妖精に愛された女
エリィが戻ると、あれほどうるさかったリリィを呼ぶ妖精の声はぴたりと止んだ。一応、解決のようだった。
シャデランはエリィとリクを城に送っていくため、村で別れることとなった。
「シャデラン、良かったら、僕を鍛えてもらえませんか?」
ここできちんと言っておかないと、二度と会えないような気がしたので、頼んでみた。
シャデランは暗部の統括だ。きっと、今の僕には、シャデランのような人に師事する必要があるだろう。
シャデランは僕を上から下まで見て笑う。
「キリトはな、今のお前の歳に戦争に行った。その頃、誰かに教え込まれたようで、戦争が終わったら、すっかり強くなってた。キリトに頼め」
「お祖父様は、お祖母様の遺骨と旅行しています。無理です」
「………まあいいだろう。もうそろそろ、王国の暗部も、次代が必要だ。お前が引き継げ」
「え、僕、お祖父様の暗部を引き継ぐ予定なんですが」
「暗部といっても、役割が違う。俺の暗部は、王族を見張るための暗部だ。本来は、そういう使い方だったものを途中で歪められたんだ。だから、暗部の統括は、国王が指名するものではない」
「僕は、王族の教育を受けているので、王族寄りの思想を持っていますよ」
「それでいい。お前はしっかりと教育されているから、間違ったことはしない。どうする?」
「それなら、いただきましょう。僕も暗部、欲しくなっちゃいました!」
「容赦なくいくからな。こちらか連絡する」
そうして、シャデランはさっさと行ってしまった。
さて、残るは帝国の魔法使いとアランだ。
「アラン、結局、リリィは妖精憑きなんですか?」
そう、問題が残る。リリィの正体だ。死後ではあるが、妖精とお話しているし、妖精たちは、リリィの願いを叶えている。
死後も、リリィが毎日毎日祈った願いは叶え続けている。
「その答えは、帝国の禁則地にある聖域に行く必要があります。さて、テストです。あなたたちは、聖域を飛べますか?」
「………まだ、やったことがなくて」
「出来る人がいないんです」
「知ってます。ほら、魔道具で聖域まで飛んで。それくらいは出来るでしょう」
魔道具をサイゼルとヒアートに渡す。サイゼルはアランと、ヒアートはロバートと僕を連れて、魔道具を操作する。
そして、サイゼルは失敗して、どこかに行ってしまった。ヒアートは成功して、きちんと山の聖域だ。しばらく待っていれば、アランの力でサイゼルは山の聖域に到着する。
「下手くそ」
むちゃくちゃ怒ってるよ、アラン。落ち込むサイゼル。ヒアートは笑っているけど、この次は聖域から聖域に飛ぶんだよ。大丈夫?
やはり、聖域から聖域に飛ぶのは、簡単ではなく、結果、感覚がつかめるように、と僕手を握って、今度はサイゼルと飛ぶ。ヒアートはアランの手を握って飛ぶのだけど、ちょっと怖がっている。
そうして、感覚を教え込みながら、帝国の王都の聖域に到着する。さすがに帝国領の聖域は、僕には抵抗感があるよ。
「ここからが、公国にある聖域が近いです。地図がありますので、あとはそれに向かって飛ぶ感じですね。一度も行ったことがない場所でも、聖域はお互い、繋がっていますから、簡単です。というわけで、ポー、頑張ってください」
「はあ」
僕なんだ。普通、帝国の魔法使いにやらせるよね。出来るけど。
僕は特別製の魔法使いなので、すぐに公国領の聖域の場所を感覚で見つけて、飛んだ。
飛んで、どーんと何か重い感じがする。そりゃそうだ。僕は王国の人間なんだから、聖域の拒否感がすごい。ただ、その拒否感が、日本や帝国の聖域とは違う。排除しようとしている。
「アラン、これ、まずい」
「ほら、これを着て」
アランは筆頭魔法使いの服を脱いで、僕にかけてくれた。途端、すっと楽になる。筆頭魔法使いの服には、知らない技術がいっぱい織り込まれているのだろう。
僕が飛んだ聖域は、海の近くだった。波の音が聞こえる。その合間に、人を呼ぶ妖精の声が交わる。
『アラリーラ、アラリーラ』
大昔の実在の大魔法使いアラリーラを妖精が呼んでいる。
「アラン、どういうことですか?」
「アラリーラは、妖精憑きではありません。ただの人間です。妖精を操る力も、魔法も使えません」
「でも、戦争をなくした大魔法使いだって」
「ええ、そうです。アラリーラは、公国領にある聖域を全て支配し、科学を使えなくし、なんと、海まで封鎖してしまいました。公国の船は、永遠に、この地に辿り着くことは出来ません」
「そこまですごいのですか!?」
「アラリーラはリリィと一緒です。願えば、必ず叶います。でも、妖精憑きではありません。アラリーラはただ、妖精に寵愛された人間なんです。
本来、この公国領にある聖域は帝国のものに染め上げなければなりませんでした。しかし、遠い昔にその方法は燃やされてしまいました。仕方なく、アラリーラに願わせ、聖域をアラリーラの所有物とし、海も封鎖させたのです。
帝国は、アラリーラが願ったことは、アラリーラが死んだら終わりだと思っていました。アラリーラは妖精に寵愛されているので、ともかくアラリーラを守ることに帝国は心血を注ぎ、安らかな死を見守りました。ところが、妖精たちは、アラリーラの死後も、公国側の聖域をアラリーラのものとし、海まで封鎖したままになりました。妖精に寵愛された人間の願いは、死後も続くのです。
同じようなこと、王国でもありますよね」
「元伯爵領の呪いですね」
元伯爵領は、リリィの死後も呪いは続いている。男爵家の邸宅の地下にも、リリィの力によって異形となった者はそのまま、生き続けたという。
「時々、そういう人間が生まれます。本当に稀です。だから、筆頭魔法使いは、気を付けて見ていないといけません。どうですか、勉強になりましたか?」
「とても」
「はい」
サイゼルとヒアートは重々しく頷く。
「これで、僕から教えらえることはおしまいです。さて、それぞれ、自力で帰ってください。大丈夫ですよ、死にはしません」
アランはなんと、サイゼルとヒアートをそのままに、ぴょんと聖域を飛んでいってしまった。ちなみに、僕とロバートも連れてである。
それからどういう経過を辿ったかは知らないけど、きちんと戻れたことは確かである。
それからしばらくして、帝国の魔法使いアランは北の砦で静かに息を引き取った。
やはり僕か。
僕はアランの骨が入った骨壺をお祖父様に押し付けられた。
「半分は男爵領に持ってった。残り半分は帝国の女帝に持って行ってくれ」
「………はい」
どうせこうなるとわかっていた。僕はロバートと一緒に、聖域をぴょんぴょん飛ぶこととなった。
とりあえず、筆頭魔法使いの服を着ることとなった。かなり使い込まれている服だから、大事に着ないといけない。
そうして、王都の聖域に飛ぶと、偶然か、アランの弟子ライアンが居た。
「来ると思ってた」
「あー、アランが亡くなったこと、一応、書状で報せましたからね」
さすがアランの弟子。僕がここを通ることを読んでいたんだ。
僕の腕にある骨壺を見て、悲し気に表情を歪める。ライアンは、物凄くアランを慕っていたのだろう。だから、不思議だ。
「どうして、女帝を手助けするのを嫌がったんですか?」
アランを慕う者は、無条件でアランの娘である女帝を手助けしているのに、ライアンはしない。
「あの女な、アランが皇帝を殺したばっかりだって時に、言ったんだよ。『一緒に帝国を支えてください』ってな。さらに、アランに荷物を背負わせようとしたんだ。だから、ひっぱたいた」
「………」
「大人げないと思うか? 知らない奴はそうだ。だが、知ってる奴は違う。アランの背中には、皇族には絶対に逆らえない契約紋があった。皇族を殺すと、三日三晩の苦痛の天罰が食らうとんでもないやつだ。
お前の祖父が、その契約紋を消したそうだが、消えただけで、実際に契約がなくなったかどうか、わからなかった、とアランは言っていた。不確かな状態で、アランは苦痛による死を覚悟して、皇帝を殺したんだ。なのに、あの女は、命をかけたアランに、また働けと言ったんだ! だから、俺はあの女には従わなかった。
俺はな、アランに皇帝になってほしかった。アランにだったら、従った。アランが楽になるように、働いた。だけど、あの女はダメだから、苦労すればいい」
「アランは、北の砦では、かなり楽しく過ごしていましたよ。公国も、もう攻めてこれないような天罰を受けて、砦の向こうは人も立ち入れない毒の湖になりました。それを毎日見て、アランは楽しんでいましたよ」
「………そうか」
僕は、アランの骨壺をライアンに渡した。
「アランは、子育て失敗したかったんじゃないかな。アラン、あんなに突き放しておいて、二人の子どもには妖精憑けてたんです」
「………」
「僕は帰ります。あと、この服、どうしよう。本当は、女帝に渡すために、これを着て隠し通路で行くつもりだったんですが」
「持っていけ。アランな、私服、それしかなかったんだ。今も、アランを慕ってる奴らが、大切に持ってる」
「では、有難くいただきます」
僕はそうして、王国に戻った。
それから一年後、帝国の女帝が、父親のわからない子どもを産み落とした。




