライルには妙な加護がついていたわけですか」

 ライルは生きて脱出出来たのは、マキがライルを守っていたからです。

 ライルと出会ってからずっと、目障りなのがついているな、と私は気づいていました。古臭い、もう、可笑しくなったような何かだ。

「この島では、彼女のような人は、必ず、誕生するのですか? 生まれつきなのですか?」

「いや、違う。先代からマキは受け継いだんだ。ただ、誰もがその力を受け継げるわけじゃない。マキだけが、受け継げたにすぎない」

「だから、古臭いのですね」

 この離島を守る存在は、ずっと同じだ。

 王国帝国の妖精はきちんと、世代交代している。ほら、妖精憑きと一緒に誕生し続けるのですから。妖精はいつか、消えていなくなるのですよ。

 だけど、離島を守る何かは、ずっと同じなのだ。世代交代がない。だから、どんどんとおかしくなってきているのだろう。それを制御するのが、マキという聖女の存在です。

 といっても、歴史がどれほどなのかは、わかりませんが。妖精って、千年二千年、普通に存在し続けます。万年はさすがに存在し過ぎですけどね。

 だけど、マキが使役制御する何かは、そういう妖精に比べれば、若いかな、と感じます。

 まず、成り立ちが違います。継代し続けるということは、進化がありませんし、変化もありません。ずっと勝ち組なのが、島を守る何かです。

 王国帝国の妖精は世代交代もしますし、勝ち負けだってあります。妖精の王だって、戦って決めるのですよ。変化ありまくりです。

 変化がないと、そこから出るのは、暴君です。島を守る何かに支配され、それの望みを全て叶えなければならないです。反発したって、抵抗する術がないので、島の住人たちは、聖女マキの言いなりでしょう。

 しばらくすれば、ライルのご両親が部屋にやってきます。

「あんたは、こっちに来てもらう」

 早速、私の排除です。ライルは私が何かされるとわかっているので、強く抱きしめます。

「ライル、さっさと離れろ!! お前は、マキ様の夫となるんだ。浮気は許されない」

「ライルと結婚するのは、私です。あんな小娘に、ライルは渡しません」

「部外者は黙ってろ!!」

「もう、ライルとは最後までしました。もしかしたら、お腹に子どもがいるかもしれませんね」

「この、アバズレが!!」

「まさか、ここでは、子どもは鳥が運んでくるのですか!?」

「そんなわけがあるか!!」

「あなたがたも、やることやって、子どもを作ったのですよ。それを悪くいうのは矛盾しています」

「ともかく、ここから出ろ!! これ以上、マキ様のご機嫌を損ねるわけにはいかない」

 ここからは数の暴力です。複数の男たちが、私とライルを引きはがしました。

「やめろ!!」

「心配いりませんよ」

 必死になって手を伸ばすライル。だけど、屈強な男たちに抑え込まれて、ライルは私の側に近づくことすら出来ない。

 私は笑顔でライルを安心させようとした。だけど、ライルは泣いて、暴れて、私を取り返そうと必死だ。

 仕方なく、私はライルのご両親に従います。部屋を出ていくと、ライルは悲鳴が家中に響き渡りました。

「どこに連れて行くのですか?」

 とうとう、家の外にまで連れ出されます。外は、暴風雨ですよ。せっかく乾いた服がびしょ濡れです。

 でも、濡れても気候が暖かいので、むしろ、心地よいですね。濡れて、ちょうどいい感じです。

 質問しても、誰も答えてくれません。私が逃げないように四方八方を囲み、後ろから押したりして、どんどんと何もない所へと連れて行かれます。

 だいたい、この先は決まっています。断崖絶壁の崖でしょうね。こういうのは、よくある話です。

 大人しく従っていれば、よくある話の通り、断崖絶壁の崖に連れて来られました。もっと、趣向を凝らしてほしいですね。

「あんたには悪いけど、ここで死んでもらう」

「マキ様の望みは絶対だ」

「死ねるかしら」

 妖精憑きは頑丈です。荒れる海を見ても、苦しいながらも生き残りそうな気がします。

 実際、そういうことがありました。妖精の子アイリスは、断崖絶壁から突き落されても、生き残ったのです。

「ここは、浅いんだよ。簡単に死ねる」

「あら、ここは、そういう使い方をされているのですね」

 当然だ。公国の科学が中途半端な離島は、ある意味、独裁国家である。こういう、非合法な私刑の場所だってある。

 妖精の子アイリスが落ちた場所は、深かったのかしら?

 そんな疑問を考えていると、後ろからどんと押され、私は断崖絶壁を落ちることとなった。

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